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零の継承者たち -天子の揺籃ルネ-  作者: あず
冥々裡の地獄ホンレフ
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第十二章 いざ③

「ん? ふ、ふれ、フレイ? ……って、てかここ、ここって?」


 グアンはその身に起きたことをまだ整理できていない。

 なぜならばグアンは暖かな何かに守られ包まれた感覚に、心臓が飛び出るほど驚いたのだから。

 それもそのはず、グアンはフレイという優しさに包まれている状態。

 まだ目覚めていないがフレイの存在に安堵を覚えつつ、恥ずかしさのあまりゆっくりフレイの温もりから自身を解放させる。


「えっと、ここは? ……太陽が見える、外に出られた?」


 二人で黒い渦に呑み込まれてからのグアンの記憶は曖昧だ。

 ただ今いる場所は、一人体感した例の謁見の間そのものなのだから。

 あの時は温かな氷ですべてが透明だったが、今は基本赤を基調とした豪華な仕様だ。


「へえ、こんな色してたんだ……」


 色彩豊かに色づいた厳かな雰囲気に、グアンは一時感動もする。

 そんな多くの光を取り込む室内で、一際大きな出入り口が少し開いているのか、僅かな風が通ることでグアンの純粋な興味が湧く。

 ゆっくり近づけば、外から聞こえる奇妙な音、誰かの泣き声のようにも気が付いた。


「なんだろう、この音……」


 何が起こっているか分からない不安から慎重を重ねて、僅かに開いている扉の片方をゆっくり押して、今のこの状況と現在置かれた環境の正しい情報を得たい思いから、勇気を出しつつ安全を優先して外を覗いた。


「わあ、寄生人(パラディ)がいる。ということは、やっぱりホンレフに帰ってきたってこと?」


 ホンレフの地上に帰ってきたのはまあ分かっても、まだ昼間というのになぜ寄生人(パラディ)がいるのかが分からず、グアンには理解できないことばかりだ。


「まず、私たちはいるのはあの黒いはずの塔の中だよね。それは合っていると思うけど、なんであんなにうじゃじゃいるの? ……でも、なんか、様子が、お、おかしいような?」


 寄生人(パラディ)達はまるで生気でも吸い取られたように、地べたに座る者、寝転ぶ者、とてもゆっくり歩く者と、今まで見てきた何者よりも弱々しくなったようにしか見えない。


 そんな中でグアンと一時的とは言え、親しげにフレイのことを聞こうとした女が、叫びながらゆっくり歩く姿を捉えた。

 服装が酸で溶け切ってないため、本人と考えてまず間違いない。

 更によく見てみれば、片手に本を持っていることを知る。

 この瞬間、グアンの目は輝く。


「今なら、……追える?」


 街中で何らかの暴動が起こったのは間違いない。

 無気力な寄生人(パラディ)の様子から敵にとっての脅威のである可能性はとても高いが、全生体に対しての脅威の可能性も捨てきれない。

 だからこそ扉から顔を出して少し外気に触れて、まず空気感染の恐れがないかを確認した。


「だ、大丈夫みたい。……フレイ、ちょっとごめんね、すぐ帰ってくるから」


〈ギィィ、バタンッ!〉

 まだ起きないフレイを置いて、グアンは足早にこの建物を後にする。


***


「ん? ここは? ……グア……、ン?」


 急速冷凍されたはずの身体は、障害も不具合も残さず生きている不思議を感じ取る瞬間、すぐにグアンが傍にいないことを知る。

 すぐさま起き上がり、周囲を見渡す紅塗りのフレイ。


「地上、それもあの塔の中のようだな。同胞が連れてくれたんだ。なら、グアンはどこに?」


 光差し込むこの空間は、恐らくグアンが懸命に教えてくれた〈でっかい建物〉である可能性が高く、元々塔の中であった確率が更に高いと見る。


「海氷した跡はないようだ。ならグアンが見たのは、僕たちが見たのは、……別空間なのか?」


 フレイに更なる謎が圧し掛かる。

 同胞は氷を作り出すことが得意な能力とばかり思っていた。

 異空間も氷に関するものが多く点在していただけにすっかり出し抜かれたが、氷の能力の陰に隠れて、本来の能力を隠していたのではないかという疑惑が浮上する。


「氷の能力は本来の力を隠すためのダミー、十分あり得るッ」


 確信に迫ったフレイは、この王座の間から出るために目の前の扉に向かう。


〈ガタッ、ガタ、ガタガタガタッ! バンッ、バンバンッ! バンッ!〉


 何らかの力で押すように震える扉は、フレイの注意を引き寄せる。

 それはグアンではないと断言できる、何か大勢で懸命に叩きつけるような音と判断したからだ。


「施錠は、……されていないな。となると、外開き戸だから入って来れないのか」

 この瞬間、フレイは外で扉を押し続ける大勢の者の正体に気付く。


〈ガガッ、ドッ、ドッ、ドンッ、ドドドッ!〉

 そのあまりの必死さから扉を破壊して、押し入って来たのは大勢の寄生人(パラディ)だ。

 どうやら極端な暑さから逃れたいがために、この建物へ命辛々逃げ込んだように見える。


「わッ、ちょっとごめんよッ」


 この大渋滞にフレイが高く飛び上ると、寄生人(パラディ)の頭を踏み台に出口へそそくさと向かう。


「これは、外のバリアの効力でも無くなったのか?」


 外に出てみて初めて分かった光景。それは暑さに喘ぐ寄生人(パラディ)が集結し、日陰を求めてフレイの出て来た塔へ集結している状況だ。

 ただ塔は漆黒ではなく、太陽に華やぐ純白の塔なのだから。


「グアン、グアン! 返事をしてくれ!」


 先ほどまで一緒にいたはずなのに、塔では存在が無かった。

 同胞が隠した恐れもあるが、このホンレフの状況が大変なだけに、同胞が今、グアンに構っていられるようには見えない。


「ん? ジェームス! 君がいるってことは、やっぱりグアンは……、って、ん?」


 この切迫した状況で、ジェームスが忙しなく最新の近状をフレイに報告する。


「え? ジュノが近くにいるってッ?」


 突然の報告に驚きを隠せないフレイだが、目覚めたばかりのジェームスもこの左右上下と振り回されて、コロコロと変化するこの状況に心身共に追い付いてない様子。


「じゃあ、この現象は何かしらのジュノの手引きによって起こったのかな?」


 今起きているこの事態から、グアンに対するフレイの心配は膨らむばかり。

 ジュノと合流する前に、グアンと合流して安全を確保するのが一番理想的だろう。


 塔周辺は既に寄生人(パラディ)の巣になった。

 ならばグアンが立ち寄り、歩き回る経緯を推測して捜索エリアを狭めるのだが、未だ分からないのが、グアンは自身の意思で離れたのか、将又連れ去られたかの判別が全く見当つかないのが、より不安を生む。


「もう塔へは引き返せないしな」


 塔は敵の温床と化している。

 今すぐ自身が助かりたいがための、暴言や悲鳴が空気を揺らすのだ。

 それだけに、恐らく塔内では地獄よりも恐ろしい争いになっていると思われる。


 周囲にも寄生人(パラディ)が所々点在しているが、既に生き続けることを止めた個体なのだろう、生気が全く感じられず、絶望が頭を支配しているのが丸わかりだ。

 そんな状況を目の当たりにして、天へ捜索範囲を広げたフレイの目に飛び込んだのは、塔へ引き返すグアンの姿だ。


「グアン! グアーン!」


 見つけた喜びと危険を知らせるために、声を大きく自身の存在を知らせる。


「フレイ? フレイッ!」


 互いの姿を確認したも束の間、突然の襲撃からフレイは何者かに身体を吹き飛ばされる。


「ふ、フレイッ!」

 フレイが吹き飛ばされた方向へ、驚きつつも懸命に走る。

 そんなフレイは、白光する眼を歪ませて、襲撃した張本人へ睨みを利かせた。


「あ、アイリーンッ!」

「ふふふふふぅ! ふ、ふ、フレイィィィイイ!」


 遠く吹き飛ばされたフレイは、頑丈なあの鉄壁の外壁に全身を強打されるが、当然のようにダメージは消え、衝撃音が冷めやらない状況の中で、目前に迫るアイリーンの名を叫ぶ。

 現在アイリーンはあの時の大男以上の、巨大男に変わっている。フレイとは三倍以上の身体差があり、初代より聞き分けのいい身体を調達してようで、滑らかでパワフルな動きを見せている。


「……生きる気力を失くした寄生人(パラディ)の命を使ったのか。君のその鬼畜さに上限は無いのかッ!」


〈キュルルルルッ! ゾゾゾッ!〉


 全ては自身のために。

 その信念を曲げないアイリーンは、当然フレイを見逃す気は更々ないようで、アイリーンの右手の爪をすべて連結、溶けるように形を変えると、先端が細く尖り、高速で回る仕様な鋭いドリルを連想させるもの。

 その繊細に尖った爪を力任せでフレイの眼球に寄せるが、フレイは自らの手を使って回転を防ぎ止めて押し返すフレイの、手のひらが紅で染まった瞬間を見て、アイリーンの興奮はもう抑えることができない。


 一旦フレイを自由の身に。

 ドリルに付着した血液が再びフレイの身体に戻る前に、すぐさま綺麗に舐め取る。

 フレイの血はどんなワインより芳醇で、心地よい夢を見せてくれる一品になる。

 ただ量は極めて少なく、特に巨大男になったアイリーンには微々たる刺激に過ぎない。


「もっとぉ! もっとぉ! もっとだぁ! もっっとだぁぁぁあぁあああ!」


 より心地よい夢を求めて、フレイの全てを欲するがあまり、アイリーンの脳裏を掠める〈最強〉の響きの良い言葉に心は翻弄されて、血みどろの快楽の満たされ、ドブ水の快感に心溺れる。

 高揚感に浸り隙だらけのアイリーンに、フレイは硬い外壁をバネにして、血だらけの手のひらが回復していくまま強く握り、真正面のアイリーンの顔面へとその拳を振り上げた。


〈パァァアアンッ!〉


 真正面から攻撃を受け取った鼻を筆頭に、アイリーンの顔面は酷く陥没するがそれだけで収まらず、骨を砕いて脳への損傷まで受ける深いもので、その振動は後頭部にまで響き渡る。

 堪らず顔面を覆って、痛みに耐えながらアイリーンは後ろに倒れた。


 もちろんその程度で済むはずがなく、フレイによる回し蹴りで巨体のアイリーンはフレイと同じく、鉄壁の壁に酷く打ちつけられるかと思えば、遠く塔までアイリーンは飛ばされる。

 激突した塔の上部が破壊され、塔内は暴動が激化している中、建物の残骸まで落ちてくる事態に寄生人(パラディ)はパニックを起こし、現場は完全なる地獄の域にまで達した。


「フレイ!」


 紅塗りのフレイが右手の正常を確認した頃には、ドリルで抉られた傷は完全に癒えて、アイリーンの動向を見極めながら、自身を呼び求めるグアンの元へ慎重に近づく。


「グアン、なんでいきなり居なくなったの? すごく心配したんだよ!」


 無事再会できたが、グアンが怪我をしていないかを両頬を持って真剣な顔つきで確認する。

 この様子からどれ程フレイを不安にさせたかを、グアンは思い知る。


「心配かけてごめん。実は……」


 フレイから離れた経緯を言い終わる前に、一部形を失くした塔から再び轟音が鳴り響く。


「フレェェェエェエエェェィィィイイイイイイ!」


 起き上がった肉体は先ほどと図体は変わらないが、全体的に黒い身体と、急速に肥大化させたことで出来た多くの肉割れを起こして、黒い皮膚の割れ目には緑の血管が露わになっている。


「遺伝子組み換えまで手を出したのか。君は一体どこまで……」


 それは数えきれない期間、長年研究を重ねて出した答えなのだろう。

 強靭な肉体を造るために、改良に改良を重ねて完成させた、アイリーンの最終兵器と言える。


 恐らくあまりに非人道的な実験の下、完成させたのは不完全で恐ろしい、何かの化物そのもの。

 クリーンな操作を優先した結果なのだろう。

 急な成長は視覚や聴覚の発達を許されず、殆どの機能が使えない状態だが、嗅覚だけは敏感なことから、根性だけでフレイは追えているのだ。


「……グアン、ジュノと合流するよ。背中に乗って!」


 フレイの言葉を聞き入れつつも、グアンの目線はアイリーンの方向を向いてしまい、見るからに釘付けとなっている。

 急かすフレイの手引きで背負われた後、グアンの想像を遥かに超えた、後先考えないアイリーンの派手な反撃が繰り広げられる。


 巨大なアイリーンは知恵がただ動物もさながらに、フレイを負傷させるためだけに建物の痕跡も残さず破壊していくのだから。


「僕の背中に顔を埋めて! 空気を吸うのは最小限にッ!」


「フッ、フゥレェェェエェエエェェィィィイイイイ!」


 ちょこまかと走り回るフレイを、アイリーンは掴むことが出来ない。

 多くの街並みは次第に建物が消えて、瓦礫だらけの実に無残な空間になっていく。

 好き放題、勝手放題だった孤島の楽園は、その身勝手な幸せが一体誰の、誰を犠牲にしてどう成立できていたのかを考えるにはいい機会だが、そんなことも考えが及ばないほど、今現在の苦しみから逃れることだけにしか思考は働かない。

 アイリーンの無差別な攻撃で命を落とす最後は、他人の自尊や幸福を搾取し尽くした果てに見る、永遠の地獄への入り口だ。


「フレイ! 沢山の人がッ!」


「気にしなくていい! どのみち輪廻を廻ってまた帰って来るんだ! 全ての元凶が人間にあると、本当の現実を人間自身が受け入れない限り、人間は必ずこの世界へ戻る宿命なんだ!」


 普段温和なフレイの口から人間に対する非情な判断に、グアンは驚く。

 ただこれはフレイたちではどう足掻いても解決できない、人間側の問題だ。


「ジェームス! ジェームス、居るんだろう? ジュノーは今どこにいる?」


 フレイの切羽詰まった呼びかけにたじろぎつつ、ジェームスは向かい風が吹くフレイの肩から腕に移動し、現在の正確なジュノの位置を申し訳なさそうに色で伝える。


「な……なんだってッ? と、塔の中だってッ?」


 ジェームスの報告ではジュノたちは正門ではなく、裏門から白い塔へ入ったというではないか。

 いくら周囲を注意深く見渡しても、出会う機会がないのも合点がいく。


「ふれぇぇええぇいぃいいぃぃぃ、み、見つけたぁぁぁああぁぁああっ!」


〈ガッ、ゴッ、ヒュー……、ガガッ、ガシャンッ!〉


 ジェームスの報告があまりに衝撃的すぎて、あろうことか一番無防備な空中で呆けた瞬間に、アイリーンに大きな機会を与えてしまった。気ついた時にはもう手遅れ。

 横からアイリーンの手のひらによる渾身のビンタを受けたことで、半壊の民家へグアン共々豪快に吹き飛ばされ、その衝撃の余波から、民家はフレイたちの上に崩れ落ちてしまう。


 崩れ落ちる瓦礫諸共アイリーンは両足でバタバタと踏みつけ、山のような瓦礫を振動で振い起こしながら、大きな破片を徐々に隅に追いやると、アイリーンの足裏に伝わる不自然に膨らんだ一箇所に全神経を注いだ。

 期待は裏切ることなく、必死にグアンを覆い隠しているフレイの背中を、アイリーンは足裏の感覚で感じ取ったのだ。


「フレイ、私は大丈夫だよ! 大じょ……、」


「話さないで、埃を吸ってしまう! 僕のせいだ、僕のせいで君を危険な目に合わせたッ!」


 一時の気の緩みからとは言え、グアンを危険に冒したフレイの責任は重い。

 しかしそんな状況の中で、フレイによる反撃の様子がないことから、十中八九グアンを守っているのは確実で、そんな行動にアイリーンの機嫌が上向くはずもなく、寧ろグアンに対する怒りや嫉妬がアイリーンをより横暴にする。

 グアンに極力危害を加えないよう抱え込むフレイを的に、全体重をかけて何度も足ふみすると、フレイへ多大な負傷を与え続けた。


 しかしフレイ周辺の瓦礫が割れて粉々になる現象を起こしても、フレイの硬い守りによって、グアンには一切のダメージを与えられていない印象だ。

 相次ぐ怒りの連鎖で繰り返し起こす振動は、地面に小さなヒビを作り出すと、たちまち大きな亀裂へ変化させていく。


〈ゴッ、ゴッ、ゴッ……、ゴゴゴゴゴゴゴッ!〉


 フレイに対する想いが強くなるままに、アイリーンの動作が渾身の力を込めたものとなった時、フレイ周辺での小さな地響きと同時に、突然地面が陥没を起こして、その余波から地面も割れて、フレイとグアンは地下の奥深くへと落とされてしまう。


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