第十二章 いざ①
「さて、街を十分散策したのだから、本題に入りましょう」
面白味のない、人気のない街を見渡すジュノとステラ。
完全に閉め切ったかと思われた住人達は、窓の端から目だけ動かして、ジュノたちを警戒しつつ怪訝そうに、しかし出て来る勇気はないようで、目力だけで「死ね」と訴えている。
「そうね、まずは貴女に一役買ってもらおうかしら?」
「……ん?」
住人の訴えには目も暮れず、一息入れたジュノはいつになく満面の笑顔でステラに呼び掛ける。
事情も経緯も分からないステラは、時間が経つ度どんどん落ち込むばかりだったが、ジュノの笑顔で朗報とばかりに次の言葉を期待して、同じく満面の笑顔でジュノを見た。
「ステラ、ごめんなさい。フレイとは、……もう会えそうにないわ」
それは期待した言葉とはあまりに真逆な内容で、天国から地獄へ落されたような、そんな自身の感情をコントロールすることが不可能なほど落ちていくと、癇癪はもう回避出来ない。
当のジュノは、まるでステラの癇癪を望む形で、ゆっくりしっかり両耳を塞いだ。
ステラはそんな期待を裏切らず、絶望から来る癇癪はステラをどん底に落とし、悲観を帯びた声の震えが行き場のない悲しみを、この広い空間全域で表現させる。
「ふ、ふれいぃぃ……ぃ、う、うわぁあぁぁぁああぁぁあぁああんんん!」
まるで超音波のような悲しく激しい泣き声は、この小さな身体で、一体どこから出しているのかと驚くほどに、ホンレフの無敵の空間を掌握させるほどその効果は絶大で、最も恐ろしい現象まで引き起こすほどなのだから。
最初は小さなヒビだった。
しかしヒビの影響は遠く大きく、長らく外部者の侵入から守ってきた天井のバリアに大量の亀裂を発生させて、あの未来的高機能な完璧なバリアを完全に破壊させたようで、透けるようなほど透明なバリアが白く不透明になると、パラパラと極端に粒子の細かい白い物体となって落ちてくる。
それは何か薄い紙らしき物体が燃え残したような、白い灰のように見えた。
まるで暖かな雪がチラチラと舞い散るように、この白い灰は実際の灰より重めではあるが危険性は無く、空気を害することも、不意に吸い込んでも健康を害するものではないようだ。
「やはり、このバリアはステラとの相性が悪いようね」
サーキュラーに蔽うバリアは、まだ分子の頃のステラが主体となって創られた空間だ。
どの惑星よりも複雑な構造で地球を創造した功績を持つステラのバリアは、透明感が高く薄く、耐久性も抜群で緻密さも優れており、特殊加工の構造も一級品で素晴らしく、褒めるところしかない特別な技術で構造する、唯一無二の能力を惜しげもなくふんだんに組み込んでいる。
ホンレフのバリアも素晴らしい技術で組み立てられているが、一流と言えるかといえばそうでもなく、ステラのものとは比にならない粗末な出来でもある。
分かりやすく何かに例えるとしたら、天然真珠と模造真珠ほどの違いだ。
ただホンレフにステラの構造を真似た形跡はなく、恐らく独自の方法を編み出して、効率の良いものを手探りで生み出した結果、よく似た形状のバリアに行き着いたオリジナルなのだろう。
そんな無敵の技術を持つステラから放たれる悲しみからの超音波は、バリアの分子の隙間にすり抜け出ることまで可能にして、天地を轟かす事態まで生み出した。
我慢と期待を何度も積み重ねてからの裏切りだったことから、信頼の多くを積んだだけに、強いショックに苛まれたステラの絶望を十分表現している。
完成形を創り上げる手腕を持つステラの癇癪に触れた時、未完成なバリアに起こる事態は一つ。
剥がれ落ちる灰の正体は、物理的なバリアに施された特殊加工であり、この瞬間、本物の太陽が姿を見せることで、ホンレフに厳しい自然の猛威が降り注ぐこととなる。
有機物を使用して創造したこのホンレフの構造にいち早く気付いたジュノは、その崩壊へ呪いを、ステラの想いに触れて怒る地球が、バリア解除を円滑に導いていくのだ。
徐々に積もっていく暖かな雪に触れると、滑らかなでんぷん質のコンスターチのような、こっくりとした質感をみせて、バリアは何の効力も持たない、一枚の薄いガラス製で張られただけの天井へ様変わることで、住民は深刻な被害を被ることとなった。
ここは高温の砂漠の真っ只中。
不運にもガラスがレンズの役割を果たして、この国の気温は異常な高温を記録する。
「ひ、ひやぁぁああぁぁあああぁッ!」
突然の悲鳴はこの空間であちこちと。
住人が次々と苦しみ出して、この熱さに喘いでいるようだ。
身体は蒸気を発して、水分を根こそぎ奪われているように見える。
顔の歪み方から、相当苦しいでいるのが見て分かるほど。
ただジュノとステラに至っては特になんの問題もなく、ごく普通の状態だ。
原因はまず間違いなく《ステラが現れる前提》で構想と設計をよく練られてることから、この未来を弾きしたものであり、同胞がジュノに対して自身はここと、主張するようなものだ。
「……想像した以上の地獄ね」
ジュノが見たもの、それはまだ幼いステラには見せられないような残酷なもの。
住人達だけが感じる暑さに耐えかねて、湧き水に群がる。
元々は腐敗した身体だ。
これ以上人間の姿を保てず、寄生人そのものになって力ずくで少ない水を求めて奪い合う。
更には痛みに耐えきれずホンレフからの脱出に望みを託して、唯一の出入り口である正門にも群がる寄生人も数多く存在する。
これは平凡を嫌った人間の末路であり、自分自身の首を絞めた悪の手本だ。
「ステラ、嘘を言ってごめんなさい。大丈夫よ、もうすぐフレイに会えるわ。本当よ」
ジュノの言葉で激しい泣き声は止まるが、大粒の涙は止まりそうにない。
ステラにとって一番大切な場面で嘘をつかれたことから、より疑心暗鬼になっている。
それでもこの騒がしい暴動の重大性に知らぬ顔ができるのは、ステラの全てがフレイであることからなのかも知れない。
「ジュノーぉ、……フレイぃに会えるのぉー? ……ほんとぉ?」
そうすぐには混乱が解決するわけがなくて、目線を落としながらジュノを訝しむ。
信頼を確認する中で、死への恐怖に大混乱している住民と、この二人だけの穏やかな時間は、正反対の時が流れていると感じるほど互いに関心を持たない動作が実にシュールだ。
「貴女はフレイの力になっているのよ。そう怯えないで。貴女がいないとフレイが危ないの」
「ふ、フレイぃ、大変なのぉ? ステラいるぅ?」
「そうよ。フレイにはステラ、貴女が必要なの。もうすぐ、本当にもうすぐ分かる事よ」
一度は絶望を与えたジュノ。
若干恐る恐るではあるが、再び信じることに感情は動くのは、ジュノに対して期待を抱いた信頼と言う名が心に少し残っているようだ。
心から詫びるためにステラと同じ目線になり、長身の身体を縮こませて、見たことのない笑顔で対応してくれるジュノが、あろうことか一瞬フレイの面影と重なる。
まさかの現象に目をぱちくりして困惑するステラだが、原因は不明。
ただジュノはステラが思うほど、嫌いな要素も自身を傷つける邪心も、想像した以上にないのかも知れないと感じられるほどの対応なのだ。
小さな頭でジュノに対する気持ちを全て理解するには難しいが、違った目線で様々な情報を知れる瞬間は、自身の殻が割れて光り輝く空間に出たような、そんな充実感に心は少し、満ちた。




