第十一章 罪の代償④
「な、なんだって? ジュノがホンレフに足を踏み入れてるだって???」
唐突なフレイの叫び声は、想像以上に響き渡る。
場所は未だ混沌とした渦の外側。
渦が声の響きを吸収してくれるかと思いきや、実際は思いの外長く響き渡る。
「どうしてジュノがここに? ステラは? ステラも一緒に?? 一体何の目的で???」
突然ジュノの強い生体反応を示されて、ジェームス自身も驚いているようだ。
ただこの事実をジェームスへ、強いてはフレイへ伝達させることはジュノからの要求と捉える。
なぜならジュノは、今まであからさまに生体反応を主張することなど、一度たりともなかったのだから。
だからこそ伝えられる限りの情報をフレイに訴える。
ただこの電波状態では、未だジュノと直接やりとりが行えるほど良好ではなく、重要な機能は遮断された状態は変わらず、なによりアイリーン達もジュノの存在に気が付いている可能性が高いだけに、一生懸命に伝える。
「そうか、ジュノのことだ。何も対策ぜすに入国したとは思えないから、稼げる時間はあるはずだ。なるべく早くここから出ないとね、ジェームス」
懸命に伝えてくれたジェームスにお礼を言うと、早く抜け出す方法を考える。
「あ、あのフレイ。話割ってごめんだけど、その、……ジュノとステラって?」
「ああ、二人も僕たちの同胞で、大切な友達なんだよ」
「そ……、そうなんだ」
どう考えても友達の関係とは思えない慌てぶりに、グアンは何も言えず黙る。
今現在の状況と純粋なフレイのこと、嘘で誤魔化す暇と余裕は持て合わせてないだけに、本人に自覚がない可能性が浮上する。
グアンが他人の恋愛に興味を持った訳ではなく、首を突っ込む気も更々無かったが、ホンレフで多くのカップルの馴れ初めから成就までの過程を眺めて来た実績がある。
存在を否定されてきたグアンに恋愛の知識があるわけではないが、ある程度の勘は働く。
それだけに知らない二人に対して、変な同情が湧いた気がしたのは内緒の話。
「ん? なんだ? ……ッ渦が!」
今の今まで変化の兆しすら見せなかった黒い渦は、突然出現した白い渦が加わって、一瞬で白が黒の割合を大きく上回り、混ざり合った灰色も途端に白く変色していく過程を見た。
ただ白い渦は未だ膨張を続けていることから、まるで海の中の渦潮に足を囚われるような感覚で、フレイたちを飲み込むのも時間の問題だ。
今にも足元をすくわれそうな不安の中、三枚の板の階段は完全に動きを停止したことから、この最悪な状況に最低限の対策で立ち向かう。
「グアン、僕の正面に来て! また逸れてしまう!」
背負う体勢から抱く体勢に移動して、これ以上離れまいと痛いほどお互いを痛いほど掴んで離さない。
白い渦は一瞬で凍てつくような寒さで一瞬にしてフレイたちを冷却して凍結させると、二人の存在は白い渦の中へと引きずり込まれる。
***
「くそおぉぉおぉおぉ! アイリーンのやつぅぅうう!!!」
大量のテレビ画面を片っ端から破壊するエヴァン。
ただあまりに体力が無さ過ぎて、休憩を挟みながらゆっくり壊す。
そんな自身の格好悪さを理解する度に、アイリーンに対する見当違いな怒りを増幅させるが、もうアイリーンはいないのだ。よって腹の虫は一向に収まらない。
「もー、アンタのヒステリーいい加減にしてくれない? 気分が悪くなる一方なんですけど」
相変わらずこの状況に置かれても、興味は自身の映える赤で揃えた手足の美しいネイルで、そんな満足感をぶち壊されたエヴァの機嫌は、エヴァンに対する評価も急降下する。
エヴァの自由奔放さに文句すら言えないエヴァンは、小心者の自覚を理解させられる。
テレビ画面の多くの光を失くしたことで、元々見えにくかったこの部屋はますます暗くなるばかりだ。
鮮明な赤いネイルも見えなくなる事態に、エヴァの不機嫌もピークに達する。
共に身勝手な不満を抱えて、場の雰囲気は急降下の一方だが、表情を知ることも困難な暗さで、視界からの情報が無い状況が仲違いを避けたようで、首の皮一枚で繋がっている。
「と、とにかく、ここに居るのは危険だ。アレが俺達の動向を隅々から認識しているはずだ。最悪独立した個体となって、積極的な行動を起こすつもりだ。……この塔は長く持たないぞ」
慎重に言葉を選ぶエヴァンの見解にエヴァは心底驚く。
深い所を突けば、今の生活を手放す未練と、エヴァなりに我慢してきたエヴァンへの不満を爆破させて、我儘をこじらせる。
「嫌よ! この生活ほど快適な環境は無いのよ! アンタがこの塔を破壊させないようアレに何とか交渉でもしなさいよ! ほら早く! 早くッ! 早くッッ!」
強い執着心から、エヴァは引く姿勢を見せない。
しかしこの堂々巡りは、遂に終止符が打たれる現象が起こる。
破損を免れた、ある一台のテレビが突然白く光り出すのだ。
それは尋常ではないほど明るく、まるでテレビの中へ引きずり込まれるような衝撃的な明るさが、二人の不安をより煽る。
そんな目覚ましいほど光るテレビから、一人の物影が映し出された。エヴァンとエヴァは、その人物の正体を嫌と言うほど理解している。
「あ、……あ、あ、あ、あ、あ、あぁ……ッ!」
声にならない悲鳴を上げるように恐怖から腰が抜けたエヴァンは、ズルズルと床を這いつくばってテレビから離れ、エヴァに関しては怒りが勝るようで、文句をずけずけと吐き出す。
「アンタのせいよ! 私のこれからの生活どう保障してくれるの? アンタなのよッ! アンタが私にこの生活を与えたんだから、最後まで責任持って償ってよッ!」
〈シュッ……、ピィー……ッ〉
威勢だけは立派でいきり立つエヴァだが、突如何かが左耳をかすり、その耳元で小さな爆音が響く。
それは明るいテレビから抜け出し放たれた、確かな銃声の音。
「あぁ……、ああぁあぁ! いやぁぁああぁああぁぁあ!」
エヴァの鼓膜を震わせ、耳輪が一部欠損したことを確認する間もなく、小さな傷は急速に耳の細胞を侵して根元から破壊していく。
耳を失う恐怖と激痛で地面にのたうち回るエヴァを見てか、同胞はすぐに侵食を止めた。
どうやらエヴァを懲らしめるための行為に見える。
「こッのぉおぉおぉおお! 私の美しい耳を返しやがれぇぇええぇえ!」
恐る恐る左耳に触れたエヴァがこの現実の絶望を感じて、怒りから我を忘れて喚き叫ぶ。
「待てエヴァ、暴れるな! ヤツの実力は絶大だ! これ以上刺激してはいけないぞ!」
エヴァンの説得でこの程度で済んだことが如何に幸運かを伝え、エヴァも渋々ながら納得するが、心の中は煮えくり返るような思いでこの不満を吐き出す場所が欲しくて仕方ない。
「クソ、クソ、クソ! 私の可憐な耳を台無しにしやがってぇ……。まぁいいわ、お前など所詮《紙切れ一枚の命》。私を本気で怒らせた事、後々後悔するなよ!」
エヴァの犠牲によって、少ない退却時間が設けられる。
まるで夜逃げ状態で、片手に持てる必要最低限の荷物だけ持ち出すことを許される屈辱に耐えながら、エヴァンとエヴァはこの塔を後にした。
地中深くに存在する逆さまの塔は、形こそ正常に保っていても、塔の内部はアイリーンとの戦いで大量の亜空間を創ってしまったがために、内部は危険な風が吹き荒れている。
アイリーンとデリムが去り、エヴァンとエヴァもこの場を去った。
やりたい放題、好き勝手した挙句、寿命短き塔に残っているのはフレイとグアン、そしてジェームスのみになった。
しかし同胞はこの二人と一匹に救いの手を差し伸べるどころか、凍結されたまま身動きも取れない状況に追い込んだままだ。
最大の邪魔者をただ見過ごして逃がして、手を差し伸べるべき者に酷い仕打ちを与え続けることへの真意が未だ見えてこない。




