第十一章 罪の代償③
「そうね、まずはお酒頂けるかしら?」
「ステラにもぉ! おぉーしゃけぃぇえー!」
「貴女にお酒は早いわ。そうね、柑橘系のジュースなんてどうかしら? 多分甘いはずよ」
砂漠の真っ只中に聳え立つホンレフ。
一際高い壁に囲われた内部への侵入を、まるで旅行感覚で楽しむ異質なジュノとステラは、フレイ以上のオーラを醸し出して、白昼堂々酒場でメニューを物色している。
二人の存在感は言わずもがな、服装が異国のからの訪問者としっかり提示しており、高い経済と秩序で守られていると断固できるほどで、非情に発展している背景が良く分かる上質な代物まで召してる。
しかも仕草からかなり高貴なご身分も滲み出ており、気品の良さが駄々洩れだ。
護衛を侍らせていないのが少々引っ掛かるものの、この地球には物好きが、通常理解しがたい人種が必ずいると経験からよく熟知しているだけに、住民達には十分な耐性も出来ている。
「客人、女子供だけでよくこのホンレフに立ち寄れたな。相当、根性が図太いようで?」
女の子連れ、しかも子供が女児となれば、周囲の男達も、店主も皮肉を言って鼻で笑う。
「……注文は済んだわ。これ以上暇を弄ぶより、手を動かしてみてはいかがかしら?」
荒く掘られた木のメニュー表を押し返し、渾身の笑顔で対応するジュノ。
大勢の男達を前にしても堂々とした立ち振る舞いを見せて、男達はその溢れ出る自信に度肝を抜かれた。
ただ相手は寡婦の可能性があるのだ。女一人で子供を育てるならば、ある程度図太く生きなければ生きていない世襲だ。
きっと高貴な身の上でも変わらないはずなのだから。
しかし女相手に受けた屈辱が、男達の自尊心を湾曲させて、怒りを湧かせる要素になる。
「客人。その忠告、真摯に受け止めよう。しばし待ってくれ」
ホールからは見えない厨房に入って、そのニコニコとした仮面を一気に剥がす。
「なんだあの女? 俺に恥かかせやがって! ふん、まあいいさ。所詮あの女も生贄だ、死を前にして俺の料理をたっぷり味わうがいいさ。あのグアンのように、なッ!」
負け惜しみではあるが、ジュノの気高い性格と端正な顔が歪み、底辺へ一気に崩れ落とすという、人としての屈辱を与えると共に、その絶望の表情を想像するだけで、自然と顔がにやける店主。
そんな中ジュノたちを更に畳み掛けるのは、高身長の超絶美人が現れたという噂が瞬く間に街中の全ての浸透して拡散されたことで、興味本位から老弱男女問わず見世物状態で集まり、一目でもジュノを拝もうと、窓から露骨に次々と覗き見る。
見物人たちの表情は、共通してニヤニヤと下品なほど口角が上がる中、目だけが笑ってない不気味さでジュノを凝視するのだ。
いまいち理解出来ないステラは置いておくとして、この状況下に置かれながら冷静に対処するジュノの芯はブレず、まるで既にこの状況をある程度予測していたかのように。
余裕綽々で自信満々なその態度から一転、嘔吐を繰り返した挙句、命乞いを行い、高貴な身分を台無しに、凄惨な姿形を晒された時の表情を思うと、これ以上の面白い遊びはない。
どこでも興味を示すステラへの心配を事細かく注力するだけで、臆する瞬間を一切見せない余裕を貫く姿が台無しになる瞬間、人間達の期待と興奮は今までで最高値を記録した。
「まずは人肉を食し、絶望と後悔を与えて、情けなく嘔吐する姿からだな」
手際よく料理を用意して、膨らむ妄想は店主のみならず、街中がその興奮を求めている。
女性が入国すること自体、今となっては大変稀。
そんな貴重な女性が、付け加え美人であれば職人の腕が鳴るというのも。
より多くの絶望を与えたい思いと、抑えきれない欲望から爆笑を堪えて、店主は優しさ溢れる満面の微笑みを浮かべながら、ジュノたちが座るテーブルへ大量の料理を並べ始めた。
「……食事は注文してないわ、全て下げて頂きたいわね」
「いやぁ、奥様。お子様も長旅の疲れを癒したいでしょう。是非こちらの料理を召し上がって下さい。先ほどの無礼も含めて、お詫びの品として一口でもお食べ頂きたいのです」
あれほど酷い皮肉を言い放った相手が、ここまで露骨な手のひら返しを行えば、怪しいと思う方が普通の感覚。
しかし冷静を保つまま、笑顔のジュノの回答は実に紳士なもの。
「そう、ありがとう。お酒を頂戴した後に頂きたいわ」
「酒なら今すぐ持ってきますよ!」
笑顔のまま再び厨房へ戻る店主だが、怒りで血管がはち切れんばかりの表情だ。
「あの女、調子に乗りやがって! その高く留まった面を生きたまま剥がしてやる!」
溢れ出る怒りを吐いて、それでも残るストレスを懸命に抑え込む。
快楽の瞬間まであと少しの我慢なのだ。ジュノが絶望で苦しむ姿をイメージして、店主は速足で酒を用意する。
「ハイ、お待たせしました。お酒、お持ちしましたよ!」
「ありがとう。……申し訳ないのだけれど貴方、この料理、眺めているだけで良いわけで?」
ジュノによる唐突な発言は、意味を理解できない店主に過度なストレスを与える。
「え、えっと……、どういう……?」
多大なストレスの蓄積から冷や汗を掻いて、店主の心の声は今にも口から爆発しそうだ。
いくつか情報の足りないジュノの発言を理解するより、その忌々しい口に食事が飛び込む瞬間を切に願う。
それは周囲の男達も、窓から覗き込む住人達も同じ気持ちで。
「あら、内容があまりに簡素すぎたのかしら? つまりは……」
「あ、ガガガッ? あ、が、あ、あぁああっ!」
すました顔で大皿に乗る肉料理を右手で豪快に鷲掴み、左手で店主の顎を開けて口の中へと容赦なく流し込む。
ガタイの良い店主の抵抗虚しく、見た目にそぐわない怪力で押して来るジュノは誰にも止められない。
次第に涙目になる店主を見て、周囲は一瞬で凍り付いてしまう。
「私たち、特にお腹は減ってないの。貴方とても物欲しそうに見えたから、喜んでもらえるかと思ったのよ。遠慮しないで? ほら、お酒だってたっぷりあるわ」
言葉に品があって丁寧な印象なのに、行動は豪快で力任せで、そのギャップが恐ろしさを際立たせる。
無理矢理押し込まれる料理は、注ぎ込まれる酒によって食道まで流し込まれた。
「あら、美味しくて涙が出るほど感動? そうね、まだまだあるわ。さあ、食しなさい」
渾身の力でジュノから放れようとするが、か弱そうな見た目に対して渾身の力業、しかもまだ余裕すら感じられることから店主は完全に委縮して、自然と溢れ出る涙で懇願してくる。
「私は甘くないわ。人を見た目で判断することがいかに危険か、その身に刻むことね」
この一部始終を目撃した住人達は、災難が飛び火することを恐れてゆっくりと後退る。
「あら、見物人が随分と減ったものね。これを機にそろそろ本題に入りたいところだわ」
次なる段階へと。
店主を自由の身にすると、青ざめた顔色で自ら口の中へ手を差し込み、嘔吐を促す様子を涼しい顔で見届けるジュノ。
口腔内に粘着く料理と酒の存在感に、今すぐ逃れたい涙目の店主は、そそくさと厨房から裏口へ移動し、すぐ側の湧き水を口に含んで、焦るように嗚咽を張り上げながら隅から隅まで口腔内を夢中で洗い流す。
「あら、ここの水は飲めるのね。貴重な情報と誘導をどうもありがとう」
次第に冷静になっていく店主がゆっくり視野に入れるジュノーの顔つきは、それこそ本物の悪魔のようで、下手をするとアイリーンを追い越すような雰囲気に少々怖気つく。
「全部……、知ってたなッ、わざと俺を騙したのか?」
「騙した? 人聞きの悪い話ね。先に仕掛けて来たのはそっちでしょう。この程度で済むだけでも感謝して欲しいくらいよ。まあ、本当にこの程度で済めば、の話だけれど……」
不安を煽るジュノーの言葉は、店主に不穏な空気を呼び込む。
「あら、……まさか、自分達の罪は皆無と言うつもりで?」
先ほどまでの行いに関しても、酷いだけでは片付けられない悪魔の所業に対しても、何もなかったことにして、被害者面する店主の厚かましさには、ジュノも流石にうんざりしている。
「もういいわ、好きになさい。ただこれ以上邪魔をすると生活の基盤どころか命すら危いことを忘れないで。まあ、各自必死に祈ることね、得意分野でしょう? ……まあ、無理だけど」
「お、お前なんてッ、アイリーン様の手に掛かればすぐに食肉だッ、確実になッ!」
言い方は穏やかでも、命の終わりを告げるような発言に店主は怯え、ジュノとステラを置いて駆け出し、店裏のドアを頑丈に閉じる。それは店主だけでなく、この街の住人全てに共通しており、外には誰一人出ておらず、先ほどの賑わいが嘘のように閑古鳥が鳴く。
「噂の浸透力に頼ってこの街は稼働しているのね。全く、随分といいご身分だこと……」
「ジュノーぉ、ジュース飲みたぁーい!」
「ジュースはないけれど、湧き水ならあるわよ。口の中に潤いを与えなさい」
相変わらずマイペースなステラは、リズムを崩すことなく、ジュノを頼って口を洗う。
人間の嫌なところを全部詰め込んだような、直情的な人間性を発揮したホンレフの住人。
そんな状況から迷いなく計画が実行できると踏んだジュノは、改めて周囲を見渡す。
「ジュノーぉ、早くぅ、フレイぃとぉ、会いたぁーい!」
状況を読み込めないステラの純粋な叫びだけが、がらんどうの街に響き渡る。




