第十一章 罪の代償②
「ねぇ、フレイ。あの、アイリーンって、どういう関係?」
グアンの素朴で妥当な疑問をぶつけられたフレイは、思わず言葉に詰まる。
「そ、そういうグアンはどんな関係だと思ったの?」
「え? な、なんか、妙な運命で巡り合った関係? みたいな? そんな雰囲気がしたけど……。だってただの敵に見えないというか、敵と言ってもフレイも尊重してたように見えたし」
グアンの解釈は間違ってないが、表現の仕方にいくつか問題がありそうだ。
「僕とアイリーンは単にライバルとか、宿敵とかでは言い包められない関係だからね」
アイリーンとの関係は決して良好なものでない事を念頭に置いて、フレイは核心に触れる。
「アイリーンはとても頭が切れる。だから世の中の汚くて嫌な部分を早い段階から目の当たりにした。そんな不幸が重ならなければ、ボタンを掛け違えることも無かったのかもね。でも彼が犯した罪はとても重いんだ。だから許してはいけない存在だし、僕も許す気はない」
「ふ、ふうん。不運な運命の下に生まれたんだんだね……」
フレイの発言の仕方から、アイリーンという人生の影が色濃く浮き出る。
細かな背景こそ読み取れないものの、心の黒い部分はグアンが感じた感情と恐らく同等。
ただ自分の欲に忠実で一本筋の通った行動の数々から、根本にある信念を曲げない姿勢だけは、ある意味見習うべき人物かも知れないとも考えられるだろう。
「駄目だよ、グアン。どんな些細なことでもアイリーンを称賛してはいけない、同情すら感じてはいけない。アイリーンは全ての元凶。罪を償うには命を捧げる他、もう方法が残っていないんだ」
グアンの思考を見抜いたフレイは、口調は柔らかいのに、放つ言葉は厳しい非難で満ちる。
「……でも、フレイは説得してたじゃん」
「それは色々と無視しきれない事情を見てきてからね。難しい間柄だよ」
「じゃ、じゃあ、そのアイリーンって一体どんな悪さを働いたのさ?」
余程アイリーンと言う存在がインパクトを与えたのか、グアンの疑問と興味は尽きない。
「グアンは嬉しい、悲しい、辛い、腹が立つ……、って分かるよね?」
「う、うん……」
「じゃあ、今はどの感情がグアンの心に広がっているのかな?」
「えっと、フレイと居るから嬉しいだよ。……うんん、とっても、とても嬉しい……かな?」
フレイに背負われたままのグアンは、自身の発言を恥ずかしいと思いつつ、表情を認識されないこの体勢に心から感謝した。
なぜならこれはグアンの確かな本心なのだから。
「アイリーンはあれで喜怒哀楽を上手く表現出来ていない。《〈天性の才覚〉を掴むため、ただそれだけのために、彼は感情を殺した》んだよ」
「えっ、で、でも、たくさん怒ってたし、喜んでもいた……と、思う、けど」
フレイの回答はグアンが考えているより、大いにかけ離れている事から、矛盾しか生まれない。
なぜならあの嫉妬丸出しのアイリーンが、無感情とは結びつけにくいからだ。
「アイリーンの場合、本能だけが行動の原動力となっている。嫉妬と鬱憤が唯一の自制としてぶつかる事で軋轢を生み、その動力で感情を無理に表現して放出する事で高揚感まで演出できる、言うならば自分本位だね。何より他人を思いやる意味は理解出来ていても、良心が完全に欠落していて、人のための行動出来ない人物なんだ。つまり、対立する以外の解決方法は存在しない」
「そ、そうなんだ……」
「君のその感性は大切にして。必要な時に悲しんだり、適度に怒ったりすることは、一見当たり前のように見えても環境や生まれによっては難しいことだし、本当に奇跡的な授かりものなんだ。君なら僕の言葉の意味や正常な感覚が近い将来理解できるし、心身共に安定した毎日を送れるよ」
「う、うん……。フレイ、……怒った?」
おぶられる事でつい先程までは顔を見られなくて安心したものだが、今になってフレイの表情が見えない事が少しの不安を大きな恐怖に変えていく。
「怒ってないよ。グアンが幸せだからこその発言かなって。とても喜ばしい変化だよね」
ほんの少しの興味から思わず口にした疑問のよって、一時フレイの信頼を壊したかと不安な気持ちで胸が重苦しくなったが、素早いフォローで心の調子を取り戻したグアン。
それによってフレイの発言の意味も少し理解する。
グアンが住人から受けた扱いは、恐らくアイリーンを首謀者に置いて、周囲が触発される形で引き起こされたものかも知れないと。
それでもグアンが人とすら扱われていなかった事実は決して覆らないもの。
そんな中で会えたフレイという存在。
フレイの強さと優しさに包まれて、散々な過去を一瞬でも忘れられた瞬間があったのは、随分と驚いただろう。
荒み切った黒い心が浄化されるように、完全に存在を失くしたのだから。
心に栄養が回ると同時に、以前の自分と今の自分を比較する事も可能なまでに。
グアンがフレイを利用しようと打算していた頃を思えば、明らかな変化だ。
しかし人生に必要ないと考えるものはすぐ忘れられるのに、痛くて辛い記憶は一生心に刻まれる。
グアンはその無駄に傷つく心の難しさに心底嫌忌していた。
自身の心なのに、自身の想いに辛く当たり散らして、軽蔑までしていたのだから。
これは人としての自尊を根底から否定することで、傷つくことに慣れさせて、撃たれ強く見せた演技の末に、自分すらも騙して生き続けるための最後の手段。
色々と理由をつけて自身を一番の悪者に位置付けて、阻害してまで辛い現実を背く選択をした。
これはグアン本人が考える以上に深刻な事態であることを、今になって知る。
自身で傷つける傷は、想像より簡単で手軽だからこそ程度が分からず麻痺を起こして、結果、想像した以上の深く大きな傷を負うのが末路だ。
この最悪な環境下で、この負のループに落ちると、自身の価値を下げ続けるだけの毎日が完成させてしまうのだから。
これはまだ幼く無知だったからこそ起こった、地獄だ。
「フレイ、私を見つけてくれてありがとうッ、……ございます」
「畏まった言い方はしないでほしいな。グアンはグアンのままが一番可愛いんだからね!」
きっとフレイのことだから紛れもない本心で発言したのだろう。
嬉しさを胸に、幸せを身体で受け止めて放さない。
これはグアンにとって初めての感情。
フレイとの出会いが運命ならば、自身の人生を誇らしく思う。
嬉しさで富むグアンだけの空間は、陽気な花で咲き乱れ、良い香りがする感覚さえ起こす不思議な錯覚。
フレイの優しさが、グアンに優しい世界の扉を開いてくれた。
出来る事なら、今度は自身がフレイの為になる何かを捧げたい。
グアンの心は初めての感情に大慌てで、心臓は激しく鼓動を促し続けるからか、常に騒がしい。




