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零の継承者たち -天子の揺籃ルネ-  作者: あず
冥々裡の地獄ホンレフ
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第九章 巡る空間①

「よくやったアイリーン! ようやく〈アレ〉の行方を特定出来そうだ!」


 飲み物のように一袋の菓子を口に流し込むと、テレビのチャンネル切り替えに夢中の男。


「ねぇ、アレが良い男だったら私に頂戴よ。人間の男にはもう飽き飽きしているのよね~」 


 下品な欲望を隠しもせず、あっけらかんと化粧を施しながら言いたい放題我儘を言う女。

 あれだけの辛い痛みを知ったはずの、ボロボロになって帰ってきたアイリーンを片隅に置いて、この男女は己に対する関心にだけ夢中なままだ。


「あ、あの、……アイリーン様ッ!」


 この油まみれでカビ臭い一室で、仁王立ちのアイリーンの名を弱弱しいく読んだ一人の青年。


「そのままでは風邪を引いてしまいます。服を着てください!」


 これがアイリーン本来の姿なのか。

 まさに生まれたままの姿で、水滴が滴り落ちるほど全身ずぶ濡れだ。テレビの画面だけが頼りの灯りだからか、その姿もその表情も判別しづらいアイリーンに対して、丁寧に畳まれた上下の服を震える手で差し出す青年。

 それを乱暴に受け取ると、部屋の最も暗い場所で着替える。

 終始無言を貫いたままで。


「あ、あの、アイリーン様ッ……!」


「黙れデリム! お前はただ必要な時に必要な物を用意すればいい! 出しゃばるな!」


 アイリーンの機嫌を損ねたデリムは、アイリーンによる激しい叱咤の後、何度も蹴りを入れられる。

 小さく丸く蹲るデリムは、自身の言動に対する陳謝を述べ、とにかくアイリーンの機嫌を損ねないよう語り心地の良い言葉を選ぶことに必死だ。


「まぁ、長年のお目当てがこうも運命的に出会えたんだから素直に喜べば? にしても、相変わらずフレイは魅力的な外見してるもんだわ。私だって恋しちゃいそう!」


 多様なアングルでテレビに映る凛としたフレイをまじまじ魅入ると、女は大きな溜息をつき、艶めく惚れ惚れとした表情まで披露して、フレイに対する好意を宣言した。

 この発言を聞いて、アイリーンによるデリムへの制裁は突然止まる。

 アイリーンにとって自分以外の誰かがフレイに恋することも、愛することも、傷つけることすら簡単に許されるものではない。

 それだけに女の冗談交じりの軽い発言すら癪に障る。


 そんなストレスで再びデリムを蹴るアイリーン。

 やっと終わったと思われた体罰が、より激しいものとなって降りかかるのだから、デリムは堪ったものではないだろう。


「な、なにぃぃぃい? 何だっってぇぇえぇぇええ?」


 元々異質な空間に異様な雰囲気を加えることで、唾を飲み込む音さえ聞こえそうな静寂に一瞬で包まれる。

 リモコン操作に夢中だった男が、予想外と言わんばかりに驚き、怒りと疑惑、そして困惑に満ちた複雑な叫び声で、この場にいる者達の注目を一身に浴びたのだから。


「な、なによー、どうしたっていうのよー」


 女の砕けた呼びかけに、男は声を震わせながらゆっくりと答える。


「や、や、奴は、あ、あ、〈アレ〉の潜伏先は、今、て、て、て、天井、天井に……ッ」


 男の発言から、皆一斉に天井を見上げる。

 しかし天井を見上げただけで、音や実体を確認できるはずもないが、渦巻く不穏と緊迫した空気だけで場を掌握するのだ。


「罠、……か?」


 皆が思ったことをぼそりと呟いた男。

 元々同胞が潜伏先を日々移動しているのは認識済みだった。ただ今の今まで慎重を期して動いてきたものを、この状況下、簡単に暴かせるのだから、何かしら意味ある行動の可能性は拭えない。

 つまりは勘ぐるなと言う方に無理があり過ぎるのだ。


「今回の大胆な動き、フレイが関連しているのか? いや、確実に関連しているッ!」


 フレイがこのホンレフに来てからというものの、この男達の、ホンレフの住民達の平和は崩れ落ちたようなもの。

 男達から見れば、フレイの方が人でなしも同然なのだから。


「クソッ、今はとにかくアレの動きを明確にする必要が出て来た、今ならできるはずだ!」


 この状況を幸と受け取り、アレを生け捕りにするため、外部から攻める。

 これが男の出した答え。


 これによってブラウン管テレビだらけの環境は改造の末に、雰囲気の全く異なる空間に変わる。

 男がリモコンの赤いボタンを長押しすると、一番大きなテレビ画面下のVHSらしき挿入口から、ビデオテープほどの大きさの、コンパクトに折り畳まれた即席のキーボードが現れる。

 その瞬間、山積みのテレビが角度を変えて移動までして、最終的には男を取り囲む。


 事細かな設定の後、監視カメラの有線を断ち切って、カメラは機械仕掛けの鳥ロボット変形し、黒い羽も作り出して自由自在に操作することも可能にした。

 機械とは思えない滑らかな動きの小鳥ロボットが天井裏に侵入すると同時に、大量のテレビ一つ一つが繋がると鮮明な大画面まで完成させる。

 アレが潜伏する天井裏を映し出したのは、氷に繊細な彫刻を施すように形作られた城が鎮座する様子だ。

 氷は白濁化しており、中の様子は厳しいが、ふと監視カメラを引いてみると、思わぬ真実が見えて来た。


「ち、小さい? 小さすぎる! まさかここまで小規模だったとは……」


 大画面が映す小さな氷の城は、片手で握られるほどの大きさながら、細部まで手を抜かれていないのが良く分かる。

 内部を灯す仄かな明かりが、この暗闇を淡く照らして。

 そんな貴重な映像を見せたカメラは、唐突に画面が濁り、細かな操作が出来なくなる。


「カ、カメラが凍った……ッ!」


 再起不能で地面にゴロリと落ちたカメラは、機能が停止するまでの間、氷の城の全容を逃さず映し出した。

 それはまさに見せつけるように、白濁した氷に生えた天使のような白い翼。

 柔らかく上質な質感まで緻密に表現して、氷とは思えない滑らかさで羽根を動かして、儚く消えていく。


 まるで白鳥の羽ばたく姿を連想させるもので、高貴な存在と言わんばかりの証を残して、優雅に翼を広げて飛んで行ったのだ。

 その様子を息を吞むのも忘れて見届けたアイリーンと男達は、ようやく正気を取り戻すほど、夢中になって見ていた現実を突きつけられる


「や、奴だ、奴の挑発だ……。お、おれ、俺を、見くびりやがってぇぇええぇえ!」


 一時抜け落ちた感情が我に返ったことで、怒りの爆発が抑えきれないほどの激怒に湧く男。


「やだ、なにあれ? 素敵! 生け捕りよ、絶対生け捕りにしてッ!」


 単に美しさに見惚れて、自分の欲に正直な女。

 目を輝かせる女に少々遠慮する手前、この好機を逃せば後悔しかないと男は知っている。


「おい! アイリィイイイン! 追跡しろぉお! 絶対奴を逃がすなぁぁぁあああ!」


 相変わらず偉そうな命令口調でアイリーンを急かす男。

 女はあの翼の生えた白い城の神々しさに夢中なままで、デリムに至っては視線の気まずさから、明後日の方向へ目線を避ける。

 決して助けて欲しいと願ったわけではないが、こうも自身の利害に忠実な者に囲まれては、アイリーンが幾分擦れてしまったのも納得がいく。

 もし愛を、温もりを、無意識に優しいフレイに求めしまったのだとすれば、これほど悲しい話はない。


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