第七章 夢なら目覚めて①(グアン視点)
物心ついた頃、私の意識は既に砂漠にあった。
経緯は全くの不明だけど、私は生後間もなく捨てられた現実を突きつけられたんだと思う。
置き去りなんて珍しくない時代だけど、最低限の資源しかない砂漠のしがないオアシスに放置するなんて愛情は感じられなくて、もしかすると早く存在が消えて欲しいという願望だったのなら頷ける。
真実を知るには残酷だったけど、現実を冷静に分析できる自分もいた。
なによりどう足掻いても納得するしか方法がないのが、生きる続けるという残酷な現実さ。
そんな無限に湧くばかりの絶望の中で、一瞬でも負の感情を忘れさせてくれたのは、厳しい環境で生きる植物の逞しさと、心通わせることができる優しい昆虫たちだった。
そんな力強い生命力に触発されて、砂漠に新しい命を宿すための補助を始めたのが、この運命へ舵を切った判断だったのかもしれない。
でもその判断に対して私の後悔は少しもない。
だってしがないオアシスが変わっていく様子は、私に絶えず活力と希望をくれたんだから。
でもそんな幸せは長く続かなかった。
それは私のオアシスに突然、ひょんなことから現れた、人間の存在がことをおかしくする。
どこからどう見ても私と同族と感じただけに、当時は新たな幸せに私の心は大きく弾んだ。
まだこの当時は知らなかったけど、私の小さなオアシスは流刑地として選ばれたようで、罪人が次々送り込まれていたんだ。
初めて見る人間の印象は、体格差こそあっても見た目の作りはさほど変わらないと思ったし、いつか私もこんなに大きくなるのかと想像して心躍ったな。
当然人間達も幼い私を見て想像した以上に驚いてくれたけど、恐らくこの時から整理した頭で閃いたのは、惨忍で、残酷で、容赦ない悪事の数々だったんだと今なら分かる。
腹に一物を抱えて、まだ無垢だった私を空高く持ち上げたのは、危険人物ではないと示す陳腐な行動で、現に私の警戒心を簡単に溶して、信頼を得るのは難しいことじゃなかったと思う。
優しい笑顔と甘い言葉で急接近されただけに、好感を、仲間意識を抱くなと言う方が難しかった。
だって誰かに好意的に接触されたのは、生まれて初めてのことだったから。
私はただその幸せを共有したくて、オアシスを大きく巨大に、村を造り、街を造り、最終的には国にまで発展させてしまったのは、後悔してもしきれない過去だったと今でも思う。
次第に絶対的な信頼と感心を寄せたけれど、そんな私の想いは金槌で叩き割るように、真の闇へ孤独を呼び込む現実は、まだ幼過ぎる私にはすぐに理解が及ばなかった。
今までは心を通わす存在がいても、言葉を交わす存在はいなかったから、人間が特別になるのは普通の感覚と心理であって、致し方ないことだと判断できている。
それでももし、過去に戻れるなら私はこの瞬間を迷わず選ぶ。
だって願望赴くまま人間は言う、「もっと楽園を広げたら、沢山の仲間が呼び込める」と。
これは当時の私には魔法の言葉。
私が願ったのは、『人間を呼び込めば、たくさんの愛を貰える』と、そんな欲望を叶えるために、身に余る能力を発揮させたのは久しい。
だけど私の欲は贅沢な思想と、他人に小言を呟くようで、実際は私に聞こえるような声で叫んだ。
十二分に欲を満たしていく人間は、この頃を境に私に対して軽率な態度と嫌悪感を抱く表情で、私の心身に強い威圧と酷い差別を与え始めたのだから。
横暴な命令と執拗な言動は止まることを知らず、多感な時期の私を追い詰める。
この頃には染みついた情と恐怖に押されて、人間が快適に過ごせるよう、より良い空間を完成させたその瞬間だけは、私の存在を認めて笑顔まで見せてくれた。
当時、それだけが唯一の私の救いだったんだ。
地獄はそれだけで終わらないどころか、更に底があることを身に染みて感じ取った。
私が女性と呼ばれるような見た目に成長した頃には、砂漠の真ん中にあるしがないホンレフは真の楽園に変貌していて、この時代はまだ太陽光を活用した遮断型ドームで覆われただけの空間だった。
それでも紫外線軽減策も搭載されていて、砂漠の環境の中でも地下水を探り当てることにも成功させていて、緑が育ち、自給自足も可能なオアシスに育った。
ホンレフの文明開化の鐘は遠く激しく、事実《砂漠の楽園》の名は瞬く間に広がった。
同様に、ホンレフが難攻不落の巨大隔離要塞となったのもこの頃。
遮熱用のドームの端が突如としてせり上がり、一日も経たぬ間に巨大で天にも昇る障壁が出来上がったんだ。
それらはただの壁でないことも大方予想はできていた。
見るからに硬い金属に生命が宿ったとしか言えない障壁は、大砲でも破壊することは難しいと判断に至るほどに。
また詳しく調査をしても、私には解明出来ない特殊で未知の素材だったと記憶している。
どんな刃物でも鈍器でも、傷つけることすら不可能と推測できた。
そんな中唯一外と通じる正門は、馬二頭を連れた荷車がぎりぎり通れるほどの、最低限の高さと幅になっていて、周辺諸国も安易に手を出せない造りも特徴的だった。
そのため戦争とは無縁の、ここの住人にとっては生きる楽園だったと記憶している。
ただそんな楽園も一転して、不穏な空気に変わった出来事はある。
それは他国が送った使者を、住人達がいつもと同じ感覚で追い剥ぎの末、亡き者にしたことだと断言できる。
使者の話を聞く耳持たず、金品ばかり漁って、懸命に差し出そうとしていた書状に一切着目しなかった、まさに動物並みの頭が起こした結果だった。
一時はこれで派手な悪巧みに終止符を打つだろうと、足も洗うだろうとも期待したけど、ホンレフの完璧な鉄壁は住人達の期待と希望を乗せて、自尊心がより大きくなったんだと思う。
事実、それ以後も国際的な問題に発展した形式はないし、例えなにかしら戦争の兆候があったとしても、鉄壁を突破するための知恵も技術も育っていないのは明らかだった。
勿論、私はあくまでホンレフの中で、時折訪れる旅人の所持品から情報を割り出すことしかできなかったけど、外の情勢は時間が経つほどに核心を持てる情報が揃っていた。
まず、障壁が迫り出す前の《砂漠の楽園》から《冥々裡の地獄》へ異名を反転させたこと。
恐らく周辺諸国の使者が、ホンレフで姿を消したのが正式な証明となったんだろう。
今までたくさんの外部の人間が姿を消した形跡はあっても、証拠は何一つ提出できない。
そりゃそうだ、ホンレフに入ったら最後、誰一人として帰ることはなかったんだから。
でもその制約は住人達を苦しめる条件でもあったんだ。
つまりはそういうこと。
住人達もホンレフから出て行くことが出来なかったんだ。
元は自給自足が出来る街。
生きていくこと自体に不自由はなかったけど、心は荒んでいくのは見て取れる。
シンプルにストレスが原因で私が標的にされたとも思ったけど、それだけのせいじゃないことを私はこれからじっくり理解する瞬間を心身に味わう。
ホンレフ内部が荒れに荒れて、住人の残虐性は日に日に増す一方で、収拾のつかない事態を鎮静化させたのは、あの漆黒の、黒い塔の出現だった。
何もない平地から突如として塔が出現した夜、住人達を一時怯ませるも、高い塔から突然姿を見せた男女のシルエットは神々しく、この塔に対する神格化への浸透は驚くほど早かった。
多分、住人は自身の犯した行動を正当化させたかったかも知れないと、今なら思う。
皆が皆、同じ過ちを犯して、正常でいられるほど出来た人間は居ない。
故に熱狂的な崇拝者でこの国は溢れる。熱狂的になればなるほどに人としての姿を失くして、その過程を本人が理解出来ないまま、黒い塔に夢中になる姿をこの目で見た。
人とは全く異なる姿形へ導かれても、それすら気が付かないほどの幻想を抱き、精神まで喰われて脳をかき混ぜられる感覚すら快感にすり替わり、元々異常な思考を更に残酷に変わったように思う。
これらの経緯は頭の隅で何故か覚えていて、明快な映像として展開されてたからか、フレイが示した寄生人と呼ばれるものだと、すぐに理解が及んだ。
でもこの瞬間は私にとって、本当の意味で地獄の始まりと言っても過言じゃなかった。
変な自信がついた住人達の陰湿な威圧はより過激さを増して、去り際にぼそりと呟く暴言や、然も私の不注意と見せかけた末の暴力もあって、その行為に噛みつくものなら『お前に向けたものではない』と容疑を完全否定した挙句、しつこく謝罪の要求を行う始末。
私の意見や証言が実ることなど一度だってなかった。
逃げ出したい、死にたい、何度思ったことか。
恐らく私だけなら脱出の手は残っていたかも知れない。
だってこの空間を、少なくとも基盤を創った遂行者は私で、解除する方法も、将又崩壊させる方法も詮索することはいつだってできたはずと思うから。
それでも言いなりでいたのは、オアシスの頃からの優しい言葉を無意識に求めていた、染みついた情だ
ったかもしれない。
それでもこの国は、この空間は乱暴に扱われ続けた結果、私の手に負えないほど身勝手に、意思を持って独りでに歩み出したように思う。
その現実を受け入れられない人間達が、全責任を私一人に押し付けて、執拗に責め立てられた時は逃げ場も無く、まさに地獄そのもの。
私が描いた未来が砕け散り、耐えきれなかった心身の逃げ道は、このホンレフを更に豊かに便利な生活を送れるよう、違和感を使命感にすり替えることだけさ。
より住みやすく心地よい空間を完成させれば、少なくとも執拗な攻撃からは逃れられると思っていた。
そんな藁にも縋る想いに小さな夢を抱いて、身を粉にして働き続けたけど、同じ背格好の人の、幸せそうな姿を見ては自分を重ねて、悶え苦しみながらこの国を更に良い空間へ繋げるだけの毎日だ。
それでも暴言が収まる気配は全然なくて、私の心は闇に落ちていく。
期待することが全て無駄だと頭にインプットされると、人とは不思議なもので、無駄に笑顔が花咲いてしまう。
それはきっと見返りを求めてしまう心が、非情な現実を拒否したいと思う心が、無理に楽しさを求めてしまった結果なのかもしれない。
当然、何かが面白くて表現された笑顔では無くて、ただ明るく笑うことで悲しみや不満を無理矢理にでも解決させて満たそうとする、究極の現実逃避だと今ならよく分かる。
私にはもう、抵抗できる健全な心身は微塵も残っていないという、まるで牙と爪を抜かれた生気も威厳もない虎のようだったと思う。
そんな私の心情を見透かす能力だけは有能で、暴言は見境なく、計画的な悪の所業を見せた。
私の全てを否定される言動は、太陽が眩しい時間だけでじゃない。
暗く、各々が家路に帰り、家族や恋人と過ごす頃、私は肌寒い空間で一人孤独に外に残されるのだから。
不気味な笑顔を振る舞う中、誰もいないことを確認すると、ここで初めて私の目から涙が零れる。
明るい家々には笑い声で溢れ、楽しいひと時は容易にイメージ出来る瞬間ほど、自分を取り巻く環境や仕打ちに対して、これ以上の疑念を抱くことはなかったと思う。
でも私はもう巻き戻ることも不可能なところまで来てしまった。
肌寒い環境は苦にならなくも、自分の置かれた環境への寂しさと悔しさが滲み出た。
でも事あるごとに暴言を吐かれる誰かといるなんて想像もしたくないし、ほんの少しだけホッとした感情があったのも事実。
でもそれが尚の事虚しくなるのも事実。
だからきっと誰かを責めても、自分さえ責めても、何も変わらないと心が行き着いた。
そう結論つけることで、私の諦めは素直に身体に浸透していった。
でもそれは健全に生きることを放棄したと宣言したようなもの。
私が反抗を止めて無気力になろうが、もうこの段階で人間の生活に困ることも少ないのに、相変わらず人間は刺激のない平凡で退屈な毎日に、飽き飽きしている姿をあちこち見る。
画期的なストレス発散を追い求める中、強いて言えば、非常識に五感を満たせるイベントと言えば、あの黒い謎の塔が出現する瞬間だろうか。
黒い塔は神出鬼没。
その気まぐれさが人間の崇拝心を更に掴んだと考える。
極めつけ神秘的な逆光を纏う男女によって、崇拝は日を追うごとに熱を帯びていく。
住人達の細かな感情は分からなくても、姿を見せる男女を見て自身も選ばれた人間と思ったのか、その多幸感から熱狂的に、中毒性を帯びて依存度を増していったのかも知れない。
事実私とあの謎の男女との扱いは天と地ほどの差。
真の目的こそ分からなくとも、ある程度目的は一致していると自分の心音が疼いてた。
だから怖かった。
味方どころか中立的な立場の人が居ないこの地で、一体私はいつまで生き続けるのかと。
搾取なんて朝飯前で、理不尽な扱いも当然どころか普通の行いのように処理されて、必死に藻掻いて抵抗する姿も指差しながら笑われる毎日。
耳を塞いでも鼓膜に響く、不快な笑い声の数々。
未来を閉ざされ、絶望は最高潮に達することで、私の心は全ての諦めを覚え、善良な感情を完全に閉じた。




