第六章 異空間の真実①
大量の泡を通り抜けて、小さな障害から抜け落ちた先に見えたのは、地底のような、巨大な洞窟のような、不思議な空間へフレイとグアンは辿り着く。
「フレイ、ここ……、どこ? 一体何なの、これ……」
グアンは次々起こる疑問と不思議に、頭がパンクしそうなほどの情報量で目眩がしている。
「恐らく、天然の洞窟と亜空間を結合させたんだ。簡単に言うと、自然と科学の良いところを融合させたようなものだよ」
「ふ、ふーん……、そうなんだ。あ、亜空間って言うのは一体?」
「そうだね、過去も未来にも属さない独立した空間ってとこかな。ここは硬い地盤の空洞をベースに、独自の空間を組み込んで創り上げたんだろう。とても上手く融合させている」
フレイの分かりやすい説明を聞いたグアンは、改めて興味を持って、異なる視点で再び周囲を見渡す。
あの高い塔がすっぽりと収まる地底の深さとに加えて、周囲に取り付けられているのは、近代的な巨大なライトであるようで、地面に幾つも洞窟に埋め込まれていて、その幾層ものスポットライトで照らされているのは、あのグアンが見慣れた塔。
ただ形こそあの塔そのものなのだが、まるでペンキをひっくり返したかのような、真っ黒とは正反対の、真っ白な塔に外観を変えている。それにより全く別物の建物のようにも見えた。
なにより驚いた変化は、上下あべこべの逆さまとなっており、塔が天井から迫り出すような形で、フレイたちは地面から登場した形で存在している。
到底あり得ない光景を目撃したことで、次から次へと起こる現象に耐性のないグアンは、瞬きする瞬間も与えられない。
「ね、フレイ! その赤い手とかさ、あとなんでこんな不思議なところに来れたの?」
この空間に入る直前、現実世界でフレイが実力を発揮できた経緯を詳しく知りたいグアン。
「ああ、この期間ずっと調査して確信したんだけど、電気が通っていたのが決め手かな」
「電気? ……って、もしかしてあの、バチバチッて光ったやつ?」
「そうだよ。このホンレフの構造とよく似た、サーキュラーっていう空間を知っているからね」
「ふ、ふうん……」
サーキュラーの場合、太陽光発電によって電気を供給していた。
しかし。
「ただよく似た構造と言っても、ホンレフの場合は主に地熱発電で供給している事実を手繰り寄せることが出来た。太陽光も活用はしているが、あくまで補助程度で規模は比較にすらならない」
「ど、どうやってそんな難しいことに気が付いたの?」
「この砂漠地帯だ。僕も最初は太陽光が怪しいとばかり思っていたが、あの天に届きそうな壁が地熱を溜める蓄電池として使用していると判断に至ったんだ。元々、人がどう足掻いても組み立てられるような技術は勿論、住民は知識すら持ってなさそうに見えたし」
「さ、最初から大凡見当ついていたってこと?」
「……余談だが、宿泊所とかの外部の人間が寄り尽く場には蝋燭しかなかった。だけどグアンと過ごしたこの夜で住人達の家はどうだ? あの明るすぎる光は十分過ぎる証拠になったよ」
いかに人を馬鹿に、裏でせせら笑っていたかは明確で、悪趣味な住人には嫌悪しか湧かない。
「この空間には君を必要としている人物がいる。逆に疎ましく思う人物もいるけどね」
「わ、私が、私が必要???」
グアンにとって予想外な発言に、多くの疑問符で頭はパニック寸前だ。
逆さまの白い塔を目指して地面を力強く蹴ったフレイは、右肩から下だけが紅塗りの状態から、祝福を発動させると、全身に紅を巡らせて身体中全て紅の紅塗りへ変貌を遂げる。
それをただただ呆然と、唾を飲みこむことも出来ない沈黙のグアンは、フレイへ視線を逸らすことも出来ず、寧ろ凝視でその様子をまじまじと見てしまうほど。
思いの外フレイのこの姿を素直に受け入れられている事にグアン自身も心底驚いている様子だが、パンクしそうな大量の情報が止むことなく降って掛かる現状に、理解が追い付かなかったとしても致し方ない。
「よっ……、っと。ほら、グアンもッ!」
「あ、ありがとう……」
たった一蹴りで白い塔の中間部まで、豪華なバルコニーから真下の階の、大きめの両開きの窓に辿り着く。しっかり施錠された中で、この窓だけ僅かな風の通りを感じ取ったからだ。
「グアン、どうも僕たちは誘導されてる感覚がある。どうか慎重について来て欲しい」
「う、うん。……分かった」
〈カシャ……、キィィィイッ!〉
緊張感を漂わせながら、窓が開いた先に見えた光景は、内装が黒一色に統一された天地逆転の一室。
家具から小物まで不自然に固定されていてビクともせず、天井に落ちてくる気配はない。
天井を歩き、逆さまで宙に浮く不自然な黒いシャンデリアを横切って、まずは周辺から捜索する。
ドレッサーなどが配置されていることから、女性の寝室でまず間違いないだろう。
「グアン、動かないからって安易に障っちゃダメだよ」
「わ、分かったよ」
「黒一色とは言え、時代にそぐわない内装か……。歓迎されてないのか、余裕がないのか、将又何かを企んでいるのか。答えがこの部屋にあるのか?」
一人用心深く慎重に行動するフレイと、一人カルチャーショックを受けているグアン。
グアンはこの未来的建造物自体に加えて、見るもの全てが驚きと発見の連続で、先程から次々変化する感情にも押しつぶされそうな感覚で深く刺さる。
砂漠地帯とホンレフの生活しか知らないグアンにとって、怖くなるくらい洗練された一室は、目に見える現実が信じ難いもの。
全てが黒く統一されていても、初めて見る部屋の造りや調度品、細やかな小物の数々がグアンの興味を強く惹きつけた。
色はイメージ出来なくとも、上級品であることは雰囲気で分かる。
なによりも一瞬過ぎった天井に届きそうな細長い姿見に、自身の顔と所作がハッキリと映ったことで、グアンの興味は完全にこの鏡一点に注力されてしまう。
「フレイ、凄いよ! 水面じゃないのに私の顔が映っている!」
「ダメだよ、勝手に障っちゃ……、ん? わ、私の顔が映っている、だって?」
この興奮を共有したいがあまり、周囲を入念に調査しているフレイに声を掛けるが、そんなグアンの身に起きた違和感からすぐにグアンのいる方向へ向いた。
「グアン、グアン……ッ、グアンッ!」
フレイが振り向いた頃には、既にグアンの身体半分が鏡の中へ引き込まれている。
見えるグアンの左腕をしっかり握って必死で足掻くが、引き込む強い力はグアンの身体を全て沈ませた合図で、鏡に埋められたフレイの右腕は切断され、一瞬にして離れ離れになる。
「グアン! グアン! 聞こえるか? グアアァアン!」
グアンを飲み込んだ瞬間、鏡は反射を失くし、ただの黒いだけの板に物質そのものが変わる。
一人残された空間で、悲痛な叫びが響くだけの部屋がフレイの背中を押した。
「一体どこへ連れて行かれたんだ? 敵か? 味方か? ……クソッ」
こうも容易くグアンを手渡した失態は大きい。
失意の末、再びグアンを取り戻すための方法を模索すると、早々と次の覚悟へと心を置き換えた。
「グアンはこの塔のどこかへ引きずり込まれた。なら僕にできる選択は……」
グアンがいなくなった空間は、実に静かなまま大きな扉が開く。
まるでフレイの通る道を上から目線で指図されているような、どこか不躾な態度を感じた。
「同胞が存在するなら何かしら誘導はしてくれるはず。……あまり期待はできないけど」
刻一刻を争う状況に選択などあるはずもなく、グアンと共に消えた右腕が再び結合を欲することから、フレイは神経を、感覚を研ぎ澄ます。
思えばフレイの右腕ごとグアンを連れ去ったのは不幸中の幸いと言える。
未だ敵か味方か分からぬまま、ただ相手の望むまま深層へ突き進み、グアンの行方を追う。




