第四章 信頼の瞳②
「ジュノぉ、……フレイぃ、まぁー、だぁー?」
部屋に籠るのも、外で遊ぶのも限界が来たのか、不貞腐れながら積み木を積み上げているのは、不満爆発のステラだ。
ステラにとってフレイがいない世界は、色を失くした真っ白な無地のキャンバスを、毎日強制的に見せられているようなものも同然なのだ。
「そうね、フレイは貴女の為に頑張っているのよ。だから困らせてはいけないわ」
ジュノの言葉を鵜呑みにできるほど、聞き分けのよいステラではない。
行き場のない寂しさと湧き出る怒りは、高く積み上げた積み木に八つ当たりすることで、無言の主張をジュノに激しく訴えるが、欲しい言葉も、反応も、心配すら得れず、相当苛立ってるのが分かる。
フレイなら優しい言葉の数々と、隅々まで行き届いた行動で必ず愛を示してくれる。
フレイの痒いところまで行き届いた愛情しか知らないまま、ジュノからも甘ったるい愛を獲得しようとすること自体無謀な話だが、当の本人がその事実を全く理解できていない。
元々我儘が通らないのはどことなく感じてはいたようだが、涙を溜めに溜めたステラが四方八方に積み木を投げ出すと、それを無言で片付けてくれるのはジュノなのだ。
苛立つ心に貪欲さが増す一方で、恋しい想いが頬を伝う感情で溢れ出し、さらに激しく物に当たるも、ジュノは相変わらず無言を貫くが、おもちゃの片づけは淡々としてくれる。
フレイとは異なる優しさに気が付いても、それを受け入れる器も、受け流す余裕もなく、この環境に戸惑うステラは、ジュノの行動全てが疎外感を与える危険なものと判断してしまう。
そこまでジュノを受け入れる感情を頑なに拒否する心は、幼少の心でも本能が理解した、恐らく女の勘という特別な感情が忙しなく心を叩くからなのだろう。
この年齢であっても、ステラは薄々気付いている。
ジュノはフレイにとって、自身以上に特別な存在として位置付けている現実を。
***
ポツポツとした灯りが纏まり、点はやがて束となって激しく燃える。
集結した灯火は、このホンレフの中央にある大広場を囲うようにその場に止まると、突然の轟音と地面から迫り出したのは細長く高い巨大な、この夜の深さと共に漆黒を纏う塔だ。
そんな一番星を目指すような高さを見上げた多くの寄生人の外見は、唐突に人間の形を失くして派手な変化を展開させる。
身体中に染み出たのは緑の体液のようで、それは服を、皮膚をも溶かして、粘着く口腔内を大きく広げた合図で口の中から迫り出すのは、ミイラ化した大きな害虫のような、不気味な生体だ。
その生体は知性を持っているのか、酷く周囲を警戒しているようで、前後左右胴体を迫り出しながら事細かく監視を始めた。
「これって、完全体? 集合体にも見えなくもないよね?」
「君はそんな言葉まで知っているのか。多分、彼らはアイリーンの改造による、人造人間の一種だよ。恐らくこれらは《完全体の体内へ集合体を内蔵させた》可能性が捨てきれない」
「あ、アイリーンって?」
「流石にその人物の名前までは知らないんだね」
まさしく奇居虫を連想させるような姿形は、完全体と集合体の思惑がそれぞれ有益と判断したからこそ。
長年の犬猿の仲が解消したとは到底思えず、脳と心は反発し合い、そのストレスはかなりのもので、日を追うごとに増幅するばかりだろうと十分推測できる。
「恐らく、この環境がこの変貌を可能にしている」
フレイは核心を持って暗闇に聳え立つ塔を視野に入れるが、塔はその全貌を隠すようにこの闇に紛れる。
全ての元凶が塔にあると、憶測が確信へ色を変えた瞬間、自然とフレイの思考は大胆なものとなる。
無謀にも丸腰で目立とうとするのだから。
「ちょっ! ちょっ、ちょっと! フレイ、駄目、駄目だってばッ!」
臆する様子も無く飛び出そうとするフレイを止めるグアン。
今までにないほど焦ってまで。
「ここはあのバケモンの巣窟だよ? この街は入ってきた者の力を制限させる、呪いみたいなもんが蔓延ってんの! 例えフレイが元は強かったとしても、ここでは無意味なんだよッ!」
グアンの発言はフレイに驚きを禁じ得ない。
驚くままに壁に向かって拳を突きつけると、ただ鈍い音が狭く低く響いた。
この程度の壁など恐れるに足らないが、拳は血が滲む始末。
「ッ、くそッ、自然治癒力も機能しないのかッ!」
まんまと罠に嵌まったことを認知したフレイは、思わず声を濁す。
しかし正門からの入国を勧めたのはジュノ。
この状況だ、情報を撹乱されて正確に認識出来ていなかったのか、認識していながら情報を手広く明かさなかったのか。
どちらにしろ何らかの理由と思惑が混在して、酷く絡まったことだけは事実として間違っていないだろう。
「先入観を持っては駄目だ。必ず外との通信手段は残っているはずだ」
力を奪われたフレイが真っ先にすべきことは、あの漆黒の塔を詳しく調べること。
しかし現段階で切り札もなく、探りを入れるのは無謀とフレイの本能が足を食い止める。
「入国は容易い。ならジュノの刺客も潜り込めた可能性も高いはず……」
困難な現象、強固な構造と、計算尽くされたカラクリを創造した同胞に知らしめる抵抗こそ、同胞の接触に加えて、最終的な解決の糸口に繋がると、ジュノは示唆していたのだろうか。
「フ、フレイ……」
真剣なままに考察を巡らすフレイの真剣な横顔は、非常に頼もしい雰囲気を醸し出している。
見た目のそぐわぬ珍紛漢な、異常に優しすぎるが故に頼りない奴とばかり思っていたグアンにとって、このギャップは反則だろう。
最初こそただの駒使いとして使おうと考えたものの、フレイは本当にこのホンレフから脱出させてくれる救世主かも知れないと、遠の昔に消え去っていた期待が、小さな隙間で少しずつ膨らんでいるのが実感できる。
黒い心が淡い期待によって綻び、鮮やかに色づく瞬間をグアンはその瞳で目撃する。




