第四章 信頼の瞳①
「うぐぐ……ッ! グアン様のお通りだじょー! ハハハッ……むにゃむにゃ……」
満足そうに眠るグアン。
その傍らで微笑ましい表情になるフレイは、日干しレンガに開いた小窓に目線を移動して、月夜から注ぐ淡い光がその真剣な顔つきを照らし出す。
「チュン、今日は来ないのかな?」
ちらちらと小窓を気にしてひたすら待っているのは、ジュノからの指示のようだ。
ジュノの計らいで潜入こそスムーズに事は運んだが、肝心の調査は全く進行出来ていないこの状況。
何度も小窓を覗く度に、フレイに心中穏やかではなくなる。
それは表情から見ても非常に険しく、悲観的過ぎて危なっかしいくらいに。
それでも時間は進む。
今日は諦めた方が良いという判断を仰ぐほどに。
「ん? なんだ? ……炎?」
小窓を魅入るフレイの視界に入る小さな炎。
それはポツポツと増え始め、不規則に揺れる頃には大方の予測ができるほどに。
しかし小窓といえど何が起こるか分からない。
前のめりに見ていた身は壁面に背中をピタリとつけて、そっと横目で炎の行方とその正体を追う。
揺らぐ炎が松明と判別できるほどの至近距離で認識すると、謎の松明の正体の解明に身体は動く。
炎を持つ者たちの正体を、確実にその目に収めたが故に。
フレイは一度よく眠るグアンを見て、物音を立てず、ゆっくりこの宿を後にした。
***
月夜に松明がちらつく中、昼間とは真逆の奇妙さで再びフレイを不快にさせる。
元々の暗さも相俟って、闇が際立つ路地裏は目立つ風貌のフレイも綺麗に隠してくれた。
「なるほど、大方の予想はしていたが、やはりこの街の住人全員が容疑者と言う訳か」
フレイがこう易々と判断に至るのは、視界から入る決定的な状況が事の顛末を物語るのだ。
それは不自由な身体を引きずるような摺り足で、一心不乱に目的地へ進む、既に人間ではない何かの姿をしていたからだ。
集団の中には服装から昼間グアンと親しくしていた人物も所々見つかることから、その変わり果てた姿に、ある可能性浮上させる。
「これは、これじゃあまるで……」
「これこそまさしく、寄生人だねぇ」
フレイの傍で確信めいた言葉を放つ人物が、フレイの真後ろでひょっこり自信満々で姿を見せる。
声色からある程度判別出来たことで、一度飛び出した心臓は綺麗に元に収まる。
「ぐ、グアン、君どうして?」
フレイの心を見透かした発言に不信感を募らせるも、その必要性がないことをグアンが示す。
「まぁ、細かいことは気にしない。久方ぶりにまともな奴に出会えて超機嫌良いんだから!」
「ま、まともって……、僕のこと?」
フレイの言葉で清々しいまま深く頷くグアン。
両者簡単な確認を終えると、この不気味な現象に対する意見と見解へ心は移る。
「この国って、たっかぁ~い外壁で覆われているでしょ? アレ、天井に超巨大なバリアみたなドームで囲われていてさぁ、一度入ったらマジ脱出出来ない仕組み?」
グアンの発言で思わず上を見たフレイ。
チュンが見当たらない理由に納得するも、新たな疑問がフレイの心にしこりを残す。
「君は日中あれほど住民達と親しくしていたじゃないか! 全部君とあの住民による演技だったって言うのか? 大体君は一体いつからここで生き続けているんだ?」
疑問は尽きない。
この街は嘘が多すぎて、弄ばれてる感覚があまりに不快なのだ。
「まあまあ、残念ながら今の今までこの国を訪れた外人は皆、金品を奪われて、皮膚を剥ぎ取られて肉を切り裂かれて、生き血と共に豪勢な食事として食卓に上がるのがお決まりだね」
「え、じゃあ、グアンが食べたあの料理の数々って……」
「正解。あれは新鮮な人間を持て余すことなく使用したものさ。私たちが結託してスリを成功させた男がいたでしょ? あれが今回の犠牲者ってことね」
「け、結託なんてしてないよ! 成功させたのは確かに、僕……、だけど……ッ」
残念ながら他者から見れば共犯だけに、フレイの立場を考えると気の毒としか言えない。
「それにしても、それを知っていてよく完食したね」
「あんなもん、長くここに居ると慣れるに決まってんじゃん。それに全部ゲロしたし」
「わ、ワザと吐いたんだ……」
当然と言わんばかりに存分にふんぞり返るグアン。
フレイが想像する以上にグアンと言う人物は、度胸が据わっているように思う。
「吐かれたのはもう忘れることにするよ、状況から考えて仕方がない話だし。それより君は一体何者なんだ? 本当にホンレフの住人なのかい?」
「ちっちっちっ、それを話すには少々信用が足りないね。頑張って私に認められなよ」
どうやら詳しい生い立ちに関しては話したがらない様子。
それなら今現在最も需要のある疑問をぶつけるまでだろう。聞き出したい話は山ほどあるのだから。
「それじゃあ、君は一体どうやって寄生人という名称を覚えたんだ? 誰かに聞いたの?」
「ここに足を運んで消されなかった奴なんていないよ。寄生人はただ何となく、遠い記憶の中で浮かんだ記憶があってさー。まぁ、私以外の生き残りなんてフレイくらいだし……?」
「そ、その記憶の人物の身体に特徴的な数字が刻印されてなかった? 見覚えない?」
「数字? ちょっとなに言ってんの? 笑かすのも大概にしてくれない?」
最初こそただの冗談で収める気だったグアンだが、焦るように詰め寄るフレイの表情は真剣そのもの。
そんな切羽詰まった様子は一見すると冗談のように見えたようで、余裕のないフレイを軽くあしらう始末。
グアンにはフレイの思う重要性をまだよく理解できていないのだ。
「じゃあ、その記憶の人物について他に知っていることは? 印象的だったところは?」
「それが私にもサッパリで。不思議なんだけど、物心ついた時にはその言葉と意味を知っててさ。まぁ、その人が実際いたとして、もうとっくにくたばってんじゃないの?」
「そ、そうか……」
グアンの証言が曖昧なのが気になるのが気になるところだが、この国は確実に同胞が潜んでいるとフレイは睨む。
そう確信出来る理由に、このホンレフの構造がサーキュラーの構造と酷使している点に気が付いたからだ。
それは星を創る過程と同様に受け継ぎ、創造されたのが空の孤島サーキュラーであり、その点何かしらの恩恵を受けて、豊富な資源を調達できる摩訶不思議な砂漠の孤島ホンレフ。
なによりホンレフは時代にそぐわない反り立つ壁に守られて、完璧な街並みまで築いたのならば、上位クラスの同胞の存在が浮上するはずだが、如何せん、フレイには誰か察しもつかない。
なによりも、その見当もつかない相手は《寄生人》と言う名称を理解している。
寄生人とは完全体や集合体になる前の、人とも言えない中途半端な存在に対する名称だ。
それは精神搾取による洗脳も憑依も完成されてない状態でありながら、はっきりとした自我を持ったまま姿形も化物の片鱗も見せており、美味しい部分だけを啜り歩くことから、ある種どっちつかずの〈理想郷〉を渡り歩くような由縁で、アイリーンが名付けた比喩であり、裏を返せば皮肉にもなる。
つまりこの国は完全にアイリーン配下にあることを示し、同胞は身を隠して好機を狙っているか、既に囚われの身であるかのどちらかと思われる。
そんな予測を立てて真剣な表情で静かな怒りに沸くフレイを見て、グアンの疑問も膨らむ。
「フレイって身なりが良いから成金とか何かと思ったけど、寄生人の名称を知った経緯を知りたいなんて、ただの旅行者でも放浪者でもないよね? 一体何が目的でこの街に?」
グアンの当然の問い掛けに少し沈黙するフレイだが、ここまで導いてくれた手前、自身だけ身分を秘密にする判断は流石に良心が痛むようだ。
ただこの空間に放り込まれた一人異質なグアンが何者で、なぜこのホンレフに閉じ込められているかを紐解けば、ホンレフの根幹にも触れられる、最重要人物になるとも判断する。
よってある程度事実を明かす判断が最良であり、欲を掻くならグアンが隠した、又は思い出せない情報も引き出したいフレイの思惑が見え隠れする説明で、真実を淡々と、しかし力強く事の経緯を伝えた。
「……ふーん、なるほどね。敵の撃退に加えてお仲間まで救出して、尚且つこの街の仕組みと構造を知り得た後、崩壊させたい上に脱出もしたいとぉ???」
「まあ、サラッと言ってしまえばそうなんだけど……」
「そんなの無理無理無理ッ! さっきも言ったよね? 今までどれだけ多くの人間が犠牲になったか。確かにフレイはそれなりに強くてなにかしら特別かも知れないけど、それを考慮したってこの国を崩壊? ハッ、そんな馬鹿みたいな話、夢を見るのも大概にしなッ!」
どう聞こうが無謀な話にしか聞こえないフレイの発言は、流石のグアンもお手上げた。
「適当なこと抜かしているならさっさと調理されなっ! 大皿平らげてやるよ!」
「無理だよ、僕は調理されないよ。絶対にね」
酷く突き放したグアンに対して、力強く否定するフレイ。
その自信にグアンは圧倒される。
なによりフレイと言う存在は誠実で嘘のつけない人物と知っただけに、その力強い発言はグアンに小さな希望も与える。
しかし今現在、まだフレイを完全に信じ切れる訳がない。
「それより今一番、僕が知りたいのは君が何者かであって、ただの人間じゃ……、ん?」
〈ゴッ、ゴッ、ゴゴゴゴゴゴゴゥ……ッ!〉
フレイとグアン。それぞれの思惑が交錯する中、ホンレフは新たな動きを見せた。
「あらら、始まっちゃったか……」
意味ありげな言葉を発して、グアンは真上を見上げる。
その様子を見て、後を追うように同じ空を仰いだフレイの瞳が映したものは、想像を超越した存在そのものだった。




