第三章 冥々裡の地獄ホンレフ②
「やだぁん! 何でグアンがその色男を連れているのよ! 私に紹介しなさいよ!」
「いやいや、紹介したいのはやまやまだけど、もう深い関係になっちゃって……」
フレイは今、非常に悶絶している。
一時的とはいえ、タッグを組んだスリの女【グアン】は、鼻高々にフレイとの親密性をこれ見よがしに自慢しているのだから。
街一番の華やかな場所で、誰もが誤解を受けるような言い回しで周りに言いふらす始末。
グアンがノリノリなだけで、フレイの心中、穏やかではない。
『グアンッ! 約束、約束忘れていないよねッ?』
『大丈夫、安心して! ちゃんと探してるから!』
定期的に耳打ちする二人は怪しさ満点なだけに、グアンは運命的に出会った経緯の説明に忙しそうだ。
そんなグアンを尻目に、あちこち人を渡り歩く行為に疲れたフレイは、広場で腰を下ろして改めて周囲を見渡す。初見も今も変わらない、活発で平和な街そのものを。
「どう見ても平和……、異常なくらい平和、だよね」
潜入時、いい意味で裏切られた感はあったが、二度見回った後の印象は不気味の一言。
グアンに対しても多少不自然さを感じたものの、そんなものも簡単に捻じ曲げるほどグアンと比較にならない不気味さで、ここの住人は無駄に愛想を振り撒いているのだ。
百歩譲って子供や商人は良いとして、通過する全ての人間が笑顔で歩いているのだから違和感は増す一方。
フレイがこうも怪しむ背景には、深刻な世界情勢が関連している。
現状世界が陥っている問題と言えば、貧富の差、厳しい差別、そして多すぎる戦争だろう。
ただ生きていくだけで精一杯の毎日を多くの人間が強いられている現状。
飲み水ですら満足に口にできない時代で、このホンレフはまるで極楽浄土が砂漠の地に舞い降りたような夢物語もいいところ。
そんな外の複雑な背景を知った上で、この笑顔が禍々しい何かと引換えに演じられているとするのなら、その闇は相当根深く、人間性は腐敗しきっているはずだ。
人間とはどんな安居楽業を手に入れても、底のない欲と積もる不満はどこかで発散させるのが常。
例えるなら、ジュノたちが請け負った全てのものを放棄して、上手く共存出来ていた表裏一体の感情が崩れた時、人間に秘められた激情の行方を誘うのだ。
全てが選択の世の中、人間は何を犠牲にして、何を守るのか。
常日頃、感情の行方を試される現実に気付く者は、一体どれだけの者たちか。
そんな厳しい世の中で、人間の心理を根底から覆すホンレフの住人は、全員が至福に満ちた表情で何の不満も生じない生活を過ごしているのだから、フレイが不気味と感じるのも無理はない。
しかし多くに疑問を持っても何の証拠も掴めておらず、推測の域を出ないのも事実。
「この街の秩序の維持を保つカラクリに、深い闇がありそうだな」
住人の行動が根本から理解しがたいフレイだが、天を仰ぐと疑問を一旦頭の隅に置く。
快晴の空は太陽が眩しいことから、ふとグアンに目線を下げて見ると真剣に考えていた自身の思考が馬鹿らしいと思うほど、自慢に勤しむグアンがいて、最高の笑顔に溢れる承認欲求には愛おしさすら感じられる。
最初こそ疑心暗鬼だらけだったグアンの言動。
そんな破天荒なグアンを理解できていく瞬間は、安心と信頼を同時に積み上げてくれる。
後味の悪い嘘は吐かず、大ぴっらに展開させる感情と表情は、ある意味人間らしさ全開で、いっそ清々しく思える。
「フレイ! 飯にしようよ! フレイの奢りで!」
「もう、いくらなんでも図々しくない?」
サラリと出る言葉に飽きれるも、改めて感心するフレイ。
ご飯に付き合う代わりに、当初の目的を確認するための耳打ちを繰り返すも、既に効き目はない様子。
取り越し苦労を雰囲気から受け取って一時脱力はするも、不思議と嫌な気はしない。
***
「んん~、何これ美味し~い! あ、これもイケる! おじさーん! 酒追加!」
グアンの食べっぷりに目が点となって驚くフレイではあるが、あの探し物の行方も含めて、本来の目的であるホンレフの内情を聞き出す必要がある。
「グアン、君はいつからホンレフに住んでいるんだ?」
「ん? んー、分からない。あ、おじさーん! スープと酒追加でお願い!」
「分からないって……、じゃあ、君は物心ついた時からここに?」
「んー、ていうかフレイ。なんでそんなこと知りたいのさ?」
豪快に口に入れた肉を頬張りながら、汁のついたフォークをフレイに向けて問う。
出自まで聞き出そうとするフレイが怪しく見えたのか、グアンの表情に陰りが見えた。
「えっ? ぼ、僕はッ! えっと、し、知りたいんだ。この砂漠の孤島で有意義な自給自足が可能な、この素晴らしい知恵と環境の数々を故郷に持ち帰りたくてッ……!」
グアンから些細な情報でも引き出したくて、身に余る嘘で固めたぎこちないフレイ。
「ブハハッ! 何? フレイって俗にいう密偵とかですかぁ? こっっーんな、すっとことこどっこーいなぁ、お間抜けスパイとかぁ、聞いた事ないんですけどぉー? ぎゃははッ」
「グアン、ちょっとお酒飲みすぎっ!」
酒の力か元々の性格なのか。
グアンの発言は繊細なフレイにも突き刺さる。
しかしよくよく考えてみれば、自身の発言も大概で、思い出す度に恥ずかしさがジリジリと増していく。
ただ実際はそんな傷心に浸る暇などなくて、泥酔まっしぐらのグアンにやんわり帰宅を促すが、中々席を立ってくれない。
空が完全に真っ暗になった頃、ようやく退席に託けるが、千鳥足で機嫌良く道なき道を歩いたかと思えば、道端で豪快に寝るほどの泥酔ぶりだ。
「グアン、家はどこなの? 送るからしっかりして! お願い、グアン!」
フレイの願い実らず、グアンは夢の世界へ旅立つ。
暫く目は覚まさないだろう。
流石に野放しにできないフレイは、とりあえず自身の宿へ連れて行く以外の選択肢がない。
仕方なくおぶると揺れの影響なのか、グアンは耐えきれない様子で口からせり上がる何かをフレイは鮮明にイメージできたことで、一時思考停止の末、顔は真っ青になった。
「フレッ……ぐふっ、つうう、ぐぅうげげげぇぇぇえええ!」
「ああぁぁ! グアン待って、待って、まっ、まッ……うぅあぁぁあああ!」
腹いっぱい飲み食いしたツケが、全て清算される。もっとも恐ろしい方法で。
残念だがこの出来事によってフレイの女性に対する偏見が、さらに増したのは仕方ない。




