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零の継承者たち -天子の揺籃ルネ-  作者: あず
冥々裡の地獄ホンレフ
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第二章 交錯する想い①

 空に隠れて、雲に隠れて、太陽に照らされて。

 ここは天候気候に左右されなければ、朝も夜も存在しない。


 常に春のような朗らかな気候が続く場所で、水が欲しいなら清らかな小川や泉から好きなだけ飲み干し、快適な睡眠が欲しいなら、小高い山に登ることで静かな深緑の木陰で休息を取る。

 この計算尽くされた自然の循環を促す構造の空中庭園は、動物、昆虫、植物すらそれに従うように、空間を余すことなく存分に活用しているのだ。


 確かな意志を持つ生まれながらの個性たちは、常にこの環境に感謝を抱き、不満を抱くものなど存在しない。

 今現在の地球上で、この空間だけが弱肉強食という概念は存在せず、生きる喜びと慈しむ喜びを噛み締めて毎日を送れるのは、何物にも代えがたい幸福の日々なのだから。


「フレイぃ……」


 耳元で聞こえる幼い声色の寝言。

 一際大きなベッドの上で、自分ではない体温と鼓動でフレイは現実に戻された。


「そうか、ステラがぐずるから僕の部屋であやす次いでで、結局寝ちゃったんだっけ……」


 ジュノとフレイの部屋は快適な睡眠を得るために電気は通っておらず、常時閉め切られている暗闇の環境の中、幸せそうな寝言と、とても褒められるものではない寝相は、昨日の快眠までの挌闘を思い出すと流石のフレイもげんなりする。

 ただ寝言が聞こえる方向にそっと手で探れば、くすぐったい声と共に、柔らかな頬に触れた感触がイメージ出来た。

 そんな幸せそうに眠るステラを起こさないよう、優しく頭を撫でながら、離すもんかと拒むフレイの服を強い力で握る手もゆっくり丁寧に外して、ようやくフレイは自由の身へ。


 無事寝室から帰還できたフレイの目に飛び込む日の光は、最初こそ少々刺激が強くとも、その眩しさが少々(くすぶ)っていた頭の気怠さをスッキリさせてくれた。

 軽くストレッチを行うと、あの後のジュノの様子を窺うため、フレイはこの宮殿の中核へ向かって颯爽と歩き出す。


 進む廊下から慣れ親しむ光景が広がる中、晴れやかな朝を連想させるように、大きな喜びの挨拶を全身で表現してくれる生き物たちが次から次へと顔を覗かせるさまは、心を豊かに、飽きない光景で楽しませてくれる。

 名も知らぬ愛らしい動物や昆虫たちが駆け寄り、魚たちは川や泉から高く飛び上がることで存在を知らせて、植物たちはリズム良く踊っている。


「みんな、ありがとう。でも今はジュノが心配だから、ごめんね」


 フレイの心中穏やかではない中で、元気よく挨拶をくれる存在に対して申し訳ないと思いつつも本心を話す。この心からの歓迎を無視することの方が失礼と思ったからだろう。

 

 普段なら笑顔振りまくまま駆け寄り、生物たちが満足するまでじゃれ合うだけに、この断りを口にするのも気が引けた。

 しかし彼らはフレイの心情を受け入れるように、一歩引いて控えめに身体を揺らす。普段のフレイの優しさは、彼らもよく理解を得ている証拠でもある。


 生物たちの控えめな挨拶を表現してくれる廊下を速足で通り抜けて、神秘的な宮殿中央に辿り着くと、普段の通り、その中核で祈りを捧げるジュノの姿がフレイの視野一面に広がった。

 まだ後ろ姿しか確認出来てない状況だが、瞬きできない美しさの衝撃と声にならない感情が溶け合うことなく競うように入り交じる、そんな不思議な感覚。


「ジュノ、おはよう。……体調はもう大丈夫?」

「大丈夫よ。まあ、礼儀としてありがとうとは言っておくわ」


 相変わらずフレイに対して不器用にも程がある態度の健在に、フレイはようやく胸を撫で下ろす。

 安堵からか固い表情は思わず顔がほころんだことで、それに気づいた小鳥たちがフレイの周辺を嬉しそうに楽しそうに一周回った。


 ジュノはこの中枢の吹き抜けに座り、純白のフレアドレスを円形に広げて、身体の二倍以上ある長髪の白髪が意志を持って、それぞれ円形の水のカーテンが流れる小さな溝へと毛先を浸している。

 これは溝を通った毛髪が宮殿の地下へ下り、バリアを通り抜けて地上へ降りて、各々が昆虫に姿を変えて大地を踏み締めた毛髪は、ジュノの忠実な僕であり、ジュノの目となり足となり、世界中を隈なく回って監視をしているのだ。


 美しい翠眼、華奢な身体、透き通るような銀を加えた白髪。

 色とりどりの名も知らぬ可憐な花の装飾が、ほぼ白一色のジュノに色彩を与え、一切の隙のない完璧なまでに洗練された姿に、美しい以外の言葉が見つからないほど、フレイは見惚れる。

 そんな陶磁器のように白く露わな左肩には、赤く【01】の刻印が灯る。


「貴方は他にやるべきことがあるでしょう。そんなところで佇む時間はないはずよ」


 厳かな雰囲気を纏いながらそれこそ人形のような冷たさを披露させて、それをフレイがどう実感しているかは不明だが、ただ非常に危うい脆さを併せ持つこの存在は、フレイに対する辛辣さも絶妙に似合うのだから、素直に従う以外の選択を持たないフレイにとってのお約束。

 言葉の厳格さ、威勢の良さはジュノの通常運転で、健康の証そのものなのだから当然と言えば当然だ。


「……あの子をほっておくと後々困るのは貴方でしょう? 早くそばに行ってあげなさい」


「あ、ああ、ありがとう。でもごめん」

 少し離れたフレイの寝室から聞こえる、微かな泣き声。


 相当喚いているのか、しっかり扉を閉め切ったと言うのにここまで聞こえる状況から、フレイは急いで出戻り、問題の寝室を急いで開いた。

 一際大きなベッドの上でフレイのいない絶望からか、大粒の涙を濡らすステラをフレイの瞳は捉えた。


「僕はここだよ。安心して、ステラ? もう大丈夫だからね」


 涙でボロボロなステラをあやすように抱き寄せて、暗い寝室から外に連れ出す。

 突然の日光に混乱するのは一瞬で、フレイの存在を改めて認識すると、洪水のような涙は途端に止まり、花のような笑顔が咲き誇る。

 少々乱暴に涙を拭い過ぎたのか、目が少し腫れぼったい。

 頬に残る涙を丁寧に優しく指で拭いながら、ステラと共にジュノのいる中枢に戻ると、一緒にジュノからの助言を待つ。


「今回貴方に課した最終目的はクリアよ。良い仕事をしてくれたわ」


 少々不安げに見守っていたフレイは、ミッションの高評価に安堵を得るものの、やはりジュノは厳しい指摘を突きつける。


「……一つ、一つ難癖をつけるとするなら、少々派手に暴れ過ぎたことかしら。私が言うのもおかしな話かも知れないけれど、貴方はどの姿でも極端に目立つのだから、慎重に行動することを心掛けて。どんな理由があろうとも、人間の歴史に私たちの痕跡を残してはならないの」


 ジュノの指摘は的確だ。

 フレイに返す言葉など見つからない。


 目立つ短髪の紅髪、端正な顔立ち、体格の良い背格好から鑑みても、フレイは極端に目立つ要素を全て兼ね備えている。

 更には見た目にそぐわない内気で優しい性格が仇となり、他人に強烈な個性として容易に記憶されてしまうことで、無駄に頭角を現す事態を次々生んでいるのだ。

 フレイの性格故に無意識であることが尚更のこと、その生き辛さは看過できない。


 ただ今回の事案に関しては、肉体的強さを持て余した結果なのか、危うい心がもたらす二面性が前面に押し出された結果なのか。

 今、猛烈な反省の念に駆られるフレイがいるのだから、これ以上問い詰めるのは無粋だ。

 その観念からこの話題を止め、ジュノは新しい話を進める。


「申し訳ないけれど、今回は短期で終えないミッションよ。砂漠の孤島、〈ホンレフ〉への侵入調査をお願いしたいの。今回に限っては貴方の思うまま行動してくれても問題ないわ」


「分かった、その国を偵察することが目的で間違いない?」


「いいえ。実を言うとホンレフの内情を知る手立てがないの。胡散臭い国だからこそ、私の主観で入国前から先入観を持つのは得策じゃないわ。詳しい位置は後を追って知らせるから」


「分かったよ! じゃあ、……って、す、ステラは? ステラはどうなるの?」


 すぐに行動に移そうとした身体は早々に止まり、抱っこしているステラと目を合わせた。

 話の内容を理解してないステラは、フレイと顔が合っただけで機嫌良く笑ってくれる。

 今までフレイは長期の仕事に駆り出されたことはないだけに、この状況に戸惑いが生じる。

 この幼い年齢で一緒に、ただでさえ何が起こるか分からない危険なミッションを共にするには、流石に抵抗が残るのだ。

 何かしら良い解決方法は無いかと、フル回転で頭を働かせる。


「気にしなくても大丈夫よ。私が面倒を見るわ、安心して」

「えっ、ええッ?」


 想像さえしなかったジュノの発言に、フレイは目を丸く、あんぐり口を開けて驚いている。


「……私、何か不思議なことでも言ったかしら?」

「え? ……いや、だって……」


 フレイが驚くのも無理はない。

 ジュノがステラの傍にいたのは、ステラ誕生後の一週間経つか経たないか。

 正しくは切開部分がある程度癒えた頃を境に、フレイの許から忽然と姿を消したのだから。

 一緒に暮らし始めたこの数十年を足しても、ステラとの交流は極端に少ない。


 そんな中買って出たステラの子守り。

 両者ともに嫌悪のある間柄ではないが、多少なりとも複雑な関係が構築されてしまった後なのは傍目からでも分かること。

 なによりフレイにベッタリで人見知りが激しいステラだからこそ、この数時間でジュノに懐くとは到底考えられない話なのだ。

 突然ジュノが割り込む事態はステラの脳と心に混乱と困惑を招き、ただでさえ微妙な関係を更にややこしく、最悪、亀裂を生む事態すら十分考えられる現実がフレイには見える。


「……大丈夫よ。そんなに心配しなくとも責務は果たすわ」


 全てを見透かされた物言いが、フレイを更に表情と動作でまざまざと表現してしまう。


「今のうちにステラに詳しい説明と理解を得なさい。私も無理に離したくはないの」

「そ、そっか。……そうだね、そうだよね」


 未だ言葉の表現と顔の表情がミスマッチなフレイは、これ以上ジュノに返す言葉がない。


 元々ジュノに対する信頼はどの人望より厚い。

 ただでそれだけ分厚かったということは、崩れ落ちるショックは派手で危険で、立て直す労力も気力も並大抵の精神力では事足りない。

 しかしそこはフレイ。

 崩れ落ちた山のような破片を根気よく積み上げ、簡易的な信頼まで再構築させた。

 愛情という高度な修復材料を手に握ることによって、必死に取り繕うことに成功させたのだ。

 原形より迫力は落ちるが、修復は地盤を入念に固めたことで下手に崩れはしない。

 これはフレイの底のない優しさが直結したことも関連するが、共に過ごす誠実な時間を積み重ねて、情緒不安定だった気持ちの整理を穏やかに終えたことが最大の要因では無かろうか。


 但し、通常なら情で解決に至るケースは多いものの、トラウマ級の裏切りがフレイを必要以上に慎重に、憶病にさせてしまった後遺症は、そう簡単には癒えるものではない。

 しかし心の底ではジュノを欲しているからこそ、素直に指示に従うのだ。


 なるべくやんわりと、優しく丁寧に現実を告げるにはステラの部屋が一番最適であると考えて、フレイはジュノに背を向けてこの場を後にした。


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