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第十六章 希望の果てに③

「はっ、つまんねぇことを思い出したな、ガハハッ!」


 暗く冷たい地底の奥深くに降りていく地獄の支配人。

 地獄の支配人は元々、06としての肉体を完全消失する以前からジュノとの接触は極力控えていた。


 正直、互いに苦手意識を持ち、会えば毒を吐いて厄介者と手を払う関係。

 しかし言動こそ食い違うものの性格は反転で止まらず、一周回って案外似た者同士。

 卓越した想像力と素早い行動力に長けた者同士、時代の変遷(へんせん)には必ず爪痕を残す。

 それ故無理に姿を見せなくとも、大抵の出来事は香しさを纏った風の便りで事の顛末(てんまつ)を教えてくれる。

 そんな経緯からか、互いに干渉する必要を感じていないのが根本にあるのだろう。

 ただあの時の会話に限っては、普段見せないジュノの弱さと脆さが露見した瞬間だった。


「……確かにステラに関しては過去をすべて消失したことで、アイリーンやそれにまつわる辛く忌まわしい記憶も消えた。しかしだ、ジュノ。本当にこれが正解だったのか?」


 ステラの全ての記憶を消したのだ。

 フレイやジュノの記憶は残ってない状態であり、恐らく二度と思い出す事はないだろう。

 もちろん過去の全てが不幸だったわけではなく、特にステラにとってフレイとの記憶は宝物だったはずだ。

 それを本人の許可なく消したことには、地獄の支配人にも抵抗が残るのだ。

 複雑に絡んだ糸は元々一本の糸であって、例え膨大な時間が掛かったとしても解く手段は残っていたはず。

 ただ定められた時間が障害となり、限界まで足掻き、常に最善の方法で試した結果がこれだというのなら、誰一人として文句をつけることのできない選択とも言える。


「相反する者同士、人間との暮らす場を分けたことだけは正解だった。しかし早くにこの事実に気が付き、適切な判断が出来ていれば、また違った未来があったんじゃないか?」


 既に過去となった非情な現実を今更ほじくる。

 きっとこれは今まで地獄に落ち続けた同胞に対して、何の助長も、一言励ますことすら出来なかった地獄の支配人の後悔だろう。

 悠々自適に地底を泳いで管轄である地獄に辿り着くと、慣れた様子でとぐろを巻いて休息に入る。


 現在、人間と接点を持つのは00と地獄の支配人ぐらいで、特に地獄の支配人は管轄上、今後も直接関わる義務が存在する。

 若干利己主義的な思考が目立った地獄の支配人は、人として生きていくことが退屈で窮屈だったのか、今の姿形と役割が有意義で快適なように見える。

 誰もいないはずのこの場で耳をすませば遠くから聞こえる、まるで言霊のように必死に助けを求める大量の声を聞きながら、地獄の支配人はあの天変地異が起きた経緯を回想する。


「なにもジュノら序列上位ばかりが歴史に名を刻んで活躍していたわけじゃねぇんだ。この星だって同胞がいたからこその今がある。いわゆる、縁の下の力持ち的な奴らがな」


 多様な生体が進化を重ねるように、ジュノたち上位だけが努力を重ねてきた訳ではない。

 原点は人間関係の構築が殊の外困難で、不可解な点に疑念を抱いた序列下位の同胞たちが起こした計画から始まった。

 ジュノたちとは一線を(かく)す存在でも、それぞれが厳粛で強力な力を持つ同胞が例に漏れるはずもなく、よって社会の洗礼は並大抵なものではない。


「人間に不都合な点は丁重に処理され、苦労して上り詰めた地位や権力は理不尽なほど綺麗に覆る失脚に、同胞の嘆きと憤懣は爆発を回避できるわけねぇ。積もり積もった感情を曝け出した時から、一気に舵を切った瞬間から、この未来への分岐点だったんだろうな」


 能力ある異端に対する人間の不満と妬みによる差別は想像するより酷く、死しても到底受け入れられるものではない、言わば遺恨も同然だ。

 幾度となく記憶を失くしては産まれ出て、悲惨な人生を渡り歩き、足りないパズルの答え合わせに戸惑うだけの現実に、大粒の涙だけが流れる毎日。

 長い生の中で唯一の味方であり、意思疎通が許された者こそ地獄の支配人だったのだ。


 そんな地獄の支配人には悪循環の断絶に対する強い依願と、信念を突き通す確固たる決意が多く寄せられていた。

 何度も訪れる度に同胞はその意思を繋げるため、決心を凝結させるためだけに、長い人生を費やしたのだ。

 そして時を重ねる毎に、強くなる空間分断への意欲。


「しかしジュノらの協力無しに生命が宿る星を創造するには、00の介入は必須だ」


 例えば、宇宙は最も広範囲に及びながら、ジュノの回転速度は常に安定していて、それによる温度調節・引力斥力(せきりょく)が巧みなバランスで働くことにより、星々の誕生を支援している。

 地球はステラの回転技術があまりに優越で、一つの回転軸で三つの異なる回転を絶妙な速度で交差させて、微生物の激しい往来も徹底管理を尽くしたことで、地球を生命の星へ急成長させた実績を持っている。


 つまりジュノとステラが分子の頃から今まで、人生の大半を投じた特殊で高難度な回転に少しでも追いつくために、00が手解く同胞たちの解放(ネメシス)発動がカギとなる。

 付け加え一個人の同胞が回転を行える時間は、地獄から現代へ転生するまでの僅かな時間。


「嬉しい誤算だったのが、前世が欠落した状態から始める作業に、同胞らは幸福感と達成感でどれだけ溢れていたことか。現実より地獄の方に安堵を得られるなんざぁ、皮肉そのものだよな」


 ただ計算外の小さな障害にぶつかることはあったが、作業が順風満帆に進む実状に同胞たちが疑念を抱かないはずがない。

 どう足掻いても上手く行かないのが運命だったのだから。


「順調過ぎる計画は逆に不安を煽る。しかしそんな慎重になる作業と同時進行で調査を進めれば、結果、そりゃあ興味深い結果を得ることはできたが」


 それは人が住める星を築き上げるための広大な一帯全て【ホワイトホール】に包まれていたという衝撃の事実だった。


 つまり故人となった過去のジュノが、この未来までも予測して【遺産】を残していたということ。

 なによりこのホワイトホール、00を匿っていた頃よりさらに進化を遂げ、巨大な結界に包まれて宇宙の端を漂っていたため、誰にも存在を知られることもなく完全に忘れ去られていた存在だった。

 そんな恩恵に与り、同胞にとって通常なら構築すらも不可能な奇跡の星を創り出す。

 血と涙を費やして、生前、得られなかった幸福感を胸に、同胞は生命の星を着実に完成へと導いた。


***


「まあ色々、紆余曲折こそあれ俺様は地獄に留まった。この亜空間は常に管理と均整を保つ必要がある故に、〈汚れ仕事を請け負う誰か〉は必要不可欠だったからな」


 当然、地獄の支配人は序列上位に君臨していたが、地獄で残りの人生を費やすことを契約した瞬間、人間だった過去も、慣れ親しんだ名も捨てて、身一つで飛び込んだ世界。


「俺様はこのままでも不満はねぇし、ジュノとフレイは能力の呪縛から解き放たれたし、ステラとクレスも今の生活を甲斐甲斐しく受け入れただろうし、同胞に至っては安寧を手に入れたんだ。これからは全員、それぞれが後悔のない未来を作って歩くのだろうな」


 黒龍の大きな口で煙草に似た駄菓子を器用にパッケージから開いて、束で口に含みゴリゴリ噛み砕き、最後はザラリと呑み込んだ。

 この瞬間が地獄の支配人にとっての至福なのだ。


「うっめぇなッ! 明日は何味にするかなぁ、ガハハっ!」


 舌をうならせたことで満足感を得て目を瞑り、暫し休息に入る地獄の支配人。

 この空間は、黒く硬い鉱物に囲われた殺風景な場所。

 出入口もない、ただの大きな空洞だ。


 ここは一生を地獄で生きると契約した、支配人にとっての憩いの場になる。

 大声を上げて助けを求めている声は子守歌程度の体感でしかなく、地獄の支配人にとっては蚊を喰うほどにも思えないもので、寧ろ心地よいと思えるほどの良い塩梅ですらある。


 同胞の行き来がなくなった地獄で生き続ける孤独に対して、なんの迷いも不安すら生じず、毎日を気楽に過ごすこの広い亜空間は、地球と表裏一体で存在している。

 地球に吹く穏やかな風が舞うように、宇宙という激流に呑まれながら小さな一つの星が高度な文明を築く。

 その過程を地球から確認しようとしても、なんてことのない夜空を彩る中の一つの星に過ぎない。

 そんな地味な星は、深緑と蒼い海に恵まれ、日々成長を続けている。

 この星の創設者こそ序列下位の同胞たちではあるが、これだけの自然を組み立てたのは気体となったジュノとフレイであり、無意識だろうが生物の誕生を助けているのもステラだ。


 生涯人に戻ることを拒否したジュノとフレイは、意思を持った風となってこの宇宙を泳いでいる。

 意識を童心の頃に戻して、子供のままの二人が手を取り合い、仲良く仲間の成長と星の繁栄を祈る。

 これこそがジュノと、恐らくフレイも望んだ夢の全貌なのだろう。

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