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第十四章 旅の行方②

 光が消えた世界で、歓喜以外の言葉が選べないほど機嫌の良い者が一人いる。


「終わるぅ! 世界が終わるぅ! お・わ・るぅぅうううう!」


 地球にとって最悪の事態に陥ったこの状況。

 今更誰かが自身を監視しているなどと、この究極の現状では些細な問題に過ぎない。

 現に外で起こっている大惨事は、アイリーンにとって重要な体験として心得た再現そのものなのだ。

 この先どう死んで、どう生き返るのか。

 全て【現在】で経験済みなのだから。


 酷暑から極寒へ。

 この急激な気温の変化にも何の不安も疑いも持たず、迷いすら生じない無敵のアイリーンは、まさにこの世の覇者として未来を約束されたと信じて疑わない。


 全てをアイリーンの腕に抱く始まりの音に、歓喜以外の感情でどう表現できるというのか。

 この過程によって、逐一監視をしてきた者の正体にも見当がついたこの状況。

 アイリーンの真後ろで暗い世界を紅に染める人物が、その熱い眼を見開き、ゆっくりと、しかしどっしりと肩に手を置いた。

 その瞬間、アイリーンの中で全てが繋がった。

 先ほどから自身を監視していたのは、恋しく愛しい存在、まさにその人だと。

 孤高な人物に力強くどっしり掴まれることで、アイリーンはより心酔した。


「ふふっ、ふ、フレイィィぃぃぃいいい…………、、ぃぃい?」


 この言葉を最後に、唾液を絡めて少し湿ったパンの欠片を地面に落とした瞬間、アイリーンは別次元へと招かれていく。


***


 大きな期待を持ってこれから起こる栄光への花道が用意された感覚に、心臓の音が小躍りするままゆっくり目を開けば、見えた世界に高鳴る鼓動はその衝撃から唐突に止まる。


「んんっ? この光景に見覚えがあるぞ? 見覚えあるどころか、ここは……、」


 見覚えも何も、今の今まで毎日のように見てきた光景なのだ、今更見間違う訳がない。


「ここはまさか、じッ、じ……ッ! なんなんだ、なんなんだぁあぁぁああ、ここはぁぁあ!」


 薄暗い空に殺風景な地面が遠く広がる地平線。

 粒子の細かい砂が強い風に巻き上げて、宙を舞う。

 一つ確信したのは、ここは地球ではないどこかということだけだ。

 それ以上、言葉で現実を認識するのが恐ろしいのか、今いる環境から抜け出すために心が勝手に逃げ道を探し出す。


 アイリーンは今まで亜空間を単にズルして逃げて来たわけではない。

 それ相応の痛みと苦しみを体感して、辛いトラウマを脳に植え付けてまで亜空間に浸かって生きた背景がある。


 アイリーンはそんな苦難の道のりを、不満と嫉妬を生きるエネルギーに変えることで、数えきれない非道な行為でストレスを発散していたと思われる。

 ただ普通の一般人だけで飽き足らず、ステラすら好き放題、思い通りに動かす、そんな優越感の沼に全身どっぷり浸かりながら。


「わ、私は、私はぁ……ッ! 私の運命を、変えることすら許されないのかぁぁあッッ!」


 原点はアイリーンが神にも天使にも、悪魔にすらなることもできず、しかし普通の人間にすらなれない中途半端な存在と突きつけられたことからだった。

 常々自問自答を繰り返して、極めて曖昧な立ち位置に嫌気が差す毎日。

 普段、フレイたちの後ろを追うことで自身の存在価値を高めて、その都度、勝手の良い人間の背を罪悪感なく押し倒しながら人としての真意を問う。

 そんな異常で身勝手な精神的支柱を図太く展開させて、意地でも己の正当性を汚されないよう、必死で自身が思う正義守ってきたのだろう。


「……ッ、だ、誰だぁ? 私の後ろに立つ奴はぁあぁぁあぁぁあぁぁぁああ?」


 恐怖と緊張で冷や汗をかくアイリーンの真後ろに立つ、既に人間ではない存在の気を感じ取ることで、格の違いを思い知らされる圧倒的感覚に、自身の心に纏う悍ましい何かを感じ取る。

 アイリーンにとって今のこの場で、心酔したはずのこの存在は、ただの邪魔者に変わってしまった。


『自然に任せて生まれさえすれば、お前にもまた違った未来があっただろうか……』


 真後ろから放つこの言葉は、アイリーンの心の深いところを突く。


「だ、黙れッ! 私の、私の、私の、……私を、私をそんな言葉で(ほだ)すのはやめろッッ!」


 アイリーンの心乱されて、あの自意識過剰な思想にすら浸かることもままならず、心からの同情に対して拒絶で示した。

 不運にも異端相当と見做される力と能力に恵まれてしまった唯一の存在。

 不運にも異端に届かない中途半端な立場になってしまった可哀想な存在。

 アイリーンの過酷な運命には、アイリーンなりの苦悩と苦労が詰まっている。


『同族に忌み嫌われる過酷な人生を背負うが我々の血筋とも言えず、また、不幸にも特段秀でた能力も持たなかった者。特殊な生まれ故の運命は、相当なものだっただろう』


 恐らく、誰もが厄介者と背を向く過酷な場面ばかり瞳に映したことで、悲しみが怒りとなり、苦しみが憎しみに変わり、結果、誰の手にも負えないアイリーンが生まれた背景がある。


『元から慎ましい人生を歩める輩とは思っていない。しかし、少しでもお前に愛情を与えてくれる人物が一人でも存在していたのなら、こうも辛い選択を選ぶことはなかっただろう』

「……かッ、勝手な憶測をぉッ!」


 最初こそフレイたちに純粋な憧れを持っていた感情はいつの間にか溶け消え、生まれた世界の違いから、酷く嫉妬に駆られる日々を過ごす毎日だったが、あの時、あの日、ステラの肉体を奪えたあの称賛と心からの羨望の眼差しを、アイリーンは生涯忘れることができなかった。

 他人の人生も命も使い捨てることでしか見えない、世界の真理と真意にしか感情は動かされず、自身の容姿を捨ててまで達成感と高揚感のために、ステラの肉体を固執した人生。


『しかし所詮お前もただの人間だったということだ。ただ中毒性の強い麻薬を手に入れて、ただ強くなった気でいただけの、そんな些細な存在だったというだけ……』


「い、いッ、今の私なら宇宙の真理さえ手に入るッ! 私は神になれる逸材だぁああ!」


 腹の底から声を張り上げて、心底信じた己の可能性の高さをぶちまける。

 未来に残した雪辱は、現代でひっくり返すのがアイリーンの流儀。

 自身に過ちも責任もあるなど微塵も思わず、寧ろアイリーンと言う名の神にひれ伏すのが全人類、ひいてはフレイたちもアイリーンに対して従順に補佐するべきと強く主張するのだ。

 しかし今まさに、脳に直接ダイレクトに語り掛けてくれる者こそが、神に匹敵する存在ということは、アイリーンでもとっくに理解できているはずというのに。


『お前ほどの経験者なら、我が動いた時点で計画の何もかもが水の泡になる事実を早々に理解したはずだ。足掻くことすら無意味であると、お前なら百も承知と結論つけるはず。その判断ができないほど、大きすぎた夢を見たという、ただそれだけのこと』


 姿は見えなくとも、最も神に近い存在を前にアイリーンの弁明など要らない。


「クソッ、私は、私は……、神に、神になれるというのにぃ……、クソッ、クソぉおッ!」


 両手で頭を抱えて過去の過ちを思い出しては、後悔を怒りの原動力にして感情を押し上げる。

 見える地平線は徐々に淀み、最終的に混沌の暗闇に変わっていくと、自身の意思とは関係なく、根が生えたように地面に固定されていく足がアイリーンの自尊心を更に傷つける。

 それは未来にアイリーンという存在が抹消されたことを知らせるサイン。


「わ、私に、不可能はないッ! この、この空間さえも、掌握(しょうあく)してみせるわッッ!」


 押し寄せる絶望から、一見諦めたように見えたアイリーンの野心が再び湧き出す。

 今更底辺に落ちることに何の抵抗もない。

 現実がアイリーンを拒むというのならば、活躍の場を変えるだけ。

 再び戦略を練ることで、今まで以上の野心を胸に、重い足を前に動かす。

 新たな目的に悪魔として生きる強い意志と目標がその身を焦がし、このだだっ広い荒野に新たな希望を抱くのだ。


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