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第十三章 二人のフレイ②

 それは厳かな変貌だった。

 薄い紙をチリチリと炎で燃やすような速度で、純白のドレス諸共ジュノの姿を燃やし尽くして、脂肪と筋肉も残らず焼き尽くせば、黒い煤が骨に癒着して身体は急激にやせ細る。

 煤の脅威は内臓までも蝕み、最後は脳まで煤と化してジュノの身体の全てを支配した。


 全身を黒に変えたその見た目は、一見すると黒塗りへ姿を変えただけのようにも見えるが、そんな神々しいものとは異なるもので、干乾びたような細い身体に艶や光沢は無く、周囲には肉が焦げたような匂いが漂っている。

 瞬く瞳は太陽な煌びやかな(あか)と、燃えるマグマが小さな瞳の中をうねる様子は、先ほどのジュノの瞳より、より濃さと深みを増したもの。鎖骨の中心にうねるマグマを埋め込んだ【000(ドリットゼロ)】の刻印を携えて、遂に姿を現した渦中の人物。


「お前はぁあ、ジュノの身体を軽んじてぇ、一体何を、企む気だぁあぁぁああっ!」

「『ジュノの言葉そのままに、お前は甘い。その甘さがこの現実を招いたのだっ!』」

「減らす口をぉおぉぉおッ!」


 全身で怒りを露わにするフレイに対して、ゆっくり腕を組んで首を傾げる00。

 全くの余裕で挑発するその態度が小馬鹿にしたそのもので、フレイの怒りは目に見えて派手になる。


「『言葉を交わせば鬱憤も堪る。存分に殴ればさぞかし爽快することだろう』」

「い、言わせておけばぁあぁああッ!」


 00に対する怒りと憎しみは倍増する一方でも、強く握った拳が上がることはない。

 それもそはず、00の肉体は未だ太陽にあり、憑依した身体は今もジュノ本人のものなのだから。


「『生死が行き来するこの場で正義という綺麗ごとは不要! 身体で覚えよ!』」


 間合いを捉えた00は、胸の位置で掌を重ねて、肘をフレイの心臓へ正確に突きつける。


「グッ……、ハッ、はぁぁあぁあぁああッ!」


 一見、ただ軽く突かれただけの攻撃にしか見えないが、フレイはこの激痛に悶え苦しむ。


「『上空の気流を支配し、地面の重力を我が物に。どうだ、心臓だけ押し潰される感覚は』」


 00も生涯を灼熱に捧げて、単に後悔に苛まれるだけの毎日を嘆いていたわけではない。

 多くの能力に優れた身体をマグマに差し出したことで、過酷な環境は00の心身を更に強くし、地球の全ての声に耳を傾けたことで心も精神も成長させて、卓越した思想を掴んだ今、フレイの前に立ち塞がっているのだから。


「ハッ、ハァッ、……は、ハァッ! はぁあぁぁあぁぁあッ!」


 潰された心臓の回復の完了を認知したことで、00に再び喰って掛かるフレイ。

 その激痛から何度も意識が飛ぶ瞬間を体験することで、フレイの意思とは関係なく00を追い詰める方法を脳が勝手に探し始める。

 脳は00の危険性と特異性を認知したのだ。


 フレイの本能が〈独立〉と〈独占〉を可能にするために、猛スピードで奔走している。

 それは無限に回復する《支配されるだけの身体》から、《支配する身体》に変える選択を肉体に強いているのだ。

 フレイの毛髪は通常、一切の命令が不可能だ。

 そんな能力の垣根(かきね)を越えて、毛髪一つ一つに強い命令に威圧を込めながら、フレイは新たな能力を生み出そうとする。

 00はそんなフレイの中の何かに気が付くことで、焦るように再びフレイの心臓を肘で突く。


〈ゴッ……!〉


 鈍い音が空に響き渡る中、音だけが異常なだけで、大きな動きは見受けられない。

 先ほどのように苦しむ気配すら見せない仁王立ちのフレイのカラクリを、00は瞬時に把握した。


「『ふむ。身体に組み込んでいる限りある元素を、ダイアモンドのように硬い鉱石へ生成・増殖させて一瞬で心臓へ収集の後、盾のように成形。……実に興味深い』」


 人知を超えた硬度まで体内錬成を可能にすると同時に、内臓を保護するために適度な弾力を持つ防弾素材として一時的に身体中の軟骨を一斉集約させて、二度目の00の一点集中の猛攻を瞬時に体外へ分散させるという、人知を超えた予測不可能な神業を見せた。


「『過程の違いか、独自の生態を故意に進歩させたのか。……全てはジュノのために、か』」


 もはや同一人物とは思えないほどの、肉体を余すことなく活用したフレイの異次元の体内錬成に感心するも、00の攻撃が終わるはずもなく、首が捩れるような回し蹴りを繰り出す。


「『……お前と我の分かれ道は、人の感情や心を安易に知り過ぎたが故の、荒み擦り切れた心境からかもしれんな。私も、若かりし頃より少し、億劫になった感覚は大いにある』」


 素早い判断で駆け巡る体内錬成が、再び首に襲い掛かる衝撃を即座に分散させるフレイに動じる気配はない。

 フレイが想うジュノという存在の大きさは、自身の命よりも重いのだ。

 そんなフレイの内に秘めた能力に心から称賛を送ると同時に、この鉄壁の防御を前に00までも舌を巻く中、ほんの一瞬の隙を突いて、フレイの後頭部を掴んで急接近を試みると、フレイの耳元である発言を囁いた。


「『反撃できないその辛さ、解消させよう。……妙案だ』」

「お、お前の慈悲を買うものか、いい加減、ジュッ!? ……ッ!」


 言葉の全てを発する前に、逃がさぬ勢いでフレイの後頭部を両手で掴むと、00の額をフレイの額へ思う存分衝撃を打ちつける。

 強烈な痛みと酷い脳震盪で意識朦朧とする中、打ちつけた額が再び額と繋がることで、フレイが体勢を戻すより早く、00の《妙案》がベールを脱ぐ。


「あ、アガッ……、あ、あぁ……、ガッ、ア、……ガッッ!」


 打ちつけた額を媒介にマグマが侵食を始め、皮膚や皮脂、筋肉を火種にして引火させたのだ。

 声を出せないほどの灼熱は容易く全身に行き渡り、呼吸をすることでさらに勢いを増す。

 紅い身体の表面が沸点を過ぎた熱湯のように勢いよく泡立ち始め、ずるりと剥け落ちようとするが、フレイの細胞は絶えず生成を繰り返し、尋常じゃない速度で再生を促していく。

 しかし流れ移るマグマによって、形状を保つことがままならない状況は、次第に回復の遅れを生じ始める。

 眩いばかりの快晴の空は、通常の気候では考えられないほど太陽が膨張を開始させて、ギラギラと暑く、さらに無風となった地上は異常な猛暑へ全世界が急変していく。


***


「私だぁ、私が燃えている! ほおぉ、なんと美しいことかぁぁあぁぁああっ!」

 突然の酷暑を凌ぐためか、パソコンに映るフレイたちの熱戦を見てか、アイリーンは歓喜の金切り声であまりの興奮と高揚感から、医療用のメスで新しく憑依した身体の皮膚を堪らず剥ぐ。

 漂う異臭はもはや説明不要。


 大学病院の小さなラボで、エアコンを最大に稼働させてカーテンも閉め切り、まるで床に撒かれたように無造作に置かれた食べ物の中で、固くカビの生えて腐ったパンを頬張るが、上手く口に運べないパンの欠片は滴る唾液と共に再び床に零れ落ちるの繰り返し。

 このアイリーン流の優雅なティータイムは、フレイたちの《仲間割れ》と思わしき行動によって旨味が加わることで、大変有意義な時間が流れているようだ。

 アイリーンにとって今回ほど画面を魅入るような、喜ばしき出来事は無いのだろう。


「地球が再び滅びればぁ、次こそ私の時代が来るぅ! 輝かしき薔薇色の、人生ぇぇええ!」


 フレイか00か、将又ジュノか。

 誰が勝利しても絶大な勢力が一部消えるは確実だ。


 喜ばずにはいられないこの現状、運が集結してアイリーンを味方につけているのだから。


「あぁぁああッ?」


 若干飛び出た眼をギョロギョロ動かしながら、フレイの背後で隠れるステラを標的に定めて、颯爽と行動に移そうと画策するが、そんな野心溢れるアイリーンを妨害する存在に気が付く。

 アイリーンの邪魔をしているのは誰か。

 難しく考える必要はない。

 しかしその簡単な答えのせいでアイリーンの冷や汗は止まらない。


 手に入れるはずだった称賛と栄華を粉々に砕かれただけでなく、険しい道を強要される。

 そんな屈辱を受け入れられるほど、アイリーンは聞き分けのよい人間な訳はない。

 こうも必死にしがみ付いて再起を図ろうとするのは、多くの苦労と努力と共に、気の遠くなる時間も注いだ末に、今ここに辿り着いたのだ。その努力を水の泡にされるだけで止まらず、身に降りかかる不幸を素直に受け入れる心など持ち合わせている訳がない。


「誰だぁ? わぁ、私の邪魔をする奴はぁあぁぁああっ?」


 全身全霊を注いでアイリーンにとっての正解を選択し続けながら、数えきれない死線をくぐり抜けてこの命を守り抜いたのだ。

 ジュノたちとの信念や思想こそ大いに異なっても、執念と執着ならフレイたちを遥かに凌ぐ、自信という名の心の強さを持ち合わせている。


***


 燃え盛るフレイとジュノの身体。

 その炎を何かで例えるなら即席の太陽とでも言うように、尋常でない高温と直視できない強い光によって、その眩しさから誰一人、渦中の二人の様子を確認することができていない。


 この唸るほどの暑さによって、地球丸ごと赤道直下を超える高温多湿のダメージは大きく、地上の氷が溶け出す現象まで引き起こすことで、不快な湿気も手伝って事態は深刻だ。

 発端では塵となって消えるより早くフレイの細胞は回復に専念するが、現状、人の形を保つことだけでも精一杯な状況であり、屈強だったフレイの身体もジュノと同様にやせ細る現象を起こして、真紅のボディは完全に消え去り、煤だらけの黒い皮と骨に様変わりしている。

 この苦境から思わず舌打ちするフレイに対し、余裕を醸し出して00は話の続きを呟いた。


「『お前は何故、私がこのような事態と態勢にまで陥れたと思う?』」

「……な、何だ、……何が、言いたいっ……!」


 00の意図が読めないフレイは、神妙な面持ちで耳を貸す。

 全身はおろか、その体内までマグマに支配されるも、聞かずにはいられない。

 嫌な予感がフレイの心を冷たくするのだ。


「『今ここでジュノ(アレ)を目覚めさせれば、さぞかし悶え苦しむことだろう』」


 その内容は白光を失っていたフレイの眼を復活させる。

 瞬間、マグマが眼球の中へ流れ込むことで思わずフレイは雄叫びを上げるが、雄々しい響きはほんの一瞬で消え失せる。


「じゅ、ジュノはお前の同志じゃないのかッ!」


 放つ言葉はとても軽蔑的で、その心は怒りに満ち満ちている。


「『同士? ……一体何の戯言だ。ジュノなど所詮、鳥尽弓蔵(ちょうじんきゅうぞう)の扱いに過ぎぬ!』」


 マグマは遥か遠い沸点で、血管が爆音を立ててぶち破っては修復を繰り返す中、ジュノをぞんざいに扱う00を許せるほどフレイは寛容(かんよう)ではない。

 憎悪の言葉が似合うままに、00に対するフレイの負の勢いは増すばかりだ。

 怒る狂う様そのものを具現化させて、00の名を心からの軽蔑を込めて叫ぶ。

 この瞬間から真逆の動きを見せた、フレイの体内。


 故意に小規模な爆発を体内の隅々で引き起こしては、身体の立て直しのための再生と、体内改革のための癒着を繰り返して、大規模な体内改造まで引き起こして、身体の構造を変えて危険の連鎖を逆手に取り、神経の伝達をより細かく全身に巡らせると、繋がる力の蓄積と多大な力の源を遺憾なく発揮させる。 

 肉体の燃焼が激しく、治癒が間に合わない身体を逆手に取って、全身を駆け巡るマグマを大量に誘導させて、回復を継続させたまま体内で一斉に圧縮させる。

 なにより右肩の02が消えて無くなり、燃えるような(あか)で、【222(ドリットツヴァイ)】数字を刻んだ。


 これにより体温が低い手足から毛細血管にマグマを順に巡らせ、粘度を変えて、全身の流動まで手玉に取っていく。

 マグマの行き場を狭めることで消えていく血液の代用として採用すると、圧縮を強めてより頑丈に膨張させて、丸々太った毛細血管の束を簡易の筋肉として扱う。

 上手くマグマを活用した過程によって、みるみる戻っていくフレイの屈強な身体。

 この瞬間から能力が同等、若干フレイの方が劣ると思われた00の身体は少々海老ぞりに。

 これにより00は先ほどまでの余裕は一切保てず、明らかな苦戦を強いられている。


「『予想以上、……否、予想を上回る遥か先かッ!』」


 これ以上の考えを巡らせられないほどの、この短時間でマグマを手中に収め、有ろうことか自由自在に操り始めたフレイは、00が憑依したジュノの身体までも蝕む勢いだ。

 遂に魂の行き場を失くした00は、一瞬、フレイに対して皮肉に笑う余裕を見せる。


「『きゃあぁぁぁああああぁぁ……あ、ぁ、ぁ……』」

 それは突然のこと。


 ジュノの肉体が大きく仰け反り、一度きりの悲鳴を上げた後、ぐったりと力抜ける。


「ジュノ? ……ジュノ! あぁ、ジュノッ!」


 本来、属性と能力があまりに対極な、体内で燃え盛るマグマをジュノが制圧できるはずもなく、一瞬で意識を失くして、無残な身体はフレイの腕の中に包まれる。

 今、この状況で、フレイがジュノのために出来ることは、ただ優しく抱きしめることだけ。


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