第十二章 最終決戦②
《き、緊急! 緊急ニュース速報です! つい先ほど入った情報によりますと……》
下界では肥大化したジュノの毛髪が地を這い、人も車も立ち往生している現状に着目している。
ジュノ側のビルを主軸に、フレイ側のビルへ大きく円を描くように攻め入る形で襲ったことが原因で、未だ地面が生き物のように隆起することから、被害は広範囲かつ甚大なもの。
その上後発的な爆発で鉄筋のビルが半壊したのだ。
それらは鼓膜を破られるような爆音ではなく、遠くで花火が打ち上がったような、スンと透き通った一瞬の、濁りのない音だっただけに、今現在も怪我人や粉塵による被害も相次ぐことから現地は大混乱で、こうも多くの被害を被るなどと一体誰が予想できたというのか。
今も熱線が繰り広げられている空周辺ではヘリコプターからの映像によって、ついにフレイたちの存在を肉眼で確認された。
この特殊異例な事態から早々に自衛隊も召集されて、緊急作戦会議と早急な判断で事態収拾を掲げるものの、そう易々と事が運ばない理由に、満を持して突入となると執拗に脳を刺激するような、最大級の警告が全身を支配する事態に活路を見出せず、なによりフレイたちと関わることを本能から極力拒絶される、そんな心身の異常事態に見舞われていた。
これはこの場の当事者にしか実感できない、現実離れした恐ろしい現象。
そんな事情を体感できない一般人の不満と不安が爆発するのは、もう目に見えている。
全ては人間の介入を懸念したジュノが、人間との関わりを極力失くすために放った微量の電磁波が事の発端だ。
これは人間の生活に欠かせない光を利用した、より身近なもので言えばインターネットの光回線が主軸とされる。
つまり光回線は、この瞬間のために組み込んだ用意周到な罠だった。
これこそ00の手腕で功を奏した【パンドラの箱】最大のカラクリとなる。
通常00のパンドラの箱に使われる能力は空間の境界線を操作し、妄想か幻覚かで判断を鈍らせ、弱化と共に生気も奪う【洗脳】を用いるが、人間の自尊心を上手く扱い意思と認識の尾を引くままに、徐々に依存性を高めるジュノによる【誘導】もまた壮大な仕掛けを持つ。
パンドラの箱は使う者の個性が出るだけに形式こそ異なるものの、思慮と創意に富むジュノもまた、同様の禁忌を扱える条件と資格を十分満たした数少ない人物の中の一人でもある。
様々な立場の人間にとって歯痒い時間だけが進むこの現状は、一般人にも様々な情報が共有されて、この戦いの全てが映像として各プラットフォームで生中継に切り替えられる。
『テレビでも大々的に放送してるってことは、これ実際に起こってる出来事? 映画みたい』
『なんて呑気な。現地は地獄絵図だよ』
『現地で被害被ってるの? その割には言い方があまりに他人事な気が……』
『ていうか自衛隊は一体何をしてるんだ? あまりに好き放題させ過ぎだろ?』
『人間の敵! 害虫駆除ヨロシク!』
『これは誰がどう見てもヤバイ状況じゃね? さよなら人類』
『勝手に終わらせるなよ。こんな輩、人間様が許さねえーよ』
『人類最強! 人類最高!』
『でも実際のところ……、なんかさ、本当にやばくない?』
一国の平和が破壊され、異星人と思わせるような恐ろしい輩と色眼鏡で注目を浴びるフレイたち。
それ故全貌が把握される度、映像は全国から全世界へ随時配信が広がっていく。
画面越しで見守る者たちは、国境を越えて遠ければ遠いほど歓楽的なもので、多少の不安は芽生えるものの、その他大勢の出す答えは列を作るように倣う。
しかしこれだけ注目を集める出来事だからこそ、より多くの興味を誘うには十分な情報量で、様々な考察を素人から学者に至るまで口を尖らせ、宗教まで加担して、この未確認生物を洗いざらい暴こうと手元にある情報だけで想像を膨らませながら、画面越しの舌戦が白熱する。
人間十人十色とはよく言うが、大半の人間は流行に流され、感情に流され、噂に流され続ける人生で追えるのが常。
ただ膨大な情報が手軽に見れるこの現代は、様々な見解が多くの人間の目に触れて、心の在り方や情報の共有も容易に行えるのが現代の長所とも言える。
しかし今回に限っての舌戦は、過激になるほど多くの人間の不安を煽るだけだ。
***
「……くッ、ぁああぁあッ!」
ジュノの息をつく間もなく繰り出す攻撃に対して、フレイに打つ手がない。
フレイは全生体随一の猛者だが、ジュノはフレイの弱点と欠点を熟知しているが故、勝つ見込みが零とは決断できない。
そんなジュノの隙を狙って説得の瞬間を待ち望むフレイは、限界を見極めることに必死だが、共に足りぬところを探り合う心身の混戦は激しいもの。
しかし身軽を生かして俊敏なままフレイを圧倒するジュノは、フレイの首を斬り込む瞬間、予測されていた最悪の事態でこの流れを大きく変えることとなる。
「はぁっ? ぐッ、……はぁッ!」
まるで内蔵を口から迫り出すような勢いで、ジュノは猛烈な吐き気に襲われる。
刀を地面に刺して体勢を正そうとするも、何度も意識が飛ぶ感覚のせいで刀は手から滑り落ちた。
「ジュ、ジュノォッ! ……ッ?」
ある程度想定していた激痛に耐えるジュノを、フレイが手を差し伸べるより早く、この瞬間を待ち構えていたクレスが意識を失いかけているジュノの肩を持つ。
「悪いな、アンタの相手は俺だ」
限界を迎えて朦朧としているジュノを抱きかかえ、安全なビルに寝かせてジュノの戦線離脱を宣言すると同時に、クレスの宣戦布告を宣言するようにフレイの前に立ち塞がる。
「んんっ……ッ! ぐはッ! はぁ……」
一時的な意識回復で朦朧とした状態で目覚めると、計画の次の段階に入るため、己を律し、黒塗りから一転、成人のまま髪色から衣服まで純白を纏う素顔を見せた姿へ変貌を遂げた。
苦しそうに胸を掴んで、ジュノの口内を洗う嘔吐は地面を少しだけ赤く染める。
***
「邪魔だぁあぁぁああぁあ!」
理性を失くしたフレイの罵声が快晴の空に響き渡る。
「こぉ、のっ、馬ッ鹿、力がぁ、あぁあぁぁッッ!」
〈ガガガッ……、ボゥッッ!〉
容赦ないフレイの拳を真正面から受けて、構えていた機関銃の先端が真っ二つに割れることで、その衝撃と摩擦熱から至近距離で暴発する。
咄嗟の判断で後退したクレスは、煙の中にいるフレイと距離を取ると共に、今一度崩れた体勢を整えようと画策するも、煙の中から腕が生えたかのように現れたフレイの右手に首を掴まれ、真後ろのビルに投げ込まれる。
ガラス張りのフロアへ躊躇なく投げ入れるがフレイの興奮は収まり切らず、一人苦しむジュノの許へ、負傷しただろうクレスの容態を心配する素振りも見せず背を向けた。
〈ひゅぅ――……、ドッ!〉
背を向けようとしたフレイへ、クレスの放った弾丸が左腕の中にめり込む。
「はッ、アンタの相手は俺だ、少しは、目ぇ、覚ませよなッ!」
表情が窺えない紅塗りのフレイではあるが、機嫌が悪いのは雰囲気から駄々洩れだ。
面倒そうに溜息を吐いて早足でボロボロのクレスの許に向かうと、透かさず右手で首を掴み、まるでガラクタを扱うようにクレスを更に建物の奥へと投げて、幾つか壁を貫通させるほどの勢いで幾つかの大きな衝撃音を立てながら、フレイとの力の差を見せつけてクレスの戦意喪失を試みる。
この派手な破壊の過程から見て、クレスの容態も虫の息と判断出来るほどに。
雑な扱いの果て、改めてジュノのところへ向かおうとするフレイだが、またも銃声を鳴らすクレスに邪魔される。
普段の優しいフレイとは似ても似つかず、実にダルそうな様子でクレスの方向を見ると、傷だらけのクレスがコンクリートの残骸の中で懸命にフレイを狙っている。
「アンタは俺を、コケにしすぎなんだよ……ッ、なッッ!」
ジュノから頼まれた数少ない要望と作戦と。
頭で反芻しながら懸命に銃を握るクレス。
フレイにとってクレスが敵ではないのは確実でも、だからこそ我慢ならない意地がある。
先ほどから無言を貫くフレイは、クレスに向けられた銃口を標的に、口腔内から弾丸を放つ。
あの時、左腕に留まっていた弾丸を体内で泳がせたものを、口腔内へ移動させたのだ。
〈キュルキュルキュル――……ッッ!〉
まるで吸い込まれるようにクレスの持つ銃口へ正確に入っていく弾丸。
「くッ、そっがぁぁあぁぁああっ!」
再びの暴発を予告させたことから、フレイに向けて銃を投げた瞬間、煙硝に包まれて煙の中から根性で出てきたクレスは、急接近するとフレイとの丸腰の戦いへその身を投じる。
***
「ん、んん……、はぁ、あっ! ああっ!」
ほんの少しの眠りの果てに、死の瀬戸際を感じて走馬灯でも見ていたのだろうか。
吐血した口を乱暴に拭って、現在のジュノの表情は何かしら吹っ切れたような清々しさを感じられる。
フレイとクレスの戦いは、周辺のビルを破壊しながらフレイ優勢の激戦だ。
「く、クレスの現状は……ッ、最悪なようね。早く……ッ、フレイの許へッ」
未だ不自由な身体を急かすように鞭打って、ジュノは再びフレイとの戦いに身を投じるために、刀を地面に刺して身体の支えに使い、無茶を承知で立ち上がる。
そんな小刻みに震える身体で何かを祈るようにきつく目を瞑った状態を作ると、痛みが消えたように震えも止まり、ゆっくり真上の太陽を見るように頭を上げた。




