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第十二章 最終決戦①

 今日、快晴。

 舞台は昼前、都心で最も栄える繁華街のビルの屋上。

 天気にも恵まれて、下界は多くの人で溢れ、祝日と言うこの日を満喫している。

 緊張からか目的地へ早々に着いた紅塗りのフレイと、そのフレイに抱っこされたステラ。


「ステラ、何も君から危険に関わる必要はないよ。マサヤと逃げることだって大事な選択だ」


 ゆっくりステラを地に下ろすとフレイはステラに回避を促す。

 この問い掛けからでも、フレイが何度となく言い聞かせた上での合意であり、強行だったのかが伝わってくるようだ。


「どうしてそんなこと言うの? 私もフレイと一緒に闘うの!」

 笑顔で告げる、宣戦布告。

 変に意固地で楽天的で、まさに子供そのもののようなステラには、優しい声かけよりも毅然とした態度で厳しい意見を伝える方が効果的なのだろうが、フレイにはそれが出来ない。


「マサヤもここまで来てもらったのにごめん」


「ハッ! 気にすんじゃねぇよ。俺だって仲間だろ? 地獄の果てでも付き合うぜっ!」


「本当にありがとう。お互い、幸運を祈ろう」


 マサヤへ感謝の言葉を心から表現した、穏やかな雰囲気はある者の介入によって一気に現実へ呼び戻される。

 壮大なスクリーンを動かすように、この広大な青空に引けを取らない存在感で、真正面のビルから黒塗りのジュノとクレスの姿を確認したからだ。




「……ジュノ、大丈夫か?」

「ええ、作戦通りに行きましょう」


 じりじりと太陽が照らす空の下、ジュノの今までの人生を捧げてきた覚悟の物言いが、ピリリとした緊張感を漂わせて、薄紙が水に浸透していくような速さで広範囲に広がっていく。


「ジュノ、俺はまだこの段階においても、この戦いの魂胆を聞けそうにないのか?」


 本人に自覚があるかは分からないが、とても切実な表情でクレスはジュノに問い(ただ)す。

 どうやらジュノはクレスにさえこの戦いの真意を告げていないらしい。

 遣る瀬無い想いで描く未来が、不穏という名の腐食されたペンキでまだらに塗り替えられるさまを、ただ手をこまねいて見守るだけの現実は、能力溢れるクレスには辛く歯痒いものなのだろう。


「焦ってはだめよ。約束された未来は偶然の産物ではなくて、打算が無ければ生命の誕生などあり得ない世界で、計算尽くされた過去があるからこそ人の道は開かれるものよ。まあ、そう時間も掛からず分かることよ、しかと心に刻んでその時を待ちなさい」


 実に余裕たっぷり優雅な口調のまま話すジュノだが、その内容は実に堅実的で、いかに細かく計画を組み立て実行しながら、目的に向かって尽力してきたかがよく分かる内容だ。


「まあ、努力はするが……、」


 多少不満な態度を見せるが、クレスの気持ちの切り替えは早い。

 そんな割り切りの良いクレスの言葉が一時の和みを生み出した瞬間、未だ躊躇している詰めの甘いフレイを的に、ジュノの攻撃が既に始まっていることをフレイに思い知らさせる。


〈ゴオンッ、ゴォオオン、ゴォオオォオン、ゴォオオォオンッッ!〉


「な、なんだ? この音は、まさかッ!」


 フレイ側のビルの真下から次第に大きくなる破壊音が、フレイの覚悟を引きずり出させる。

 振動に気付いて間もなく、警告音の主はフレイたちの真下のコンクリートを破壊しながら勢いよく現れたのは、生物のように肥大した毛髪。これもジュノによる遠隔攻撃の一つだ。


「フレイ、ここは私に任せて!」

 自ら率先して覚悟を告げたステラは、襲い掛かる毛髪の細胞を金色の爪先で一掃するが、ジュノの毛髪は分解・増殖を繰り返すばかりで、この戦いが長期戦と予告させたようなもの。

 それを瞬時に察知したステラは、体力配分を極限まで調節して、この耐久戦へ身を投じた。


***


 背後をステラに任せたフレイは、顎を外して口を大きく開けると口腔内から炎を放出する。

 派手な威嚇でジュノの闘争心を喪失させる作戦のようだ。

 この向かい合わせの二棟のビルは、多くの車と人通りある大通りを間に挟んでおり、ジュノの占拠しているビルへ炎を到達させようとするのならば、それ相当のエネルギーが必要だ。

 意地でもジュノと話し合いで解決したいフレイの意思がよく読み取れる。


「あら、この程度で和解できるとでも? 私も、随分と舐められたものねッ」


 炎は想像した以上にジュノの占拠へ余裕で到達したが、逆にジュノの顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまう。

 フレイの吐き続ける炎を軽々飛び越えて、フレイが占拠しているビルへ単身乗り込むジュノ。

 この間、封印していた唇に打たれた太い黄金のホチキスを痛々しいまま引き千切って、ジュノの顔全体が淡い蒼に灯ると、口腔内から白濁した煙のような物質を勢いよく放出する。


 それはまさしく凍てつく氷の炎。これはジュノが地中から生きるための酸素を発掘する作業の際に採取した気体であり、極限まで分解・濃縮圧縮させて、毛髪に最大限備蓄したものを再び元素から掛け合わせることで、絶対零度なる物質まで作り上げたのだ。


「……っ!」

〈ドッッッ!〉


 唐突な高温による膨張と低温による収縮がぶつかったことで、極小規模な爆発を起こす。

 咄嗟に炎を止めたフレイの機転によって爆発は最小限に抑えられたが、この一瞬でビル一棟を巻き込んだ。

 まるでスプーンでくり抜いたかのように、上層階をごっそり削り取られて半壊した鉄筋コンクリートは、どうやら内部から破裂したことで、その形状を失くしたのだ。


 この現象によって周囲には粉塵(ふんじん)が舞い、爆発の威力の恐ろしさを明確に表している。

 ただこの程度で済んだのは、フレイがこの状況を危惧して燃え盛る炎を早々に留めたのが英断だったようだ。

 しかしその代償はあまりに大きい。

 未だ後ろで奮闘しているステラを守るように、全身であの爆発を塞き止めたのか、上半身吹き飛んだ状態から徐々にフレイの姿が現れるのだから。

 木っ端微塵に吹き飛んだ細胞が順に結びつく、通常、到底あり得ない過程を見せた。


 他を寄せ付けない高度な効力によって完全復活を成し得たかと思われたが、回復したはずのフレイの右腕が存在していない。

 ふと足元を見ると芯まで凍った右腕が転がっている。

 一切容赦ないジュノの次なる攻撃を構想すれば、この短時間で腕を復活させる必要があるが故に、フレイは凍結した右腕を持つと臆せず豪快に口腔内へ、音も立てずにこの量を一気に丸呑みし、再び腕を復活させようとする。


 が、この時間はジュノにとって有意義な時間となり、フレイのすぐ傍まで近寄った刹那、フレイの紅い炎とジュノの蒼い炎がぶつかった。

 今、この戦いに最上級の威力は必要ない。

 絶対零度はジュノの内外の損害が相当大きく、これ以上酷使する意味を持たないからだ。

 なによりもその強大過ぎる威力は、全力を出し続ければ、地球の存続すら危ぶまれる。

 事実フレイもそれを見通して、先程よりも格段に威力の少ない炎で対抗している。


 ただ後ろにステラがいるこの場はフレイにとって不利でしかなく、ステラへの被害を避けるためにも移動しながらジュノを誘導する。

 その魂胆を理解出来ないようなジュノではないが、ジュノもステラを巻き込むつもりは更々ないようで、フレイの無言の誘導に静かに従うものの、痺れを切らしたジュノが身軽な身体を駆使して、左手に握られた刀でフレイの胴を豪快に斬り込んだ。

 真っ二つに斬られたはずのフレイの身体は、切られた方向から順に結びつく。


「くッッ!」


 即時癒えた身体でジュノの首を狙った自己防衛の回し蹴りは、いとも容易く刀でガードされた。

 細長い刀一本で一番有効な防御を算出して、フレイの攻撃を緩和させたジュノの知性のバランス感覚には目を見張るものがある。

 本気でないフレイの反撃とは言え、通常なら大の男ですら大怪我で済まされるような攻撃ではない。

 それだけジュノの戦闘技術のセンスとポンシャルは、フレイに次ぐ、著しい高水準を叩き出す実力の持ち主であると証明しているのだ。


「どう足掻いてもダメなのね、その身体……」


 忌々しくも目覚ましい自然治癒力を前に、落胆と憤慨が交互に飛び交っているようだ。


「君はどうしてそう自分を追い込むんだ!」

「そんなこと言ってる場合なの? もっと重大な事態が起こったばかりのはずだけれど?」


 故意にあの非情な爆発を起こして、故意に残酷な方法で死に向かわせた行動を、故意にこうも嫌味たらしく発言するジュノだが、フレイには全く効いていないように見受けられる。

 あれだけフレイを害することに躊躇ない姿勢を示した行動に対して、フレイのジュノに対する想いは揺るがないのか、腹を立てることも、責め立てることもしない。

 しかしそんなフレイの毅然とした姿勢が、逆にジュノの感情を湧かせてしまう。


「……そう、そうまでして私をコケにするのね」

「単に君と戦う意味がないと考えているだけさッ」


「意味のない戦い? 私と貴方の対立はなんの意味を成し得ないとでも?」

「そうだっ、こんな戦いこそ不要なものはないッ! きちんと話合えば解決する話だッ!」


 蹴り上げた足を定位置に戻したフレイは、抜け目なく喉元を狙ったジュノの刀の先端を握りしめ、滴る血をものともせず、刀をくの字に屈折させて歴然とした態度で力の差を見せつけるフレイだが、一歩引いたジュノが腰を落として、すぐに飛び出せる姿勢でフレイを睨んだ。


「ジュ……ッ、かぁあぁぁ……、がぁあぁぁッッ!」


 屈んだ姿勢こそ合図と言わんばかりに、援護に徹するクレスが放った弾丸がフレイの額に直撃する。

 この衝撃によってフレイは大きく仰け反り、屈強な身体を豪快に反らした。


「考えが甘いのよッ!」


 この無防備な体勢こそ最大のチャンスと言わんばかりに、腰を落とした体勢で勢いよく飛び出し、フレイの懐に飛び込むと、喉元を斜め下からくの字に曲がった刀で貫いた。

 ジュノの反撃はこれで終わらず覚悟を纏う強い覇気を継続させたまま、刀の柄を強く握り、豪快に喉元を抉ると手前に強く引き、その反動で後頭部から額へ刀を差し込むことにも成功させて、見るも無残なカタチで喉元から額にかけて刀を貫通することに成功させた。


 このあまりに残酷な攻撃を繰り広げた後、思慮深いジュノはようやく刀を手放す。

 フレイが即時取り除こうとする手前、新たな刀を生成させたジュノは、回復に手間取るフレイのがら空きの腹部を狙い、再び深く刺し込む。

 それでも尚、間髪入れずに生成させた刀が容赦なくフレイの心臓を貫いた。

 フレイの治癒能力は基本、体内に滞る異物、ここで言う刀を取り除かねば完全回復を成し得ない。

 よって体内に残留する刀を引き抜くことが先決となる。

 ただ変形した刀を、喉元から頭部、額にかけて複雑に貫通した刀を引き抜くのには、相当な勇気と覚悟が必要なのだが、究極の自己犠牲は脳の不可能を可能にする勢いと覚悟で満ちた。


「ぐっ……、あ、あぁ、あぁぁあっ!」


 フレイは滞っていた刀を臆する瞬間すら見せず、見るも無残な惨状を晒しながら、喉元の柄を持ち真っ直ぐ下へ引き抜いたのだ。

 温かな鮮血を身体中に浴びて、即、血が逆再生を起こす現象を体感した、素顔が分からない黒塗りのジュノは一体どのような面持ちで見ていたのか。


 いくら無限に治癒できるとはいえ、実のところそれに伴う痛覚が軽減するなどと甘い思想は存在せず、麻痺すら起こらない激痛を、フレイは延々と無理強いされている現状がある。

 その事実を知り得ながら、心臓を貫いた刀を未だ放棄しないジュノは次の攻撃に移行。

 フレイに背を向け身体を屈めて、更に刃を上に向けて抉ると、長い刀の棟を自身の肩に置き、これ見よがしに両手で柄に体重を掛けた。

 情け容赦ないまま力の限り柄に負荷を掛けて、テコの原理を利用した刃は、心臓から右肩の骨に至るまで、斬るというよりも強引に破り裂いた。


「グッ、……ぐっ、ぐぁがぁあぁぁッッ!」


 この劇痛を我慢するフレイの強い歯ぎしりと唸り声が、悲痛な叫びとなってこだまする。

 ジュノのか細い腕から導き出した知略的且つ派手な技は、繰り出される緻密な計算と迷いない大胆な実行力によって遂行されることから、フレイの身体は一時戦く。

 なによりもフレイにとって最大の弱みが自身を攻撃するのだ、そう簡単に手を出せないのも無理はない。


 ジュノの勢いは止まることを知らず、高い瞬発力で次々と繰り出される無慈悲な攻撃は直視できない過酷なもの。

 しかし一見ジュノ優勢な攻防が以後も続行されると思われたが、長期戦にもつれ込むフレイとの戦いは明らかにジュノが劣勢だ。

 相変わらずフレイの治癒能力は迅速果敢に発揮され続けており、ジュノにとっても難攻不落。

 全てを悟った上で届かぬ力と理解していても、ジュノに後退く心はない。

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