第十五章 覚醒の時
「ほら、さっさと歩けッ!」
無理矢理ランディと離れさせられて、クレスを手荒く扱う薄ら笑いの兵士に囲まれ歩く。
まだ何も分かってない不安顔だったランディを見て、堪らず兵士の制止を振り切ろうとしたが、容赦ない連打の鞭打ちを受けることでクレスの反抗心を削いだ。
拘束された両手が少し動く度、酷い鞭打ちで身体がよろけるほどの容赦ない罰を受ける。
この行為に正当な理由など存在しない。所々服が裂けて血で滲んで、手にも複数の鞭打ちの痕。
それでもクレスは屈服しない。
そんな兵士が連行するのはクレスも驚くまさかの場所だ。
この現実にクレスの心臓は悪い意味で高鳴ったほどなのだから。
「ほう、これがエダンの言うネズミか?」
連行された場所は謁見の間。
その中央で豪華な玉座にどっしり座る者こそ、アゼレッダ国王。
固定観念のイメージでは、白髪白髭のお年を召しただろうと考えた外見とは程遠く、アゼレッダ国王は見た目三十代ほどで年若く、端正な顔立ちだがクレスに対する嫌悪感からか、多少取っつきにくい印象を見せる。
クレスをネズミと例えるあたり、差別意識は根太いようだ。
『やれ、このような卑しい身分の者に身分を与えたなど、ルネはどうかしている……』
『まったくだ。この神聖なるアゼレッダ城をなんだと思っておるのか、身の程知らずがッ』
『まあまあ、罪は咎められるものよ。それ相応の処分が下るのが運命さ』
『我らが神聖な者であり、生命の頂点。下等生物などその身を我らに捧げるのが常』
アゼレッダ国王の周りを囲む家臣達が、クレスに対する差別意識を堪え切れず、こそこそと小声を、クレスに聞こえるような意地の悪さまで吊るしてぺちゃくちゃお喋りが止まらない。
歓迎されていないように見えて、日頃の鬱憤を晴らすかのような発言で溢れるのだから。
なによりクレスは部外者、アゼレッダ国民の不服に直結しないと判断した結果だろう。
「こやつは打ち首だ。今すぐ処刑しろ、遠慮は要らん」
クレスに対して露骨なまでに否定的な家臣達の後押しに加え、アゼレッダ国王の自尊心を高めるためだけの判断を、自身に酔ったその口で人の命を奪う判断に躊躇なく。
ただ国王と言う立場だけで、偉そうにふんぞり返る態度がクレスの怒りを上昇させる。
「おい、王の立場を濫用してまで、こんな底辺の仕事まで手を染めてご苦労なこったなッ!」
「なッ! い、卑しい身分で歯向かうとは、地獄を見なければ分からんようだなッ! 早く罰を与えよッ! ここが地獄の入り口だと思わせるような、とびきりの絶望をなッ!」
クレスの挑発に驚いたものの、すぐに怒りが湧いたのか思わず玉座から立ち上がる。
もちろん家臣らの動揺も大きいが、次の瞬間にはアゼレッダ国王の発言に倣う。
なぜならクレスがどんなに強気でいても拘束された現状は変わらず、大口をたたくだけのハッタリと見たからだ。
「……思いの外、簡単だったな」
そう呟いたクレスの背中に向けて全力の鞭打ちが襲い掛かる刹那、拘束された両手付近からズズズッと剣が迫り出して、拘束具を破壊したことで自由を手に入れたクレスの反撃が始まる。
その唐突な攻撃に異端の能力をまざまざと見せつけて、兵士達すら驚きのあまり反射的に一歩引い刹那、クレスはその喉元を掻っ攫う。
瞬間、国王と家臣にも飛び散る生暖かい血。
兵士達に流れる血は、最初こそ赤いものの、徐々に緑の血飛沫へ色を変えた。
「なるほど、寄生人ってやつだな。あの時の完全体と間違えそうだよ、なッ!」
人間界にほぼ行き来が無い/かったというのに、驚異の順応力でこの謎をすんなり受け入れたクレス。
首に04の刻印を浮かばせて、緑の血で染まるこの広い空間は酷い匂いを充満させて、改めて本気を出したクレスの残虐性を垣間見るような、そんな境地を見せつける。
「まったく、支配人様様だな。これほど多方面の教育に優れてたとは、今なら、よく分かるッ!」
あまりに若くして熟練した剣術を披露して、多くの兵士をたった一人で相手をしながら剣筋に乱れなく、クレスが理想とする切れ味とその素早い扱いにも遅れ無し。
「ハッ、良く斬れる。ガルガの技術に称賛するしかないなッ!」
この形勢逆転に恐れをなして、家臣が国王などほったらかしで逃げ惑うのはもちろんのこと、兵士までへっぴり腰ですでに勝負らしい勝負ではない。
そんなクレスの視界からいそいそと外れて、逃げ出そうとするこの城の主は、いとも容易く捕まった。
「おっと! アンタにはエダンの居場所へ案内してもらうからな」
「は、はいぃ……」
先ほどまでの勢いと威厳はなんだったのか。
権力が通用しない相手にアゼレッダ国王の肩書きなどお飾りの何物でもなく、普通の人間の命と大差ないもの。
寧ろ今までの罪の数々を思うと、この男の命の重みが軽くなる一方。
クレスが持つ強さと賢さは潜在的なものなのか、地獄の支配人よる事前の教育が良かったのか、信じられないスピードで世の中の勝手を吸収すると、応用まで加えて手駒にしていく。
家臣は全員逃がしたものの、寄生人は完全制圧したことで、完全に立場が反転したクレスとアゼレッダ国王。
家臣らに関しては、夜逃げ同然で荷造りしているのは想像に難しくない。
この実態を国民も限界まで黙認していた現実があったからこそ、王族ではなく、教会に信仰を捧げている実状があるからこそ、恐らく家臣への制裁は民衆の仕事になってくれるだろう。
「そうだ、アンタ初代エダンの詳細を知っているだろう? 全て話せ」
「ふぁ? しょ、初代エダンですか? さ、さぁ? 私にはさっぱり……」
「ルネ国のアディルメルのことなら知っているだろう? 今更隠しても無駄だ、正直に話せ」
「ひいぃ!」
決して混じることのない、赤い血と緑の血。
九割が緑の血を占めるべっとりと滴る剣を向けられて、せっかくの国王の端正な顔が恐怖で歪む。
高貴な身分は血を見る機会がないのだろうか、自身の洋服についた血液すら気味悪がって、顔色は完全に青ざめている。
「まったく、これがアゼレッダ国王の、国の象徴の実態なのかよ……」
クレスにとってこの城の内情を知れる機会があったのは幸運だった。
早々にランディと引き離されたのは誤算だっただろうが、幼いランディがこの惨状に耐えきれない可能性もあり得る思うと、この遠回りにもある意味幸運だったとも言い換えられる。
ただそれだけに、なるべく早くランディと合流する必要も出てくるのだ。
「おい、アンタ、時間が無い。移動しながら手短に話せ」
仮にもこの国の国王に小走りで先導させながら、謎が謎を呼ぶ行き場のない雁字搦めの事態に収取をつけるため、少々手荒い方法でも情報を引き出す意欲に溢れている。
これは大切な人たちを守るための手段であり、そのためならなんだってできるのがクレスだ。
「は、はい、初代エダンは確かにアディルメルのことです。ただ二代目エダンが箝口令を敷いており、詳しい詳細は二代目エダンのみ事情を知り得ている状態でしてぇ……」
「なら二代目エダンの正体を教えろ」
「にッ、二代目エダンの正体などと、我々の血筋であること以外は、特にぃ……」
「いや、アンタは知っているはずだ。あの二代目エダンに甚く信頼されているみたいだしな」
この国王は二代目エダンについて、不利になる情報をひた隠ししている。
目が泳いで発言もたじたじで、見た目の情報だけでも嘘をつくのが得意でないと知らせているようなもの。
そんな中で二代目エダンの、ランディと引き離された瞬間の流れる空間の中で残した、ほんの一言がクレスの中で強烈な違和感として引っ掛かっているのだ。
「アンタは二代目エダンに【あの人】と呼ばれていた。呼び方からして徒ならぬ関係なんだろ?」
「な、そんな滅茶苦茶な憶測で仲間と決めつけられてもぉ……」
この男から知り得る情報の限界に感づいたクレスは、違和感に対する答え合わせを始めた。
「誤魔化そうとしても無駄だ。……まさかアンタ、知らないのか? あのエダンが男を、しかもまだ未成年の年若い男を次々と自室に連れ込んでいることを?」
これは二代目エダンの国王への呼び方から、恐らく恋人か夫の可能性を含んでいる。
愛人だとアウトだが、まずそんな立場で満足できないだろう。
国王なんて、ただの詰まらないプライドの塊のようなもの。
なによりこの話は作り話ではなく、情けない本当の話なのだから。
今最も有効なカードを掛け合わせて、大きな賭けに出たクレス。
ランディがとばっちりを受ける可能性も高いが、今は手段を選ぶ選択が何一つ揃っていない。
「な、何だって? 本当か? 本当なんだな!」
クレスの話を聞いて、へっぴり腰が嘘のように怒りに湧くアゼレッダ国王。
「……あぁ、噓じゃない。その目で真実をしかと見るんだな」
「クッ、クソッ、クソッ、クッソォォオオオ!」
はち切れんばかりの怒りから、背筋を反り気味にズンズン歩いて行く国王。
クレスの読み通り、国王は速足でエダンの居場所へと導いてくれる。
万が一ランディに危害が加わろうものならばと、すぐに対応できるよう覚悟を持って剣を強く握った。
***
「あ、あの! 僕に一体なんの用が?」
何が起こるか分からない不安から、少々遠慮気味で自身を引き抜いた理由を聞く。
「あら、可愛い事言うのね。大人しい子、私嫌いじゃないわぁ」
相手はあの二代目エダン。エレンツェとランディにとって実の母であり、因縁の相手。
赤ん坊のホワイトライオンだったランディには酷く痛めつけられた恐怖の記憶しかないだけに、どんな手で心身を傷めつけられるのか、気が気ではない。
同時に昔の記憶がフラッシュバックする中で、二代目エダンとの二人きりの時間は苦痛でしかないのだから。
ただこれは初代エダンの秘密を解く、最大のチャンスとも考え直した。
「お、お祖母ちゃ、しょ、初代エダンはアディ姉さんなんでしょ? どうしてアディ姉さんはその事実を隠してルネの女王陛下になったの? 何か知っているのでしょ?」
回答をはぐらかす可能性も念頭に、機嫌のよさそうな今なら大元の答えを聞き出せる、そんな予感を踏んで切り出す。
これはランディが受けた体罰を客観視できるほどの時間を過ごし、アディやエレンツェ、クレスの優しさに触れて、傷を癒した結果が導いた勇気の駆け引きだ。
「やだそんなにアディルメル様が気になるの? ……あんなご老体、一体どこが良いんだか」
明らかに白けた雰囲気を出すも、次の瞬間には勝手に機嫌を直す。
そんな素顔に困惑したままのランディをベッドに倒して、ゆっくり服を脱ぎ出したエダン。
そのただならぬ雰囲気から、詳しい言語は分からなくとも危険が近づいているのは分かる。
自身の危機を回避できなかったとしても、なんとしてでもアディの情報だけでも聞き出したい勢いで、必死に言葉を繋ごうとした。
「お、おばさんは……ッ」
「お、おばさん? 私を、オバサン???」
ランディにとっての、まさかのエダンの反応と恐ろしい表情に背筋を凍らせる。
しかしその禁句を頭で理解するより早く、危機反応から反射的に軌道修正させる言葉が脳裏に浮かんだ。
「お、お、……お姉さん、で、した、ね……?」
「そう、そうよね? そうよねぇ? ウフフッ!」
思わぬトラップにたじたじのランディだが、ここまで来た以上、後退く理由などない。
「えっと、エダンお姉さんはアディ姉さんがルネを創った理由を聞いているの?」
「まさかぁ! でもアディルメル様は内向的で常に寡黙な方だったから、頭の中では色々浅ましい考えあったんじゃない? その結果があの残酷無慈悲なルネの誕生でしょ? 本当、イヤらしいったらありゃしないわ! さぁランディ、服脱いで?」
「…………え?」
思いもよらない注文に一瞬で強張るランディ。
ある程度の犠牲は仕方ないと覚悟を決めていた発言でも、なにかしら心を抉る不穏な行為と理解が及べば、身体は恐怖で硬直していく。
「やだぁ、緊張しているの? 大丈夫、気持ちいいことなのよ?」
甘ったるい言葉使いでとんでもない発言を吐いて、ランディの身体をベタベタ触れるエダンに、幼過ぎた当時の、昔の記憶が蘇る。
それは思い出したくない、辛い日々の数々。
そんな中で初代エダン、つまり当時のアディとの記憶を解放させていくきっかけとなる。




