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零の継承者たち -天子の揺籃ルネ-  作者: あず
天子の揺籃ルネ
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第十四章 覚悟と決心の狭間で②

「なんでお前が驚く必要があるんだよ。初代エダンは身近な親族なんだろ?」


「えっと、そ、その、こんな劣悪な環境だと、人って別人のようになるというのはなんとなく聞いていた話だけど、ここまで判別つかないなんて、全然、お、思わないくて……」


 自身が感じた気持ちの詳細を話す度に、ランディはどんどん自信なさげな表情をする。


「じゃあ、さっきランディ君は、なぜあんなにも放心状態だったんだい?」


 ランディは女性の顔を一目見て、何かに驚き、何かに絶望したかのように二人は見えたのだ。


「ランディ君。これはグラーム、アゼレッダ、ルネの三国を巻き込むかもしれない、歴史と発展のすべてを覆す可能性を秘めたものだ。君だけが理解して終わらせて良い話ではない。なにより私は世の根幹を暴くために一人生き残った。その意味、君なら分かってくれるだろう?」


 ガルガはグラーム唯一の生き残り。

 それはランディも周知の事実。

 何か重苦しいものを一人で背負うことで、懸命な表情でランディを説得するガルガ。

 言い回しは柔らかでも、その内容は使命感からか、焦りと哀愁に満ちた切実な思いを吐露している。

 当然ランディもガルガの過去や立場を思うといたたまれず、次の瞬間には覚悟を決めて口を開く。


「あ、あの、この方は僕の記憶が正しければ、お祖母ちゃんの専属侍女さんだった、と思う」


 ランディの告白は二人を驚かせる中、更に話を付け加えた。


「お祖母ちゃんの侍女さんはよく似た背格好で、いつもどんな時でもお祖母ちゃんの傍にいた人。それに微妙にお祖母ちゃんの残り香を纏っていたから、その、多分、早とちりを……」


「ラ、ラン、……ディさ、ま……?」


 ランディがすべてを言い終わる前に、か細い声で懸命に発して、女性は重要な何かを、最後の遺言としてなのか、ランディに伝えようとしているのか、必死に口を動かしている。


「わ、わた、しの、お仕、え、して、は、……しょ、初代、エ……ッ、ダッ、ンさ、ま!」


「やっぱり侍女さんだったんだね! ……でも助けるの、遅くなってごめんなさい」


 息も絶え絶えの状態でも、懸命に自身の身分を明かした初代エダンの専属侍女。


「アンタなら初代エダンの居場所を知っているだろ? 正直に答えてくれ。俺たちにはアディとエレンツェという仲間が今、窮地に陥っている。下手をすれば殺される、それだけは阻止したいんだ。アンタはアンタが大変な中、申し訳ない話だが……」


 なかなか手厳しい言い回しで、新たに湧き出した嘘と謎を明確にしたいがために、クレスは焦る本心を打ち明ける。

 そのためか、この環境下を見ても、病体に鞭打つ行為に遠慮はない。

 そんな質問に答える意欲は高くあるようで、懸命に何か伝えようと口をパクパクと動かす侍女。

 この時この瞬間を待ちわびたような、そんな強い信念が彼女から強く感じ取れる。


「アンタは初代エダンの専属侍女ってことで確定だな。なぁ、ガルガ。……ガルガ?」


 ガルガの表情はこの世の終わりを宣告されたような、そんな強い絶望感でクレスに気遣う余裕すら持てていないように思う。

 だが次の瞬間、何かを決心したように、ガルガの生きた目は怖いくらい真剣に変わり、何かを覚悟したかのように優しかった目が鋭くなる。


「彼女が初代エダンの専属侍女ならば、私の記憶が正しければほぼ間違いなく、彼女はグラームから引き抜かれた私と同じ最後の生存者として確定していいはずだ」


「ぐ、グラームの生き残り? なんだ? ガルガと一体どういう関係と背景があるんだ?」


 クレスの頭は疑問符でいっぱいになる。


「クレス君はある程度聞いたはずだ。我々の誕生の条件、特に序列下位は隔世遺伝を成立しなければ、我らは生を受けられない。仲間が続けて産まれる可能性はないに等しいだけに、必ず悲惨な最後を迎えるのが運命であり天命になっている。だから彼女はきっと……」


「……つまり専属侍女とは表向きの顔で、実際はグラームから選出された初代エダンの影武者とでも言いたいのか?」


 先ほどから人間関係とその背景が様々な色と形で巧みに変わっていく。


「恐らく可能性としては濃厚と。今すぐにでも彼女に根掘り葉掘り聞きたいところだが、とてもそんな容態ではない。恐らく相当な期間こんな劣悪な環境下にいたんだ、簡単なリハビリにも耐えられるとは思えない。下手をすると日を浴びるだけで亡くなる可能性だってある」


 三人は侍女に対して同情の感情で心を抉られる。

 しかし侍女は最後の力を振り絞ってまで、重大な秘密を解き明かした。


「あ、……ア、アデ……、アディ……、さ、……ま、を、た……、すけ……、てッ」


 三人の驚きと緊張は高まる。

 空耳でも聞いたのかと、顔を見合わせるほどに。


「あ、アディさま、と言うのは、……アディルメルさまのことかい?」


 一字一句聞き逃すことのないよう一時息すら止めて、オイルランプの灯りが揺れるだけの静寂な場で侍女の咳き込む声と、途切れながら何かを発する言葉だけがこの場を支配する。


「は、……い、ア……、ディル、……メ、ルッ、さ、……まッ!」


「……苦しい中すまない。君の言葉はアディさまに直接、必ずお伝えするつもりだよ」


 懸命に訴える侍女の両手をすくってゆっくり丁寧に握ったガルガ。

 彼女の忠義を称えるためだ。

 しかしどこかガルガの表情は鋭く、何かを覚悟を決めた恐ろしい表情をする。


「あ、ア、アデ……、さま、を、おた……、す……――――」


 力を振り絞って、最後の伝言を言い終える前に、彼女の生きる力は途絶えた。

 この不測の事態は想像を超えた様々な謎が生まれてしまった。

 唯一事情を知るだろう初代エダンの専属侍女は亡くなり、新たな最重要人物となったアディという人物は何者か、と言う新たな謎を残して。


「これって侍女さんは、アディ姉さんが初代エダンって言いたかったんだよね?」


 この重苦しい沈黙を破ったのはランディだ。

 直感から無邪気に口に出しただけであり、悪びれも無く、ただ純粋に疑問を吐いただけ。

 しかしその純粋さが今のガルガの心に大きく刺さる。


「今はあの女の存在を言葉に出さないでくれ!」


 あの温厚な性格のガルガが、突然アディを貶める。

 名を聞くだけで軽蔑心から身体が疼くほどに。

 しかしこの唐突な態度とに加えて、高圧的な発言に我慢ならないのはランディだ。


「アディお姉さんは良い人だよ! 何か訳があってこんな事態に巻き込んだのかも……ッ!」


「今はその名を聞きたくないんだ! まだ数年しか生きていない若造は黙ってくれ!」


 ガルガの罵声はランディにショックを与える。

 今にも泣き出しそうなランディの肩をクレスがポンッと叩き、今はそっとすることが最良と言わんばかりに表情と態度で示す。


「ガルガ、俺たちはルネへ戻ろうと思う。とっくに二代目エダンは目覚めただろうし、ガルガの鍛冶屋も調べられた後だろう。……何が正しいか、見極めることができてから合流しような」


 肩に大きな錘でも置いたかのように、生きる気力を失くしたガルガへ、言伝を放つとこの場から離れるクレス。

 ランディの手を強引に引っ張って、すぐさまここを後にする。


***


「ク、クレスさん! いくらなんでもあの状態のガルガさんを置いて行くなんて!」


「今はそっとした方がお互いのためだろ。それよりアディの方が気にならないか?」


「そ、それは……、そう、なんだけども……」


 クレスの言動はランディの複雑な感情を別方面へ投げたことで、新たな意義を示す。

 上手く行けばこの煮え切らない思いも、ガルガとの仲違いも、真実を明らかにすることで晴れて仲直りする可能性だって十分ある。

 この場で思い止まるより、確実に有利に働くだろう。


「再度確認したい。アディは初代エダンで合ってるのか?」


「それがエレンツェ姉さんの意識が主体にあって。それに僕の意識はあまりに幼過ぎて、記憶を呼び起こすには限界が……。ただ常に侍女さんが傍にいたことは強く記憶に残っているよ」


「じゃあエレンツェは事前に全てを理解していた可能性が高いな」


「え? ……まさか、姉さんが共犯……って、言うこと?」


 ガルガに冷たくあしらわれた反動か、ランディも一体何が真実で嘘か、大きく心が揺れて判断が鈍る。


「共犯じゃない、同志だろ。一番の理解者であるお前が、信頼した者を疑ってどうする?」


「く、クレスさんッ! あ、ありがとうございますッ」


 クレスの言葉はどん底に落とされたランディに、信じると言う名の強さをくれる。

 なによりこの状況も関係も、仲間同士の譲れない意思がすれ違っただけで、決して仲違いではないのだ。

 それを確信に変えてくれたクレスには感謝しかないだろう。

 そんなクレスの隣で足取り軽快に、二人は眩しい光の方へと歩いて行く。

 ルネにいるアディを二人で助けに行くと言う使命を胸に抱きながら、光を浴びて。



「武器を下ろせ! 両手を上げろ!」

 突然響く、怒涛の勢いに満ちた男達の牽制。

 アゼレッダの兵士達だ。

 クレスたちに武器を向けて男達に守られた形で、中央から姿を現したのはあの二代目エダン。


「クレス……、よくも私を騙したわね。貴方にはキツイお仕置きが必要なようだわ」


 なだれ込む兵士達に囲まれて、身体を拘束されるクレスとランディ。

 敵の動向と出方を見極めるためにクレスが沈黙する姿を見て、ランディも咄嗟に理解し、それに沿う。


「まさかお母様に合ったのかしら? どうでした? 元気でした? ……もう死にました?」


 明らかな嫌味とあまりの露骨さに対して、クレスの表情は怒りに満ちて、二代目エダンを睨んだ瞬間、クレス顔は引っ叩かれる。

 長く鋭い爪が頬に食い込んだせいで、少々血が滲む。


「私をそんな目で見ないでッ! いやらしい!」


 唖然と言う言葉があるが、今ほどしっくりくる言葉はない。

 あまりに見当違いな見解が恐ろしすぎて、一人動揺を隠せていないランディに、クレスは小声でアドバイスを伝える。


『そんなに恐れるな。こいつはこういう奴だ、耐性を持て』


 ランディにとっても二代目エダンとの関係には確執がある。

 しかしここまで飛び抜けた思考の持ち主とは夢にも思わず、今なら初代エダンだろうアディが身分を隠した理由が透けて見えたような気もする。

 それほどまでに二代目エダンは危険な思想の持ち主と訴えているのだから。


「あら、ランディ……? へぇ、あのガキがねぇ……、やだぁ、そんなに怯えないで?」


 狼狽えるランディの全身を舐めるように見た後、何かを感じ取った様子で突然顔を赤らめる。


「だからそんな目で見ないで! いくら私が美しいからって恥ずかしいわぁ!」


 これは傍目からは怯えるヒヨコと、色気づく蛇が襲い掛かるような構図。

 何が何だか分からないランディは、動揺は恐怖に変わり、更にそれを突き抜けて思わず呆けた今がある。

 二代目エダンがあまりに突拍子もない言葉を吐くものだから、心底理解しがたい感情で心が溢れた。

 しかし二代目エダンの暴走はこれで終わらない。


「ランディは私の部屋に連れて行って、丁重に扱って! クレスは〈あの人〉の所へ!」


「なッ? ランディは駄目だ! 俺にしろッ!」


 エダンの指示はクレスを焦らせる。

 何も知らないランディを犠牲にさせられないからだ。


「やだん! だって貴方裏切ったでしょ? まぁ、いくら私が魅力的で惜しいからってぇ!」


 とにかく自身にとって都合のいい解釈でしかエダンの耳には残らない二代目エダン。

 世の中の事情がまだ分からないランディを守るために一人奔走するクレスを見ても、それは無理強いしても自身を獲得したい、そんな男の顔を見せていると感じたくらいなのだから、今のエダンに何を言おうと無駄だ。

 何一つ理解できていないものの、焦るクレスを前にして、目に見えない恐怖に怯え、訳も分からないままランディはクレスと強引に離された。


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