第十三章 真実の扉②
少しずつ空が明るくなる日の出頃、立派な城の下で多くの警備を掻い潜り、ゆっくり駒を進める三人組がいる。
クレス、ガルガ、ランディの三人の計画はあの後、慎重に練られた。
***
「聖女を継承してから、初代エダンはアゼレッダ王国の支配下に置かれた。病弱という噂は特に有名だ、民衆に顔すら見せたことがないからね。因みに、『エダン』という名は襲名だよ」
「つまり孫に当たるエレンツェたちは三代目エダンになっていたかも知れない、という事か?」
「あの二代目エダンがエレンツェちゃんに継承するとは思えないが、形式上はそうなるね」
「じゃあ、お祖母ちゃんはまだあのお城に住んでるの?」
「まずそうだろうけど……、そう優雅な余生は過ごしてはないだろう。英雄の加護と希望と、祭り上げらた経験も確かな実績もあったが、民衆の不安を払拭するための顔出しに対しては積極性の微塵もない。当時の功績は眩いものだが、二代目エダンのが頭角を現してからは双方、対極に変わった。二代目エダンの面と向かって象徴を全うする姿に感銘を受ける民衆は後を絶たないのだから。城のどこかでひっそりと暮らす初代エダンの、民衆からの期待や疑念を払拭できなかったのは残念だけど、なにかしらアクションは起こせたはずだ。民衆の信頼と期待を大いに裏切っただけに、嵐のような批判を受けた背景から、たとえ冷遇されたとしても特別不思議な話じゃない」
「……それは最後の蜜まで根こそぎ吸うために、生かさず殺さずの状態で初代エダンを匿う輩が多く存在するってことでもあるか?」
なんとも怪訝な表情でクレスはガルガに問う。
「そうさ、初代エダンを未だ支持しているのは主に家臣達さ。欲深い彼らが後ろにいるからこそ初代エダンの黒い噂、怠慢や汚職まで呟き出す民衆も少なくないね。それだけ初代エダンに対する期待が大きいかったから、その反動もすごいものだったよ」
「まぁ現役時代ですら一切姿を見せないのが本当だとすれば、恐らく、怠慢の事実は本当じゃね?」
初代エダンという人物に関して、その周囲に関して、想像を超えるほどの根深い闇が渦巻いている。
「どうやら第一に初代エダンの本当の人間性を確かめることで、この国の根幹に大きく関わることになりそうだな。こりゃ叩けば埃があれよあれよという間に散り積もり、大きな山になりえるだぞ」
若干失笑しながら、クレスは自身の見解に皮肉を交えて言葉にする。
「はははッ、その可能性は十分あり得るかもね……、うん、」
地図を開いて、この国の死角となる場所と活路を探るガルガ。
「アゼレッダ城は警備が手薄だ。理由は多々あるが、民間人が外人を次々とルネの闘技場へ送り込んでいるのが大きい。特に横のつながりが強固だから街中を歩くのは避けた方が賢明そうだ」
「あぁー、分かる……、」
あの時の金貨の件を思い出して、一気に脱力するクレス。
「城の裏側の古い用水路から忍びこもうか。閉鎖されているから見張りも少ないはずだ」
「でもどうやって侵入するの? 鍵もいると思うし、大きな物音も立てられないよ?」
「ランディ君、僕は何屋さんだったかな?」
「鍛冶屋さん……、あ、鍵を作るんだ!」
ガルガとランディ、片手を合わせてハイタッチで正解を共に喜ぶ。
「これでもアゼレッダ唯一の鍛冶屋だからね。関心はできないが、今回だけは特権を使わせてもらう」
「おい、それ大丈夫か? すぐ特定されるだろう?」
「バレてもいいさ、僕も常々アゼレッダを離れようと考えていたことだから」
クレスから見ても哀愁漂わせるガルガの雰囲気は、まだ未練があるようにしか見えない。
「それに初代エダンを隠すなら人目につかない場所だろうし、最上階か、将又……、」
少々言いずらそうに口籠るガルガに、クレスは最も最悪な予想を立てて躊躇なく口にする。
「地下牢……、が高確率かも知れないと言うことか?」
このクレスの発言で、ランディの顔が一気に真っ青になる。
現状どっちに転ぶか分からないだけに、最悪の事態は避けて通れない。
恐れている事態の方が一番現実的なのだから。
「ランディ君、クレス君は君の事を誰よりも心配しているんだよ。誤解してはいけない」
「大丈夫! クレスさんを悪いようには思ってないよ!」
まったく大丈夫そうに見えないランディは、心も体もボロボロというのに、年齢にそぐわない心配りと配慮はまるで大人のそれそのもので、一時的に二人を黙らせてしまう。
「……とにかく、僕たちは真実を目撃するための行動を起こすんだ。アゼレッタでの問題を全てを解決させてから、ルネに乗り込んでアディさまを助けに行く、分かったね?」
ガルガの言葉でクレスとランディの返事が揃うと、この場は一気に和んだ。
「よし、見立て通りだ。厳重に閉鎖させているからか、見張りも最小限に見える。手早く済ませれば誰にも気づかれずにことを済ませられそうだよ。それにしても……、」
容易に監視の目を掻い潜れたのは、アゼレッダという一つの国の人間性がよく表れている。
国に対して愛着も慈愛も存在せず、手を抜く兵士が大半であり、怠慢が日常化しているのだ。
人の売買が生活の一環では、他人に対する慈しみが消えて、関心が極力薄まるのは致し方ない。
「あの二代目エダンの件があってなにかしらの罠かと思ったが……、そうでもないのか?」
「現アゼレッダ国王も非情な人間性だからね。権力を振うばかりで国民を顧みない」
「しかしあれだ、あまりに国民が国王のことを甘く見てないか?」
「だからこそ聖女エダンの影響力は大きい。英雄グラーム・アゼレッダの再来を心から望む国民にとって、この国の王はお飾りも同然で、先の戦争の黒い噂も消えていないどころか膨らむばかりだし、今更国民が声を上げても何一つことが進まず不敬罪でルネ送りになるなら、損な発言は黙った方が得策で、皆声を上げないのも日常となってしまった。ただそれぞれ家庭も生活もあるからね、結果、今の現状になったのも仕方ないんじゃないかな」
自業自得がここまで当て嵌まる国も珍しい。
一体どんな愚か者が統治して、常に他人任せの口だけ達者な国民が揃いも揃って結束したのか、そんな単純な興味が湧くほどに。
「じゃあ、クレス君、よろしく頼むよ」
「ああ、任される」
クレスはこの状況を事前に鑑みて、一人遠くから監視の様子を窺う役目のようだ。
***
「ここだよ。ゆっくり鍵を開けるから静かについて来てね、ランディ君」
スンとした佇まいのアゼレッダ城の裏側は、あまり手入れが行き届いていないのか、岩と岩の間には雑草が多く生えている。
特に長年使われていない用水路は完全に緑に色を変えていて、景観は悪いが、二人の姿を消すには絶好の場所でもある。
「相当錆びているな。潤滑剤を使えば音を抑えられるだろうか……」
〈キィ……、キィィ……、〉
若干、金属が擦れた音が小さく響くと、若干緊張する二人。
鍵を開けて、人一人が通れるスペースを確保すると、ガルガはクレスからの、クレスはガルガからの合図を受けて、三人揃って警戒感を持ちながら、ゆっくり城の中へ入っていく。
まずこの場で先陣を切るのはランディだ。
唯一城にゆかりのある人物、ただ闇雲に行動するよりも、なにかしら城の内部構造を思い出す可能性に賭けた判断なのだろう。
「それにしたって、流石にこんな劣悪な空間には幽閉されてないよな?」
少し歩いただけも人が住める環境とは思えない空間に、クレスは思わず愚痴をこぼす。
「二代目エダンは王家の血も濃く受け継いだ嫡女だった。聖女至上主義に近い国民にとって願ってもない誕生で、当時多くの国民の祝福と笑顔で溢れていた。それが今では……」
当時、国民の誰からも愛された初代聖女エダンの待望の娘、しかも王家の血筋ともなれば、国民の期待は相当高かいのは容易に想像できる。
それだけに、あれだけ好き勝手振る舞う二代目エダンがこうも熱烈に慕われるのが、クレスもランディも理解が追い付きそうにない。
「二人共そんな怪訝そうな顔を。二代目エダンの裏の顔を見た二人からすれば謎だろうが、この国で育った国民の心情も察してやってほしい。苦しいのは僕たちだけではないんだよ」
「確かに固定観念はそう易々と変えられるものじゃないからな」
「民衆から絶え間ない歓迎と愛情を与えられた初代エダンは、神格化してまで崇高した結果、裏切られたからこそ二代目エダンを盲目するほど信仰の対象にするのも多少致し方ない部分もあるね」
「そのさ、突然で悪いけど英雄グラーム・アゼレッダと初代エダンの関係って、ただの親子じゃないよな?」
クレスが、恐らくランディも一番謎だった部分に触れた。
「そこは宣言も追及されなくて、正直どうとでも捉えることができる。ただ英雄の正体はあのアイリーンだからね。二人に確執があっても、ドロドロの裏があっても今更驚きやしないさ」
より暗い空間へ入る度に、この国のおぞましい闇も克明に見えていく。
「な、なぁ、その、話題にあまり出ないアゼレッダ国王ってなんのためにいんの? 英雄やら聖女やらともてはやされてはいるが、この国の国王の存在は? 存在する意味ってなんだ?」
今まで話を聞いた限り、まず王に相応しい器でないことは明白だ。
だと言うのに、未だ国王の椅子に座り続ける神経の図太さは非難するべきなのか、褒めるべきなのか。
「何一つ築き上げられなかったと言う点では致命的だね。初代エダンの神の如き活躍と二代目エダンの巧みな弁舌の挟まれて、存在感を失くしてしまったのは否めない」
「それって、プライドを傷つけられたから初代エ……、」
「シッ! 何者かの気配がするッ」
クレスの疑問は一旦心に噤んで、炎を消して、三人はそろりと足音立てずに少しずつ前進する。
そんな真っ暗な地下には拙い灯りが一つ。
『オイルランプが新しい。変えられてからあまり時間が経っていないようだ』
『ならばしばらくは兵士が確認に来ないということか?』
『そうとも取れるね』
オイルランプを手に持ち、ガルガは周囲を一周照らす。
『新しく入れ替えられたということは、ここに誰かが存在している可能性を示している』
どことない人の気配と小さな吐息の音。
なんらかの不穏な予感を察知したガルガは、暴力的に訴える重厚な鉄格子を視界に捉えると、その存在に三人の関心を奪った。




