第十三章 真実の扉①
「と言う経緯で、僕はエレンツェ姉さんを……、その、見捨て……、て……」
なんとか言葉を捻る出す度、ランディの頭がどんどん下がって表情が見えなくなる。
結果的に敵地にエレンツェとアディを置き去りにした事実は覆らないのだから。
「ランディ、よくやった! なんせお前が無事でこうしてアディとエレンツェの状況が聞けたんだからな。なに、俺たちで二人を取り戻せばいい話! そんなに自分を追い詰めんなよ」
「……ッ! グレズざぁぁああん!」
余程自身を追い詰めていたのか、緊張の糸が切れたように泣き出したランディ。
「しかし、なぜお前は急に人間の姿に戻れたんだ?」
「ぞれがぁ、よぐぅ、わがらなぐッ……、でぇ!」
「まぁ……、とりあえず、お前は一旦落ち着こうか」
ランディは猫と見違えるほどの小さな赤子のライオンだったが、今は十代前半ほどの年齢のように見える。
しかしエレンツェと共に誕生した経緯を思えば、ランディはまだあまりに幼いという印象。
「なあ、お前はあの二代目聖女エダンからエレンツェと共に誕生したんだろ? 多少個性の差と言っても、なぜそうも見た目から中身まで、精神年齢すらバラバラなんだ?」
「そ、それは……、多分、ぼ、僕が、姉さんの意識の中で産まれた存在だから……」
「エレンツェの意識の中で産まれた存在? それは一体どういう?」
「クレス君、二重思考って分かるかい?」
エレンツェとランディ、この二人の出生に対して謎を深めるクレスに、優しい口調のガルガが謎をゆっくり解きほぐす。
「最初はエレンツェちゃんの魂が押し出されたみたいだよ。まだ人格が確立されていないままの状態で耐え難い体罰を与えられて、後天的にランディ君の意識が目覚めたのだろうね」
「良く、知っているな」
「事実アディさまとの交流があるしね。それにアゼレッダもルネにも品物を多く献上している身だ、様々な噂を耳にするし、嘘も真実も垣間見てきた身だしね」
「主にエダンや、アディについてか?」
「そうだね、ただ評価の落差はあまりに対照的だよ。エダンに限っては大した功績も上げずに褒め称えられて成功しているけど、アディさまはあの闘技場を誕生させたのが不味かった。主にアゼレッダの民を敵に回したのをいいことに、悪知恵だけは働く二代目エダンは闘技場廃止を涙ながらに訴えていたのだから。……渾身の演技でね」
「……なるほどな」
一体エダンと言う人物は、どこまで身勝手で鬼畜なのか。
そんな想いがクレスの表情を暗くする共に、新たな疑問が浮上する。
「なぁ、初代聖女エダンは? 年齢的にもまだ生存しているはずと……」
クレスの素朴な疑問はガルガを想像以上に困らせる。
酷く眉をひそめたほどなのだから。
「……前任については英雄グラーム・アゼレッダにも劣らない、聖女の名負けもしないような活躍ぶりだったと語られている。民衆にとって待望の、アゼレッダ王家の血族となる二代目エダンを産んだしね」
「あの二代目エダンは王家の血筋か! なるほど、あの立派な教会を建てられたのも納得だ」
「協会なら最近、王家に根回しされて建てられた建物だよ。ついさっき滅茶苦茶にしたけどね」
「な、なるほど。……分かりたくないけど、分かる」
クレスは礼拝堂の奥に作られた、己の欲望に忠実な部屋を思い出して吐き気を覚えた。
「なら、その前任、……つまりはランディたちの祖母は今一体どこに?」
「お、表向きは亡くなったということに……」
なぜかとても言い辛そうに、喉から搾り出すように返したガルガ。
「表向き?」
新たに加わった謎に驚くクレスだが、それ以上に驚いた人物がいる。
「お、お祖母ちゃん、……生きてるの?」
「ランディ君……。そうだね、生きてると思うけど、会わない方がお互いのためだと思うよ」
「どうして? お祖母ちゃんはいつも僕たちの味方になってくれたよ!」
「君はまだ感性が幼い。だから見たもの、感じたものをそのまま評価してしまっている」
「そんな……、ガルガさんまでお祖母ちゃんのことを悪く言うの?」
ランディの中で信じて疑わなかった記憶をガルガが否定する。
ランディも辛く苦しい過去を持つだけに、一筋の希望に生きる意味を見出したのは仕方ないが、それはガルガも同等。
しかし感性の未熟なランディに、ガルガの感情を汲み取れるだけの余裕はない。
絶対的な味方だと思っていたガルガに心底絶望して、ランディは家から飛び出すほどなのだから。
「ああ、やはり信じ切ったままだったか……」
自身の失言に思わず目を覆ったガルガに、いまいち状況が読めないクレスが質問を続ける。
「なぁ、そのランディたちのお祖母さん、そんなに悪い人なのか?」
「優しそうではあったと思うよ。そうだね、いつも遠いところで静観していた印象で……。でも結局は傍観者に成り下がったのが真実であり結果だからね。昔から病弱だったらしいけど、あの二代目エダンを産んでからは尚更、自分の居場所を追い求めるように精神を病んで突然、表舞台から消えた人だから」
「つまりは限りないグレーってことか?」
「そうとも言える。全盛期は政治への関心と積極性は強かったらしいけれど、日を追う毎にその感情は薄れて、最後は傍観者に成り下がった存在だからね。きっと能力の分不相応に気付いたのじゃないかい?」
「ふーん、なるほど、傍観者ねぇ……?」
少し考えて、席を立ったクレス。
ランディの様子を見るためと、その主張を聞くために。
扉を開いてすぐ、隅で一人縮こまるランディを見つけるとクレスは隣に座った。
「ガルガはお前を心配しているだけだ。道を間違えて欲しくないんだよ」
「でも、本当にお祖母ちゃんは僕たちを何度も助けてくれた! 暴力を振るわれそうな時だって!」
言いかけて、口を噤む。
それだけ壮絶な過去だったということが読める。
そんな環境を思うと、信じたい誰かを作っても特別不思議な話ではないし、寧ろ正常な感覚と言える。
だからこそ苦しみと寂しさに付け込んだ人物がランディの心を弄んだと言うのなら、到底許せる行為ではない。
心から信じ、慕っただろうランディの今の姿を見れば尚の事。
「お前は真実を見たとして、すべてを受け入れる覚悟はあるか」
「……ど、どういうこと?」
「その祖母さんに会って真実を知る覚悟はあるかと言っている」
「お祖母ちゃんに、会えるの? でも、僕、実はお祖母ちゃんの顔まで詳しく覚えていないんだ」
強固なまでに祖母の人格を守ったランディだが、正直、周囲の囁く噂を蹴落とせるほどの説得力は持っていない。
そんな確証や証拠を一切提示できないもどかしい思いの中、クレスがくれた提案はランディに新たな希望を見出すきっかけとなる。
「あ、会いたい! 会って僕たちのことをどう思っているのか、真実を知りたい!」
「あぁ、……だってさ。ガルガ?」
少し開いたドアの隙間から、心底心配そうに二人の話を盗み聞きしていたガルガは、安堵を交えた優しい笑顔でゆっくり頭を縦に振る。




