第十二章 小さな冒険者が見たもの①(ランディ回想)
(二人共行っちゃった……。どうしよう。僕も、僕だってエレンツェ姉さんを助けないとッ!)
アディお姉さんとクレスさんが自ら行動を起こした焦りから、僕もエレンツェ姉さん救出に意気込んだ。
僕だって仲間だ、僕だけ呆けて何もしないわけにはいかないのだから。
いつまで経っても鳴くことしかできない、この小さく不便な身体。
そんな僕から今すぐおさらばしたい。
(とりあえず、鍵を掛けよう。アディ姉さんが僕のサインに気付いてくれるかも知れない!)
見慣れた鍵を思ったよりも上手く、すんなり掛けて、僕はそれだけで満足感が増した。
(よし、後は断崖絶壁を降りるだけだよね!)
これくらいへっちゃらさ。
だってこの一ヶ月、クレスさんが命綱無しに僕をおぶってくれたおかげで、元々なかった恐怖感は完全にスリルになって毎日の楽しみに変わったんだから。
それに身体がコンパクトなおかげで体重で落ちるリスクも低くて、快適に移動出来てる。
もし海に落ちたとしても、クレスさんの所へ行けばいい話なんだし。
(ん? なんか、中が騒がしいなぁ?)
この周辺は噴水も設置している大広間で、普段なら貴族達が挙って談笑する間で間違いない。
爪を立てて断崖絶壁を移動する僕の耳に大勢の、忙しない移動と止まらない小言で埋め尽くされているような感覚。
音と声も不機嫌そうだからか、聞いている僕も幾分気分が悪く感じる。
「一刻も早くこの国から出たいわ。責任者はどこ? まったく、信じられない話だわ!」
「なんでも女王陛下の命令で外と繋がる唯一の正門を閉じた、とも聞きましたわ」
「まぁ、気に入らない者はここを去れっと言っておいて、その結果これですの?」
(あぁ……、アディ姉さんが宣言した、あの布令を出した影響なのかぁ……)
僕はこの人達が苦手だ。
何の実力もないのに、ただ地位が高いからってとっても偉そうで傲慢だから。
でも逆に考えれば、この状況はエレンツェ姉さんを探す好機とも言える。
(よし、このままエレンツェ姉さんが捕らえられた場所に行くぞ!)
「皆さま、ご静粛に! このままでは判断を誤ることになりますぞ」
大いに意気込んで、救出に向かおうとした僕の耳に聞き馴染みある声が聞こえた。
(ん? この声は、バネットだ!)
「貴方、ルネの執事ですわよね? 私達を守る立場でありながら、責任感無さ過ぎじゃなくて?」
「そうですわ! 私達は客と言う立場で、多額のお金で安全と保障も同時に買っていたのよ?」
ここぞとばかりにバネットに詰め寄る貴族達にも、バネットの微笑みはピクリとも動かない。
皆、気が付かないの?
感情の変化が見えない顔つきなんて、怒ってるも同然なのに。
「一斉にこの場を離れますと深刻な渋滞が起こります。少しずつ、ゆっくり行動するのが安全です。私、バネットが責任を持ってお客様を確実に帰路に着けます。さあ、お一組ずつ……」
(……いくら見た感じ誠実そうに見えても、僕なら絶対に怪しいと思うんだけど!)
僕のバネットへの印象は殊更悪い。
すぐに裏があると勘ぐってしまうのは、今までアディ姉さんやエレンツェ姉さんに対する露骨な態度のせいだ。
「さあ! 貴婦人の方、この下は段差ですよ。失礼ながら私がエスコートを」
「当然ですわ、これ以上私を煩わさないで欲しッ……、い、です、……わ」
「申し訳ありません。ルネの名に懸けて、私、バネットは全力を注ぐつもりです」
一瞬様子がおかしくなったおばさんと、それを知りつつ平然とにこやかに対応するバネットの不気味さに僕の勘が騒ぐ。
確証はないけど、ある可能性が僕の心を不穏にさせるんだ。
(あ、あれはバネットじゃない……、別の誰か、……多分アイリーンが憑依している)
これは僕の生まれた頃の記憶に遡って、弾き出した答え。
(それにしても、あれらはただの憑依じゃない。あれは洗脳? 違う、誘導? かも……、)
バネットは次々と手を触れた人達の傲慢な感情を奪う。
ただ触れただけで感情を抑制させるなんて、聞いたこともなければ見たこともなくて、とても戸惑った。
(多分、地位ある貴族達をいつでも憑依できる形を作っている、かも? 地位と権力があれば使い道は無限になる。……アイリーンはこの瞬間のためにルネに潜伏していたのかな?)
次々アイリーン手の内に収まる貴族達の姿を見て、このまま彼らがそれぞれ帰国の途に就くとなれば、アイリーンの有能な駒として世界各国を席巻するのは必至。
(大変だ、早くエレンツェ姉さんを救出しないと。きっと、とんでもないことになるッ!)
再び断崖絶壁で行動する僕だけど、行き当たりばったりで行動している訳じゃない。
僕とエレンツェ姉さんは長く身体を共有していた。
だからある程度、エレンツェ姉さんの居場所なら辿り着けるための嗅覚には自信はある。
それに僕にはまだ秘策だって残っている。
微かなエレンツェ姉さんの残り香を頼りに、監禁されているだろう場所を突き詰めていく。
(ん? この辺からエレンツェ姉さんの香りと、あと声が、声が聞こえる……)
この辺りは主に使用人の寝室が連なっている場所だ。
光を取り入れるための、各部屋に穴ならぬ小窓がついているからまず間違いない。
因みに、この小窓は普段から施錠されてない。
だってこんな断崖絶壁をよじ登って、小さな窓から人間が入って来るなんて誰が想定するの?
日々小鳥が全速力で追突して壊れたり入ってきたりするなら、施錠する意味分かるけど。
そんな中のある一室へエレンツェ姉さんの香りと声に導かれて、僕は小窓から顔を乗り出す。
流石に誰の部屋かまでは分からないけれど、エレンツェ姉さんの気配がこの部屋に充満している。
でもこの部屋のどこを見てもエレンツェ姉さんはいないんだ。
見た感じあまり部屋を活用した痕跡のない、ただ寝て起きるだけの場所なのか、机とベッドが一つずつの質素な部屋だ。
アディ姉さんの本だらけの書斎ばかりにいたからか、この質素さにはなんだか拍子抜け。
でも確かにこの部屋からエレンツェ姉さんの気配がプンプンする。
どんどんクリアに聞こえる声に導かれて、僕は遂に正確な位置を突き止めた。
『どうしよう。どうしたらここから脱出できるのかしら……』
聞こえる、エレンツェ姉さんの心の声。
僕からの以心伝心は通用するのかな?
(エレンツェ姉さん! エレンツェ姉さんッ! 僕だよ、僕、ランディ!)
見つけた嬉しさのあまり、僕は大きく吠えた。
『……ッ! ラ、ランディなの? ダメよ、ここでそんな大きな声で吠えてはッ』
慎重なエレンツェ姉さんの指摘を受けて、僕は思わず口を噤んで辺りを見渡す。
良くも悪くもバネットは貴族さん達への対応から考えて、まだ少し時間は掛かると思う。
もちろんバネットだけでルネを掌握するのは難しい。
どこか近くに仲間が潜んでいると見込むエレンツェ姉さんの見解は、きっと間違っていない。
『ランディ聞いて! 声が、心の声が聞こえるのでしょう? 色々質問するけれど許して頂戴』
(エレンツェ姉さんッ! ……僕の心の声、聞こえているの?)
僕はとても低いトーンで極力声を落としながら、堪らずエレンツェ姉さんに問う。
『言わずも知れた以心伝心の仲でしょう。誰よりも近くでずっと傍にいたのよ、侮らないで』
(う、うん……)
『では現状を聞くわ。貴方だけがここに来たということは、アディお姉さまは今どこに?』
(クレスさんと一緒にアゼレッダに向かったよ! 多分、ガルガさんと会うみたい)
『そう、アゼレッダへ……。まあ、そうなる以外の判断が存在してないわよね』
声色から分かる、とても落胆した様子。
『じゃあ、今、私が監禁されている部屋はどこの誰の部屋?』
(誰かまでは分からないけど、使用人さんの部屋だよ! 一応二人部屋だけど、多分一人しか使っていないと思う)
『そうなのね。バネットは今どうしているの? きっと外堀を埋めているはずだから』
(貴族さん達を憑依しながら誘導していたよ。多分、使い勝手のいい人形を作ってる)
『やはりルネ略奪が目論見なのね。アディお姉さまが帰ってきたら下剋上を叩きつけるつもりだわ。下手をすればアディお姉さまは、死より遥かに恐ろしい制裁を……』
(し、死より恐ろしい、制裁?)
『アディお姉さまの魂と身体を永遠に包囲して、好き勝手扱おうと企んでいるのよ』
(た、大変だ! 早くアディお姉さんに危険を知らせないと!)
『ランディ、貴方だけが頼りよ。早くアゼレッダへ行って頂戴』
(ね、姉さんは? 僕が今エレンツェ姉さんの許へ行くよ! 一緒にアゼレッダへ行くんだ!)
エレンツェ姉さんの強い覚悟を決めたような物言いに、僕の心は大きく乱される。
だって今のエレンツェ姉さんは死も厭わないと宣言しているようなものだから。
『駄目よ、今すぐルネから離れなさい。きっとアディお姉さまとクレスの許へ合流できる唯一のチャンス、そのチャンスを絶対に逃さないで。これはお願いじゃないの、命令よ』
本当の意味でずっと一緒にいて初めて聞いた、エレンツェ姉さんの威圧的な言い方。
(で、でも僕……ッ!)
『早く行きなさいッ!』




