呉視点三国志:孫堅の章⑦
191年:初平二年
孫堅は董卓軍を攻撃し、大いに打ち破りました。胡軫と呂布は敗走しました。
孫堅はこの勢いに乗り、敗走する董卓軍を、孫堅は袁術配下として、反董卓連合軍に参加し、陽人(現在の河南省汝州市)で董卓軍と戦いました。この戦いで、孫堅は董卓軍の都尉である華雄を討ち取るという大功を挙げました。孫堅軍は勢いに乗り、董卓軍を破り、洛陽へと進軍しました。
洛陽の地に到着した孫堅は、反董卓連合軍の本陣に歩を進めました。彼が率いる江南の軍勢は整然と行進し、その統率ぶりと精悍な面々に、各地から集まった諸侯たちは息を呑みました。
その中でも、最も目を見張ったのは盟主・袁紹でした。彼は陣幕の中央、豪奢な帳の上座に座し、堂々たる態度で孫堅を迎えました。
「孫将軍、ご苦労であったな。」
袁紹の声は重みと威厳を帯びており、広い陣幕の中に静かに響きました。周囲には劉備、曹操らも顔を揃えており、孫堅の登場に視線が集中していました。
「はっ、袁盟主。この孫堅、命に代えても董卓を討ち果たし、漢室の安寧を取り戻してみせまする!」
孫堅は膝をつき、深々と頭を下げました。その声音には確かな信念が宿っており、鋭い眼差しと堂々たる体躯が、彼のただならぬ気迫を物語っていました。
袁紹は満足げに頷きます。
「孫将軍の勇名は、かねがね承知しておる。戦場においても、その武勇をもって、我らを大いに助けてくれると信じているぞ。」
「恐悦至極にございます!」
孫堅は再び深く頭を下げました。声にも態度にも、一切の虚飾がありません。その誠実さと熱意に、居並ぶ諸侯たちは自然と頷き、感嘆の声を漏らしました。
「孫将軍――」
袁紹が興味深そうに身を乗り出しました。
「貴殿の率いる兵の、その精強さには目を見張るものがある。日頃、どのような鍛錬を積んでおられるのか、ぜひ聞かせていただきたい。」
孫堅の表情がわずかに誇らしげに揺らぎますが、すぐに真剣な色に変わります。
「わが兵は、日々実戦を想定した厳しい訓練を重ねております。剣術、弓術、集団戦術――すべてにおいて、一糸乱れぬ連携と、恐れを知らぬ心を育てることを旨といたしておりまする。」
その言葉に、諸侯たちは一様に頷きました。彼の軍が各地でいかに鮮やかな戦績を収めてきたかは、すでに噂として知れ渡っていたのです。
「なるほど……道理で、並の兵とはまるで違う。孫将軍の指揮あってこその軍勢だな。」
袁紹は深く感心した様子で頷くと、言葉を続けました。
「今回の董卓討伐、ぜひともその精鋭をもって、先陣を切っていただきたい。」
「お任せください!」
孫堅は立ち上がり、力強く拳を握りしめました。
「必ずや董卓の首を、この手で討ち取り、盟主の御前に差し出してみせまする!」
その言葉に嘘はなく、堂々たる態度と漲る闘志に、場の空気が一瞬で変わりました。諸侯たちは思わず身を乗り出し、彼の姿に息を呑みます。
「孫堅……やはり、ただ者ではないな。」
曹操が小声で呟くと、劉備も静かに頷きました。
「彼のような者が、世を動かすのだろう……」
191年:初平二年
袁紹との謁見を終えた孫堅は、ほどなくして、諸侯の中でも特に異彩を放つ曹操と顔を合わせることになりました。曹操は、他の諸侯とは一線を画した独自の動きを見せており、孫堅もその存在を強く意識していました。
粗末ながらも整然とした曹操の陣幕に招かれた孫堅は、物静かながらも、その奥に鋭い眼光を隠し持つ曹操と、ついに相対します。
「孫将軍、噂にはかねがね伺っておりました。その勇猛果敢なご活躍、私も深く感銘を受けております」曹操は、柔和な笑みを浮かべ、孫堅に穏やかな声をかけました。その言葉には、袁紹のような尊大な響きはなく、どこか相手を尊重するような温かさがありました。
「曹操殿こそ、各地を転戦され、その卓越した才覚を発揮されているとお聞きしております。今回、共に董卓討伐という大義のために力を合わせられること、私も光栄に存じます」
孫堅もまた、警戒の色を抱きつつも、曹操の物腰の柔らかさに、幾分か心を許していました。
「孫将軍の軍勢の規律と、兵士たちの士気の高さは、他の諸侯の中でも抜きん出ております。一体、どのような統率をされているのでしょうか」
曹操は、興味深そうに身を乗り出し、孫堅に熱心な眼差しを向けました。その瞳は、相手の力量を真剣に見極めようとしているようでした。
「わが軍は、信賞必罰を徹底しております。功ある者には必ず報い、過ちを犯した者には厳しく処罰を与えます。また、常に兵士たちと苦楽を共にし、彼らの気持ちを理解することを心がけておりまする」
孫堅は、自身の軍を率いる上で最も重要視している点を、率直に語りました。
曹操は、深く頷きました。
「なるほど、道理で皆、将軍のために一身を捧げる覚悟を持っているわけですな。私も、孫将軍のその統率力、大いに学ぶべき点が多いと感じます」
その言葉は、単なる社交辞令のようには聞こえませんでした。曹操の瞳には、真剣な探求の色が宿っていました。
「曹操殿は、独自の兵法をお持ちだと伺っております。先の戦においても、その奇策をもって敵を翻弄されたとか」
孫堅もまた、曹操の知略に興味を持っていました。
曹操は、わずかに微笑みます。
「いえいえ、奇策などと大したものではございません。ただ、戦の形成をよく見極め、臨機応変に対応することを心がけているだけです」
と謙遜しました。しかし、その言葉の端々(はしばし)には、自信と知略の光が隠れて(かくれ)いました。
「今回の董卓討伐、決して容易い戦いにはならないでしょう。しかし、孫将軍のような勇将と力を合わせることができれば、必ずや偉大なな成果を上げられると信じております」
曹操は、真剣な眼差しで孫堅を見つめました。
「私も、曹操殿と力を合わせ、必ずや、悪賊を討ち滅ぼし、漢室に安寧をもたらしてみせまする」孫堅もまた、決意を表明しました。
この時、二人の間には、まだ明確な同盟という形も敵対という形もはありませんでした。しかし、互いの力量を認め合い、共に大きなな目標に向かって進んでいこうとする、静かながらも強い連帯感が生まれていたのかもしれません。後に、天下を分けることになる二人の、初期の貴重な交流でした。
191年:初平二年
曹操との会見を終えた孫堅は、その足である三人の若き義勇兵の陣を訪れました。彼らの名は、いまだ天下に知れ渡るには至っておりませんでしたが、各地で小さな戦功を重ね、その噂は孫堅の耳にも届き始めていたのです。
彼が足を踏み入れたのは、質素な布で仕立てられた一角の陣でした。粗末ながらも、そこには何とも言えぬ強い気配が漂っておりました。三人の男たちが放つ雰囲気――それは、ただならぬ絆によって結ばれた同志のものに違いありません。
中央に立つのは、穏やかな目元と長い耳を持つ若者――劉備です。その隣には、顔を朱く染め、長くたくわえた髭を風に揺らす堂々たる大男、関羽。そしてもう一人、黒い肌に丸い目をした、荒々しい風貌の男が張飛でした。
孫堅が姿を現すと、三人はすぐに立ち上がり、やや緊張した面持ちで挨拶をしました。
「お初にお目にかかります。わたくし、孫堅と申します。皆さまのご活躍、かねがね噂にて耳にいたしております」
孫堅は、将としての風格を滲ませつつも、柔らかな笑みをたたえながら三人に声をかけました。
劉備は丁寧に頭を下げ、口を開きます。
「孫将軍、思いもよらぬご来訪、まことに光栄にございます。わたくしは劉備と申します。こちらは、義兄弟の関羽、そして張飛でございます」
関羽は静かに一礼し、張飛は胸を張って頷きました。その堂々たる態度と威容は、見る者に只者でないことをすぐに悟らせます。
孫堅は三人の姿を見渡し、目を細めました。
「義兄弟の契りを結ばれているとか。まこと、珍しく、そして尊いことでございます。三人の間に流れる絆、心より感服いたしました」
その言葉に、劉備は控えめに微笑みながら、答えました。
「微力ながらも、力を合わせ、この乱世を乗り越えていく所存にございます」
しかし、次の瞬間、張飛が前に一歩進み出て、大きな声を上げました。
「おい、孫堅! あんたの軍勢は強いって聞いたが、俺たちの武勇だって、負けちゃいねぇぞ!」
その声に、場の空気が一瞬で静まりました。関羽はわずかに眉をひそめ、弟を制しようと目をやりましたが、孫堅はその言葉を笑って受け止めました。
「張飛殿、その意気や良し。武将たるもの、常に高き志を抱くべきでございます。いずれ、戦場で力を合わせる日が訪れるかもしれませぬな」
孫堅の寛容な言葉に、張飛の顔に一瞬、驚きが浮かびました。その横で、関羽が髭を撫でながら、静かに口を開きます。
「孫将軍の御心の広さ、まことに感服いたしました。弟の無礼、どうかお許しくださいますよう」
「いえいえ。戦士たるもの、それくらいの気概があってこそ。三人の結ぶ絆と、その中に秘めた力、わたくしには確かに感じ取れました」
孫堅は笑みを深め、ゆっくりと言葉を続けました。
「いずれ、その力が天下を動かす日が来ることでしょう。その時を、楽しみにしておりまする」
それは短い邂逅でした。しかし、その言葉は、確かに三人の心に深く刻まれました。
若き日の劉備、関羽、張飛――まだ名もなき義勇兵に過ぎなかった彼らですが、孫堅はその中に、烈火のごとき情熱と、将来を照らす光を見ていたのです。
静かに、しかし確かに、時代は動き出していました。
191年:初平二年
ちなみに、初平元年(190年)董卓討伐連合軍の主な面々は以下の通りです。
袁紹: 盟主。勃海太守。
袁術: 後将軍。南陽太守。孫堅を配下に加える。
曹操: 奮武将軍。
孫堅: 長沙太守。袁術の配下として参加し、董卓軍と激戦を繰り広げる。
劉備: 平原県令。関羽・張飛と共に参加。公孫瓚の配下となる。
公孫瓚: 奮威将軍。劉備を配下に加える。
韓馥: 冀州牧。
馬騰: 征西将軍。
陶謙: 徐州牧。
孔伷: 豫州刺史。
張邈: 陳留太守。
王匡: 河内太守。
橋瑁: 東郡太守。
鮑信: 済北相。
これらの諸侯は、それぞれ兵を率いて洛陽を目指しましたが、必ずしも全員が洛陽に到達したわけではありません。また、内部の思惑の違いなどから、連合軍としての足並みは揃わず、董卓を完全に討伐するには至りませんでした。




