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呉視点三国志:陸遜の章②

◯219年から222年:後漢ごかん建安けんあん24年から、蜀漢しょくかん章武しょうぶ2年

 関羽かんう死す。

 そのほうしょくの都・成都せいとに届いた瞬間、大広間だいこうまには重苦おもくるしい沈黙ちんもくが広がりました。静寂せいじゃくやぶったのは、玉座ぎょくざからひび怒声どせいでした。

め……孫権そんけんめ……! おとうところし、平然へいぜんとしておるか!!」

 劉備りゅうびこぶしげ、玉座をたたきつけるようにち上がりました。そのかおにはなみだと怒り(いかり)がじり、こえれてふるえておりました。

てんゆるさぬ……つ! こので、呉をくすのだ!!」

 諸葛亮しょかつりょうはすかさずすすました。そではらってひざまずき、静かにあたまげます。

主公しゅこう、おこころをおしずめください。いまへいととのえるときでございます。復讐ふくしゅうほのおでは、たみまもれませぬ」

だま孔明こうめい!」

 劉備の一喝いっかつが、殿中でんちゅうひびわたりました。諸葛亮のほおを、かぜぎるようないきおいで言葉ことばちつけます。

「そなたはつめたいおとこだ! かたりながら、兄弟きょうだいあだにもけるのか!」

 諸葛亮はかおげました。そのひとみには、苦悩くのう決意けついが静かにえておりました。

「冷たさともうされようとも、私はしょく未来みらい背負せおっております。関羽殿かんうどのいのちけたのは、兄君あにぎみの怒りの炎ではなく、天下てんか正義せいぎしめすためです」

「それでも、われく。められぬ」

「――では、せめて、最小さいしょう犠牲ぎせいむよう、ぐん采配さいはいをおまかせください」

 そのときおくからずかずかとあるいてくるおとこが一人。

「おう、兄者あにじゃァ! 出陣しゅつじんならこの張飛ちょうひ一番槍いちばんやりたまわろうじゃねぇか!」

 張飛ちょうひこえは、いつも通りの威勢いせいさでした。

「いいか貴様きさまら、明朝みょうちょうには出立しゅったつする。今夜こんやめ! え! 血湧ちわ肉躍にくおどるぞ!」

 部下たち(ぶかたち)は一斉いっせいこえげました。

「おおっ、張将軍ちょうしょうぐん万歳ばんざい!」

 しかし、諸葛亮はそれをまゆをひそめます。

張飛将軍ちょうひしょうぐんへい統率とうそつには冷静れいせい肝要かんようです。さけひかえめに……」

孔明こうめいさけ一杯いっぱ二杯にはいにぶ俺様おれさまかよ!」

 張飛はわらばしました。だがそのよる油断ゆだん怒気どきが張飛のほろぼします。

 かれ幕舎まくしゃくらがり。いにまかせて寝入ねいった張飛の寝所ねどこに、ひそかにかげしのります。

 やいばひらめく。

 一瞬いっしゅんおと

 刹那せつな夜風よかぜにおいをはこびました。

 しょく猛将もうしょう、ここに無念むねん

張飛ちょうひは部下に無理難題を押し付けて恨まれてしまい、殺されてしまったのです。

 一方いっぽう南方なんぽう白帝城はくていじょうでは、馬良ばりょうが静かに戦支度せんしだくすすめておりました。

 文官ぶんかんでありながら、軍事ぐんじにもつうじた馬良は、ひとつひとつの報告ほうこくとおしては、兵站へいたん陣形じんけい緻密ちみつととのえていました。

劉備様りゅうびさまは、を重んじるおかた復讐ふくしゅうほのおは、だれにもめられませぬ」

 そうつぶやきながら、彼はすみをすり、進軍路しんぐんろ地図ちずしるしていきました。

「されど、我ら(われら)があやまらぬよう、みちひらかねばなりませぬ。義のけんであっても、血にれすぎれば、ただのやいばしますゆえ……」

 そのには静かな覚悟かくごと、未来みらいへの危惧きぐがありました。

 馬良はふでき、立ち上がります。

 とおく、つづみおとひびはじめていました。しょく復讐戦ふくしゅうせん夷陵いいりょういくさ、いまはじまらんとしております。



◯219年から220年:建安けんあん三年〜建安けんあん五年

  ある寒空の朝、許都きょとにて。

  都の北門に、重く封じられた檻車かんしゃが到着いたしました。その中に納められていたのは、関羽かんうの首でした。

  玉座ぎょくざに腰を据えていた曹操そうそうは、そのふたが開かれた瞬間、わずかにまゆを動かしました。

「……よくぞ、ここまで来たな」

  声はかすかにふるえておりました。目の奥には、戦友せんゆうにも等しい英雄えいゆうへの複雑な感情かんじょう宿やどっております。

「このかお、死してなお気迫きはくを失わぬか。全く……手際てぎわは鮮やかだな」

  曹操はそうつぶやき、静かに立ち上がりました。

  しかしそのばんから、からだ異変いへんあらわれました。高熱こうねつせきいたみ。医師いしあつい、薬湯やくとうが運ばれても、その容体ようだい一向いっこう回復かいふくしませんでした。

  幕舎まくしゃおく、臥せる曹操そうそう枕元まくらもとには、三男さんなん曹植そうしょく長男ちょうなん曹丕そうひならんでひかえておりました。

父上ちちうえ、どうか……お身体からだをおいたりください」

  曹植そうしょくの声は切実せつじつでした。詩才しさいに優れたおとうとは、いつもよりちち可愛かわいがられておりました。

  曹丕そうひを伏せておりました。だが、やがてくちを開きます。

父上ちちうえわたしが……おあとをおまもり申し上げます」

  曹操そうそうはその言葉ことばに、かすかにわらみをかべました。

「ふん、ようやくおおかみをしたな、。おまえまかせる。の行くいくすえたのんだぞ」

「はっ……このいのちして、まもきます」

  曹植そうしょくがふとかおげました。

「では、私は……」

「おまえわすれるな。けんる。ふではおまえにぎれ。それが、したした答え(こたえ)だ」

  しずまりかえりました。

  しばらくの沈黙ちんもくののち、曹操そうそうはふとほそめ、とおくを見るようにいました。

あなどれぬぞ……孫権そんけんは、とらかわを着たきつねではない。やつの後ろには陸遜りくそんというきばひかえている……」

  その言葉ことば最後さいごに、かれは静かにじられました。

  ふう一陣いちじんまくらしました。

  英雄えいゆう、ここにねむる――。

  そして、に新たな時代じだいはじまります。

  ――

  曹操そうそう後、朝廷ちょうていでは、そのくちにするものえました。

陸遜りくそんおそるべし……」

  その言葉ことばわすたびに、重臣ちょうしんたちはかおをしかめ、緊張きんちょうした面持おももちだまっていました。

知将ちしょうあらわれたか……」

  その衝撃しょうげきは、うちでも深刻しんこくに受けめられました。

  陸遜りくそんがこれほどまでにはなっているのは、その才覚さいかく冷静れいせい指導力しどうりょくの中でも知られていたからにほかなりません。

  かれ知略ちりゃくは、曹操そうそう時代じだいえて、未来みらいにとって最大さいだい脅威きょういとなることでしょう。



◯221年から222年:蜀漢しょくかん章武しょうぶ元年から2年

 赤い夕陽ゆうこうが山と川を染め上げる中、夏の終わりの熱気が大地だいちにこもり、風ひとつ吹かぬ静けさが広がっていました――の軍営には、張り詰めた空気が漂っていました。

てき目前もくぜんまで迫っております、大都督だいととく

 副将ふくしょう朱然しゅぜんどの地図ちずしながら進言しんげんします。そのは、戦いの予感よかんに燃えていました。

「このまま手をこまねいておれば、劉備りゅうびぐんは我らを呑み込みましょう。ここは一気に打って出て……」

 その言葉を遮ったのは、静かにちゃすすおとでした。陸遜りくそん何事なにごともなかったかのように、湯呑ゆのみつくえに戻します。

朱然殿しゅぜんどのあせらぬことです」

 その声は柔らかく、それでいてりんとしたしんを持っておりました。

「我らの目的もくてきは勝つこと。ただし、無傷むきずで勝つことです。しょうを討ち、へいを疲れさせ、たみを乱すような勝利しょうりに、価値かちはありません」

「……しかし!」

いくさちからではなくです。劉備りゅうびは、復讐ふくしゅうに燃えています。だが、その怒り(いかり)がおのれを曇らせると、私は見ています」

 陸遜のは、静かにを宿しておりました。

「焦るのは相手あいてに任せましょう。我らは、その焦りが形をすまで、待つのです」

 重臣ちょうしんたちはかおを見合わせました。みんなが思っていたのです――若輩じゃくはいの陸遜に、この未曾有みぞういくさに耐えられるのかと。

 ですが、そのよる

 陸遜はじんあるき、へいあいだを一人ひとり見て回りました。

「ご苦労くろう。疲れ(つかれ)はないか?」

「はい、大都督! このほねめる覚悟かくごであります!」

 へいは熱く、こえは高らかでした。彼らの士気しきは、陸遜の冷静れいせい姿勢しせいによって静かに高められていたのです。

 だが、そんな中にも恐怖がひそんでいました――

「仇討ち(あだうち)に燃えるものに、冷たいみずを浴びせる。それが我らの役目やくめです」

 陸遜は、張り巡らせた地形図ちけいずを走らせました。

「このやま。あのたに。この乾いたかわいたかぜ。――は、よく燃えますな」

「大都督、まさか火計かけいを……?」

「ご安心あんしんを。まだときではありません。だが……風向き(かざむき)が変わるころに、面白いことになりましょう」

 微笑びしょうを浮かべるその姿すがたは、策士さくし風格ふうかくをたたえておりました。だが、兵たちはその表情ひょうじょうに何か恐ろしさを感じ取っていた――冷静すぎる、あまりにも冷徹れいてつな笑みが、戦の厳しさを物語ものがたりすぎていたからです。

 そしてかれふでり、ふみをしたためます。

「『挑発ちょうはつに乗らず、じんを固めよ』――このふみは、各将かくしょうに届けてください」

「はい、ただちに!」

 ぐん防衛線ぼうえいせんは、山とたにに沿って緊密きんみつに張り巡らされました。急峻きゅうしゅんがけには伏兵ふくへいき、要所ようしょにはやぐらきずきました。河川かせんせきき止め、渡河とかはばわなかれていきました。

 しょくぐんを追うごとに深入ふかりしました。重い装備そうびと慣れぬ地形ちけい補給線ほきゅうせんび、へいたちは疲れをつのらせていきました。

陸遜りくそんめ、なにおびえておるのか……!」

 劉備りゅうびてんあおぎ、えました。そのこえそらに響き渡り、激しいいくさ予兆よちょうを感じさせました。

 そのごえすら、陸遜には計算けいさんうちでありました――だが、確かな恐怖が戦場せんじょうの中に広がり、兵たちの間に不安ふあんを呼び起こしていくのです。

「もうすぐです。あのほのおが、そらがすときが――」

 そう、すべては準備じゅんびされていたのです。

 やま尾根おねを走るふう。乾ききったまつ蜀軍しょくぐんの長い陣列じんれつよるに潜む火兵かへいたち――

 夷陵いりょう戦火せんかは、いままさに、ともされようとしておりました。



◯222年:蜀漢しょくかん章武しょうぶ元年から2年

■夷陵の戦い参加者年齢とプロフィール

【蜀軍(劉備軍)】

________________________________

劉備りゅうび

年齢:61歳(161年生)

プロフィール:蜀漢初代皇帝。荊州を失い関羽を失った怒りと悲しみから、自ら数万の大軍を率いて呉討伐に出陣。

________________________________

呉班ごはん

年齢:不詳(中年と推定)

プロフィール:劉備の親族とされる武将。別働隊を率いて参戦し、先鋒として活躍。

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馮習ふうしゅう

年齢:30代後半と推定

プロフィール:蜀軍の前線指揮官の一人。張南と共に別働隊を指揮し、戦死。

________________________________

張南ちょうなん

年齢:30代後半~40代前半と推定

プロフィール:馮習と共に別働隊を率いて戦ったが、戦死。

________________________________

傅彤ふとう

年齢:50代後半と推定

プロフィール:古参の忠臣。夷陵戦では退却時の殿軍を務めて奮戦し、壮烈な最期を遂げる。

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馬良ばりょう

年齢:39歳(188年生)

プロフィール:文官ながら軍事にも通じ、劉備に従い従軍。戦死したとも言われる。兄弟に馬謖らがいる。

________________________________

黄権こうけん

年齢:49歳(173年生)

プロフィール:蜀軍の北岸部隊の指揮官として参戦。敗戦後に退路を断たれ、魏に降伏。忠誠を貫き蜀には戻らなかった。

________________________________

沙摩柯しゃまか

年齢:不詳

プロフィール:南方の少数民族の首領。劉備の召集に応じて援軍を率いて参戦。戦死した可能性が高い。

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【呉軍(孫権軍)】

________________________________

陸遜りくそん

年齢:39歳(183年生)

プロフィール:大都督として全軍の指揮を執り、火計で蜀軍を大破する。呉軍を勝利に導いた立役者。

_______________________________

朱然しゅぜん

年齢:41歳(181年生)

プロフィール:陸遜の指揮下で要所の守備・攻撃を担い、夷陵の勝利に貢献。

_____________________________

潘璋はんしょう

年齢:50代前半と推定

プロフィール:勇猛な武将。関羽を捕えた武功もあり、夷陵でも前線に立つ。

________________________________

韓当かんとう

年齢:60代後半と推定

プロフィール:孫堅時代からの古参将。夷陵でも弓兵を率いて奮戦。

________________________________

徐盛じょせい

年齢:40代後半と推定

プロフィール:攻防両面で活躍する名将。陸遜の指揮に忠実に従い、火計作戦の一角を担う。

________________________________

孫桓そんかん

年齢:30代後半と推定

プロフィール:孫権の族子。軍の一翼を担い、蜀軍の迎撃に加わる。

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