↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/64

呉視点三国志:孫策の章⑧

199年:建安(けんあん)4年

 それは、後に三国時代の潮流を大きく変えることになる、重要な年でした。

 かつて強大な勢力を誇った袁術(えん・じゅつ)は、その驕(おご)りから人心を失い、領土は日に日に縮小していました。自ら皇帝を名乗るという暴挙に出たものの、周囲の支持は得られず、戦に連敗。心身ともに疲弊(ひへい)しきった末、建安4年、失意の中でその生涯を閉じます。

「朕(ちん)の夢は、砂上(さじょう)の楼閣(ろうかく)であったか……」

 彼の最期の言葉は、空しく消えゆきました。袁術の死は、かつて強大な勢力を誇った者の、あまりにも脆(もろ)い終焉を告げていたのです。

 袁術の死後、その残党(ざんとう)たちは新たな主(あるじ)を求めて蠢(うごめ)き始めます。その中で、一際(ひときわ)野心を燃やしていたのが劉勲(りゅう・くん)でした。彼は袁術の旧臣という立場を利用し、その残党の一部を吸収。自らの勢力拡大を目論(もくろ)んでいました。しかし、その動きを鋭敏(えいびん)に察知したのが、江東の若き雄、孫策(そん・さく)です。

「袁術の残党など、掃(は)き溜(だ)めの塵(ちり)に等しい!」

 孫策は、既に多くの有能な家臣団を抱えていました。知略に優れた周瑜(しゅう・ゆ)。勇猛果敢な黄蓋(こうがい)と太史慈(たいしじ)。そして、内政手腕に長けた張昭(ちょう・しょう)や、冷静沈着な魯粛(ろ・しゅく)といった面々です。彼らの力を結集し、孫策は劉勲(りゅう・くん)討伐の軍議を開きました。

「殿、劉勲(りゅう・くん)は勢力こそ小さいものの、油断は禁物です。ここは、周瑜様の知略をもって万全の策を講じるべきかと。」

 穏やかな口調で、しかし確固たる信念を持って、魯粛(ろ・しゅく)が進言します。

「ふむ、魯粛(ろしゅく)の言う通りだ。周瑜(しゅうゆ)、策はあるか?」

 孫策が問いかけると、周瑜は涼(すず)やかな笑みを浮(う)かべました。「ご心配なく、主君。この周瑜にお任せあれ。必ずや、劉勲(りゅうくん)の鼻を明かしてみせまする。」

「張昭殿、兵站(へいたん)の準備は滞(とどこお)りなく。」

 孫策は、内政を任せる張昭にも指示を怠(おこた)りません。「はっ、殿。既に万全の態勢を整えております。」

 そして、決戦の日が訪れます。「黄蓋(こうがい)、太史慈(たいしじ)!先鋒(せんぽう)を務めよ!敵の陣を突(つ)き崩(くず)し、我が軍の進むべき道を開(ひら)け!」孫策の号令が、戦場に響き渡ります。

 戦いの火蓋(ひぶた)が切って落とされると、孫策軍は怒涛(どとう)の勢いで敵陣へと押し寄せました。太史慈(たいしじ)の振るう双鞭(そうべん)は、敵兵を紙屑(かみくず)のように薙(な)ぎ倒し、黄蓋(こうがい)の鉄鎖鞭(てっさべん)は、敵の防御線を容易(ようい)に切り裂きます。孫策自身も、愛用の槍を手に取り、疾風迅雷(しっぷうじんらい)の如き速さで戦場を駆(か)け巡(めぐ)りました。

「ぐわああ!」

「た、助けてくれ!」

 劉勲軍は、孫策軍の圧倒的(あっとうてき)な武力と、周瑜の巧妙(こうみょう)な計略の前に、たちまち総崩(そうくず)れとなります。抵抗する間もなく、次々と倒れていく兵士たち。その光景は、まさに修羅場(しゅらば)と化していました。

「もはや、これまで……」

 孤立無援(こりつむえん)となった劉勲は、ついに白旗(しらはた)を掲げ、孫策に降伏(こうふく)を申し出ます。孫策はこれを受け入れ、劉勲とその残党を自軍に吸収しました。

 こうして、孫策は袁術の残党を効果的(こうかてき)に取り込み、江東における支配体制を盤石(ばんじゃく)なものとしました。敵の兵力さえも自らの糧(かて)とするその手腕は、周囲の者を畏怖(いふ)させました。

 敗れた劉勲は、袁術の死という混乱に乗じて勢力拡大を企(たくら)てましたが、孫策とその家臣団の前に脆くも崩れ去りました。彼の降伏は、孫策の勢力拡大に拍車(はくしゃ)をかけ、その後、彼は孫策の配下としてその余生(よせい)を送ることになります。

 この年、孫策が袁術の残党を吸収したという事実は、彼の名が江東の一地方勢力から、天下にその名を轟(とどろ)かせる一大勢力へと飛躍する、決定的な出来事となったのです。張昭や魯粛といった有能な家臣たちの支えがあってこそ、孫策の偉業(いぎょう)は成し遂げられたと言えるでしょう。



199年:建安(けんあん)四年

 春の陽光が、江東(こうとう)の地に穏やかに降り注いでおりました。その暖かな光の中で、ひときわ高く響く声が広大な庭を駆け抜けました。

「公瑾(こうきん)!」

若々しい覇気に満ちたその声は、孫策(そんさく)のものでした。顔には、喜びと興奮が入り混じり、その目は輝いていました。

「どうした、伯符(はくふ)?」

落ち着いた声で答えたのは、孫策の忠実な臣下であり、無二の盟友でもある周瑜(しゅうゆ)です。その瞳は涼やかで、微かに笑みをたたえていました。

「ついに、喬玄(きょうげん)殿の息女(そくじょ)たちにお会いできたのだ!」

孫策は、興奮を抑えきれずに話し続けました。

「噂に違わぬ、いや、それ以上の美しさだったぞ!姉上の大喬(だいきょう)殿は、まるで咲き誇る牡丹(ぼたん)のよう。そして妹の小喬(しょうきょう)殿は、可憐な白梅(はくばい)のようだった!」

周瑜はその様子を静かに見守り、ゆっくりと口を開きました。

「ほう……そこまで仰(おお)るとは、さぞかし素晴らしいご令嬢たちなのでしょうな」

「ええ!一目見た瞬間、心奪われた!」

孫策は力強く頷きます。その喜びが言葉に溢れ、周瑜もまた、その熱意に触れて微笑みました。

「そして、なんと!喬玄殿は、お二人をそれぞれ私と公瑾(こうきん)の妻にと仰(おお)ってくださったのだ!」

周瑜の目が一瞬、大きく見開かれました。

「なんと……それは、誠(まこと)ですか?」

「間違いないぞ!まさか、このような幸運に恵まれるとは!」

孫策の目は、まるで子供のように輝いていました。その喜びを隠すことはできません。

その頃、喬玄の邸(やしき)では、大喬と小喬が静かに語り合っていました。

「姉上……孫策(そんさく)様は、とても凛々(りり)しいお方でしたね」

妹の小喬(しょうきょう)は、頬をわずかに染めて言いました。

「ええ、小喬。周郎(しゅうろう)様も、聡明(そうめい)で穏やかなお方でしたわ」

姉の大喬(だいきょう)は、優しく微笑みます。その表情には、姉としての誇りと、少しの驚きが混じっていました。

「まさか、お二人同時に私たちのような未熟(みじゅく)な娘を妻に迎えたいと申し出てくださるとは……」

小喬は、まだ信じられない様子で目を丸くしました。

「これも、何かの縁(えん)なのでしょうね。私たちにできることは、精一杯、お二人を支えることです」

大喬は、決意を込めた眼差しで遠くの空を見つめました。そこには新たな未来を感じていたのでしょう。

数日後、孫策と周瑜は、それぞれ盛大(せいだい)な婚礼を挙げました。江東の民は、若き主君とその重臣の門出を祝福し、街は喜びに沸き立ちました。その祝宴は、まるで春風のように穏やかで、賑(にぎ)やかなものでした。

 しかし、その華やかな日々の裏で、天下の趨勢(すうせい)は静かに動き始めていたのです。かつて江東に脅威を与えた袁術(えんじゅつ)はすでにこの世を去り、その残党(ざんとう)は各地で散り散りになっていました。しかし、そこに新たな火種が生まれつつありました。北方の曹操(そうそう)が、その勢力を着実(ちゃくじつ)に拡大していたのです。

 婚礼から数週間後、孫策と周瑜は再び、江東の未来を案じていました。

「北方の曹操の動きは、警戒を怠れません」

周瑜は、地図を指しながら冷静に分析を始めました。

「奴は、いずれ必ずや、我らの領土にも手を伸ばしてくるでしょう」

孫策は険(けわ)しい表情を浮かべました。

「ならば、こちらも手を拱(こまぬ)いているわけにはいきません。早いうちに、江東の基盤(きばん)をさらに強固なものにしなければ!」

孫策は、自ら陣頭に立ち、周辺の勢力との関係強化に動き出しました。愛馬に鞭を打ち、疾風(しっぷう)のように駆け抜けます。その先に待つのは、数多の戦場。鋭い槍を振りかざし、次々と敵兵を薙(な)ぎ倒していきます。その力強さは、まるで奔流(ほんりゅう)のようでした。

 一方、周瑜は後方で冷静に軍を支え、的確(てきかく)な指示を送り続けます。彼の知略(ちりゃく)は、孫策の武勇と見事に調和し、連戦連勝を重ねていきました。矢の雨が降り注ぎ、剣戟(けんげき)の音が戦場に響き渡ります。兵士たちの雄叫(おたけ)びが、大地を揺るがしました。

 勝利の凱歌(がいか)が上がる中、孫策と周瑜は、それぞれの妻の元へと帰りました。大喬(だいきょう)と小喬(しょうきょう)は、無事に帰還した夫を心から喜び、迎え入れました。彼女たちの優しい笑顔が、戦いの疲れを癒し、英雄たちの心を安らぎで満たしたのです。



199年:建安(けんあん)四年

 夏の気配が近づく江東(こうとう)の夕暮れ、孫策(そんさく)は演武場(えんぶじょう)に立っていました。並ぶ兵たちの武具は整い、槍(そう)、剣(けん)、弓、戟(げき)、楯(たて)が夕日を反射して輝いています。

 その後ろから、涼やかな声が届きました。

「将軍、武具の更新は順調のようですね」

 現れたのは周瑜(しゅうゆ)です。聡明にして冷静沈着、孫策(そんさく)の右腕として常に戦略を支えてきた人物です。音楽と兵法を愛し、文武両道の天才と称(たた)えられていました。

「周瑜(しゅうゆ)、見てみろ。あの槍(そう)だ。鋼(はがね)を混ぜて刃(やいば)を鍛(きた)え直した。盾(たて)も軽くて丈夫だ。南方の竹と革(かわ)を合わせてな」

「まさに江東(こうとう)ならでは。ですが、足元も重要です。馬具の改良も忘れてはなりません」

「うむ。鐙(あぶみ)を深くし、鞍(くら)を固く縫(ぬ)わせた。これで騎兵(きへい)が振動に負けぬようになる」

「さらに、弓騎兵(きゅうきへい)の訓練を強化しましょう。江南(こうなん)では騎射(きしゃ)の文化は薄いが、機動力と遠距離攻撃の融合は大きな武器です」

「お前もそう思うか。俺も、そろそろ火矢(ひや)を実戦に試そうと思っていたところだ」

 孫策(そんさく)はそう言って、遠くの火練(かれん)訓練場を指差しました。炎(ほのお)を纏(まと)った矢が、闇に向かって飛んでいきます。

「投射(とうしゃ)武器との連携、そして急襲(きゅうしゅう)。まさに私たちが得意とする戦術です」

 周瑜(しゅうゆ)は頷(うなず)きました。孫策軍(そんさくぐん)の戦術は、速度と勢いにものを言わせた「電撃戦(でんげきせん)」でした。偵察(ていさつ)で敵の陣形と士気を読み、弱点を突いて一点突破。主将自(しゅしょうみずか)らが先陣に立ち、士気を高めて戦局を動かす――それが孫策(そんさく)の真骨頂(しんこっちょう)です。

「強襲(きょうしゅう)、突撃(とつげき)、そして攪乱(かくらん)。だが、そろそろ正攻法(せいこうほう)も磨いておかねばなるまい」

「はい。敵も学びます。策(さく)を読む者も現れるでしょう」

「それを越えてこそ、真の将(しょう)だ」

 孫策(そんさく)は槍(そう)を手にし、風のように構えました。

「例えば、この“螺旋(らせん)陣”……。敵の中軍(ちゅうぐん)を引き込み、両翼(りょうよく)から回り込んで包囲(ほうい)する形だ。先日試したが、程普(ていふ)も驚(おどろ)いていたぞ」

「それは見物ですね。蒋欽(しょうきん)の水軍(すいぐん)と合わせれば、敵は進むも退くも地獄です」

「まさに“策(さく)”の妙(みょう)よ」

 孫策(そんさく)は冗談(じょうだん)めかして笑いました。

「将軍、それは駄洒落(だじゃれ)でしょうか」

「駄洒落(だじゃれ)すらも、戦術になるなら、天下はもう目前(もくぜん)だろう?」

 二人は並んで演武場(えんぶじょう)を歩きます。兵たちは真剣(しんけん)な眼差(まなざ)しで槍(そう)を振(ふ)り、騎馬(きば)の足音が砂煙(すなけむり)を巻き上げていきました。

 その背後で、江(こう)の風が鳴っていました。戦乱(せんらん)の中に、確かに一つの秩序(ちつじょ)と理(ことわり)が築(きず)かれようとしていたのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。