表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/64

呉視点三国志:孫策の章⑦

197年:建安二年けんあんにねん

 長江ちょうこうの流れは、まるで天意てんいのように東へと向かっていました。中流に位置する秣陵ばつりょう――のちの建業けんぎょうを制した若き覇者はくしゃ孫策そんさくは、その眼差まなざしをさらに南、江東こうとうの地へと向けます。

「時は満ちた。次なる獲物えものは、呉郡ごぐん許貢きょこうよ。」

孫策そんさく地図ちずを指さしながら、張昭ちょうしょう程普ていふ黄蓋こうがい腹心ふくしんしょうに語りかけました。

許貢きょこうはこの地の名士めいしにして、たみ信頼しんらいも厚い。しかし、いくささいは見られぬ。あくまできつねに過ぎぬ。」

張昭ちょうしょうが静かに進言しんげんします。

「ならば、なさけは無用むようでございます。速やかにつべきかと。」

孫策そんさくうなずき、鋭いこえで命じました。

程普ていふ黄蓋こうがいへい三手さんてに分け、呉郡ごぐんへ向かえ。奇襲きしゅうをかけるぞ!」

「やれやれ、伯符はくふさま覇気はきはお父上ちちうえ以上いじょうですな。ついて行くのも疲れる」

「いいじゃないか。伯符はくふさまは戦えば勝つ。勝ったあとさけはウマいぞ。ガハハ」

二人のしょう即座そくざに立ち上がり、武具ぶぐを鳴らして戦支度せんしたくを整えました。

夜のやみあたりをおおう頃、孫策そんさく精鋭せいえいおともなく進軍しんぐん開始かいしします。月光げっこう甲冑かっちゅうを照らし、静寂せいじゃくの中に緊張きんちょうが走りました。黄蓋こうがい部隊ぶたい敵陣てきじん背後はいごしのります。

突如とつじょ怒号どごうとともにやみくようにが上がりました。

敵襲てきしゅうだぁ!孫策そんさく軍勢ぐんぜいだ!」

許貢きょこうじん一瞬いっしゅんにして混乱こんらんおちいります。孫策そんさく先陣せんじんり、愛槍あいそうを振るって敵兵てきへいをなぎたおしました。そのうご

稲妻いなずまのように素早すばやく、正確せいかくです。程普ていふはその巨躯きょくらしながら突進とっしんし、敵の防陣ぼうじんちからで押しくずします。黄蓋こうがい火計かけいもちい、敵陣てきじん内部ないぶから混乱こんらんこしました。

孫策そんさくめ!卑劣ひれつを!」

許貢きょこうさけびましたが、そのこえてつ喧騒けんそうにかきされ、かれ自身じしんも間もなくとらえられました。孫策そんさくはすぐに処刑しょけいを命じます。

だが、これでわりではありませんでした。

後日ごじつ黄蓋こうがい一通いっつう密書みっしょかえります。ふうった孫策そんさく表情ひょうじょう一変いっぺんしました。

「……これは、漢室かんしつあて密書みっしょ。『孫策そんさく謀反ぼうはんあり』と?」

書状しょじょうには、許貢きょこう曹操そうそうあて孫策そんさく誣告ぶこくする内容ないようしるされていました。いかりにふるえる孫策そんさくから、にじかみおとを立ててちます。

裏切うらぎものめ……。って当然とうぜんだったか。」

張昭ちょうしょう沈黙ちんもくのまま、ただふかうなずきました。

呉郡ごぐん平定へいていした孫策そんさくは、そのいきおいのままひがしへといくさを進めました。つぎなる標的ひょうてきは、会稽かいけい太守たいしゅ王朗おうろうです。

王朗おうろう文官ぶんかんにすぎぬ。で来るもの対処たいしょできるはずがない。」

孫策そんさく張昭ちょうしょうからの情報じょうほうき、確信かくしんふかめました。

黄蓋こうがい先鋒せんぽう程普ていふ後衛こうえいまもれ。おれ中央ちゅうおうから突きくずす!」

「やれやれ、たまにはワシにも先鋒せんぽうをさせてほしいですな」

「お目付けめつけやくはご苦労くろうじゃな。手柄てがらはワシがいただくぞ。ガハハ」

黄蓋こうがいぐんのように駆けかけだしました。いきをつかせぬ速攻そっこうでした。程普ていふ堅実けんじつ進軍しんぐんし、てき補給路ほきゅうろちます。

王朗おうろうは、急報きゅうほうを受けてふるえました。

孫策そんさくが、もう眼前がんぜんに……!」

かれ抵抗ていこう意志いしを見せるあいだもなく、逃亡とうぼうしました。

王朗おうろうは逃がしたか。まあいい、いずれ追い詰めて降伏させてやる。」

 こうして孫策そんさくは、呉郡ごぐん、そして会稽かいけいの土地を手中てちゅうおさめました。かれは「小覇王しょうはおう」の異名いみょうおそれられ、その才覚さいかく武勇ぶゆう江東こうとう一円いちえんひびわたります。



197年:建安けんあん二年

 中原ちゅうげんの大地は、戦乱せんらん疑念ぎねんおおわれておりました。

群雄ぐんゆう割拠かっきょする乱世らんせいのただなか淮南わいなん袁術えんじゅつは、ついに決定的けっていてき一歩いっぽみ出します。

こそは、天命てんめいを受けしものなり!今よりちんは、皇帝こうていちゅうす!」

高殿こうでんひびき渡るその宣言せんげんは、まさに禁断きんだん果実かじつばすがごとき暴挙ぼうきょでございました。正統せいとうなる漢朝かんちょう権威けんい否定ひていし、自ら帝位ていいいたその行為こういは、諸侯しょこうたちのいかりと警戒けいかい一斉いっせいまねいたのです。

このうごきを、一人ひとりの若き才俊さいしゅんが、ふか沈黙ちんもくのうちにつめておりました。

は、周瑜しゅうゆ

ぶんに通じ、ひいで、容姿ようしもまた人目ひとめ風貌ふうぼう青年せいねんでございます。

かつての盟友めいゆう孫策そんさくとのきずなから、一時的いちじてき袁術えんじゅつ配下はいかとして在籍ざいせきしておりましたが、そのこころじょう冷静れいせいに、時勢じせい見極みきわめていたのです。

あるよるくもおもめるなか周瑜しゅうゆ一人ひとり袁術えんじゅつ居館きょかんたずねました。

殿との、ひととき、お時間じかんいただけますか」

「ほう、周瑜しゅうゆか。何用なにようだ?まさか、ちん即位そくい寿ことほぎに来たのではあるまいな?」

袁術えんじゅつ満面まんめんみをかべ、さかずきかかげました。しかしそのみは、どこかうつろでございました。

おそれながら……そのけんについてこそ、進言しんげん申しもうしげたく参上さんじょういたしました」

周瑜しゅうゆこえしずかでありながら、するどしんいておりました。

殿との。いま、天子てんしとなえるのは、道理どうりそむくものでございます。漢室かんしつ威信いしんかえりみず、となえることは、天下てんかしんうしなうこととなりましょう」

その言葉ことばに、袁術えんじゅつかおからみがえます。

「……ふん。またか。おまえもだ、周瑜しゅうゆ

酒器しゅき乱暴らんぼうたくたたきつけ、袁術えんじゅついかりをあらわにしました。

ちんいさめるもの数多あまたおるが、だれ一人ひとりとしてちんうつわ理解りかいせぬ。貴様きさままで、ちん見限みかぎるというのか!」

「いいえ」

周瑜しゅうゆ一歩いっぽ退しりぞかず、しずかにくびよこります。

「私は、ただただしきみちえらぶのみ。しんとしてのみちを、しんずるままにあゆみたいのです」

その眼差まなざしは、らぐことなくっすぐでございました。



197年:建安けんあん二年 。

数日後――。

周瑜しゅうゆは正式に居巣県きょそうけんの県長職を願い出て、袁術えんじゅつの下を離れます。

名目上は地方官への赴任でございましたが、実情は明確なる決別の意志を示す行動でございました。

そしてこの地で、思いもよらぬ出会いが周瑜を待っておりました。

――魯粛殿ろしゅくどの

その人は、地元・臨淮りんわい富豪ふごうの出でありながら、才知に富み、民を慈しむことで知られる人物でございました。周瑜はある視察の折、その屋敷を訪れます。

「ここが、魯粛殿ろしゅくどのの居所でございます」

案内役のへいがそう告げると、広い庭に一人の男が現れます。

堂々とした体格に、温厚な眼差し。歳は周瑜しゅうゆよりやや上に見えました。

「ようこそ、お越しくださいました。周公瑾しゅうこうきん殿でんですね?」

「はい。初めてお目にかかります、魯粛殿ろしゅくどの

周瑜しゅうゆが丁重に頭を下げると、魯粛ろしゅくも礼を返しました。

「おうわさはかねがね。孫策殿そんさくでんの友にして、見識高きおおかたと聞いております。どうかお茶でも」

その日、ふたりは縁側えんがわに並んで座り、まつりごとたみについて、時勢じせい未来みらいについて、幾度いくども語り合いました。

たみが望むのは、安寧あんねい正義せいぎ。それを導くものこそ、真のしゅでありましょう」

「まさに。武だけでは治まらず、さくだけでも導けぬ。それを兼ね備えしものこそ……孫策殿そんさくどののような人物じんぶつかと、私は思います」

言葉ことばを交わすほどに、二人のこころは通じていきました。

やがて、周瑜しゅうゆ小声こごえで告げます。

魯粛殿ろしゅくどの。もし、こころざしを同じくするならば……共に江東こうとうへ来てはいただけませんか」

しばしの沈黙ちんもくの後、魯粛ろしゅくは深くうなずきました。

「はい。この乱世らんせいに、正しきみちを歩まんとするものがいるのならば……私もまた、そのちからとなりましょう」

こうして、周瑜しゅうゆ魯粛ろしゅく――後の「二人の智将ちしょう」が出会い、信頼しんらいを築き始めたのです。

のちに孫策そんさくのもとへ戻った周瑜しゅうゆを、孫策そんさくは温かく迎えました。

周瑜しゅうゆ、よくぞ戻った!この江東こうとう、おおまえさいなくしておさめられぬ!」

「そればかりか、頼もしきともを一人、連れてまいりました。魯粛殿ろしゅくどのです」

孫策そんさくは目を見開き、魯粛ろしゅくをまっすぐに見つめます。

「ほう……そなたが。歓迎かんげいするぞ。ともに、我ら(われら)の未来みらいを築こう!」

――この出会いこそが、のちの三国さんごく命運めいうん左右さゆうする大きな流れの一滴いってきでございました。

やがて訪れる赤壁せきへきいくさ、そして江東こうとう覇業はぎょう。その全ての始まりは、このとしに静かに、確かに動き出していたのです。



198年:建安けんあん三年

 の地に、再び嵐が吹き荒れようとしていました。

 寿春じゅしゅんの城内、太陽が高く昇り、燦々(さんさん)と輝く日差しが大地を照らしていました。

 孫策そんさくは自らの陣営の前に立ち、数十人の兵士へいし重臣じゅうしんたちを招集しょうしゅうしていました。その先に、周瑜しゅうゆの姿が静かに浮かび上がります。

 袁術えんじゅつのもとを離れ、再び孫策のもとに戻った周瑜。その知恵ちえ戦略せんりゃくは、孫策にとって非常に価値のあるものでした。

 「周瑜よ。よく戻ってきてくれたな」

 孫策の声は、深い信頼しんらい感謝かんしゃの気持ちを込めて周瑜へと向けられました。

 周瑜は軽く頭を下げ、平静へいせいを保ちながらも、その心からの言葉に感謝を込めて応えます。

 「殿との、再びお仕えできること、光栄こうえいに存じます」

 「お前のさいを借りなければ、江東こうとうはますます混迷こんめいを深めるばかりだ。これからは共に歩んでいこう」

 孫策は深く頷き、その後、周瑜に向けて手を広げました。

 「そこでだ、周瑜。お前に大任だいにんを与える。お前を建威中郎将けんいちゅうろうしょう任命にんめいする。これより兵五百へいごひゃく騎馬百きばひゃくを与え、お前の指揮しきを任せよう。どうだ、心強く思わぬか?」

 周囲の者々(ものもの)が一瞬、息を呑んで見守る中、周瑜は驚いた表情ひょうじょうを浮かべたものの、すぐにその場にひざをつき、深く頭を下げます。

 「過分かぶんのご厚意こうい、身に余る光栄に存じます。必ずや、殿の期待きたいに応えてまいります」

 その言葉には、覚悟かくご決意けついがにじみ出ていました。周瑜の目はすでに、遠くの戦局せんきょくを見据えているように鋭く、揺るぎないものだったのです。

 孫策は、その真摯しんしな眼差し(まなざし)に満足げに微笑ほほえみました。

 「お前がこの地を支え、私の力となることを心から願っている。兵を与えたからには、すぐにその実力じつりょくを見せてくれるだろう」

 その後、周瑜はすぐに兵を指揮し始めました。孫策の軍では、数名すうめい忠義ちゅうぎに厚い家臣かしんたちが周瑜を見守り、共にたたかいを支えていました。

 まずは、孫策の右腕みぎうでとして知られる黄蓋こうがい

 その豪快ごうかい勇猛ゆうもうな性格は、軍を率いるにふさわしい強さを持っていました。彼は、周瑜に対しても一目いちもく置く存在であり、しばしば

 「周公瑾しゅうこうきんよ、ちからを貸せ!こまったときはオレに頼れ。ガハハ」

 と、豪快に声をかけていました。

 次に、程普ていふ

 その皮肉屋ひにくや性格せいかく知恵ちえを持ち合わせた副将ふくしょうとして、周瑜とは異なる角度かくどから戦術せんりゃくを考えていました。程普は周瑜を温かく迎え入れ、彼に向かってこう語りかけます。

 「周公瑾、君の戦略眼せんりゃくがんは凄いらしいな。我々にも見せつけてくれい。江東に勝利をもたらすのなら歓迎するぞ」

 そして、もう一人、朱治しゅち

 その冷徹れいてつかつ緻密ちみつ戦術家せんりゃくかとして、周瑜の軍に加わり、内政や人材登用に力を発揮していました。彼は周瑜に助言じょげんを与えることも多く、戦術面せんりゃくめん重要じゅうようなパートナーとして活躍かつやくしていきます。

 「周公瑾の戦術せんりゃくしたがい、我が軍は必ずや勝利しょうりを手にするだろう」

 周囲の家臣たちは、周瑜の指揮のもと、みな一丸いちがんとなってたたかいにのぞみました。その統率力とうそつりょくは素晴らしく、周瑜の号令ごうれい一つで軍は迅速じんそくに動き、彼の指揮する兵士たちは無駄なく戦場せんじょうを支配していきます。

 戦場で周瑜は、かぜのように速く、かみなりのように鋭い指示を出し、無数むすうてきを次々に打ち破りました。

 兵士たちは、彼の指揮するもとで見違えるほど士気しきを高め、数々(かずかず)の戦果せんかを挙げていきました。その冷静れいせいで、かつ鋭い戦略眼せんりゃくがんは、軍全体ぐんぜんたい安定あんていをもたらし、戦いを有利ゆうりに進める力となりました。

 孫策もその結果けっか満足まんぞくし、周瑜の手腕しゅわんを高く評価ひょうかしました。周瑜の存在そんざいは、次第しだいに江東の軍勢ぐんぜいにとって欠かせないものとなり、孫策の信頼はさらに深まることとなったのです。

 こうして、周瑜は新たな一歩いっぽを踏み出し、孫策の軍における重要なはしらとなりました。

 彼の実力じつりょくは、今後こんご戦局せんきょくにおいて、数々の勝利へと導くいしずえとなるのでした。



198年:建安けんあん三年

 初夏の江面えんめんは静かでした。陽光を照り返す水面すいめんを背景に、軍港ぐんこうではふねの整備が進んでいます。孫策そんさくは一隻の楼船ろうせん甲板こうはんに立ち、横に並ぶ周瑜しゅうゆとともに眼下がんかの作業を眺めていました。

「よくぞ、ここまで来たな。まるで水軍すいぐんみやこだ」

 孫策は満足げにうなりました。

「ええ、将軍しょうぐん。この江東こうとうの水は、船を浮かべるだけのものではありません。へいを育て、くにまもけんそのものです」

 周瑜の声は落ち着いていますが、目は燃えるような意志いしに満ちていました。

 周瑜しゅうゆ名門めいもん周家しゅうけ子息しそくです。若くして音楽おんがく兵学へいがくに通じ、文武両道ぶんぶりょうどうを極めた天才てんさいです。孫策の義兄弟ぎけいていにして軍師ぐんし。その知略ちりゃく才覚さいかくは、すでに江東全土こうとうぜんどに知られていました。

むかしちち孫堅そんけん殿とのも、ここで小船しょうせんっていた。今では楼船・蒙衝もうしょう走舸そうか鴟尾しび……。そろいも揃ったな」

蒙衝もうしょう衝角しょうかくそなえた攻撃こうげきよう楼船ろうせん高楼こうろうからの弓射きゅうしゃ得意とくいです。走舸そうか俊敏しゅんびんにして斥候せっこう最適さいてき。そして、鴟尾しび将軍専用しょうぐんせんよう指揮艦しきかん。まさにみず軍楽隊ぐんがくたいですね」

詩人しじんのような例えだな。しかも、凄い知識だ。」

 孫策は笑いながらうなずきました。

 軍港ではへいたちが水上すいじょう訓練くんれんはげんでいます。試射ししゃ長戟ちょうげきの突き(つき)、いかりの巻き上げ――すべてが緻密ちみつ無駄むだのない動きでした。

最近さいきんでは投石機とうせききせた平底船へいていせん導入どうにゅうしています。火器かき実用じつよう段階だんかい火矢ひや火盆かぼん油壺ゆこうなど、みずほのお融合ゆうごうですね」

曹操そうそう連中れんちゅうにこれをせてやりたい。華北かほく軍馬ぐんばでは真似まねできまい」

 孫策はほそめ、遠く揚子江ようすこうの流れを見やりました。

「ですが――」

 周瑜がこえひくくします。

「だが、か」

「彼ら(かれら)もだまってはいません。中原ちゅうげん工匠こうしょうあつめ、ふね建造けんぞうに取り掛かるとのうわさもあります。それに、黄河こうがの戦い方を江南こうなん適用てきようされては、意外いがいかたちかれる可能性かのうせいもある」

「つまり、われらも悠長ゆうちょうに「勝利しょうりは確実」などど思ってはいられぬ、ということだな」

「ええ。江東こうとう水軍すいぐん優秀ゆうしゅうですが、まだ発展途上はってんとじょうです。いまこそ、造船所ぞうせんじょやし、技術者ぎじゅつしゃそだて、若者わかもの訓練くんれんせねばなりません」

周瑜しゅうゆ、おおまえがいれば水軍すいぐん千里せんりける」

 孫策はにやりと笑いました。

「その信頼しんらいおもちょうだいします」

 周瑜は一礼いちれいし、続けました。

「いずれ、このの流れをせいするものが、天下てんかの流れもせいするときます」

「ならばおれたちが、その流れのさきとう。――江東こうとうりゅうとしてな」

 二人ふたり視線しせんは、ゆるやかにれる水面すいめんの向こうに向かっていました。流れはやがて、洛陽らくようへ、長安ちょうあんへとつづきます。そのさきにあるもの――天下てんか未来みらいを、二人ふたりたしかに見据みすえていたのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ