呉視点三国志:孫策の章⑦
197年:建安二年
長江の流れは、まるで天意のように東へと向かっていました。中流に位置する秣陵――のちの建業を制した若き覇者・孫策は、その眼差しをさらに南、江東の地へと向けます。
「時は満ちた。次なる獲物は、呉郡の許貢よ。」
孫策は地図を指さしながら、張昭、程普、黄蓋ら腹心の将に語りかけました。
「許貢はこの地の名士にして、民の信頼も厚い。しかし、戦の才は見られぬ。あくまで狐に過ぎぬ。」
張昭が静かに進言します。
「ならば、情けは無用でございます。速やかに討つべきかと。」
孫策は頷き、鋭い声で命じました。
「程普、黄蓋、兵を三手に分け、呉郡へ向かえ。奇襲をかけるぞ!」
「やれやれ、伯符様の覇気はお父上以上ですな。ついて行くのも疲れる」
「いいじゃないか。伯符様は戦えば勝つ。勝った後の酒はウマいぞ。ガハハ」
二人の将は即座に立ち上がり、武具を鳴らして戦支度を整えました。
夜の闇が辺りを覆う頃、孫策の精鋭が音もなく進軍を開始します。月光が甲冑を照らし、静寂の中に緊張が走りました。黄蓋の部隊が敵陣の背後に忍び寄ります。
突如、怒号とともに闇を裂くように火の手が上がりました。
「敵襲だぁ!孫策の軍勢だ!」
許貢の陣は一瞬にして混乱に陥ります。孫策は先陣を切り、愛槍を振るって敵兵をなぎ倒しました。その動き
は稲妻のように素早く、正確です。程普はその巨躯を揺らしながら突進し、敵の防陣を力で押し崩します。黄蓋は火計を用い、敵陣の内部から混乱を巻き起こしました。
「孫策め!卑劣な手を!」
許貢は叫びましたが、その声は鉄の喧騒にかき消され、彼自身も間もなく捕えられました。孫策はすぐに処刑を命じます。
だが、これで終わりではありませんでした。
後日、黄蓋が一通の密書を持ち帰ります。封を切った孫策の表情が一変しました。
「……これは、漢室宛の密書。『孫策は謀反の意あり』と?」
書状には、許貢が曹操に宛て孫策を誣告する内容が記されていました。怒りに震える孫策の手から、血の滲む紙が音を立てて落ちます。
「裏切り者め……。斬って当然だったか。」
張昭は沈黙のまま、ただ深く頷きました。
呉郡を平定した孫策は、その勢いのまま東へと軍を進めました。次なる標的は、会稽の太守・王朗です。
「王朗は文官にすぎぬ。武で来る者に対処できるはずがない。」
孫策は張昭からの情報を聞き、確信を深めました。
「黄蓋は先鋒、程普は後衛を守れ。俺は中央から突き崩す!」
「やれやれ、たまにはワシにも先鋒をさせてほしいですな」
「お目付け役はご苦労じゃな。手柄はワシが頂くぞ。ガハハ」
黄蓋の軍は矢のように駆け出しました。息をつかせぬ速攻でした。程普も堅実に進軍し、敵の補給路を断ちます。
王朗は、急報を受けて震えました。
「孫策が、もう眼前に……!」
彼は抵抗の意志を見せる間もなく、逃亡しました。
「王朗は逃がしたか。まあいい、いずれ追い詰めて降伏させてやる。」
こうして孫策は、呉郡、そして会稽の土地を手中に収めました。彼は「小覇王」の異名で畏れられ、その才覚と武勇は江東一円に響き渡ります。
197年:建安二年
中原の大地は、戦乱と疑念に覆われておりました。
群雄が割拠する乱世のただ中、淮南に拠る袁術は、ついに決定的な一歩を踏み出します。
「余こそは、天命を受けし者なり!今より朕は、皇帝:仲と号す!」
高殿に響き渡るその宣言は、まさに禁断の果実に手を伸ばすがごとき暴挙でございました。正統なる漢朝の権威を否定し、自ら帝位に即いたその行為は、諸侯たちの怒りと警戒を一斉に招いたのです。
この動きを、一人の若き才俊が、深い沈黙のうちに見つめておりました。
名は、周瑜。
文に通じ、武に秀で、容姿もまた人目を引く風貌の青年でございます。
かつての盟友・孫策との絆から、一時的に袁術の配下として在籍しておりましたが、その心は常に冷静に、時勢を見極めていたのです。
ある夜、雲が重く垂れ込める中、周瑜は一人、袁術の居館を訪ねました。
「殿、ひととき、お時間を頂けますか」
「ほう、周瑜か。何用だ?まさか、朕の即位を寿ぎに来たのではあるまいな?」
袁術は満面の笑みを浮かべ、杯を掲げました。しかしその笑みは、どこか虚でございました。
「恐れながら……その件についてこそ、進言申し上げたく参上いたしました」
周瑜の声は静かでありながら、鋭く芯を突いておりました。
「殿。いま、天子を称えるのは、道理に背くものでございます。漢室の威信を顧みず、覇を唱えることは、天下の信を失うこととなりましょう」
その言葉に、袁術の顔から笑みが消えます。
「……ふん。またか。お前もだ、周瑜」
酒器を乱暴に卓へ叩きつけ、袁術は怒りを露にしました。
「朕を諫める者は数多おるが、誰一人として朕の器を理解せぬ。貴様まで、朕を見限るというのか!」
「いいえ」
周瑜は一歩も退かず、静かに首を横に振ります。
「私は、ただ正しき道を選ぶのみ。臣としての道を、信ずるままに歩みたいのです」
その眼差しは、揺らぐことなく真っすぐでございました。
197年:建安二年 。
数日後――。
周瑜は正式に居巣県の県長職を願い出て、袁術の下を離れます。
名目上は地方官への赴任でございましたが、実情は明確なる決別の意志を示す行動でございました。
そしてこの地で、思いもよらぬ出会いが周瑜を待っておりました。
――魯粛殿。
その人は、地元・臨淮の富豪の出でありながら、才知に富み、民を慈しむことで知られる人物でございました。周瑜はある視察の折、その屋敷を訪れます。
「ここが、魯粛殿の居所でございます」
案内役の兵がそう告げると、広い庭に一人の男が現れます。
堂々とした体格に、温厚な眼差し。歳は周瑜よりやや上に見えました。
「ようこそ、お越しくださいました。周公瑾殿ですね?」
「はい。初めてお目にかかります、魯粛殿」
周瑜が丁重に頭を下げると、魯粛も礼を返しました。
「お噂はかねがね。孫策殿の友にして、見識高きお方と聞いております。どうかお茶でも」
その日、ふたりは縁側に並んで座り、政と民について、時勢と未来について、幾度も語り合いました。
「民が望むのは、安寧と正義。それを導く者こそ、真の主でありましょう」
「まさに。武だけでは治まらず、策だけでも導けぬ。それを兼ね備えし者こそ……孫策殿のような人物かと、私は思います」
言葉を交わすほどに、二人の心は通じていきました。
やがて、周瑜は小声で告げます。
「魯粛殿。もし、志を同じくするならば……共に江東へ来てはいただけませんか」
しばしの沈黙の後、魯粛は深く頷きました。
「はい。この乱世に、正しき道を歩まんとする者がいるのならば……私もまた、その力となりましょう」
こうして、周瑜と魯粛――後の「二人の智将」が出会い、信頼を築き始めたのです。
のちに孫策のもとへ戻った周瑜を、孫策は温かく迎えました。
「周瑜、よくぞ戻った!この江東、お前の才なくして治められぬ!」
「そればかりか、頼もしき友を一人、連れてまいりました。魯粛殿です」
孫策は目を見開き、魯粛をまっすぐに見つめます。
「ほう……そなたが。歓迎するぞ。ともに、我ら(われら)の未来を築こう!」
――この出会いこそが、のちの三国の命運を左右する大きな流れの一滴でございました。
やがて訪れる赤壁の戦、そして江東の覇業。その全ての始まりは、この年に静かに、確かに動き出していたのです。
198年:建安三年
呉の地に、再び嵐が吹き荒れようとしていました。
寿春の城内、太陽が高く昇り、燦々(さんさん)と輝く日差しが大地を照らしていました。
孫策は自らの陣営の前に立ち、数十人の兵士と重臣たちを招集していました。その先に、周瑜の姿が静かに浮かび上がります。
袁術のもとを離れ、再び孫策のもとに戻った周瑜。その知恵と戦略は、孫策にとって非常に価値のあるものでした。
「周瑜よ。よく戻ってきてくれたな」
孫策の声は、深い信頼と感謝の気持ちを込めて周瑜へと向けられました。
周瑜は軽く頭を下げ、平静を保ちながらも、その心からの言葉に感謝を込めて応えます。
「殿、再びお仕えできること、光栄に存じます」
「お前の才を借りなければ、江東はますます混迷を深めるばかりだ。これからは共に歩んでいこう」
孫策は深く頷き、その後、周瑜に向けて手を広げました。
「そこでだ、周瑜。お前に大任を与える。お前を建威中郎将に任命する。これより兵五百、騎馬百を与え、お前の指揮を任せよう。どうだ、心強く思わぬか?」
周囲の者々(ものもの)が一瞬、息を呑んで見守る中、周瑜は驚いた表情を浮かべたものの、すぐにその場に膝をつき、深く頭を下げます。
「過分のご厚意、身に余る光栄に存じます。必ずや、殿の期待に応えてまいります」
その言葉には、覚悟と決意がにじみ出ていました。周瑜の目はすでに、遠くの戦局を見据えているように鋭く、揺るぎないものだったのです。
孫策は、その真摯な眼差し(まなざし)に満足げに微笑ました。
「お前がこの地を支え、私の力となることを心から願っている。兵を与えたからには、すぐにその実力を見せてくれるだろう」
その後、周瑜はすぐに兵を指揮し始めました。孫策の軍では、数名の忠義に厚い家臣たちが周瑜を見守り、共に戦いを支えていました。
まずは、孫策の右腕として知られる黄蓋。
その豪快で勇猛な性格は、軍を率いるにふさわしい強さを持っていました。彼は、周瑜に対しても一目置く存在であり、しばしば
「周公瑾よ、力を貸せ!困ったときはオレに頼れ。ガハハ」
と、豪快に声をかけていました。
次に、程普。
その皮肉屋な性格と知恵を持ち合わせた副将として、周瑜とは異なる角度から戦術を考えていました。程普は周瑜を温かく迎え入れ、彼に向かってこう語りかけます。
「周公瑾、君の戦略眼は凄いらしいな。我々にも見せつけてくれい。江東に勝利をもたらすのなら歓迎するぞ」
そして、もう一人、朱治。
その冷徹かつ緻密な戦術家として、周瑜の軍に加わり、内政や人材登用に力を発揮していました。彼は周瑜に助言を与えることも多く、戦術面で重要なパートナーとして活躍していきます。
「周公瑾の戦術に従い、我が軍は必ずや勝利を手にするだろう」
周囲の家臣たちは、周瑜の指揮の下、みな一丸となって戦いに臨みました。その統率力は素晴らしく、周瑜の号令一つで軍は迅速に動き、彼の指揮する兵士たちは無駄なく戦場を支配していきます。
戦場で周瑜は、風のように速く、雷のように鋭い指示を出し、無数の敵を次々に打ち破りました。
兵士たちは、彼の指揮するもとで見違えるほど士気を高め、数々(かずかず)の戦果を挙げていきました。その冷静で、かつ鋭い戦略眼は、軍全体に安定をもたらし、戦いを有利に進める力となりました。
孫策もその結果に満足し、周瑜の手腕を高く評価しました。周瑜の存在は、次第に江東の軍勢にとって欠かせないものとなり、孫策の信頼はさらに深まることとなったのです。
こうして、周瑜は新たな一歩を踏み出し、孫策の軍における重要な柱となりました。
彼の実力は、今後の戦局において、数々の勝利へと導く礎となるのでした。
198年:建安三年
初夏の江面は静かでした。陽光を照り返す水面を背景に、軍港では艦の整備が進んでいます。孫策は一隻の楼船の甲板に立ち、横に並ぶ周瑜とともに眼下の作業を眺めていました。
「よくぞ、ここまで来たな。まるで水軍の都だ」
孫策は満足げに唸りました。
「ええ、将軍。この江東の水は、船を浮かべるだけのものではありません。兵を育て、国を護る剣そのものです」
周瑜の声は落ち着いていますが、目は燃えるような意志に満ちていました。
周瑜は名門・周家の子息です。若くして音楽と兵学に通じ、文武両道を極めた天才です。孫策の義兄弟にして軍師。その知略と才覚は、すでに江東全土に知られていました。
「昔、父・孫堅殿も、ここで小船を駆っていた。今では楼船・蒙衝・走舸・鴟尾……。揃いも揃ったな」
「蒙衝は衝角を備えた攻撃用。楼船は高楼からの弓射が得意です。走舸は俊敏にして斥候に最適。そして、鴟尾は将軍専用の指揮艦。まさに水の軍楽隊ですね」
「詩人のような例えだな。しかも、凄い知識だ。」
孫策は笑いながら頷きました。
軍港では兵たちが水上の訓練に励んでいます。弩の試射、長戟の突き(つき)、錨の巻き上げ――すべてが緻密で無駄のない動きでした。
「最近では投石機を載せた平底船も導入しています。火器も実用段階。火矢・火盆・油壺など、水と炎の融合ですね」
「曹操の連中にこれを見せてやりたい。華北の軍馬では真似できまい」
孫策は目を細め、遠く揚子江の流れを見やりました。
「ですが――」
周瑜が声を低くします。
「だが、か」
「彼ら(かれら)も黙ってはいません。中原の工匠を集め、船の建造に取り掛かるとの噂もあります。それに、黄河の戦い方を江南に適用されては、意外な形で突かれる可能性もある」
「つまり、我らも悠長に「勝利は確実」などど思ってはいられぬ、ということだな」
「ええ。江東の水軍は優秀ですが、まだ発展途上です。今こそ、造船所を増やし、技術者を育て、若者を訓練せねばなりません」
「周瑜、お前がいれば水軍も千里を行ける」
孫策はにやりと笑いました。
「その信頼、重く頂戴します」
周瑜は一礼し、続けました。
「いずれ、この江の流れを制する者が、天下の流れも制する時が来ます」
「ならば俺たちが、その流れの先に立とう。――江東の龍としてな」
二人の視線は、ゆるやかに揺れる水面の向こうに向かっていました。流れはやがて、洛陽へ、長安へと続きます。その先にあるもの――天下の未来を、二人は確かに見据えていたのです。




