69. 本当の姿 (サリタニアside)
カティアがわたくしに謝罪の言葉を告げると共に、一瞬ですが、ぶわりと風が吹き、ガシャンと遠くで…宿の方でしょうか、窓か何かが割れる音が聞こえました。
「うっ…」
「オーウェン?!」
後ろでオーウェンが体勢を崩して苦しそうな声を上げました。プリメーラが駆け寄るとオーウェンは大丈夫です、と小さく言いました。プリメーラも少し息苦しそうにしています。
「魔力圧…?」
ここに来たばかりの頃、雨漏りで水浸しだったこの小屋をエディの魔術で乾かした時にカティアが倒れた魔力圧。当人が持つ魔力の量の差で風圧の様に感じるといいます。その時倒れたカティアは全く魔力を持っていないと思っていたけれど、その後魔獣に襲われた時にはエディの魔術に怯むことなく、何故か後から魔力が備わっているようでした。クライスが調べると言っていましたが、こんなに大きな魔力になっているだなんて。
「カティアさん!」
クライスの悲鳴ともとれる声にそちらへ視線を戻すと倒れたカティアをクライスが受け止めていました。先程の魔力の放出によって髪留めが切れたのか、いつもきっちりと纏められているカティアの柔らかい髪がふわりと広がりました。
「…おいちょっと待ってくれ…それ…」
エディの声が掠れています。わたくしは何故だかその光景を目にし、ふと幼い頃の事を思い出しました。
幼い頃、侍女と隠れんぼをしていた時にお母様のクローゼットの奥で見つけた、誰にも使われていないお人形たち。わたくしはその中のひとつがとても気に入ってお母様に欲しいとせがみましたが、お母様はこれだけはだめなのだと悲しい顔をして言いました。後から侍女がこっそり教えてくれたのは、命を持ってこの世に生まれて来れなかった赤ちゃんのお話…わたくしの…
「……おねえ、さま?」
クライスの腕の中で意識を失っているカティアの顔にかかる、髪留めから解き放たれたと同時に様変わりした黄金色の髪は、紛うことなき王族の証です。
「姫様…」
震える声でわたくしを呼ぶクライスの顔は今にも泣きだしそうでした。彼のこんな姿は初めて見ます。わたくしがしっかりしなくては。
「クライス、簡潔に今必要な事をわたくしに教えなさい」
カティアがお姉様であることは明白ですが、何故ここにいるのか、何故今まで秘密にしていたのか、クライスは何をどこまで知っているのか、わたくしはわからないことだらけですから、判断だけはお任せしますよ、クライス。
「…カティアさんは、姫様の姉君でいらっしゃいます。生まれた時点で魔力が大変多く、このままでは体や脳が保たないと、ここでなら魔力を外に分散させられるからと、ここで何も知らせずに育てられる事になりました」
わたくしの声に冷静さを取り戻したクライスは一度目を瞑り顔を引き締め言いました。流石ですね、色々と細かい事も気になりますが、大筋はわかりました。
「では、今のカティアはどのような状況なのですか?」
「わかりません…カティアさんはあと少しの間…最低でも20歳まではここにいる事になっておりました。申し訳ありません、私の所為です。カティアさんの様子がおかしい事はわかっていたのに…何が何でもこの部屋に入るのは止めるべきだった…!」
「落ち着きなさい、クライス。この事は誰が知っているのですか?」
「…陛下と王妃陛下、宰相と王妃陛下付きの侍女頭、私の両親と…祖母です」
関係者の名前を聞いて目眩がしそうです。何という重たいものをクライスは背負っていたのでしょう。でもクライスの父君が関係者だったのは助かりました。
「クライス、カティアを連れて城へ戻りますよ。貴方のお父君、ザイツェルにカティアを診てもらいましょう。王族付きの医師である彼なら安心して任せられます」
「!…はいっ」
クライスの目に光が戻ってきました。城に戻って専門家に診せるという思考すら出来ない程に混乱していたようですね。
「クライス、俺は何をしたら良い?」
「カティアさんを馬車へ」
「お前じゃなくて良いのか?」
「そんな事言ってる場合じゃない。エディの方が安定して運べるだろう?頼む」
「了解」
腕の中のカティアをエディに預け、クライスは外の様子を見てくると言ってわたくし達に待機を命じました。その間にわたくしはプリメーラとオーウェンの様子を確かめます。二人とも一瞬の魔力圧に驚きはしたようですが、今はどこも不調はないようです。そうしているうちにクライスが戻ってきました。
「強風で宿の窓が割れているようです。移動の際はご注意を。それとプリメーラ、申し訳ありませんがオーウェンをお借りしても?」
「構いませんわ」
「オーウェン、ここから街道を進んだ先の砦に宿がしばらく休業する事と、カティアさんは無事で安全な所に避難している事を伝えてきてください。それと、砦から村へと向かう者があれば、村へも同様に伝言を」
「承知いたしました」
「プリメーラと彼女が乗ってきた馬は転移馬車で一緒に連れて帰ります。申し訳ありませんがオーウェンは馬での帰城をお願いします」
「問題ありません」
「あと、帰路の間に褒美の希望を考えておくように」
「…とんでもございません。クライス様のお力になれるのでしたらそれだけで幸甚です」
冷静さを取り戻したクライスに少し安心してわたくしも城に帰る前に出来る事を考えます。カティアが目覚めた時に少しでも落ち着けるようにスコットさんから買っていたお気に入りのストールを持っていきましょう。そうです、オーウェンの伝言を受け取れなかった人達の為に同じ内容を宿の入り口に貼っておくのはどうかしら。
「姫様、こちらはどうなさいますか?」
プリメーラが床に落ちた箱と中身を渡してきました。黄金色のお守りには名前ではなく、一文字だけが刻まれています。カティアの名前にはない文字です。これは、お姉様の本当の名前の頭文字かしら…。
「持っていきましょう。きっと大切なものですから」
「それと、箱に入っていたものかはわかりませんけれど、こちらも落ちておりました。わたくしは浅学で読めないのですけれど…」
手渡されたものは古い紙でした。そこには魔石術で使う古代の文字で短い言葉が書かれています。
“あなたなら 辿り着けると 信じていました どうか幸せに”
「…これは…カティアのお祖母様が書かれたのでしょうか」
わたくしの訳詞が間違っているのでしょうか。カティアに向けた言葉にしては何だか違和感があります。カティアは魔石術を知りませんでしたから、カティアの努力だけではこの部屋へと辿り着けないはずです。それに、カティアのお祖母様は、一体何者なのでしょう。わたくしのお祖母様は早くに亡くなられたと聞いておりますが、カティアと共に生死を偽ったその方なのでしょうか。
「姫様」
部屋の入り口にいるクライスに呼ばれて思わず紙を隠してしまいました。これについては、カティアの体調が落ち着いたら改めてクライスに話しましょう。
「また戻ってはこられるでしょうがひとまず帰城するにあたり必要なものをまとめてください。あと、カティアさんに必要だと思われるものがありましたらそれもお願いします」
「はい」
「プリメーラの分は宿の荷物をまとめてオーウェンが持ってきてくれるそうですので、ここで姫様のお手伝いをお願いします。エディは剣と部屋にある貴女の姿絵だけ持ってきてくれと。その他は後で構わないそうです」
「かしこまりましたわ」
それぞれに支度を最低限整えて、わたくし達は既に姿隠しの解除がされていた転移馬車へと乗り込みました。中には力なくエディに支えられているカティアがいました。持ってきたストールを肩にかけると、カティアの顔に涙の跡がある事に気付きました。そういえば…
「カティアは何故、わたくしに謝ったのでしょうか」
「墓参りから帰ってくる時にはもう思い詰めた顔をされていましたが…」
荷物を積み込みながらそう言うクライスも冷静さを保ってはいますがまだ不安そうに青い顔をしています。
「わたくしからは、カティアさんがこのお守りを見た瞬間に取り乱したように見えましたわ」
「…プリメーラ、カティアさんにお守りの事を何と説明しましたか?」
「家族が自らの適性魔力の色の石に名前を刻んで渡すもの、と」
「という事はカティアさんはご自身の出自には気付かれたのですね」
初めて会った時にわたくしの髪を見て王族とわかったのなら、王族の魔力が黄金色と言うことも知っているでしょう。この二つはこの国の国民ならどれだけ辺境に住んでいても知っているはずだと学びました。
「そうであれば、ここでカティアさんが暮らさなければならなかった事を変に結びつけてしまったのかもしれません」
「変に、ですか?」
「自分は不義の子ではないか、と。そうであれば、姫様に謝ったのも理由がつきます。カティアさんにまったく非はないですが」
なんて事でしょう。そんな事あるはずがないのです。早く、目が覚めたら一番にカティアを安心させてあげなくてはなりません。
「…早く行きましょうクライス。一刻も早くカティアをザイツェルに診せて目覚めてもらわなくては」
「はい…では出発いたします」
御者席に座ったクライスが手綱を握ると転移魔獣がブルルと顔を振り光り始めました。
「オーウェン、くれぐれも気をつけるんだぞ」
「お気遣い感謝いたします。戻りましたらご報告にまいります」
馬をひいたオーウェンの声が小さくなってゆき、次の瞬間には窓の外に懐かしい庭が見えました。




