生命転換
戦闘の後、俺達は本物の『玉座の間』に呼ばれた。
「ハヤト、シャム、此度の任務ご苦労であった。しかし、このまま其方らが居なくなっては自分達が犯人です、と言っているようなものじゃろう。今日は存分に休み、明日からはしっかりと授業にでるように」
エリノアさんは戦いがなかったのではないかと思う程、ケロっとしていて、いつも通りだった。
戦いの時の雰囲気は微塵も感じられない。
「ハヤト、お主は何やら色々とやっているようじゃが、今回のように儂が直接助けてやれるような機会は少ない。何せ儂の力など、この『玉座の間』でなければお主より少し上ぐらいのものじゃからな」
シャムさんによると、さっきのエリノアさんの力を返してもらうぞ、と言うのは俺達に普段分け与えられている力を返してもらうぞ、ということらしい。
普段、魔王は基本的に味方の援護というのが役割だそうで、四天王に膨大な力を貸し与えているが、『玉座の間』に限り、力を自分に戻すことが出来るらしい。
こればかりは代々魔王が守ってきた『ルール』である為、破ることは出来ないのだという。
「いえ、そんな事ありません。魔王様にはいつも助けて頂いてます」
俺が言うと何故だかエリノアさんは少し残念そうな顔をして、
「……そうか。代わりと言っては難じゃが、面白い魔法を教えてやろう」
「ありがとうございます」
「うむ。これにて解散じゃ。シャムは一足先にスカーリアに送ってやろう」
「ここから正確に転移させられるんですか!?」
確かに本当に正確に転移させられるなら相当な精度だ。
「う、うむ。スカーリアには前に一度行ったことがあるからある程度の精度は期待できると思うぞ」
す、すげぇ……視界外の長距離転移はかなりの難度の筈だ。
だからミルとエリナは『テレポート』で長距離転移をしているのだ。
そんな俺達の驚きを他所にエリノアさんはテキパキと準備を進め、すぐに魔法陣が出来上がる。
「流石の儂も座標指定を頭でやるのは難しくての、魔法陣に組み込ませてもらった」
この速さで魔法陣描けるのは普通にすごいっすよ?
「魔王様、本日はありがとうございました。後輩をよろしくお願いします」
「ん?……ああ、うむ、分かっておる。ご苦労じゃった、後は任せるが良い」
それだけ聞くと魔法陣が光出し、シャムさんは消えていく。
「……ハヤト、お主中々人を手懐けるのが上手いようじゃな」
「何ですか、それ。それよりためになる魔法ってなんですか?」
「まぁこれは儂が居た時代に吸血鬼の間で流行っていた身体強化魔法なんじゃが……試してみるか?」
何それ怖い。
エリノアさんが居た時代の吸血鬼とか聞くからに狂ってそうな連中ばっかじゃん。
「まぁ聞くだけなら」
「よろしい。この魔法はまぁ吸血鬼ぐらいしか使えない魔法じゃ。しかし、この魔法を使えば間違いなく全ての生物の頂点に立てる……はずじゃった」
妙に周りくどい言い方をする。
エリノアさんらしくない。
「魔法の名は『生命転換』。名前の通り、生命、ここでは寿命と思ってくれ。それを転換して圧倒的な力を自分が前借りする、そういう魔法じゃ。そして吸血鬼は不死身じゃからその力を無制限に振るえる素晴らしい魔法だと思っていた」
確かにその魔法は吸血鬼を最強の生物にする素晴らしい魔法だ。
他の生物にはどうしたって寿命があって条件にやっちゃ、この魔法を殆ど使えない可能性だってあるからな。
「しかし、ここで儂らは気づいた。もし儂ら吸血鬼が不死身ではなかったら?途轍も無い寿命があるだけで、寿命が無い訳では無いとしたら?じゃが、まぁ、やってみん事には何も分からん。そしてある吸血鬼がその魔法を使って、どこまで行けるのかを調べた。魔法の効果はこうだ。十の何乗分かの寿命を消費して、二の何乗倍かの力を得る」
「結果はどうだったんですか?」
「十の四乗、一万年使ってところで体が一瞬にして灰になった。だから限界は十の三乗、千年の寿命を対価とする八倍が限界じゃった、ということじゃ。それ以来この魔法は使用が禁止され、今やこの魔法を知る者は儂の他にはおらんじゃろう」
大体話は分かった。
そういう事なら十年だけ寿命を消費する方法を取ろう。
それならほぼ無条件で限界突破が使えるような物だからな。
「そしてその馬鹿な吸血鬼が儂じゃよ」
魔法研究に尽力したと言えばそうだが、なんだかこう……こんなすごい人がそんな死因?と思ってしまう。
「それは……なんというかご愁傷様です」
「まぁ儂もあの時は何処かで死にたいと思っていたんじゃろうな。終わりがないというのも存外に辛いものじゃからのう」
終わりがない。
これは終わりがあるということに比べるといい事なのか悪い事なのか、俺にはまだ良く分からない。
しかし、結局のところ終わりはあった訳で、あの夢での特訓の意味が薄れた気がする。
だが、気掛かりな事が一つある。
ミルの寿命はどうなのか、という事だ。
ミルの事を考えると、大人しく死んでやる訳には行かないのだ。
自分で連れてきておいて、自分が先に居なくなるなんて、そんなのはいくら何でも酷過ぎるだろ?
結局今の俺ではこの問題に対する解決法は何も浮かばない。
これもまた追々片付けなければならない案件だろう。
俺はエリノアさんに『生命転換』を教えてもらい、魔王城を後にする。
「では達者での。何かあればいつでも来るが良い。儂はいつでも配下の味方じゃ」
「ありがとうございます。また来ます」
「うむ」
エリノアさんはまた少し残念そうな顔をして俺を送り出そうとする。
「帰る前に一つ。何で魔王様はそんな顔をしているんですか?」
エリノアさんは驚いたようで、一瞬黙ってしまうが、すぐに話し出した」
「……そんなに顔に出でいたかの?」
「ええ、何か悲しそうな顔をしていました」
「そうか……何、そんなに大きな事ではない。ただお主で最後でじゃった。儂を名前で呼んでくれる者がの。儂に素敵な名前を付けてくれたエリナでさえ、儂を魔王様と呼ぶのじゃ。別にそれが嫌という訳でもないのじゃ……しかし、何処か物悲しいというか……上手く言葉に出来んのう……まぁとにかく寂しいのじゃ。じゃから、もうしばらく儂を『エリノアさん』と呼んではくれんか?」
俺は何処か勘違いをしていた。
比類無き強さで武装しているこの完璧超人は精神面でももちろん完璧であると思っていた。
しかし、今の時代に彼女の昔を知る人間はいない。
そんな中で自分を証明できる物は自分の子孫に、エリナに貰った名前のみ。
その名前さえも、皮肉にも自分への畏敬の念によって、呼ばれることが少なくなっていた。
そして自分に比較的近しい俺が自分の力を見たことによって、名前を呼んでくれなくなった。
そうなれば、あんな顔をするのも頷ける。というか最早必然と言ってもいいかも知れない。
魔王の絶大な力を怖がって、呼び方を変えたのは間違っていた、ということか……。
「分かりました。エリノアさん、これからもよろしくお願いします」
「ああ、これからもよろしく」
俺達は固い握手を交わし、別れた。
しかし、そんな余韻に浸れる程、現実は甘くなかった。




