魔王の戦い
「ま、魔王様……」
「良い、何も言うな。二人とも下がっておれ、客人の相手は儂がしよう」
魔王エリノアはそう言う。
「し、しかし……!」
「儂は良いと言っている」
「……ッ!」
魔王エリノアは言葉に魂を込めてそう言う。
魔の者を束ねる絶対的な存在、魔王の言葉にシャムさんは押し黙る。
「お、お前が魔王か?」
男も若干気圧されたのか声が少しは上ずっている。
しかし、表情は歓喜に満ちている。
「如何にも。儂が今代の魔王、エリノアじゃ。この度はご足労頂き感謝する。我が宝物、『破壊の書』を所望のようじゃが、生憎それは渡せぬものでのう。ご足労頂いたところ申し訳ないのじゃが、お引き取り願いたい」
魔王エリノアは悠然とした佇まいでそう言い切った。
「こちらもそう言われて帰る訳には行かない。それは貰っていくぞ」
「……ではここで死んでもらうぞ、客人」
魔王エリノアは大剣を正眼に構え、一般人なら死んだと錯覚する程の殺気を放ちだす。
「へへッ!そうこなくっちゃなぁ!」
そう言うが早いか男は駆け出しエリノアさんに一直線。
しかし、男はいきなり減速し、自分の速さについて行けず、躓きそうになる。
「魔法など使うでない。ここは『玉座の間』じゃぞ?」
「どういう事だ?」
俺は思わず声に出してしまう。
だってここは誰がどう見たって『玉座の間』などではない。
何もない更地なのだ。
「今気づいたけど、この空間は異空間なんかじゃない……魔王城の地下よ!」
しかし、だとしてもここは『玉座の間』などではない。
『玉座の間』は別にあるし、ここには玉座さえないのだ。
するとエリノアさんは俺の心中を見透かしたように
「簡単な事じゃ。儂がここを『玉座の間』としたのじゃ」
「……は?」
え、『何その俺がルールだ』みたいな感じ。
まさかエリノアさんってそんな事まで出来ちゃうの?
「だけどそんな横暴も魔王城でもないと出来ないから、ここを魔王城の地下に設置したのよ」
「魔王って魔王城に居れば何でもアリなのかよ!」
「いや、そんな事もないわよ?魔王様は歴代の魔王の中でも最強の部類に入るお方なのよ。そうでもないと『玉座の間』を自由に動かせたらなんかしないわよ」
「最強と言われると照れるのう……!」
あ、ありえねぇ……こんな可愛げなリアクションしている人が歴代最強の魔王だなんて……。
「か、勝手に話を進めてんじゃねぇ!な、何故俺の魔法が使えねぇんだ!?」
「それも簡単な事じゃ。ここは『玉座の間』、であれば勇者との対決時に使う妨害技も使える。その技の一つが『魔法封印』じゃ。一人につき一つの魔法だけ封印できる技じゃ。お主の場合、世に出回っている身体強化魔法よりも格段に効力の強い独自の強化魔法を封じさせてもらった」
な、なんと……対勇者用のそんなギミックまであったのか……。
「お、俺の強化魔法を、だと!?」
あーあ、可哀想だなぁ……武具を持っていないのを見ると、恐らくこの男の武器は拳だ。
そして、その拳をまともに使う為には身体強化魔法が不可欠、その切り札とも言える魔法を封じられたのだから男の負けは確実だろう。
俺が敵ながら哀れな男に思いを巡らせていると、シャムさんが小さい声で更に情報をくれる。
「それとあの大剣を見なさい。あれは魔剣ディスディアル。魔王が負けても絶対に離さなかったと言われる最強の魔剣で、空間、時間、あらゆる物を切断する剣よ」
「時間を切断?どういう意味ですか?」
「アタシにも良く分からないわよ!見たことなんてないんだし!」
き、キレられたぁ……。
しかし、あらゆる物を切るって、とんでもないチートだな。
俺達がこそこそ話しているうち、に男がかろうじて復活することができたようだ。
「ふむ、まだやるか。世界に仇なす者よ」
男はその言葉を聞いてヘラヘラと笑い出す。
「ふ……世界に仇なす者か……最初に仇なして来たのは貴様らの子孫の方だろうが!!俺達の祖先は全てを奪われて、奈落へと追いやられた。当時、奈落での生活は人間にとって余りにも辛いものだった。精霊王の助けがなければとても生きられる環境ではなかったそうだ……それを貴様らは自分に返って来るだけだと言うのに俺達を仇なす者と言うのか!!?俺はそれが何よりも我慢ならねぇ!!俺の前に立ちはだかる者は相手が誰であろうと容赦しねぇ!!!」
やはりこの男も『黎明人類』だった。
この話を聞いて俺達は『はいそうですか』と世界を明け渡す訳には行かない。
これは目線の問題なのだ。
最早、どちらが正しいとか、間違っているとかではない。
それ故に俺達は互いの我を通す為に互いを滅ぼし合うのだ。
これはそういう次元の話だ。
ある意味じゃ、子供の喧嘩の延長戦、自分のエゴでやりやあってるだけに過ぎない。
だが、それでも俺達は自分の幸せ、ひいては世界の為に戦うのだ。
今、エリノアさんは魔族を守る魔王エリノアとして、魔族に仇なす、この男と戦っているのだ。
今回の戦いは近代の戦争のように講和してそれで終了ではないと分かっているのだ。
「……お主の言い分は分かった。しかし、それがどうした。儂は魔王じゃ。お主のような敵の言うことには耳を貸さんし、同調してやる気さえ微塵もない。儂が今考えているのは一体どうやってお主を殺してやろうかということじゃよ……二人とも、少しの間、その力、返してもらうぞ」
魔王エリノアがそう言った瞬間、俺は軽めの脱力感に襲われる。
しかし、抜けた力の割合で言えばかなり大きい。
「このクソ外道がッ!!」
男は先程と同じように飛び出す。
速さは一度目ほどないが、気迫は圧倒的に今回の方が上だ。
その男に対して魔王が取った行動は、魔剣を素早く横一文字に振っただけ。
しかし、男はその剣圧だけで五メートル程、吹っ飛ばされる。二十メートル程は離れていたのに、だ。
更に言えば男の胸の下辺りが薄っすらと切れている。
「「「なっ!?」」」
こんなのでたらめ過ぎる。
もう勝つとか負けるそういう次元の話じゃない。
まさに月とすっぽん、提灯と釣鐘、そんな感じだ。
俺は今までユリシアさんやエリノアさんが最強なんだろうなぁ、と漠然と思っていたが、冷静に考えてみれば、そんな事あり得ない。
あのユリシアでさえ、パーティーを組んで魔王を討伐したのだ。
その魔王より確実に強い現魔王がユリシアさん一人如きにどうにかできる訳ないのだ。
「ナメてんじゃねぇぞぉぉぉ!!!」
若干ヤケ気味に男は全魔力を体に行き渡らせ、攻撃を仕掛ける。
しかし、魔王は前回の射程であった二十メートルを超えても剣を振らない。
更に十五メートル、十メートルと距離は縮んでいくが、魔王は一向に剣を振らない。
「…………」
多分、魔王は一撃で終わらせるつもりだ。
二メートル、これが大剣が直接命中する範囲だろう。
そして今、男がその範囲に入った。
瞬間、男は魔法を使って、更に己の体を強化した。
だが、魔王は無情にも拳が飛んでくる前に大剣を男の首目掛けて大きく振る。
男は拳でその剣を受けようとするが、あらゆる物を切断する魔剣の前では無いも同じ。
大剣は拳を文字通り切り抜けて、首を一息で切断する。
盛大な血の雨が降るも、その雨を浴びるのは魔王のみ。
魔王は指をパチンッと鳴らして『ヘルフレア』で男の亡骸を残さずに焼く。
『ヘルフレア』は直に鎮火するが、そこにはもう何も残ってはいなかった。
そして俺は確信する。
世界最強は魔王エリノアなのだと。




