リリーの漢気
教室の扉を開けると、教室にいた全員が俺の方を向く。もしかして皆さん俺に興味がおありで?
「あ、ハヤトさん!どこ行ってたんですか?一緒にお昼にしましょう」
リリーが言うと視線が、というより視圧が一気に強くなる。あーはいはい、ある程度を察しました。
「リリーさん、ちょっとこっちにおいで」
「何ですか?」
俺は周りに聞こえないように小声で喋り出す。
「お前、なんかいらん事ゲボったろ?」
「え?私特に何も言ってませんよ?ただハヤトさんの妻ですって」
「それじゃ、ボケぇ!」
「ええっ!?何でですか!?」
「そんな事言ったら悪目立ちするし、周りは俺達に話しかけづらくなるだろ!?」
「そ、そうですけど……今回は仕方なかったんです!」
「何か事情があるのか?」
「はい……さっき男の子から話しかけられて……」
ここから先はリリーの話を聞いた俺の想像だと思って聞いて頂けると嬉しい。まぁ回想と言っていい精度だとは思うが。
「アストレアスさん、今度の休息日に一緒に出掛けませんか?」
えー、このA君を簡単に説明すると、メルシャの侯爵の長男で容姿端麗、成績優秀などなど、とにかく聞こえのいい四字熟語がずらずらと出てくるイケメン君だ。まだ十五なのに早熟ね、老けるのが早そ。
「えーと、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「これは失礼しました。僕はメルシャ神聖国の侯爵、ライヒルト家の長男、ラグルド・ライヒルトです。以後お見知り置きを」
手を胸に当てて、さながら童話の王子様のように恭しく礼をするA君。
「ライヒルト様、この度はお誘い頂いてありがとうございます。ですけど私は出掛けるわけには参りません」
「それは何故ですか?都合がつかないのなら日取りは如何様にも調整します」
「いえ、日取りの問題ではありません」
「では何故?」
「私には夫がいるからです!」
『お、夫!!?』
成り行きを見守っていたギャラリーまでもが発言に驚愕する。
普通、貴族の娘というのは大体二十ぐらいになると嫁ぐのだが、成人してすぐの十五や十六では結婚しないのだ。
「夫のおる身で休日に若い男と出掛けようもんなら、そりゃあ、ライヒルト様にも申し訳が立たん。それに何より夫に二度と顔向け出来ん!義理を果たさず、つまりは不義理!そんなん、武門の、アストレアス家の名折れ!ですから今回はご一緒出来ません……」
関西弁のような口調で熱弁するリリー。
『リ、リリーシャお姉様!』
何という漢らしさだ!まさに女房の鑑!
「……今時、貴女のような女性は珍しい……何という嫁魂だ!貴女のことがますます好きになりそうだ……一体誰なんですか?貴女にそこまで言わせる男性は」
「一緒に転入してきたハヤトさんですっ!」
ここで場は静まり返り、回想終了。誓って忠実に妄想しました。
口調が二転三転してるところに突っ込んでやりたいところだが、正直リリーに惚れ直した。だって極道の妻みたいでカッコいいんだもん。
「事情は分かったよ。でもさ、俺はまだ婚約者止まりだろ?妻ってのは間違いだろ」
「それは場のノリというか……」
適当だな、おい。
「まぁいいよ。俺の学校生活がちっとばかし残念な物になるだけだから」
「そんなぁ……」
俺は思わず笑い出し、
「冗談だよ!リリーがそこまで思ってくれてるとは思わなかったから嬉しかったよ」
「ハヤトさん……!」
だがここで俺達のいい雰囲気をぶち壊すふてぇ野郎が咳払いしてくる。
「お取り込み中失礼します」
「何ですか?今俺達大事なお話中なんですが」
おっと、柔和な態度を取りませんと。
「貴方には言っていない……リリーシャさん、何故こんな制服もしっかり着こなさない男なのですか?僕ならこの男より貴女を幸せに出来ます!」
いきなりプロポーズかよ!
まぁでもよくよく考えてみると何故こんな美少女が俺を好いてくれるのか疑問でならなくなってきた。
きっかけはエギル討伐の時だったよな……意外と印象薄くね?あの時はリリー寝ちゃってたし。
しかし、ここで黙る訳には行かないので俺は強気に出てみる。
「それは喧嘩売って――」
「その喧嘩買いましょう」
……え?
「え、あの、それはどういう……」
「……貴方が私に勝てば、私は貴方の言うことを何でも聞きます。ですが、もし貴方が負ければその時はハヤトさんに謝って頂きます」
「い、いえ、ですからどうしてそんな話の流れに……」
ですよねぇ!普通に考えたら俺とアンタがリリーを取り合うみたいな展開ですよね!
「そりゃあ、アンタが私の夫に喧嘩売ったからじゃ、ボケェ!」
場が一瞬にして凍りつき、数秒した後、
「今のは流石に冗談だとしても、妻が夫を守れないようじゃ、そりゃあ、アストレアスの名折れ!今すぐ表に出て剣術勝負です!」
い、いやぁ、大丈夫かな?面白いことにはなってきたけど、心配だ。
A君はリリーの圧倒的な勢いと圧に押されるようにして外の訓練場に出る。
勿論俺も着いていきますよ、見届け人として。
「えーと、勝利条件は相手に降参させるか一本取るで、使用武器は……本当に真剣でいいの?」
「勿論です。そうでもしないと私の怒り……やる気が出ませんから」
「いやもう言い直さなくていいよ……アンタもそれでいい?」
「いや、練習用の木剣でやらせてくれ。流石に女性に真剣を向けることは出来ない」
するとリリーは小声で、
「……チッ、腑抜けが……」
そこまで怒らなくても……。
リリーは仕方なく承諾し、木剣に持ち替える。
あの仕込み杖は出てこないらしい。あれ使う時は本当にリリー本気みたいだからな。
「じゃ、じゃあ、勝負はこの銀貨が地面に落ちたらスタートだ」
俺は両者にアイコンタクトして了承を得ると、銀貨を弾く。
銀貨は綺麗に放物線を描き、地面に落ちていく。こんな時に言うのも難だが、我ながら渾身のコイントスだ。
そしてコインが落ちてコンマ三秒後、勝負がついた。
文字通り目にも止まらぬ速さで喉元に木剣を突きつけたのだ。
どうやらステータスに更に磨きがかかったようだ。
「そ、そこまで……勝者リリーシャ姫」
A君はまさに茫然自失といった感じだ。
あー、つまらん物見せられたわ。ま、所詮はぬるま湯に浸かってきたお貴族サマだったという事ですね。
斯くいう俺も大分楽して強くなりましたけどね。
「おい、リリー、飯にするぞ」
「え、でもまだ……」
「もう十分だっつの。これで謝られたらこっちが恥ずかしいわ。女の子に守られてんだから」
「それもそうですね。ではライヒルト様、そういう事で失礼します」
そして次の日からリリーは畏怖されつつも女子達にキャーキャー言われ、俺は女に守られたダメ男として孤立することになるのは想像に難くないだろう。




