婚約指輪
家に帰った俺とリリーは明日に向けて準備をしていた。
具体的には、じいさんの研究資料の整理だ。
魔法の知識をオルクスに叩き込まれたミルが言うには、衰退している魔法陣による高難度魔法の発動やアーティファクトの使用方法などの今の魔法研究では全く追いついていない未知の知識だらけらしい。
ミルとエリナは暇な時間が出来るや否や資料を読み漁っていた。
そして俺たちは二人が読み漁った資料の整理をしているということだ。
明日には持っていくと言ってあるので、二人は食い入るように山積みになった資料を読んでいる。
しかし俺は二人の行為が無駄に近いことを知っている。何故なら研究データは全てカーミラが持っているからだ。
俺は二人の様子が面白いのでカーミラには絶対に言わないようにと言ってある。
このことを知ったとき、どんな顔をするのか想像するだけで笑いが止まらなくなりそうだ。
次の朝
そんなわけで俺とリリーはワクワクしながら家を出た。
カーミラには俺たちが出ていった後、データのことを伝えるように言ってある。
生で表情を見ることが出来ないのは残念だが、アーティファクトの中にあった、魔導カメラでバッチリ撮っておくとのことだった。
魔法研究都市ジークブルク、ここには魔法研究ギルドの本部があり、国内で魔法研究でここに勝っている都市はない。
そんなジークブルクでは貴重な魔法研究のデータは他よりも高い値がつく。それが古代の物となれば尚更だ。
「公爵様、姫様、ようこそ、お越し下さいました。魔法研究ギルドの総帥をやっております、マリウスと申します」
公爵ってのはもうここまで広がっているのか?
もしかして気付いてなかったのって俺だけだったってことなのか?
「まずはこちらへどうぞ。今日は古代の魔法についての資料を頂けると伺いましたが、本当なのでしょうか?」
「もちろんです。まぁそれなりの代金と欲しい権利一つ頂きますが」
「代金が必要なのは分かるんですが、権利というのは一体何なのでしょう?」
「研究によって使用可能になった魔法を使いたいんですよ。どんな物でもいいですから、使用可能になった物があったら知らせて頂きたいのです」
「なるほど。そういうことでしたら、全く構いません。そればかりかサンプルを取りたいので是非ともお願いしたいです」
「それは良かった。では中身の方に入りましょう。今回は情報を売買するということなので契約が成立するまでは具体的な資料をあまり見せることはできません。こちらにサンプルを用意してあります、どうぞ」
「ありがとうございます…………転移魔法陣の最良の魔力効率についてですと!?」
最高効率の転移魔法陣とは遺跡にあったものだろう。あれは魔力が全く必要ないというわけではなく、厳密には、ほんの少し魔力を使っていたのだ。
あのときは転移距離があまりにも短かったので魔力消費を感じなかったのだ。
それでも転移魔法を使って、魔力消費を感じさせないというのはとんでもないことらしい。
「こんなデータが他にもあるですか……具体的にはどれくらいの資料があるのでしょうか?」
「大体、千の魔法や技術についての資料があるようです」
「千、ですか!?」
「ええ、代金としては白金貨二百枚ぐらい頂ければと思っています」
「白金貨二百枚ですか……分かりました。即金でご用意します。古代魔法の使用権についてもご要望通りにしましょう。しかし、連絡はどのようにすればいいでしょう?」
「連絡はお渡しする資料の中に入っている通信魔法を使って下さい。俺の家と繋がりますから」
「ハハハ、公爵様は用意周到ですな。分かりました、通信魔法の解析を最優先でさせましょう。代金はただ今ご用意しますので少々お待ちを」
ここも成立だ。俺が今回欲しかったのははどちらかと言うと使用権の方だ。
いくらミルやエリナと言えどもしっかりとした設備がないと本格的な解析は難しい。
それをここでやってもらい、その上、使わせてもらえるというのはかなり便利だろう。
「代金の準備が出来ました、こちら白金貨二百枚でございます。ご確認下さい」
「……確かに白金貨二百枚頂きました。こちらをどうぞ」
俺は資料の入った魔法の袋を渡す。
「おお、これは本当にすごいですね。しかし、これ一つに全ての資料が入ってるんですか?」
「ええ、そうです」
「この魔法の袋は国宝級ですか!くぅ〜、研究者の血が騒いできました!私はこれで失礼します、研究が完了し次第ご連絡しますので」
なんかもう、ザ・研究者みたいな人だったな。
「じゃあ俺たちも帰るか」
俺がギルドを出ようとすると、リリーが服の袖を掴んできた。何この超可愛い仕草。
「今から帰ったら遅なりますし、今日はここで泊まって行きませんか?それに私、観光がしたいです!」
「お、おお、そうだな!最近働き詰めで遊んでなかったな。それにお前には特に働いてもらってたしな!うん、たまには遊んでいこう!」
なんか緊張して変な喋り方になった!
ま、まぁいい。働き詰めていたのは本当だし、リリーには特に働かせていた。労うのは当然というものだ。
「じゃあ、早速お買い物でもしませんか?面白い魔道具なんかもあるらしいですよ」
「……そうだな。金は腐るほどあるし、豪遊するか」
このとき、俺は自分がリリーに何もしてあげてないことに気付いて、堪らなく恥ずかしくなってしまった。
プレゼントの一つも買っていないのだ、これは婚約者としてはいかがなものかと。
俺は買い物の途中でさりげなく(出来ていたかは分からないが)高級そうなジュエリーショップに誘導する。
「そういえば、お前には婚約指輪を買ってなかったなって思って。金はあるから好きなものを選んでいいぞ」
とは言いながらも俺はリリーに合うのではと思うものを探す。
「店主さん、この指輪なんか変じゃないか?」
「それはですね、聖別された指輪なんですよ。研究者さんによると、魔法的にすごい幸運のアイテムらしいですよ。しかし、本当にすごいようでしてね、一ヶ月売れないようだったら、売って欲しいって言うんですよね。その一ヶ月後っていうのが明日なんですけどね」
「へー、その人はいくらで買うって言ってたんですか?」
「聞いたら驚きますよ、なんと白金貨二十枚!当店はボルドー商会直営の高額の指輪を取り扱っている、貴族御用達の店ではあるんですが、どんなに高い指輪でもせいぜい白金貨五枚がいいところですよ。正直腰が抜けましたよ」
「そうですか、じゃあその指輪、白金貨三十枚で買います」
「プッ、ハハハ!お客様はご冗談が上手いですね。まだお若いのにそんな別嬪さん連れて。よっ、色男!」
「はい、白金貨三十枚です」
「えっ!?……ほ、本物だ!お客様はどこかの国のお貴族様ですか?」
「俺はこの国の新しい貴族で、こっちは婚約者のリリーシャ王女殿下です」
「こ、こここ、これは失礼いたしました、公爵夫妻様!!」
いや、まだ夫妻ではないんだが。
しかし、こういうハプニングを起こすのは本当に気持ちいいわ。
あれだ、時代劇の水戸黄門とか遠山の金さんになった気分だわ。
「いえ、いいんですよ。それよりこれでその指輪を買いたいんですけど」
「は、はい!今すぐ準備いたしますので!」
「リリーはあれで良かったか?」
「ええ、もちろんです。私も自分の旦那様に選んだもらった方が嬉しいですから」
な、何故そんなこっ恥ずかしいセリフを笑顔で言えるんだ!?というか可愛すぎだろっ!!
「あのぅ……こちらお品物でございます」
やばい、俺が恥ずかしくなってきた。
「あ、ありがとうございます。手、出して」
俺はリリーの右手薬指に指輪をはめる。
「その……遅くなってごめんな。もう何ヶ月も前に婚約したのに」
「気にしないで下さい。私はハヤトさんに出会ってからずっと幸せですから」
待て待て待て待て!なんで今日はこんな攻撃的なんだ?いくら何でもおかし過ぎる!
何か裏があるのか?……いや、疑うのは良くない。
これはいい事で、幸せな事なんだ。
「そうか。じゃあ、そろそろ帰るか」
「そうですね。宿でも取って泊まりましょう」
え?これってもしかしてゴーサイン?
「私もお風呂に入ってきますね」
俺たちは今、街一番の高級宿に泊まっている。
大浴場に温泉を引いていて、源泉掛け流しだ。
日本人の俺としては興奮が止まらないわけで、リリーを置いて先にお風呂をいただいてしまった。
そして、後になって思うわけだ、これはどこまでしていいサインなのって。
だってどこまでやっていいか分かんないじゃん!?
婚約した→キスもした→じゃあいいよね、なのか!?
それとも
婚約した→キスもした→でもデートもキスもまだまだだよね、なのか!?
どっちか全く分からない!
経験の全くない俺は迷いに迷っていた。
そして俺は一つの基準を定めることにした。
キスを誘ってくるかどうか、だ。これでリリーの気持ちを推し量らせてもらう!
「ハヤトさん、お風呂すごいですね。家とは全然違います!うちにもあんなの作ってみますか?」
「それもいいかも知れないな」
「ふふふ、冗談ですよ、ハヤトさん」
「じゃあ、今日はもう寝るか」
「その前に……その……おやすみのキスを下さい!」
よし、来た。俺は行くぞ?やっちゃうぞ?
「分かったよ」
うわー、ドキドキしてきた……もう何回かしてるけど顔近!だけど今日の俺は一味違うぜ。
俺はそのまま唇を重ねる。
「ありがとうございます、ハヤトさん。じゃあ、寝ましょうか」
ん?んんん?おかしいな……何故こうなった?
そして俺は考えを巡らせ、一つの答えに辿り着く。
「なぁ、リリー、一つ聞いてもいいか?」
「何ですか?」
「子供ってどうやって出来るのか教えてくれないか?俺まだ知らないんだよ」
「え、そうなんですか!?……でも……いえ、これは教育ですから仕方ありませんよね!子供はですね……愛し合ってる人同士でキスをすると出来るんですっ!だから私たちの間にもそろそろ出来ちゃうかも知れませんっ!」
こいつぁ、どうしようもねえや。
女性陣によるリリーの教育を待つしかないと確信した。
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