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冴えないサラリーマンの、冴える手料理  作者: 九十九ユウキ
第三章 一緒に使うお皿達
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四十七食目 シャッター切られるマシュマロココア(中)

「んんーっ、二人ともバッチグーッだわっ!!」


 そして、今に至る。入った瞬間は、クルー全員がピリピリした雰囲気で黙々と準備をしていたのだが、いざ撮影が始まると、カメラマンの勢いに圧倒された。最初は、ゆっくり一枚一枚丁寧に撮影していたのだが、徐々にテンションが上がってきたのか、今の様にオネェ口調全開でバシャバシャ撮っている。


「……あのぉ、あの方は……?」

「ん? 私の会社専属のカメラマン、亀島(かめじま)よ。名出しはしてないけど、雑誌モデルの撮影では、右に出る者は居ない程の実力者。」


 カメラを構える亀島を見る神狩の目は、期待を込めた色をしていた。改めて見ると、確かに、モデルの生き生きとした表情を口上で上手く引き出しながら、その瞬間瞬間を撮影している。これは、プロではないと出来ない職人技だ。圧巻されていると、シャッター音が止まった。


「……ふー……。一旦休憩をいれましょう。スタッフさん達。モデルちゃん達の化粧直し、お願いするわ。」

「はいっ。」


 指示に従って動き出すスタッフ。写真のチェックや、モデルの化粧直し等で慌ただしくなってきた現場に、智里はどうしたら良いか分からず辺りを見渡していると、不意に樹に肩を突かれた。見遣ると、持って来ていたリュックを掲げていたので、智里は意図を察して力強く頷き、樹と共に控室に向かった。そして、その様子を視界の端で捉える二人が居たーー。


「ーー……ねぇ、なんかちょっと冷えてきてません?」


 モデルの女性が言った一言で、スタッフが辺りを見渡した。確かに、空調が効いているとはいえ、十月の後半。少し肌寒く感じる。先程まではスポットライトがしっかり当たっていたから、照明の熱と緊張感で熱く感じていたが、このリラックスムードの中では、暑さよりも寒さが勝っている。直ぐに温かい飲み物を持って来ようとした時、女性の目の前に紙コップが置かれた。見上げると、ニッコリと微笑んだ智里と目が合った。


「良かったら、召し上がって下さい。マシュマロココアです。」

「え? あ、どうも……。」


 智里が紙コップから手を離すと、おずおずとそれに手を伸ばした。そして手に取ると、じんわりと伝わる温かさと、甘い香りに、少し頬が緩んだ。そっと口を付けると、シナモンの辛みと苦味、そしてマシュマロと温めたミルクの甘味と純ココアの苦味が合わさり、絶妙な旨味を引き出していた。そして気付けば、美人なモデルがゴクゴクと勢い良く飲んでいた。それを見ているスタッフ達が、ゴクリと喉を鳴らす。


「皆さんの分も作っていますので、良かったら召し上がって下さい。」

「あ、おかわりも、大丈夫ですよ。」


 樹たちの言葉を皮切りに、スタッフ達がこぞって紙コップを取りに押し寄せた。次々に無くなる紙コップ。飲んでいる人を見ると、皆頬を緩ませていた。そんな中、ヒールを打ち鳴らしながら樹達に近付く人物が一人。神狩は樹達の前まで行くと、腕を組みながら冷ややかな視線を向けた。その唯ならぬ雰囲気に、和やかだった空気が一瞬で凍り付いた。


「……あらあら、スタッフでもない見学者の貴方達が、どうして給仕しているのかしら?」


 樹を見上げる神狩に、智里はどう弁明すれば良いか頭を回転させた。だが、それを遮る様に、樹が口を開いた。


「差し出がましいとは思いましたが、見学させてもらえるので、なにかしらでお手伝いが出来ればと思い、こちらを用意させて頂きました。」

「休憩用のお茶は用意してあるのに?」

「はい。重々承知ではありました。ですが、今日の様に肌寒い時に、温かいお茶では体が芯から温まらないと思い、シナモンを振ったマシュマロココアを作りました。」

「し、シナモンには、血行促進効果があります。それに、甘い物は心身へのリラックス効果があるので、撮影で疲れた体を休めるには最適かと。」

「……なるほどね。」


 一つ頷くと、神狩は樹が持っていたお盆から紙コップを一つ取り、未だ湯気が立ち昇っているココアを一気に飲み干した。その様子を見ていた全員が、ざわついた。だが、当の本人は素知らん顔で喉を鳴らし、プハッと息を吐いた。その口周りにはココアと溶けたマシュマロが付いていたが、それを拭く事もせずにニヤリと笑った。


「ふふふ、やっぱり私の目に狂いは無かったわ……。片岡君、前田さん。」

「は、はいっ!!」

「撮影終了後、私に時間を預けなさい。」

「じ、時間……?」

「意見は聞かない。兎に角、楽しみにしておく事ね。」


 そう言って、空になった紙コップをゴミ箱に捨てると、颯爽と現場を後にした。皆が皆、ポカンとその後ろ姿を見送っていたが、直ぐに草壁が追いかけていった。その手には、真っ白なハンカチが握られていた。きっと、ココアを拭きに行ったんだなと、皆が皆思っていたら、パンパンッと軽快な音が鳴り響いた。音がした方を見ると、腰に手を当てた亀島が仁王立ちしていた。


「さぁさっ、休憩はこの位にして、後半戦よぉっ。みんなぁ、気合い入れてけやぁっ!!」

「はいっ!!」


 亀島の怒号と共に和んだ空気が変わり、後半の撮影が始まった。室内で撮ったり、屋上に出て撮影したりと、慌ただしく時間が過ぎて行ったーー。


「ーー……クランクアップですっ。お疲れ様でしたっ!!」

「お疲れ様でしたっ!!」


 もう日が沈みかけ様としている時、一日の撮影が終わった。スタッフもモデルも、皆疲れ果てた表情をしている。唯一人を除いて……。


「はぁい、お疲れ様ぁ。」

「あ、亀島カメラマン。お疲れ様でした。」


 相変わらずクネクネしながら寄ってくる亀島に、今日一日で慣れてきた樹と千智は、頭を下げた。平然とした表情で居るが、きっと疲れているだろう。そう樹達は思っていたが、当の亀島は更に煌々とした目を向けてきた。


「いやねぇ、この後も仕事入れてるのよ。」

「えぇ!? 大丈夫なんですか?」

「当たり前じゃないっ。私はこの道のプロなんだからっ。未だ未だ眠れないわぁっ。」


 嬉しそうに飛び跳ねながら言う亀島に、二人して首を傾げた。モデルの人達は先に帰ったし、スタッフの人も、機材を持って撤収しようとしている。なのに、未だ仕事があると言うのはどういう事なのだろうか。疑問に思っていると、不意に肩を突かれた。振り返って見ると、そこには草壁が立っていた。


「く、草壁さん……?」

「ご準備が整いましたので、皆様、私に付いてきて下さい。」

「はぁい。ほら、行くわよぉ。」

「え? え?」


 戸惑う二人を他所に、亀島は二人の背中を押して、強引に草壁の後を追わせた。何が何だか分からないままエレベーターに乗り込み、最初に行った最上階へとエレベーターは向かった。


「あ、あの……、どうしてまた最上階に……?」

「あら、社長に休憩の時に言われてたじゃない。撮影終了後、時間を預けなさいって。」


 草壁が答えるより先に、亀島がウィンクしながら答えた。そういえば、そんな事を言われていたのをすっかり忘れていた。だが、それだとして、何故亀島も付いて来ているのか謎だった。疑問に思っていると、チンッと軽快な音が鳴り響いてエレベーターが止まった。扉が開くと、そこには神狩が腕ぐみしながら待ち構えていた。


「いらっしゃい。片岡君、前田さん。」

「……あの、ご用件は……?」

「まぁ、そんなに慌てないでちょうだい。先ずは、体を綺麗にしておいでなさい。」


 そう言うと、樹は亀島に背後から雁字搦(がんじがら)めにされ、智里は草壁に肩を掴まれ、強制的に浴場へと連れて行かれた。その様子を神狩はほくそ笑みながら眺めていると、近くの扉から桃園が出てきて神狩に耳打ちした。それを聞いた神狩は、一層笑みを濃くした。


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