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冴えないサラリーマンの、冴える手料理  作者: 九十九ユウキ
第三章 一緒に使うお皿達
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四十七食目 シャッター切られるマシュマロココア(前)

 ーーモデルの件を引き受ける事にした数日後。都内の一等地にある洋館では、ひっきりなしにシャッター音が鳴り響いていた。


「んんーっ、グレイトッ!! マーベラスッ!! 皆がここで式を迎えたいって思ってるっ!!」


 叫びながら何十回かシャッター音が鳴り響いた後、漸く終わった。だが、カメラの前に立っていたのは、樹達ではなく、華やかな装いをしたスタイル抜群のモデル達だった。樹達は、カメラマンや撮影スタッフの後ろで棒立ちしている。遡る事、数日前ーー。


「ーー……え? 下見、ですか?」

「そうよ。」


 昼休憩中に会社の空き部屋を借りて、神狩にモデルの件を電話で連絡したら、そう言われた。


「当たり前じゃない。ど素人をいきなり撮影会場に連れて行く訳ないでしょ。それに、会場の雰囲気やカメラマン達の事を知っておくのは、当然ではなくて?」

「た、確かに……。」


 完全に言い負かされた樹は、電話越しに黙り込んだ。智里と一緒にモデルの仕事が出来るという事で、完全に舞い上がっていた。少しでも情報を会得していた方が、後々有利だ。


「……ご理解頂けた様ね。じゃあ、一週間後に撮影会場にもなる、ホテルアイストに朝七時集合ね。」

「し、七時!? それに、ホテルアイストって、最寄りの電車でも始発でギリギリ着くぐらい……。」

「無理って言うなら、貴方は根性無しのへっぽこ野郎って事ね。」

「っ!!」


 電話越しにピシャリと跳ね除けられた樹は、またもや黙り込んだ。自分達が電話したり食事をしている間にも、仕事をしている人間は五万といる。この撮影会も然り。撮影スタッフやモデルは仕事をしていて、その会場となるホテルも、当日も客人を泊めている。そんな中、見学させてもらえるのだから、我儘を言う訳にはいかない。


「それと、こちらもビジネスなの。ホテルだって、人員だって、常に時間が空いている訳じゃない。やっとの思いで時間を作れたの。社会人歴が浅いんじゃないんだから、子供みたいな言い訳しないで、ちょっとは頭を使いなさい。」

「……わ、かり、ました……。」

「素直でよろしい。じゃあ、撮影スケジュールを送って奥から、一週間後にまたお会いしましょう。」

「はい……。ありがとう、ございました……。」


 耳に残る様に鳴り続ける無機質な切断音。それが切れるまで聞いた樹は、電源ボタンを押して画面を消した。潰れるんじゃないかという位、携帯を握り締め、歯を噛み締める。そして暫くしてからふーっと長く息を吐くと、思い立った表情で、その場を後にしたーー。


「ーー……あらあら、貴方達よくもまぁ、頑張ったわね。」

「はぁ……、……当然です。はぁ……はぁ……、これ、も、また、し、仕事ですから。」


 そして一週間後。樹と智里は、撮影場所であるホテルの近くにあるビジネスホテルに泊まり、早朝に出てきたのだった。十月の後半なので、朝はだいぶ冷えていたのだが、走ってきた樹と智里の額には汗が流れ、持久力が乏しい樹は息絶え絶えになっていおり、智里は良い運動が出来たと爽やかな表情をしている。流石に、この正反対な姿を見たスタッフ達は若干引いていたが、神狩だけは口元に笑みを浮かべていた。そして、秘書であろう女性に耳打ちすると、樹達の元へと歩み寄った。


「じゃあ、疲れているところ悪いんだけど、早々にこのホテルの最上階に行ってもらえるかしら。こんな寒い所で立ち話していたら、時間が勿体無いからね。」

「は、はいっ……。」

「分かりましたっ。」

「ウフッ、良い返事。では、また後でね。」


 そう言ってホテルの中に入って行った神狩と数名のスタッフの背中を見送った後、樹達も中に入った。煌びやかなエントランスを抜け、エレベーターに乗り込む。早朝だからか、誰も乗ってこなかったのが、幸運だった。そして、一気に最上階に登ると、エレベーターの扉が開いた。


「お待ちしておりました。片岡様、前田様。」

「えっと……。貴女方は……?」


 エレベーターを降りて直ぐに、頭を下げて出迎えてくれた男女が居た。尋ねると、神狩の秘書だと淡々と話してくれた。


「社長がお待ちですので、前田様は私、草壁(くさかべ)の方にお越し下さい。片岡様は、桃園(ももぞの)が案内致します。」

「えっ……。別々、ですか……?」

「当然でございます。さぁ、お時間がございませんので、迅速に参りましょう。」


 スタスタと別方向へ歩いて行く秘書二人に困惑しながら、「また後で。」と耳打ちしてから、樹は桃園の方へ。そして智里は草壁の方へと向かった。


「あ、あの……。どこへ……。」

「直に着きます。」

「は、はぁ……。」


 これ以上聞いても答えてくれなさそうなので、樹は黙って着いて行った。そして暫く廊下を歩いていると、不意に桃園が立ち止まった。目的地に着いたのだろうかと思い、顔を覗かせると、そこには男と書かれた暖簾が掛かっている引き戸があった。


「あの、ここって……。」

「大浴場でございます。」

「な、なんで!?」

「当山でございます。これから神聖な場所へと行くのに、その様な格好では乱れてしまいます。ですので、身体を清めさせて頂きます。」


 先程までの淡々とした表情とは打って変わって、嫌そうな顔をしながら樹に言った。そんなあからさまに言わなくてもと、心の中で呟いていると、ふと疑問に思った。


「あ、あのぉ……。さっき、「清めさせて」って……。」

「せん越ながら、私が片岡様のお身体を綺麗にさせて頂きます。」

「はへ?」

「社長と、草壁からの言いつけですので。」


 訳が分からず立ち尽くしていると、力強く手首を掴まれ、あれよあれよという間に、大浴場の中に入って行った。一方、智里はというと、薔薇の花弁が覆い尽くされた湯船に浸かっていた。普段では味わう事が出来ない、優雅な一時を満喫している。草壁はというと、浴室の片隅に佇んでいた。


「物分かりの良い方で、助かりました。」

「とんでもないです。見学させてもらえるのに、汗臭いままでは失礼ですから。」

「ふふっ、今頃、片岡様も桃園に洗われている頃でしょう。」

「草壁さん、洗うの上手くて疲れが飛んで行っちゃいました。」

「ありがとうございます。では、そろそろ上がりましょう。」


 そう言われて、智里は名残惜しそうにしながらも、湯船から出た。流石に着替えまで手伝わせる訳にもいかなかったので、手早く着替えて髪を乾かした後、スタッフ用のシャツとズボンに履き替えてから、浴場を後にした。エレベーターの方へ向かっていると、先の方が何やら騒がしかった。草壁と共に首を傾げながらも、騒がしい現場であるエレベーターの方へ行くと、桃園に一方的に怒鳴られている樹が居た。


「どうした、桃園。」

「あ……、く、草壁……。嫌、別に……何でも……。」

「大丈夫ですかっ、樹さんっ。」

「ち、智里さんんんっ。」


 どこか歯切れの悪い桃園に、入浴した痕跡はあるが装いが乱れている樹を見て、草壁は全てを察した。短く溜息を吐くと、冷ややかな視線を桃園に向けた。


「……仮にも社長の客人である片岡様に、無礼を働いたな……?」

「いっ!? いやっ、そんな事……!! ただ、なかなかご入浴されないので、半ば強引に……。」


 モゴモゴし出した桃園に、更に溜息を吐いた。今度は大袈裟な程に大きく。


「説明は事細かにせよと、何度言ったら分かる!! 貴様も社長秘書ならば、後先をきちんと考えろっ!!」

「ヒィィッ!! ご、ごめんよっ、姉ちゃぁぁんっ!!」


 般若の若く恐ろしい形相で責め立てる草壁に対し、完全に怖気付いている桃園。咄嗟に口に出た素の言葉に、樹と智里は顔を見合わせ、首を傾げた。


「……姉ちゃん?」

「おっと、お見苦しい所を……。申し遅れましたが、こちらの桃園は私の愚弟となります。」


 疑問の眼差しを向けていた樹達に気付いた草壁が、すかさず詫びを入れた。だが、疑問に思う節は解けていない。


「でも、苗字違いますよね?」

「私は結婚しておりますので、旧姓は桃園となります。子育ても一段落着いたので、復職したのです。」

「あぁ、成る程。そういう事でしたか。」


 二人の秘書の関係性について理解出来た所で、エレベーターが丁度来た。チンッと軽快な音と共に扉が開くと、四人は乗り込み、草壁が最上階へのボタンを押した。扉が閉まると、静かに下へと降り出した。


「……さて、これから夕方まで、撮影がございます。」

「資料でも拝見しましたが、結構長く見積もってますね。」


 神狩に送ってもらっていた資料には、朝八時から夕方六時までの撮影スケジュールが事細かに記されていた。最初見た時は、卒倒しそうになったが、一緒に送られた過去のブライダルフォトには、朝昼夕方夜、晴れの日、雪の日等、色いろなシチュエーションで撮られていた。


「色々なシチュエーションを想定しての撮影をしておりまして、今回はこのようなスケジュールとなっております。」

「式場内での新郎新婦入場、模擬式の撮影。新郎新婦それぞれの式内でのバストアップ撮影、指輪の交換などなど。撮影する内容は沢山あります。」


 聞いただけでも、何千何万とフラッシュが焚かれるのが目に浮かぶ。それを今回は見学させてもらうが、次は自分達が撮影される側となると思うと、ちゃんと出来るか不安になってきた。頭の中が不安で満たされ始めていると、エレベーターが徐々にゆっくりになっていき、そして止まるとチンッと軽快な音が鳴って扉が開いた。先に草壁と桃園が降り、その後を樹と智里は追いかける様に降りた。


「こちらが式場となります。もう既に、撮影クルーの方々は準備に入っておりますので、くれぐれもお静かにお願い致します。」

「わ、分かりました……。」


 ゴクリと生唾を飲み込む。この目の前に佇む重厚な扉の中には、華やかな式場と共に、粛々とした雰囲気のクルー達が居る。そう思うと、萎縮してしまう。だが、自分達が望んでこの場に来ているのだから、怖気付く訳にはいかない。唇を固く噛み締めていると、強張った手を智里がそっと握ってきた。ハッとして智里の方を見ると、同じく緊張した面持ちではあるが、樹の方を見上げてニッコリ笑っている。その表情を見ると、どこか安心してきて、気持ちも軽くなった。樹は意を決すると、智里の手を握り返した。


「……行きましょう。」

「はいっ。」

「……。」


 草壁と桃園がそれぞれ扉の取手を握り、ゆっくりと開く。そして、白く輝く式場内に二人は足を踏み入れたーー。


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