三十食目 沢山は良いけど、健康にも気を遣って、精進お重(後)
――そして日が経ち、翌月の頭。樹は、御木本と仲眞、野村と司を引き連れ、会議室に特別に設置された簡易キッチンに立っていた。その姿は、どこか気迫に満ちている。
「――……では、始めましょう。」
「「「……はいっ。」」」
衛生面を考慮して、全員、しっかりと手を洗った後、ナイロン手袋をはめて作業を開始した。皆それぞれ、樹が用意したレシピを片手に、黙々と作業を進める。そして、一時間後――。
「――後は、これを乗せれば……っ。」
樹が、振るえる手で最後の料理を乗せる。御木本達が固唾を飲んで、それを見守る。時間を掛けて作った物が、大皿……は無かったので、それぞれの家からお重を持参して、そこに料理が集結する。それもグシャグシャではなく、丁寧に、見栄え良く。ドキドキと胸が高鳴るのを全員が感じ取っていた。
「……はぁー……、完成です……。」
「よっしゃーっ!!」
「お疲れ様ですっ!!」
「ひゃーっ!! こんなの初めてだから、緊張したぁっ。」
「使った食材に反して、以外と重量感ありますね。」
「皆さんのお陰です……。では、運びましょう。」
「「「「はいっ。」」」」
男三人で全お重を持ち、野村と御木本は、紙の取り皿と割り箸、そして小鉢と社食で使われているお盆を人数分持って後から付いて行った。そして、オフィスに着く直前に、御木本が岡元の電話に掛けた。
「――……あ、もう目の前まで来ていますので、戸を開けて下さい。はい、お願いします。」
電話を切ると同時に、戸が開いた。そして、ゆっくりと、その狭い入口を潜った。近くに設置しておいてもらった長机にお重を乗せ並べると、樹達は料理の後ろに並んだ。そして、樹は一つ咳払いをすると、オフィスに居る全員に聞こえる様に大きな声を上げた。
「お、お待たせしました。こちらが、初の大盛りメニュー……。名付けて、しょ、「精進盛り」でしゅっ。」
大業を成し遂げたが、矢張りあがり症の樹は肝心な所で噛んでしまった。だが、そんな事はお構いなしに、その場に居た全員から歓喜の声と、拍手が送られた。噛んだ事に羞恥心で縮こまっていた樹だったが、ここまで称賛されるとは思ってもおらず、恥ずかしさが達成感に変わっていた。
「いやぁ、鈴井から聞いた時は出来っこないと思ってたんだが、やってくれたなぁ。」
岡元が、樹と仲眞と司の背をバシバシ叩いて褒める。御木本と野村には、頭を撫でていた。普通なら家族でもない男性に頭を撫でられたりしたら女性陣は嫌がりそうなのだが、褒めてくれたのが余程嬉しかったのか、されるがままだった。
「は、はい。皆さんの協力のお陰で、なんとか出来ました。」
「では、食べる前に、皆で記念写真撮りましょうか。」
御木本が社内用のデジタルカメラを持ち出し、全員に料理の前に集まる様に言った。一枚、また一枚と撮っていく。そして最後に、作ったメンバーで撮った。写真撮影が終わり、お盆と取り皿と割り箸が配られた。
「さぁ、冷めない内に食べましょうっ。」
女性社員から順番に、お重から料理を取っていく。これは、鈴井が提案していた。我先にと競争していたら、女性社員が一向に取れなくなってしまうので、それを考慮してだった。
「しっかし、大盛りって言うよりも、お節料理みたに華やかだな。あ、時季的には花見か。……ところで、何で「精進盛り」なんだ? 精進って言う割には、ハンバーグとか唐揚げとかの肉系があるが……。」
取っている最中、岡元が樹に聞いてきた。確かに、物だけを見たら普通の料理の盛り合わせだ。だが、樹には考えがあった。これが何故、「精進盛り」と言うのか。それは――……。
「この料理、全部肉や魚等の動物性食品を一切使っていないんです。つまり、精進料理で作られています。」
精進料理とは、肉や魚などを使用しない仏教と密接に結びついた料理の事。仏教における戒律に基づいて、「殺生(生き物を殺すこと)」を避け、「煩悩(人を苦しめ、煩わせる心)」を刺激しないために生まれた料理。肉、魚介類、五葷を除いた、野菜類・穀類・海藻類・豆類・木の実・果実などの事を指す。
「大食い選手の様に、沢山の量を食べて直ぐに処理出来る体内環境が整っている人なら、ガッツリ系でも良いんですが、一応、健康食ブームもありますし、夜ご飯ですし、身体にも気を使いたいので、精進料理にしてみました。」
「成程。それに、うちの部署は女性社員も少なからず居るからな。どんなに樹ちゃんの料理が美味くても、体重とか気にして、ちょっとしか食べないってヤツも居るだろうしな。」
「なかなかの策士じゃないか。」と、岡元は樹の背を叩いた。勢いよく叩かれたので、結構痛かったが、自分の考えを理解してくれた事が何より嬉しかった。そこに、取り皿いっぱいに料理を乗せた鈴井がウキウキしながら来た。
「お疲れさん。なぁなぁ、メニューはある? どれもこれも、美味そうだから気になっちゃって。」
「あ、コチラになります。」
作る際にメンバーに分かり易い様にと、メニューと材料を一覧表にした物を鈴井に見せる。上から順番に鈴井が読み上げていたが、段々と読み上げる声が小さくなっていった。まさか読み難かったのではと思い、鈴井に思い切って聞いてみた。
「も、もしかして、あいうえお順の方が見易かったですか?」
「……いや、なんか、ホントお疲れ様でした……。」
「? はぁ。ありがとうございます。」
どこか涙ぐんでいる鈴井に、首を傾げた。今一度、メニューの一覧表を見遣るが、あいうえお順に並んでいない所以外、特におかしな点は見当たらなかった。
「――じゃあ、みんな料理は取ったな?」
全員が取り終わり、樹達も最後に料理を取った。そして、何とか元気を取り戻した鈴井が紙コップを持って声を張り上げた。
「それじゃあ、本年度も宜しくと、新人さん歓迎会と、ついでに片岡 樹の三十路誕生日も兼ねて、カンパーイッ!!」
「……へっ?」
「「「カンパーイッ!! 宜しくお願いしますっ!! そして片岡さんっ、おめでとうございますっ!!」」」
「ええっ!?」
新入社員歓迎会とかは分かるのだが、自身の誕生日のお祝いの事だけは頭で処理出来ていない樹は、完全に置いてけぼり。皆が乾杯をして、談笑しながら料理に舌鼓を打っている中で、樹はただ茫然とその様子を見ていた。そんな所へ来たのは、この大盛りメニューを作ったメンバーだった。
「お疲れ様でした。ふふっ、サプライズ成功ですね。」
「え? み、皆さん、このパーティーの内容、知って……?」
「勿論、制作の話を頂いた時に、鈴井先輩から聞かされていましたよ。あれ? 歓迎会の事とか、聞かされてなかったんですか?」
「ぜ、全然聞いてなかったです……。」
どういう経緯でパーティーをするのかをしっかり聞いてなかった樹は、自分の確認不足に肩を落とした。だが、そんな樹を他所に、美味しそうに料理を頬張りながら、樹の紙コップに自身達の紙コップを軽く当てて「おめでとう。」と言った。そして、談笑している輪の中に戻って行った。樹は、波紋を作っている紙コップの中のジュースに視線を落とした。
「そう言われてみれば、俺、今日が誕生日だっけ……。」
ハクを拾って飼い始めたり、智里と付き合いだしたりと、最近なにかとバタバタとしていてカレンダーをしっかりと見る余裕もなく、自分の誕生日すら忘れていた。自分で考え、自分で料理した物を皆して食べているのだが、初めて家族以外の人達にお祝いしてもらえる事に涙が出そうな位感動した。すると、ポケットに入れていた携帯が震えた。ツンッとしていた鼻を啜りながらお盆を近くのデスクに置き、画面を見ると、メッセージが五件着ていた。
「あ、母さんからだ……。それに、カフェの店長さん……。」
一件は携帯電話会社からのダイレクトメッセージだったが、後の四件はお祝いメッセージだった。一人一人のメッセージの内容に、胸が熱くなっていると、新しくメッセージが届いた。それは、智里からだった。
「えっと……。」
「んー? 何々? 「お誕生日おめでとうございます。先ほど妹さんと会いまして、今日が樹さんの誕生日だと知りました。ゴメンなさい。また、お祝いしましょう。今日は、会社の方々と楽しんで下さい。私は、妹さんと清君と食事に行っています。」って、あららぁ? 彼女ちゃんにも教えてなかったの?」
「おわぁぁぁっ!? すすす、鈴井しゃん!?」
樹の肩に顎を乗せながらメッセージの内容を読みだした鈴井に、樹は慌てて携帯をポケットにしまった。ドッドッと早鐘を打つ心臓を押さえながら、鈴井と距離を取る。そんな樹に、鈴井はカッカッカッと笑いだした。まるで酔っぱらっているかの様で、もしかしてと思った樹はデスクに置いた紙コップを覗き、匂いを嗅いだ。だが、どんなに嗅いでもオレンジジュースの甘い香りしかしない。周りを見渡しても、酔っているのは鈴井だけの様だ。どうやら鈴井は、場に酔ってしまったみたいだ。
「ダメだぜぇ、彼女ちゃんは大切にしないと。」
「わわわ、分かっていますよっ。あ、後、お祝いを企画して頂き、ありがとうございます。」
「別に良いよ。全員の誕生日覚えてるけど、いっつも忙しかったりして出来なかったからな。ま、今年はついでって形なんだけどな。後、お詫びにケーキとかでも奢ってあげろよ。二人のレディと紳士に。」
そう言って、鈴井は盛り上がっている輪の中に戻って行った。嵐が過ぎ去ったかの様な疲労感を覚えた樹は、直ぐにメッセージを送ってくれた人達に返信をしていった。そして最後に、智里へメッセージを送ると、お盆を手に取り、皆の所へと混ざりに行った。
「――あ、樹さんからメッセージが着ましたね。」
「へぇ、どれどれ……。」
アパート近くのファミレスで、夕食後のデザートのオレンジ色が眩しい柑橘系パフェを食べながら談笑していた智里達。清一郎は、お腹がいっぱいになって、双葉の膝の上で眠っている。身を乗り出す事が出来ない双葉に、智里は見える様に携帯をかざした。そして、二人して吹き出した。
「お兄らしいですね。」
「本当ですね。」
そこには、「ごめんなさい」と「ありがとうございます」の文字と、パーティーの様子を写した写真が四、五枚添付されていた。作った料理の写真の他に、遠くの方で楽しそうに立食している社員達の姿と、一番前で他の誰よりも美味しそうに、そして嬉しそうに料理を頬張っている樹の写真が添付されていた――。
―本日のメニュー―
【樹サイド】
・大盛り精進料理(ブーケサラダ・煮しめ・精進唐揚げ・高野豆腐のチキン南蛮風・三色そぼろ丼(雑穀米使用/ミンチ大豆ミート・細切りたくあん・絹さや)・木綿豆腐の蓮根の挟み焼き・ミンチ大豆ミートのハンバーグ・飛龍頭・精進春巻き・鰻もどきの蒲焼・果物の寒天寄せ・野菜の浅漬け)
・ごま豆腐の葛餡掛け(別椀)
【智里サイド】
・柑橘系パフェ(デコポン・紅八朔・ネーブルオレンジ・黄金柑・清見オレンジ)
【参考大盛りメニュー】
・大盛りカレー(唐揚げ・海老フライ・ハンバーグ・半熟卵・千切りキャベツ)
END
追伸
樹の誕生日は、四月五日です。
※今回は物が多いので、何にでも使える大豆ミートの作り方のみを書かせて頂きます。
大豆ミートの作り方
豆腐を水切りして、八等分くらいに切る。バット等に、重ならない様に並べて冷凍する。完全に固まったら取り出して電子レンジで一〜ニ分解凍し、ある程度冷めたら手で握る様にして水分を抜く。
※加熱後に水分を抜く際、火傷に注意して下さい。
※ポリ袋に入れて上から揉むと、簡単にそぼろ状になります。




