三十食目 沢山は良いけど、健康にも気を遣って、精進お重(前)
「へぇ、今って大食い系動画が流行ってるんだな。」
昼休憩中、隣のデスクで某有名動画投稿サイトを見ながら、鈴井がポツリと呟いた。お手製の弁当を黙々と食べながら夕飯の事を考えていた樹が、鈴井の方を見た。その視線に気付いた鈴井は、樹に見えやすい様に席をずらす。
「ほら、自宅で大盛り料理作って食べたり、店に行ってチャレンジしたりするんだよ。」
「へぇ、凄いですね。」
見せてもらった途端、大皿に乗った料理を美味しそうに食べる動画の中の男性に、樹は惹き込まれた。予め言っておくが、樹は別に男色趣味ではない。その男性の美味しそうに食べる表情と、大盛りなのに綺麗に盛り付けられたその料理に惹きつけられたのだ。弁当を食べる手を止めジッと動画を見ていると、鈴井は思い立った様に指を弾いた。
「そうだ。来月の頭に、この部署の人達集めて大盛り料理パーティーでもしねぇ?」
「大盛り料理パーティー……?」
いまいちピンと来ない樹は、首を傾げた。それに、何故、来月の頭なのだろうか。日にちもそんなに無いし、何かイベントがあった記憶もない。悶々としている樹を他所に、鈴井は樹の弁当箱に入っていた卵焼きを一つ摘まむと、口の中に放り込んだ。
「ん、うまっ。お前、こんだけ美味い料理作れるんだからさ、その美味いもんを集結させて、大盛り料理作ってみてくれよ。勿論、作る時は手伝ってくれる奴を派遣するからさ。」
「うーん……。でも、作った事がないですし……。」
自分で作った物を自分で食べるならまだしも、作った事のない大盛り料理を他人に振る舞うのは、気が引ける。樹が渋っていると、鈴井が樹の肩を抱き、耳元で囁いた。
「そんなに悩むんだったらさ、彼女ちゃんに相談してみなよ。良いアイデアくれるかもよ?」
「ですが……。」
「いいじゃん、いいじゃん。二人の共同作業になってさぁ。」
鈴井の言葉に、一瞬頭が真っ白になった。だが、走馬灯の様に頭の中で繰り返し響く「共同作業」と言う言葉に、次第に顔に熱が篭りだした。その反応を楽しんでいるかの様に、ニヤニヤ笑っている鈴井を振り払った樹は、もしかしたらニヤけているかもしれない口元を手で隠した。
「き、きょうど……!? す、鈴井さんっ!?」
「あはは。じゃ、宜しくな。皆には声掛けとくから。あ、料理の内容は、皆には内緒な。作るメンバーも、こっちで選出してやるから。」
後ろ手に手を振り、扉を開けて出て行ってしまった。呆然とその後ろ姿を見送った樹は、鈴井が消し忘れた動画の画面を見て、溜め息を吐いた。その動画では、男性が満足気な笑顔を浮かべながら、空になった大皿を見せつけていた――。
「――……どうしようかな……。」
定時に上がれた樹は、アパートの自室に帰って悶々と唸っていた。樹が帰る際には、もう既には鈴井が言って回っていたらしく、すれ違う人に「楽しみにしてる。」と、何度も言われた。こうなってしまったからには、もう後戻りは出来ない。だが、来月まで残り二週間弱しかないのだ。それまでに試作して、味付けや食材の変更、盛り付けの仕方等を考えていかなければならない。結構なハードスケジュールに、頭が痛くなってきた。
『――彼女ちゃんに――。』
頭を抱えていると、ふと、鈴井の言葉が過った。自分一人で悩むよりも、誰かに相談をした方が良いアイデアをもらえる可能性の方が高い。それに、智里なら、樹が作る料理の事をよく知っているので、どういった組み合わせがそれぞれを引き立て合うのか。そして、女性ならではの観点から、どういった盛り付け方をすれば、万人受けするかを導き出してきれるかもしれない。
「……。」
――翌日。互いに休みだった樹と智里は、ハクの散歩を兼ねて森林公園にあるドッグランへデートをしに来ていた。天気も良く、暖かい風が心地いい。仕事と考え事で疲れていた身体も、デフォルトで音符が浮いている様に楽しそうにハクと遊んでいる智里を見ると和らいだ。
「……樹さん?」
「えっ、あ、は、はい? 何でしょう?」
どうやら、ジッと見ていたのが気になったらしい。智里が心配そうに見上げてきていた。
「何か、悩み事ですか?」
「あ、いや、その……。」
「大盛り料理について聞きたいんです。」と言いたかったが、言葉が出てこなかった。智里の夕食と弁当を作っていた樹は、智里が大盛りとは疎遠な事を思い出したからだ。昨夜は、いきなり舞い込んできた大仕事に頭が混乱して、智里にアドバイスを貰おうと考えていたが、いざ冷静になって考えると、話したところで智里を困らせてしまうかもしれないというのが、頭を過った。何か言い訳をしないとと、必死に辺りを見渡して話題になりそうな物を探していたら、智里の両手が樹の両頬を挟み、強制的に智里の方へと向かされた。
「あ、あにょ……?」
「一人で悩まないで下さい。」
「……!!」
「私だって、樹さんの役に立ちたいんです。だから、一人で悩まないで。私にも相談してください。」
「……はい。ありがとうございます。」
智里の言葉に後押しされた樹は、会社での出来事を話した。そして、本題である大盛りメニューをどうしたら良いのかを話した所、智里は唸った。
「む、難しいですよね……。私、やっぱり出来ないって、鈴井さんに電話しておきます。」
「え? どうしてですか?」
「……え?」
投げかけられた疑問に、携帯片手に目を丸くした。智里を見ると、面白い物を見つけた子供の様に、どこかウキウキした様子だった。呆気に取られていると、智里は樹の手首を掴んで、空いているオープンテラス席に座った。
「実を言うと、うちの大学の学食でも流行ってるんですよ。大盛りメニュー。」
そう言って携帯を差し出した。ズレてしまった眼鏡を掛け直し、携帯を覗き込む。そこには、学園祭で協力しあった佐々木達が、大皿に盛られた特大カレーを食べている所が写しだされていた。しかも、ただの特大カレーではない。普通は一口大に切られている筈の野菜が、一回、二回位切った大きさで盛られており、周りには唐揚げや海老フライ等のお腹に溜まりそうな油物や、大きなハンバーグに半熟卵、口直しの千切りキャベツが山の様にトッピングされていた。学食でこの量を提供するのかと、思わず息を飲んだ。
「す、凄いですね……。」
「二人まででしたら、一緒にチャレンジしてもいい事になってるみたいで、その代わりに、時間が六十分から二十分に短縮されます。」
「おぉ、ハード……。」
「時間内に完食出来たら無料になるんですけど、もし食べきれなかったら、放課後に食堂の片付け一週間か、代金を払う事になってます。ちなみに、金額は二千五百円でした。」
量やトッピング的に妥当な値段かもしれないが、学生達には痛い出費になるだろう。だから、二人までなら一緒にチャレンジ出来るし、失敗後の支払いの方も、払うか、一週間の片付けかの選択肢が用意されている訳か。学生の事を考えているチャレンジメニューだと、改めて思った。
「カレーとかでしたら、一度に沢山の量を作れるので、トッピング次第では、そこまで費用は掛からないと思います。」
「うーん……。ですが、オフィスでするので、なるべくでしたら匂いの残らない様なメニューが良いですね……。カレーだと、家で換気扇を付けてても結構匂いが残りますから。」
「そっかぁ……。匂いの問題は難しいですね……。」
それから、カフェのメニュー表を眺めながら、お互いに意見を出し合った。あれが良いんじゃないか、これが良いのでは、それだと費用が、盛り付け方が難しくなるのでは等々……。メモに使っていた手帳が、何ページも文字と絵で埋め尽くされた。そして日が暮れ、店長が店仕舞いを告げるまで、樹と智里は話し合った――。
長くなってしまったので、区切ります。




