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冴えないサラリーマンの、冴える手料理  作者: 九十九ユウキ
第二章 歩み出す調理器具
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二十九食目 優しい執事様は、ドッペルゲンガー(後)

 飯塚に促され、智里はキャリーケースを持ち席を立った。そして、フットマンと執事に見送られる形で、店を後にした。すっかり暗くなり、人もまばらになった大通りを二人で歩く。


「――はぁっ。楽しかったぁ。」

「ふふっ、生き生きしてたもんね、飯塚さん。」

「最近はサークル活動が忙しかったりして、なかなか時間取れなかったからねぇ。それになにより、前田さんと一緒に来れたのが嬉しかったの。」

「え?」


 一歩前を歩いていた飯塚が急に立ち止まり、智里の方へ振り向いた。それに釣られて、智里も立ち止まる。そして、キャリーケースを受け取り、愛おしそうに子猫を見詰めた。


「……実習とかで動物と触れ合う時や、今日、この子をなだめてくれた時の表情……。だけど、好きな人の前で見せる柔らかい笑顔や、照れてる所……。」

「あ、あの、飯塚、さん……?」


 なんだか、物言いが怪しくなってきた飯塚に、少し怖くなってきた智里はたじろいだ。だが、素早く間合いを詰めてきた飯塚に、手を取られた。一気に身の危険を感じた智里は、ギュッと目を閉じた。


「ああ、前田さんこそ、次の作品のメインキャラの構成にピッタリだって感じたのっ。思い通り、私の目に狂いは無かったわっ!!」

「……つ、次の、作品……?」


 息を弾ませながら豪語する飯塚に、呆気に取られた。どうやら飯塚は、サークルで出す漫画の資料集めで煮詰まっていたらしく、そんな時、前田が目に止まったらしい。夏休み明け辺りからリサーチを続けていて、今日、執事喫茶へ行った事でガッチリと構成が固まったのだと言う。


「――……勝手に探ったりして、ごめんなさい。どうしても、次のテーマに合うキャラクターが前田さんしか思い浮かばなくて……。」

「良いよ、良いよ。気にしないで。でも、私なんかで良かったの? どう見ても、普通だと思うけど……。」

「そんな事ないよっ!!」


 否定的な智里に対し、飯塚は言語道断と言わんばかりに、智里の事を事細かに言い続ける。その様子は、まるで好きな人と二人きりでダンスをしているかの様にキラキラしていた。その様子を見る人は少なく、今が夜で本当に良かったと思った。だが、未だ言い続ける飯塚に、流石に恥ずかしくなってきた智里は、飯塚の手を取った。


「じ、じゃあ、もし出来上がったら、読者一号として最初に読ませてくれるかな? そしたら、製本にする前にキャラクターに関して指摘して直せると思うよ。」

「分かったわっ。じゃあ、善は急げと言うし、構想もあったまってるから、今から帰ってネーム起こすよっ。じゃっ、今日はありがとうっ!!」


 嵐の如く走り去っていった飯塚に、ただ見送る事しか出来なかった智里は、一人でトボトボとアパートに向かって歩いた。だが、その足はどんどん速くなっていき、終いには走っていた。すれ違う人が変な目で智里を見るが、そんな事もお構い無しで走り続けた。


「……っ。」


 早く、早く、もっと早く。そう思いながら、足を進める。そして、アパートの近くのコンビニまで来た時、流石にお腹が痛くなり、足を止めた。全力で走り続けていたので、息を吸うのも辛い。膝に手を付き、肩で息をする。春先で未だ夜は寒いのに、汗が頬を伝って、アスファルトに落ちた。


「はぁ……、はぁ……んっ……。」


 何度も息を吸っては吐き、吸っては吐きを繰り返す。漸く安定してきた時、急に肩を叩かれた。吃驚して勢いよく振り返ると、会いたくてしょうがなかった人が、吃驚した表情で見下ろしていた。


「い、樹さん……。」

「あ、やっぱり、智里さんでしたか。良かった、電話を何度かしたんですが、ずっと繋がらなかったので、心配してたんですよ。」


 そう言われて、喫茶店に入る前に電源を落としてから、ずっと鞄の奥底にしまってそのままだったのを思い出した。慌てて取り出して電源を入れてみると、メッセージが十件程届いた。それは全部、不在着信の通知で、樹の電話番号だった。


「ご、ごめんなさいっ。携帯禁止の喫茶店に入っていたので、そのままにしてて……。」

「大丈夫ですよ。それより、どうして息を切らせていたんですか?」

「あ、えっと……。」


 「貴方に、会いたかったからです。」と、素直に言えたら良いのだが、そんな恥ずかしい事を言える勇気もなく、智里はただただ、顔を真っ赤に染め上げた。何かを感じ取ったのであれば良いのだが、樹はただニッコリと笑った。


「理由はどうあれ、もう夜も遅いですし、部屋に帰りましょう。」

「は、はい……っ。」


 樹に手を引かれ、智里はアパートへと戻った。お互いの部屋の前で別れ、部屋の中へ入って電気を点けた。LEDライトの灯りが眩しくて目を細める。やっと目が慣れてきた時、下駄箱の上に置かれた紙袋を見つけた。自分が買った物ではないし、親が来る様なら事前連絡が来る筈なのだが、それも無い。まさか、また前みたいなストーカーからなのだろうか。それが頭を過り、心臓が飛び跳ねた。恐る恐る紙袋の中を覗いてみると、リボンが掛けられた綺麗な箱があった。


「何だろ……?」


 耳に近付け、縦に横にと振ってみる。カラカラと音はするが、何なのかは判別出来ない。どうしようかと悩んでいると、携帯が鳴った。見るとメールが届いており、発信者は樹だった。


「えっと、「勝手ながら、鍵を使わせて頂いて、下駄箱の所にプレゼントを置いておきました。今回は時間が無かったので、百貨店で買わせてもらったんですが、受け取って頂けたら幸いです。ハッピーホワイトデー。」……あ、今日ってホワイトデー……。」


 今日一日で色んな事が起こってバタバタしていた為、すっかり忘れていた。返信を打ちながらリビングへ行き、鞄を一人掛けソファーに置き、樹からのプレゼントを紐解いた。


「わぁ、凄い……。」


 箱の中には、五つのチョコレートが入っていた。どれも、高級感溢れる光沢と、綺麗に散りばめられたドライフルーツが目を惹く。一つ、真っ赤なハートのチョコレートを取り、口に入れる。


「んんーっ!! 甘酸っぱいベリーの味が濃いっ!!」


 今まで食べた事の無い、刺激的な味がした。口に入れた瞬間、ホロッと蕩け、中に入っていた濃いめのベリーシロップがほろ苦いチョコレートと混ざり合い、口の中を満たした。チョコレートを食べただけなのに、こんなにも胸が高鳴るとは思いもしなかった。もう一つ、もう一つと、次から次へと手が伸びる。どれもこれも違う味がして、欲と胃を刺激させてきた。あっという間に、箱の中は空っぽになってしまった。


「し、しまった……。写真でも撮っておけば良かったぁ……。」


 少し寂しく感じて項垂れたが、最高のホワイトデーを体感出来たので、心身共に幸福感で満たされた智里だった。


――本日のメニュー――

・春野菜と手羽先煮込み

・キャロットラペ

・リオレ

・チョコレート五種(市販品)






END

①春野菜と手羽先煮込みの作り方

材料:手羽先五本/新じゃがいも(小さめ)五個/水煮筍一本/人参一/ニ本/新玉ねぎ一個/菜の花五本/赤ソーセージ一本/新しょうが一欠片

●合わせ調味料

水四カップ/味醂一/ニカップ/醤油一〇〇cc/砂糖八〇g/本だし顆粒小さじニ


 下準備:手羽中と手羽端の関節を上下に何回か少し強めに動かして外す。細い骨を取る場合、手羽中の骨の周りにある筋をキッチンバサミで切り、骨の先を摘んで回しながら引き抜く。太い骨を取る場合、キッチンバサミで筋を切り、太い骨を回しながら引き抜く。

●の合わせ調味料は、ボウルに作っておく。

 お湯を沸かし菜の花、赤ソーセージを茹でる。同じお湯で、手羽先をサッと湯通しし、赤ソーセージと一緒に別の鍋に入れる。新じゃがいもは、泥や汚れを洗いながし、包丁で十字に切り込みを入れる。新玉ねぎは皮を剥き適当な大きさに切り、筍は縦に六等分に切る。人参は、厚さ一センチぐらいの大きさに切り、こだわる様であれば梅の型抜きで抜く。新しょうがは千切りにし水に浸す。手羽先を入れた鍋に、新じゃがいも、新玉ねぎ、筍、人参を入れ、合わせ調味料を加えて紙蓋をする。 強火にかけ、出てきた灰汁を掬う。沸騰後、中火にしニ〇分少々煮る。新しょうがを全体にまぶし入れ、新じゃがいもに竹串を通し火が通ったことを確認しお皿に盛付ける。残った煮汁に菜の花を潜らせて添えたら、完成。


②キャロットラペの作り方

材料:人参ニ本/塩小さじ一/ニ/Aマスタード小さじニ/Aはちみつ小さじ一/A塩小さじ一/ニ/Aこしょう少々/Aレモン汁大さじニ/オリーブオイル大さじ五/レーズン大さじ三/くるみ十粒

 人参はスライサーなどで細めの千切りにし、塩をまぶしてしばらくおく。ボウルにAを入れて混ぜ合わせ、泡立て器で混ぜながらオリーブオイルを少しずつ加える。別のボウルに水気を拭き取った人参・レーズンを入れ、Aのドレッシングを加減しながら加えてよく和える。食べるときに粗めに砕いたくるみを加え、完成。


③リオレの作り方

材料:炊いたごはん一合分くらい/砂糖大さじ三から四杯/牛乳三〇〇cc/ブルーベリージャム適量

 炊いたご飯を水で洗ってぬめりを取る。ザルに取って水気を切ったご飯をフライパンに入れ、砂糖・牛乳を加え、混ぜながら加熱する。粗熱が取れたら冷蔵庫で冷やす。冷やした器に盛り、ブルーベリージャムをのせたら、完成。

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