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冴えないサラリーマンの、冴える手料理  作者: 九十九ユウキ
第二章 歩み出す調理器具
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31/73

二十六食目 卵は、メインにもデザートにも最適です(力説)

「〜♪」


 学園祭が終わってから、また、いつもの日常が戻ってきた。だが、今の樹は、いつも以上に浮き足立っていた。学園祭の時に智里から貰った、ワイシャツの両袖に輝くシンプルなカフスボタン。それを見ては、口元を緩めていた。そんな様子に一早く気付いたのは、学園祭の前日に樹をコーディネートした鈴井だった。出社中に樹を取っ捕まえて、こっそりと当日の話をさせたのだ。照れながらも話をしたが、終始、鈴井の顔のニヤけが止まっていなかったのは、樹の中で秘密にしておきたい。これは、鈴井の尊厳を守る為でもあるのだ。


「……今日も、着けてくれてたなぁ……。」


 書類のコピーを取りながら、今朝の事を思い出す。智里は、樹があげたブレスレットを毎日、左手首に着けてくれている。それが堪らなく嬉しくて、思わず泣きそうになってしまう。


「おーいっ、皆。ちょっと来てくれーっ。」


 コピーを取りながら優越感に浸っていると、大きな段ボールを抱えた岡元が大きな声を上げた事で、現実に引き戻された。振り返ると、結構な行列が既に出来ていた。少しの間、何でだろうと考えていた樹だが、用紙を纏めながら頭を捻っていると、肩を叩かれた。見遣ると、籠一杯に白と赤茶色の卵を入れた御木本が居た。


「早く行かないと、卵全部取られちゃいますよ?」


 そう言われて、漸く気が付いた。いつも、この時期になると、岡元の実家である広島の養鶏場から、ブランド卵が大量に来るのだ。岡元は、それを社員に好きなだけ配っている。ブランドなだけあって、味はコクがあり、濃厚なので、社員からも絶大な人気がある。樹も貰った事はあるが、いつも最後の方で、良くて三個位しか貰えていない。


「こ、今年は、絶対に沢山貰わなきゃ……っ!!」


 智里にも、この美味しい卵を是非食べて貰いたい。その一心で、資料を御木本の持っている籠に押し込み、行列の最後尾に並んだ。暫く並んでいたら、漸く樹の番になった。樹の顔を見た岡元は、満面の笑みで迎えてくれた。


「――おっ、やっと来たね、樹ちゃん。」

「すみません。すっかり、忘れてて……。」

「かーっ!! やっぱり彼女が出来たら、俺の卵ちゃんの事なんて、頭の片隅に追いやられるって訳かっ。」


 大袈裟に頭に手を当て、渋い表情をする。それを見て罪悪感を感じた樹は、慌てて頭を下げた。


「そ、そんなっ、滅相もないっ。 岡元さんから頂いた卵の味を忘れる訳がありませんっ。」

「……本当か?」

「本当ですっ!!」


 思わず、大きな声を張り上げた。ハッと我に返ると、部屋に居る全員が樹の方を見ていた。一気に恥ずかしくなった樹は、「ごめんなさい……。」と、真っ赤な顔をして、消え入りそうな、か細い声を絞り出した。その姿を唖然として見ていた岡元だったが、豪快に笑いだした。


「そんだけ言ってくれるってのは、嬉しいもんだな。だがな、樹ちゃん……。」


 岡元の方を見ると、どこか申し訳なさそうな表情をしていた。普段見せる事の無い表情に、樹は首を傾げた。すると岡元は、持っていた段ボール箱を樹が見やすい様に傾けてくれた。


「あ……。」

「すまねぇな、樹ちゃん。もう一個しか残ってねぇんだ。」


 段ボール箱の片隅に、ポツンと取り残されている一個の卵。樹は、それを落とさない様に優しく両手で取り出した。取れたてなのか、卵に羽が付いている。本当なら、この美味しい卵を智里にも食べてもらいたかった。だが、ボケッとしていた自身が悪かったのだ。未だに、申し訳なさそうにしている岡元が悪い訳ではない。樹は、卵を大事に両手で包み込むと、「ありがとうございます。大事に食べます。」と、岡元に頭を下げて言った。


「――はぁ……、やっちゃったなぁ……。」


 ――定時で仕事を終え、トボトボとアパートまでの道を歩く。コートのポケットに手を入れると、卵のツルッとした感触と少しだけ付いている羽の感触が、指先を通して分かる。


「本当なら、オムレツとかしてあげたかったんだけどな……。」


 ボンヤリしていた所為で、たった一個しか貰えなかった卵。だが、一個だけでも貰えただけマシだ。一個あれば、目玉焼きでも、ゆで卵でも出来る。なんなら、卵かけご飯でも良い位、本当に美味しいのだ。智里には申し訳ないが、この卵をちょっとでも味わってもらおう。そう思いながら、ポケットの上から優しく卵を撫でた。


「――えっと、鍵は……。」


 アパートの自室前に着いた樹は、鍵を開ける為、鞄を漁った。だが、どこを探しても、鍵が見当たらない。智里とお揃いで買ったキーファインダーにすら、指が当たらないのだ。スーツのポケットも探してみたが、全く掠りもしない。血の気が引き、絶望感に見舞われたその時、ふと、キーファインダーを買った時に、店員に言われた事を思い出した。


「あっ、そ、そいえば、GPS機能が付いてたんだっけ……!!」


 よく、鍵をどこに置いたのかを忘れる智里の為に買ったキーファインダー。それには、携帯と連動させる事で、どこに置いたのかを知らせてくれる、GPS機能が搭載されている代物だった。樹は直ぐ様携帯を取り出し、アプリを起動させた。すると、地図上で鍵が一人でに動いている様だった。しかも、このアパートの直ぐ近くを通っている。樹は急いで鞄を抱え直すと、アパートの階段を駆け下りた。


「い、急がなきゃ……!!」


 もしかしたら、拾ってくれた誰かが交番まで届けてくれるかもしれない。だが、この辺りで交番といったら、近くても二kmは離れている。そうだとしたら、相手側に迷惑が掛かってしまう。樹は焦りで足を(もつ)れさせながら、携帯の画面を見つつ、鍵の行方を追った。


「えっと、これがアパートだから……。」


 だが、普段から携帯を電話やメールのやり取りのみ使っているので、地図の位置情報を出せたとしても、どこをどう見れば良いのか分からず、上手く使いこなせない。智里が一緒なら、直ぐに鍵の位置が分かるのだが、樹一人だと、言い方が悪いが機械音痴のポンコツだ。


「――あれ? 片岡さん?」

「え?」


 携帯と睨めっこしていたら、不意に声を掛けられた。顔を上げると、目の前にはキョトンとした表情で樹を見ている御木本が居た。


「スマホと睨めっこしながら、何してるんですか?」

「あ、いえ、ちょっと……。と、言いますか、御木本さんも何でここに? 帰る方向、逆ですよね?」


 御木本の家は、樹のアパートとは反対方向にあり、しかも、電車で通っている。この時間帯に此処に居るとなると、家に帰れるのは確実に夜遅くになってしまう。だが、それでも何故、御木本は樹のアパート前に居るのだろうか。疑問に思っていると、目の前に見慣れた物が差し出された。


「そ、それ……っ!!」

「片岡さんのデスクに、置きっぱなしにされてましたよ。これが無いと困ると思って、超特急で仕事終わらせて来たんです。」


 震える両手を差し出すと、御木本は持っていた物を渡した。樹の両手の中にある、アパートの部屋の鍵。それをしっかりと握り締めると、樹は何度も御木本に頭を下げた。


「ありがとうございます……。ありがとうございます……。」

「やだなぁ、大袈裟ですよ。あぁ、あとこれもどうぞ。」


 そう言って更に差し出してきた物に、樹は目を丸くさせた。それは、今朝、岡元が社員に配っていた卵だった。よく分からず、卵と御木本を交互に見ていると、どこか申し訳なさそうな表情をされた。


「沢山貰ったのは良いんだけど、彼女ちゃんが居る人に、卵一個だけって可哀そうだなぁって思いまして。第一私は、おばあちゃんと一緒に暮らしてるけど、五個位あれば十分なんだよね。」


 そう言って、もう片方の手に提げていた籠を持ち上げた。御木本の厚意に感謝していたが、本当に貰って良いものなのかと、少しばかり躊躇してしまう。手を伸ばそうか否か、戸惑っていると、しびれを切らした御木本が、卵が入った袋を半ば強引に樹の手に握らせた。


「これで、彼女ちゃんに美味しい物、作ってあげてくださいよっ。」

「で、でも……っ。」


 受け取りはしたが、なかなか引き下がろうとしない樹に、人懐っこい笑顔だった御木本の眉尻がヒクついた。だが、そんな小さな変化に気付いていない樹は、尚もオロオロしている。我慢の限界を迎えそうな御木本は、一つ深呼吸すると、大袈裟に額に手を当てた。


「あーっ、いっけなーいっ。おばあちゃんに、お使い頼まれてるの忘れてたーっ。」

「えっ!?」

「今からだったら、タイムセールしてるだろうから急がなきゃーっ。それじゃあ片岡さん、また明日っ。」


 ヒールを履いているのにも関わらず、颯爽と走り去っていく。いきなりの展開に頭が付いて行かない樹だったが、袋の中に入っている卵に視線を落とすと、小さな声で「ありがとうございます。」と、言った。一方、適当な事を言ってその場を離れた御木本は、アパートから大分離れた所で走るのを止め、ゆっくり息を整えながら、暗くなっていく空を見上げた。


「……まったく、草食系男子は手がかかるんだから……。」


 樹の事を貶していたが、その表情は晴れやかだった――。


「――さて、これだけ卵があったら、色々と作れるなぁ。御木本さんには、感謝しないと……。」


 自室に戻った樹は、コートとスーツの上着を脱ぐと、エプロンを着けながら台所に立ち、ポケットに入れていた卵と御木本から貰った卵を取り出した。卵と睨めっこしながら、頭の中で何を作ろうかと考えた。


「うーん……、先輩と御木本さんには、やっぱり卵をしっかり使ったプリンかな。いや、台湾カステラも良いかも。話題性もあるし、智里さんと食べに行った時、凄く美味しかったし。でも、作った事ないしなぁ……。失敗する可能性もあるし……。それだったら、作り慣れてる物の方が――……。」


 作り方をなんとか携帯で調べ上げ、散々悩んだ挙句、岡元と御木本には、台湾カステラを作る事にした。携帯を壁に立て掛け、それを見ながらカステラの材料を量っていき、粉類は振るっておく。全部量ったら、それは一旦ラップして冷蔵庫の中に置いておき、今夜の夕食作りを始めた。


「今日は、この卵を使って中華料理を作ろうかな。」


 乾燥した木耳(きくらげ)をぬるま湯を入れたボウルの中に入れて放置。木耳が戻るのを待っている間に、万能ねぎを三センチ幅に切り、一欠片の生姜を千切りと擦りおろしにする。卵をボウルに割り入れ、塩コショウを振り、よく混ぜる。


「……さて、木耳が戻るまで未だ時間があるし、その間に副菜と汁物を作っとこう。」


 片手鍋に水を張り、火にかける。沸騰するまでの間に、袋に入った生葛切りをザルに開け、食べやすい大きさに切り、水菜を三センチ程に切っておく。沸騰したら、先に葛切りを入れ、その後、水菜を入れてさっと湯がき、鶏がらスープの素と塩コショウで味を調ととのえる。


「一品目、中華スープの出来上がりっと。さて、次は……。」


 茄子のヘタを落とし、ピーラーで三、四ヶ所、縦に皮を剥き、水に三分程さらしておく。軽く水気をきり、耐熱皿に乗せ、ラップをふんわりと掛けたら、六〇〇Wのレンジで三分半加熱。ラップを外し、粗熱を取る。その間に、中華ダレを作る。ボウルに、みじん切りにした長ネギと、醤油と酢を大匙一,五杯と、砂糖、ごま油を小匙二杯ずつ加え、よく混ぜ合わせる。手で食べ易い大きさにき、皿に並べて、先に混ぜておいたタレを掛ける。


「蒸茄子の中華ダレ完成っと。お、木耳も良い感じに戻ってきたな。」


 ぬるま湯から木耳を引き上げ、硬い部分を切り取り、食べやすい大きさに切る。フライパンを熱し、ごま油を入れたら、千切りにした生姜を熱し、香りが発ったら木耳と万能ねぎを入れて炒める。鶏がらスープの素を小匙一杯入れて混ぜ合わせ、フライパンの端に寄せ、弱火にしたら、空いたスペースに卵を流し入れ、菜箸でかき混ぜながら火を通す。半熟位になったら、端に寄せていた木耳と万能ねぎを卵と合わせる様に混ぜる。


「隠し味に、ラー油を数滴滴らしてっと……。よし、卵と木耳の中華炒めの完成だ。」


 メイン料理が出来上がった時とほぼ同時位に、炊飯器のアラームが鳴り響いた。蓋を開けると、熱い蒸気と共に、フワッとキノコの香りと焦がし醤油の香ばしい香りが鼻を擽った。たっぷりと、その芳醇な香りを堪能していたら、樹の腹の虫が待ちきれないとばかりに、盛大に鳴った。


「……こ、これは、味見だから……。」


 樹は、誰も居ないのにも関わらず、辺りを見渡した後、しゃもじでふっくらと混ぜた炊き込みご飯を少し菜箸で摘んだ。しっかりと息を吹きかけて冷まし、口に放る。炊き立てで熱々なので、まだ中の方が熱い。口の中で息を吹きかけながら、しっかりと噛み締める。


「はっふっ、んっ、んっ、美味しい……っ。」


 コリッコリッとした独特な歯応えに、噛む度にキノコの風味と、芳ばしい醤油が舌の上で溢れる。その贅沢過ぎる幸福感に、自然と頬が緩んだ。飲み込もうとしたその時、ガチャガチャと扉のドアノブから音がし、扉が開いた。


「ただいま、戻りましたー。はぁ、階段の所まで良い香りがしてたんで、途中でお腹が鳴っちゃいましたよー。」

「んぶっ!? おっ、お帰りなさいっ!!」


 お腹を摩りながら入ってきた智里に、樹は慌ててご飯を飲み込んだ。台所を覗いた智里が、樹の慌て様に首を傾げたが、カウンターに置かれた食事に気付き、目を輝かせた。


「わぁ、美味しそうっ!! 今日は中華なんですね。」


 その様子は、さながら待てをしている犬の様で、樹の目には、智里の頭には耳が、後ろにはブンブンと音がしそうな位、勢いよく振られている尻尾が見えた。そんな智里が可愛いと思いながら、樹は一つ咳払いをして、気を紛らわせた。


「コホンッ。えっと、今日の夕食は、先輩から上等な卵を貰ったんで、それをふんだんに使わせてもらいました。」

「へぇ、じゃあ、その先輩さんに、お礼を言っておかないといけませんね。」

「はい。そのお礼に、台湾カステラを作ろうと思ってます。」

「それ、ナイスアイデアですねっ。きっと、喜んでくれますよ。」

「じゃあ、カステラを焼く準備をするので、智里さん、帰ってきて直ぐで申し訳ないんですが、このお皿を運んで貰っても良いですか?」

「もちろんですよ。」


 意気揚々と、流しに置かれている台拭きを掴んだ智里は、シンクの所で洗い、リビングの方に向かった。その後ろ姿を見送った樹は、急いで冷蔵庫から、先程計り置きしておいた台湾カステラの材料を取り出した。そして、立て掛けていた携帯の画面と睨めっこした。


「……えっと、先ずはオーブンを予熱する前に、サラダ油と牛乳をレンジで温めるのか。」


 耐熱容器に入れたサラダ油をレンジに入れ、六〇〇ワットで四〇秒加熱した。その次に牛乳を今度は三〇秒温め、その間に、熱したサラダ油に薄力粉を加えて混ぜる。


「薄力粉を混ぜたサラダ油に温めた牛乳と卵黄を入れて、混ぜるっと。あ、この間に一六〇度に予熱しておくのか。」


 カチカチとダイアルを回し、設定温度を一六〇度に合わせた。予熱している間に、生地を混ぜ合わせ、卵黄生地を完成させた。


「さて次は、卵白生地か。先ずは、コシが切れるまで混ぜて、その後、砂糖を三回に分けて入れて、その都度、しっかり混ぜてメレンゲを作るって書いてあるけど、砂糖は最後。その代わりに、コッチを入れて混ぜるっと。」


 ある物を卵白に入れてから、カシャカシャと音を発てながらメレンゲを作っていく。暫くすると、料理を運び終わった智里が、台所の入り口からヒョッコリと顔を覗かせた。そして、樹の手元を見て目を見開いた。


「わぁ、スゴいっ!! もうメレンゲが出来かけてるっ。」

「あぁ、この間のお菓子作りで自分で試作していた時、メレンゲを作る際、どうしても時間がかかってしまっていたんで、どうやったら時短出来るか調べたんです。そうしたら、卵白を(あらかじ)め冷凍してシャーベット状にしておくと良いそうです。」

「風味とかには影響は無いんですか?」

「大丈夫みたいです。シャーベット状にする事で、卵白特有のとろみが消えて空気が入り易くなり、早くメレンゲが出来るそうです。後、卵白一個分に対してお酢を小さじ一入れると、メレンゲのフワフワ感を長持ちさせる事が出来るそうです。」


 口を動かしながら、ボウルに砂糖を入れ、しっかりと混ぜ合わせる。泡立て器を上げた時、ピンッと角が立ったらメレンゲの出来上がりだ。


「ふぅ、さっき作った卵黄生地に、メレンゲを五分の一入れて泡立て器でしっかりと混ぜる。で、後のメレンゲを四回位に分けて入れて、その都度、ゴムベラで泡を潰さない様にサックリ混ぜるっと。」

「型はどうされるんですか?」

「試作の時に買っておいたパウンドケーキの型がまだあるので、それで焼きます。」

「あ、これですね。」


 智里が、ナイロン袋に入っていたアルミの型を出す。それに、出来上がった生地を流し込み、ニ回程落として大きい気泡を抜く。天板に型を並べ、五十度程のお湯を二センチ位入れ、予熱が済んだオーブンに入れる。


「さて、焼き上がるのに四〜五十分掛かりますので、その間に夕食にしましょうか。」

「はい。」


 オーブンのスイッチを入れ、焼き上がるまで夕食を食べる事にした。炊き立てのキノコご飯をよそい、中華スープを入れる。リビングに持って行き、二人でテーブルを囲んだ。


「では、頂きます。」

「頂きます。」


 手を合わせた後、まだ湯気の発つ中華炒めを頬張る。木耳のコリコリした歯応えが、心地良い。ひとしきり堪能したら、次はスープ。そして、ご飯。秋の味覚と卵を樹と智里は、しっかりと味わった――。


「――はぁ、ご馳走様でしたぁ。」

「お粗末様でした。」


 ご飯とスープをお代わりしながらも、全てを平らげた二人。満足していると、甘くて良い香りが、台所の方から漂ってきた。そして、軽快な音楽が鳴り響いたので、二人はソワソワしながら、食器を持って行った。


「……さて、開けますね。」

「は、はい……。」


 ゴクリと生唾を飲み込み、樹はオーブンの取手を握った。ゆっくりと扉を開くと、甘い香りが一層強まった。鍋掴みをはめ、天板を引っ張り出す。すると、黄金色のカステラが、暗くなったオーブントースターから顔を覗かせた。


「はわわわわぁっ!! 綺麗……!!」

「見事な焼き色……!! 竹串にも生地が付かないし、完成です!!」

「直ぐに食べれるんですか?」

「はい。それに、冷めてても美味しいそうですよ。」


 三つあるパウンドケーキ型からは、今にもはみ出んばかりの生地が、見ただけでも分かる位、フワッフワに焼き上がっている。樹は、鍋敷を敷いたカウンターに天板を持って行き、ゆっくり、慎重にそこへ降ろす。後ろを付いて来ていた智里は、部屋中を満たす甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


「良い香り……。」

「二つは会社の方に差し上げるので、残りの一つを頂きましょうか。」


 三つある内の一つを手に取り、縁に沿って包丁を入れながら樹が言うと、智里は吃驚した顔をした。まさか、食べれるとは思っていなかったのだろう。その口端からは、先程まで夕食を食べていたのにも関わらず、涎が垂れていた。


「い、いい、良いんですか……?」

「勿論ですよ。私も、台湾カステラを作るのは初めてなので、人にあげる前に試食しておかないと。それに……。」


 樹は言い留めて、チラッと智里の方を見る。まるで待てをさせられている子犬の様な智里に、『俺の彼女、可愛い過ぎる……!!』と思ったが、敢えて口にはしなかった。どうしたんだろうと首を傾げる智里に、更に口元が緩んでしまうが、樹はそれを誤魔化す様に一つ咳払いをすると、戸棚から大皿を取り出した。そして、大皿に切ったカステラを乗せると、智里の方に向き直った。


「先ずは、熱い内に頂きましょう。」

「はいっ。」


 未だ湯気の発つカステラにフォークを刺し、少し息を吹きかけてから二人で頬張る。口に入れた瞬間、冷めた物には無い、フワッとした食感と卵の風味が一気に押し寄せた。


「うん、初めて作りましたが、美味しく出来ました。フワフワしてるし、先輩から貰った卵もしっかり生きてる。」

「この間食べたのに負けない位に美味しいですよ。」


 余程美味しく出来上がったからなのか、それとも、甘い物は別腹だからなのか、舌鼓を打ちながら二人でパクパク食べていく。二人とも細身なのだが、その身体のどこに入るのか分からない位、ハイスピードでカステラが一つ、また一つと無くなっていく。気付いた頃には、大皿にあったカステラは綺麗さっぱり無くなってしまっていた。


「つ、つい、食べ過ぎてしまいました……。」

「私も……。色んな状態で試食する予定だったのに、殆ど温かい内に食べてしまいましたね。」

「……。」

「……。」


 二人してどうしようしようかと悩んだ挙句、岡元と御木本にあげる分を残っているカステラの一本を半分ずつに分けたのと、温かい内が結構美味しかったので、大変だが出社前に仕上げた物、この二種類を渡す事にした。


「もう一本は、明日の朝食にしましょうか。作ってる暇がなさそうなので。」

「はい。あ、私も手伝いますからね。」


 二人で食器の片付けをし、明日直ぐ作れる様に、カステラの材料を量り直して冷蔵庫に仕舞って、本日の夕食はお開きとなった――。


―本日のメニュー―

・キノコの炊き込みご飯

・水菜と葛切りの中華スープ

・蒸茄子の中華ダレ

・卵と木耳の中華炒め

・台湾カステラ






END

――次の日、朝早くから智里と一緒に台湾カステラを作り、それを持って出社した樹。岡元と御木本に渡したら、二人とも、渡されて直ぐに温かい状態の物を口に入れ、大絶賛した。それを見た通りすがりの社員の人が二人に欲しい欲しいと強請(ねだ)った所、二人は快く皆に分け、更に樹は沢山の人に絶賛される事になったとか。

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