二十七食目 心動かす、あったかフロニャルド
――どうしてこの会社に入ってしまったのだろうと、就職してから二年目を迎えて半年以上経ってから、本気で思った……。
「――聞こえてんのか!?」
クラシックな音楽が流れている喫茶店だというのに、耳に入ってくるのは、携帯から聞こえる上司の金切声。力無く生返事を返せば、「舐めてんのか!?」と怒鳴られた。周りの目が気になってしまい、トイレに駆け込んでから謝れば、「お前なんかの謝罪に、価値なんて無ぇっ!!」と頭ごなしに言われた。一通り、上司の「お怒りのお言葉」を聞いて、満足した様に鼻を鳴らして電話を切られた。携帯のディスプレイが真っ暗になったのを確認した後、携帯を鞄の奥底に仕舞い、頭痛のする頭を押さえながら息を吐いた。
「はぁー……。未だ頭に残ってる……。」
こびりついて離れない、怒った上司の声。正直な話、頭痛だけではなく、吐き気がしてくる。ここまで来ると、もう辞職して良いと思う。だが、それが出来たら苦労はしない。この就職氷河期な現代、なんとか内定を貰えた企業が実はブラック企業であろうと、給料が出ている以上、易々と辞めれないのが実態だ。以前、辞職願を提出した同期の人が、皆が居るのにも関わらず頭ごなしに怒鳴られ、更には土下座させられているのを見てしまったので、怖くて行動に移せない。
「……大丈夫。俺には、優衣が居るんだから……。」
重い腰を上げ、鞄を持って会計を済ませる。外に出ると、十二月に入ってめっきり冷たくなった風が、頬を撫でる。彼女から貰った手編みの手袋の上から息を吹き掛け、暖をとる。桐山 聡志は、冬の空を見上げ、一つ息を吐いたーー。
「――……では、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。」
「ええ、こちらこそ宜しくお願いします。」
今日は、樹が元々受け持っていた企業を金木に引き継ぎさせる為、他社へ来ていた。金木は、最初こそは緊張してカチカチだったが、担当者と話をしている内に固まっていた筋肉も解れ、会社を出る頃には笑みを浮かべていた。引き継ぎも無事に終わり、二人は会社に戻る為、寒空の下を歩いていた。
「はぁ、先輩のお陰でスムーズに引き継ぎが出来ました。ありがとうございました。」
「いえいえ、この企業は金木さんが適任だと思っていましたし、担当さんも、信頼出来るって言っていましたよ。」
「わわっ、有難いです。頑張りますよーっ!!」
人通りの多い所なのにも関わらず、ガッツポーズをして張り切る金木に、自身も入社したての頃はこんな感じだったなと、自然と笑みが溢れた。
「あ、そう言えば、そろそろクリスマスシーズンですね。予定とか立ててるんですか?」
「へっ!? あ、い、一応……。」
いきなりの話題変更に、声が裏返る。だが、クリスマスは予定を入れている。勿論、智里とだ。辺りを見渡すと、少しずつではあるがクリスマス仕様の街並みになっている。ボーッと歩きながら見ていると、急に腕を引かれた。何事かと思ったら、どうも会社へ戻る道から外れた方へ行こうとしていたらしい。引っ張ってくれた金木に謝ると、苦笑いされた。
「恋人が出来ると、イベントの時とか浮き足立っちゃいますよね。私も、彼氏が居た高校の時の学祭とか舞い上がってましたから。」
「あ、ははは……。ごめんなさい……。」
「気を付けて下さいね。」
まさか、後輩に釘を刺されるとは思いもしなかった。ガックリと肩を落としていると、それを見かねた金木が、腕時計を見て「時間まだ大丈夫っぽいので、喫茶店に寄りましょう。」と誘ってくれた。だが、樹の中では、また後輩に気を遣わせてしまったと、更に気持ちが落ち込んでしまった。
「んもぅっ、ちょっと休憩するだけですからっ!!そうしたら、そのドンヨリ空気も晴れますから、きっとっ!!」
「ふ、ふぁい……。」
背中を押され、強引に喫茶店に入る。カランッカランッとドアに付いているベルが鳴り、店内からは外界の喧騒とは打って変わって、静かなクラシックが流れている。都会にも、こんな静かな空間が有ったのかと、つい店内を見渡す。クラシックに合う、テーブルにイス、カーテン。カウンターには、数台のサイフォンが置いてあり、コポコポとお湯の音が聞こえ、フラスコ部分にコーヒーが溜まっていく。一瞬にして、樹の心がこの喫茶店に持って行かれた。ボーッと見渡していると、カウンター奥からこの店のマスターらしき初老の男性が出てきた。
「いらっしゃいませ。お二人ですか?」
「は、はいっ。二人でしゅっ。」
「フフ……。では、お好きなお席へどうぞ。水とメニューをお持ちします……。」
流れる様な所作で案内され、思わず噛んでしまった事を忘れてしまっていた。好きな席に座って良いと言われたので、どこに座ろうかと悩んでいたら、金木に袖を引かれた。見遣ると、「あそこの席は、どうですか?」と、窓際の席を指差された。点々と客が座っていたが、丁度その席の所の周りには、スーツを着た男性が一人座っている位だったので、樹は迷わずそこへ向かって座った。
「はぁ、それにしても、お洒落なお店ですね。」
「そうですねぇ。私、こっちに来てから、こんなレトロなお店初めて入りました。」
「あ、金木さんは確か、小笠原の出身でしたっけ。」
「はい。コーヒー豆が有名なんですよ。」
「へぇ、そうだったんですね。」
着ていたコートを脱ぎ、金木の出身地で話が盛り上がっていると、マスターが水とメニューを持って来た。渡されたメニューを開いてみると、コーヒーだけでも何十種類とあり、豆の種類から原産国別、更には軟水、硬水で分けられていた。
「うわぁ、これは悩みますね……。」
「あ、私はエスプレッソにしますね。」
「えっ!? それって、凄く苦いんじゃ……。」
「珍しいって、よく言われるんですが、私甘い物が苦手で、寧ろ苦い物の方が好きなんです。」
そう言われて、思い出した。金木はいつも、休憩時間になるとチョコレートを齧っていたが、パッケージにはカカオ九〇%と書かれていた。
「……て、女子なのに変ですよね。甘い物苦手とか……。」
「いいえ、変じゃないですよ。甘い物が得手不得手なのは、女性も男性も関係ありませんから。」
「え……?」
「では、私は苦いのは得意ではないので、甘そうなカフェオレをお願いしようかな。」
カウンターに居たマスターに、エスプレッソとカフェオレを注文すると、マスターはグラインダーに豆を入れて粉にし、エスプレッソマシンのポーターフィルターに挽いたばかりのコーヒーの粉を入れ、タンパーで押し固め、マシンにセットしスイッチを入れた。そして抽出している間に、樹が頼んだカフェオレを淹れていく。小鍋にミルクを入れ、火に掛ける。フラスコに溜まったコーヒーをカップに注ぎ、温まったミルクをそっと注ぎ込む。抽出出来たエスプレッソも、専用の小さなカップに注ぐ。その流れる様な手際の良さに見惚れていたら、マスターがお盆を持って樹達の所へ静かにやって来た。
「お待たせいたしました。エスプレッソと、カフェオレです。あと、お茶請けのビターチョコのブラウニーです。召し上がって下さい。」
目の前に置かれたエスプレッソとカフェオレ。エスプレッソの香ばしい香りと、カフェオレの優しく甘い香りに、思わず鼻を鳴らした。
「では、頂きましょう。」
「はい。頂きます。」
少し息を吹き掛けて冷ましてから、一口飲む。すると、コーヒーが口に入ってきた瞬間、コーヒーのほろ苦さと甘いミルクが口の中を満たし、何故か幸福感が襲ってきた。もう一口、もう一口と、熱いにも関わらず飲み進めてしまう。いつもなら、持ち手の所のみ持って飲むのだが、あまりの美味しさに、つい子供の様にカップの側面にも手を添えてゴクゴク飲んでしまっていた。この美味しさを智里にも味わってほしいと、頭の片隅で考える程に。
「――はぁ、美味しい……。」
「ふふ、先輩のその表情からも、滲み出ていますね。」
「え……?」
「何でもありませんよ。あ、このブラウニーほろ苦くて美味しい。」
金木は、エスプレッソをちょっとずつ飲みながらブラウニーをつまむ。さっきの言葉の意味はなんなのか聞こうと思い、口を開いた。
「さっきのって――……。」
「聞こえてんのか!?」
「っ!?」
直ぐ真後ろで、怒鳴り声が聞こえた。だが、店内に響く程では無かった様で、他の客は素知らぬ顔でコーヒーを楽しんだり、本を読んだりしていた。恐る恐る声がした方を見ると、後ろの男性が電話をしていた。どうやら、相手側の声が電話越しでも聞こえたらしい。機械の様に謝り続ける男性に、樹が呆然と見ていたら、その視線に気付いた男性が、鞄とコートを手に取りそそくさと席を立ち、お手洗いの方へ姿を消した。
「先輩、今の方、大丈夫なんでしょうか……。」
電話越しの声が聞こえたのだろう。振り絞った様に言う金木を見て、心臓が波打った。樹の頭の中では、先程の男性のやり取りと、一瞬だけ見えた男性の顔色が駆け巡り、推測ではあるが、男性がどの様な状況下に置かれているのか考え着いた。だが――……。
「他の会社の社員の事を私達がどうこう言える訳ではありません……。穏便に事が済むのを祈るだけです……。」
「……。」
「……出ましょうか。」
「……はい。」
未だにお手洗いから出てこない男性を心配しながら、樹達は会計を済ませた。
「――……。」
――その夜。桐山は街並みを彩るイルミネーションをだいぶ離れた橋の上で見ていた。本当なら、今日は彼女と一緒にイルミネーションの中を歩いて回る筈だった。なのに、今の桐山の隣には誰も居らず、こんな街灯がポツンポツンと点いている薄暗い橋の上に一人で居る。
「は、はは……。ははは……。」
冷たくなってしまった缶コーヒーを握り締め、力無く笑う。すると、目の前が滲んできた。直ぐ様コートの袖で拭うが、後から後からどんどん涙が溢れてくる。
「優衣ぃ……。」
橋の欄干を力任せに殴った。何度も、何度も。暫く殴ってから、自身の両手を見る。目に映るのは、最愛の彼女から貰った手袋。だが、今の桐山には、それを見ているだけで、胸の中のどす黒く渦巻いた感情が煮えたぎってくる。ギリギリと鳴る位歯を噛み締め、手袋を乱暴に外し、川へと投げ捨てた。
「……もう、死のうかな……。」
落ちていき、川に流されていく手袋を眺めながら、ポツリと呟いた。もう、全てにおいて疲れてしまっていた。身体も心も。大学を卒業して、やっとの思いで就職して、彼女も出来て、苦しい思いをしながらも楽しく生きていた筈だった。だが、今日で全てがぶち壊された。取引先から帰る途中で、上司からのパワハラ電話。会社に着いても、自分のデスクの上に山積みにされていた書類。クタクタだったが、なんとか頑張って早めに終わらせ、お詫びにと彼女が好きなケーキを買ってマンションに帰る途中、街中で見つけてしまった。彼女が、他の男と仲慎ましく腕を絡ませ談笑しながら歩いているのを。似ている人だったかもしれない。だが、自身の彼女だと裏付ける物が多々あった。好きだと言っていたので、買ってあげたブランド物のバッグ。似合うかな?と言って、買ってあげる際に試着して見せてくれたコートにブーツ。彼女の誕生日にプレゼントしたイヤリング。目の前を歩く女性が身に付けていたのは、桐山自身が彼女にあげた物。あまりのショックで、提げていたケーキの箱が指から離れ、ぐしゃっと音を発てて地面に落ちた。だが、今の桐山には、それを拾い上げる気力もなく、兎に角、その場から逃げ出した――。
「……雪だ……。」
悲しさで打ち拉がれていると、チラチラと雪が降ってきた。寒さと欄干を殴って赤くなった手に落ちては、一瞬で溶けた。
「こっちの方が、何倍も綺麗だな……。」
世の中のキラキラした物が、全て汚く感じてしまう。イルミネーションも、彼女も、自分も……。その時、急に吐き気が込み上げてきた。医者からは、つい最近、逆流性食道炎と診断された。薬も処方してもらっていたが、今日に限って飲み忘れており、胃が痛むのと同時に胃液が戻ってきた。取り敢えず、胃液をどうにかしようと欄干から身を乗り出し、川に向かって嘔吐いた。
「だ、ダメですっ……!!」
女性の声がしたかと思ったら、いきなり腰に手を回された。彼女の声じゃないなと考えていたら、力強く後ろへ引っ張られ、そのまま抱っこされて歩道の方へ降ろされた。何が起こったのか分からないまま混乱していると、桐山を抱き上げた女性ーー智里が、仁王立ちして見下ろしてきた。その表情は、街灯の灯りで陰影が付き、整った顔立ちだが般若の如く怒り顔だった。
「まったくっ!! 何を馬鹿な事しているんですかっ!!」
「……え?」
「何を、馬鹿な、事を、しているんだと、聞いているんですっ!!」
夜も遅いのにも関わらず、大声で説教し始める。だが、民家から少し離れた所なので、怒鳴られたり誰かに見られるといった事はなかった。ポカンとしていたら、胸倉を掴まれた。いきなりの事に吃驚して振り解こうとしたが、細身の女性とは思えない力強さに、抵抗を止めた。
「……俺なんて、もう居なくても、どうでも良いんですよ……。」
「……!!」
「毎日上司に怒られて、サービス残業して……。今日なんか、彼女が他の男と歩いてて……。」
「……。」
「……て、何で俺、知らない人に、こんな話してんだろ……。馬鹿みてぇ……。」
溢れてくる涙をコートの袖で拭う。桐山が未だ高校生の時に、母親が買ってくれたコートのゴワゴワした生地が、地味に痛い。何度も何度も拭っていると、その手を静止させられた。ふと見上げると、先程まで怒り顔だった智里の顔が、憂いを帯びていた。こんな表情、今まで彼女にされた事なかったと思っていると、智里の手が桐山の手を包み、立ち上がらされた。そして、そのまま手を引かれた。
「あ、ちょっ、な、何……!?」
「……黙って着いて来て下さい。」
有無を言わさぬ雰囲気に、桐山は黙って智里の後を着いて行った。そして、暫く歩くと、少し古めのアパートに着いた。そのまま二階へ続く階段を登り、一つの扉の前で立ち止まった。
「あ、あの、ここ――……。」
「樹さん、ただいま帰りました。」
インターフォンに向かって言うと、中からパタパタと小走りで近付いてくる音がした。そして、扉が開くと、中からワイシャツの上にエプロンを着けた樹が顔を出した。智里の後ろから、樹と目が合った瞬間、樹の目の色が変わった。
「貴方っ、昼間喫茶店に居た……!!」
「っ!!」
まさか、昼間のやり取りを見ていた人の所に連れて来られるとは思いもしなかった。直ぐ様逃げ出したかったが、それより先に樹に両肩を掴まれた。恐る恐る顔を上げてみると、樹の両面からポロポロと大粒の涙が溢れていた。どうしたのかとオロオロしていると、鼻を鳴らして抱き寄せられた。
「あああ、あの!?」
「良かった……。良かった……。他人だからと思ってはいたんですが、どうにも気になってしまって……。」
「!!」
「顔色等々見る限り、あまり眠れてもいないのでしょう。さぁ、入って下さい。智里さんも、どうぞ。夜食の準備が出来てますよ。」
二人に促されるまま、桐山は部屋の中へ入って行った。その瞬間、優しい暖かさと良い匂いが全身を駆け巡る。今までだったら、彼女が家に居る時ぐらいしか暖房や電気が点いていなかったので、久し振りのホッと出来る感覚に、気が緩んだ。すると、痛かった胃も何処となく元に戻り、寧ろ「すっからかんだから、何か食べさせろ。」と、言わんばかりに、盛大に腹の虫が鳴った。
「あ……。」
人前で、ずっと鳴り続ける腹に顔を赤くしていると、樹と智里が微笑み、桐山の背中を押してリビングへ促した。そして、小さなテーブルの前に座らせると、二人してキッチンの方へ消えて行った。他人の家に上がるなんて思いもしなかったので、辺りを見渡しながらソワソワしていると、お盆を持って二人が戻ってきた。
「お口に合うかわかりませんが、どうぞ。」
陶器の食器がテーブルに置かれていく。甘く香ばしい香りが、鼻を擽った。並べられている物を見遣ると、その美しさに息を飲んだ。
「夜も遅いので、胃にも優しい野菜のホットスムージーと、夜食用に作っておいたフロニャルドです。本来はクラフティと言って、さくらんぼを使うそうなのですが、季節柄、置いていなかったので、今回は苺で代用しました。」
「樹さんのお料理、とっても美味しいので、温かい内に頂きましょう!!」
各々(おのおの)、食器が置かれた所の前に座り、手を合わせた。桐山も、それに習っておずおずと手を合わせる。
「いただきます。」
「いただきますっ。」
「い、いただき、ます……。」
スプーンを持ち、目の前に置かれた料理を見る。聞いた事もない料理名。見た目からして、少し胃に負担がかかりそうだ。だが、樹が夜食用にと言ったので、そこまで重くはない筈。二人をチラッと見ると、美味しそうにフロニャルドを頬張る智里と、その様子を微笑ましく見ながらホットスムージーを啜る樹が目に入った。その様子を見て、桐山は彼女との事を不意に思い出した。去年の今頃、プレゼントにと貰った手袋。その後、二人で行ったレストラン。とても、幸せな時間だった。思い出した所為なのか、鼻の奥がツンッとしてきたので、それを隠すかの様に、フロニャルドをスプーンの先に少しだけ乗せて食べた。口に入れた瞬間、甘すぎない生地と、焼けた苺の甘酸っぱさが口の中を満たしていく。今度はしっかりとスプーンに盛り、また一口、また一口と、どんどん食べ進めていく。
「ん……グス……、あったか……甘い……。」
「……。」
「……。」
「美味い……。ヒック……、美味いよぉ……っ。」
半分位食べた時、我慢していた涙がポロポロと溢れた。両手で顔を隠しながら、肩を震わせ嗚咽を繰り返す桐山に、樹と智里は何も言わず、そっと背中を撫でた。
「俺、俺……、頑張ってたのに……っ、うぅっ、グスッ、上司も、同僚も、皆して責任擦り付けてきやがって……っ。ヒック、こんなに、あったかい料理、優衣は作ってくれた事なんて、一度もなかった……っ!!」
「……。」
「……俺だけ頑張って、馬鹿みたいで……。本当だったら、あの橋で飛び降りてやろうって思ってた……。」
「……そうだったんですね。」
智里に止められた時は、胃液をどうにかしようとしていた時だったが、実際には、あそこで飛び込んで命を捨てようとした。だが、智里が止めに入ってくれたお陰で、久し振りに他人からの温かい情を感じる事が出来たのも、事実だ。言いたい事を吐き出せて気持ちも落ち着き、残りのフロニャルドを一気に掻き込み、ホットスムージーを飲み干した。
「――ありがとうございました。お陰で、気持ちが軽くなりました。」
「送って行かなくても、大丈夫ですか? なんでしたら、私の部屋で一泊されても……。」
「いえ、これ以上、ご迷惑をお掛けする訳にもいきません。それに、帰ってやる事が出来ましたので。」
ここへ来た時と違い、明らかにスッキリした表情をしている桐山に、樹と智里はホッとした。一応、また何か困った事や思い詰める事があったらいけないので、連絡先を交換してから見送った。
「ふふ、人助けしちゃいましたね。」
「ですが、今は吹っ切れても、また再発する可能性はありますからね。私が出来るのは、この位ですよ。」
「大丈夫。あれだけ泣いて、言いたい事を吐き出して、「やる事が出来た」て言っていたんですから。」
「……そうですね。さぁ、冷えてきたので、ミルクたっぷりのカフェオレでもどうですか? 今日行った喫茶店のマスターに、淹れ方を教えてもらったんです。」
「わぁ、ありがとうございます。」
こうして、捨てられそうになった若い命を助けた樹と智里は、ゆっくりと部屋でカフェオレを楽しんだ。
――後日、桐山から連絡が入った。聞いた時は、目から鱗が溢れた。あの翌日、桐山は退職願いを上司の机に突き出し、働いていた会社を辞めた。そして、別の会社に就職が決まったのだが、そこが実は樹が働いている会社であった。偶然ではあるが、一緒に働けると嬉しそうに話してくれたので、樹は入社祝いにフロニャルドを作ってあげ、また三人で囲んだ。
―本日のメニュー―
・苺のフロニャルド
・野菜たっぷり食事系ホットスムージー
END
①フロニャルドの作り方
材料:苺一パック/卵二個/牛乳ニ五〇ml/小麦粉六〇g/砂糖六〇g/バター十五g/粉糖適量
苺を洗ってヘタを取り、水気を拭く。卵は白身を切るように、よく解く。耐熱容器にバター(分量外)を薄く塗っておく。材料に入れるバターはレンジで温めて溶かす。オーブンは一八〇度で予熱しておく。ボールに小麦粉、砂糖、卵、溶かしたバター、牛乳の順番で入れ、しっかりと混ぜ合わせる。耐熱容器に流し入れて、苺を入れる。予熱しておいたオーブンで三五分から四〇分位焼く。焼き上がったら粉糖をかけて、完成。※温かくても、冷めても食べれます。
②野菜のホットスムージーの作り方
材料:かぶニ玉分(葉も飾りとして少量使う)/長ねぎ(白い部分を五cmに切った物)二個/しょうが五枚/牛乳一〇〇ml/白だし(濃縮タイプ)小さじ一/オリーブオイル適量(焼く様と、仕上げ様)
一口サイズにカットしたかぶと、長ねぎをフライパンに入れ、オリーブオイルをひいて、焼き色が付くまで焼く。皮付きでスライスしたしょうがと、焼いたかぶと長ねぎをミキサーに入れ、軽く撹拌する。温めた牛乳(熱過ぎない方が良い)と白だしも加え、ミキサーで撹拌する。耐熱カップに移し、仕上げにオリーブオイルを回しかけ、刻んだかぶの葉をのせて、完成。




