二十五食目 ドキドキ!! ワクワク!? 学祭デート(後編)
――パンケーキ屋を出てからの時間の経ち方が、とても速かった。色々な所を見て回ったり、食べたりしたのにも関わらず、疲れも感じない。笑顔が絶えないのは、やはり智里が傍に居るからだと、樹は思った。
「――あ、そろそろ教室に行きましょう。良い席、キープしてますんで。」
そう言うと、智里は樹の手を取って走り出した。窓の外を見ると、もう暗くなっていて、屋台には明かりが点いていた。そんなにも時間が経っていたのかと、しみじみ感じる。智里に引かれるまま、智里達の教室に来た。呼び込みをしていた子に、智里が二、三言何か言うと、その子が席に案内してくれた。案内されたのはベランダで、テーブル一つと椅子が二つ向かい合った状態でセッティングされていた。近くまで行くと、そのテーブルの中央には、水を入れた鉢に可愛らしいフローティングキャンドルが数個浮かんでおり、カーテンで仕切られた教室の灯りとで、ほんのり温かい空間を醸し出している。
「では、どうぞお座り下さい。」
「あ、は、はい。ありがとうございます。」
促され、席に着く。ふと、外側の方を見ると、屋台の提灯や裸電球の灯りが煌々と輝き、遠くの方で学生がライブをしているのか、賑やかな曲と歓声が小さくだがこちらまで流れてくる。
「……賑やかですね。」
「今日が最終日ですからね。」
「一日が、あっという間に過ぎてしまいました。とっても、楽しくて。」
「私もです。樹さんと一緒に居れて、いつも以上に楽しかったです。」
智里の顔を見ると、嬉しそうな表情をしながら、頬がほんのりと赤く染まっている。照明やキャンドルの明かりが差しているからではなさそうだった。ドキドキしながら、樹は背もたれに置いたトートバッグに手を伸ばした。
「――お待たせしました。こちら、当学院の先生方が作る学祭最終日限定メニュー、ふわとろオムライスセットになります。」
「っ!!」
「わぁ、待ってました。」
今日の為に用意していた物に指先が触れた瞬間、案内をしてくれた子が、お盆を手に樹達の元へやって来た。緊張していた時に急に声を掛けられ、吃驚した樹は、思いっきり肩を揺らし、トートバッグから手を出した。冷や汗をかきながら、素早く膝の上に手を置く。心臓が止まるかと思った……と、心の中で呟いていたら、テーブルにトンットンッと置かれていくオムライスに目が行った。オレンジ色のケチャップライスの上に、こんもりと置かれた黄色い卵。ソースポッドに入ったトマトソースの色鮮やかな赤色が目を惹く。傍らに添えられた緑黄色野菜の素揚げも、華やかさに拍車をかけている。それに、普段、家で作っているコンソメスープは野菜と肉類をゴロゴロと入れているのだが、これは、本格的な「コンソメスープ」だった。中にはクルトンとパセリ以外入っていないが、香りは濃厚だ。ちょこちょこと食べ歩いたが、この香りの前では涎が勝手に溜まってきてしまう。
「切りますね。」
そう言うと、持っていたナイフで卵に切り込みを入れた。すると、切れた所から半熟の卵が流れ出し、ケチャップライスを覆った。これには、歓声を上げる他なかった。
「どうぞ、ごゆっくり。」
「ありがとうございます。」
「ありがとう。」
お盆を持って立ち去ると、樹と智里はそれぞれの前に置かれたオムライスに目を遣った。半熟状態の卵は照り輝き、皿一杯に広がっている。プロの人が作るオムライスだ。大学の学祭で出すなんて、本当に凄いと思った。
「では、熱い内に……。」
「いただきましょうかっ。」
トマトソースをまんべんなく掛け、互いに「いただきます。」と言った。スプーンを持つと、半熟オムライスにスプーンを通す。掬い上げると、卵とトマトソースがスプーンの端から少しだけトロリと滑り落ちた。まだまだ熱いのか、湯気がしっかりと出ている。息を吹きかけて粗方冷ますと、口の中へ入れた。その瞬間、トロッとした卵の甘みとトマトソースの程よい酸味、そしてケチャップライスの旨味が合わさり、口の中を満たした。
「はふっ、おいひぃ……。」
「んっ、んんーっ。トロットロですねぇ。」
あまりの美味しさに、どんどんオムライスを口に頬張る。残りが少なくなってきた所で、不意に智里が「フフッ。」と笑った。なんだろうと思って智里を見ると、自身の右側の口端を指でトントンと指した。もしかしてと思い、樹が口元を指でなぞると、指先にトマトソースと卵が付いていた。年甲斐もなく口元に付けてしまい、恥ずかしくなって指で何度も擦っていると、智里が席を立って身を乗り出した。そして、樹の手を取ると、樹の口元に花柄のハンカチを宛がった。
「……。」
「はい、これで綺麗になりましたよ。」
ハンカチが離れ、智里が席に着くと、今までポカンとしていた樹だが、さっき自身がされていた事が頭の中でリピートされ、一気に顔が熱くなった。恥ずかしさで樹は狼狽えているが、当の智里は、特に何事もなかったかの様に、スープを啜った。
「――た、食べましたね……。」
「どれも美味しかったですね。スープも、野菜の味がしっかりとしていて濃厚でした。」
「はい……。」
暫くして、オムライスセットを食べ終わった二人。樹は未だ、先ほどの事を引きずっている様子。一方、智里の方はというと、のんびりと外の景色を眺めていた。だが、内心はとても騒がしかった。「今日の樹さん、格好良すぎるっ。」「口元にオムライス付けてる樹さん、可愛かった……っ!!」「さっきの私ったら、なんて大胆な事を……!!」等々……。頭の中は落ち着きがなかった。
「はーいっ、片岡さん、前田っ。デザート持ってきたよーっ。」
「うぇあっ!? さ、佐伯、君!?」
元気な声を張り上げながらベランダへ来たのは、未だ女装姿のままの佐伯だった。だが、若干疲れているのか、化粧が少し崩れている。内心落ち着いていなかった二人は、急に現れた佐伯に肩を揺らした。だが、それに気付いていないのか、特に気にする様子もなく、佐伯は二人の前に皿を置いた。見遣ると、皿には何も乗っていない。佐伯に聞こうと見上げたら、さっさと教室内に戻ってしまった。どうしたんだろうと思って出入り口の方を見るが、一向に誰かが次に出てくる気配がない。首を傾げると、いきなり室内の灯りが消えた。外側の電気は点いているが、いきなり消えたので、樹は吃驚した。
「わわわっ!? て、停電!?」
「……。」
慌てふためいていると、室内の灯りが点いた。ホッとして、机の方に目を落とすと、さっきまで何も乗っていなかった皿の上に、綺麗に包装された箱が置いてあった。
「これ……。」
智里を見ると、少し俯きながら樹の方を見ていた。その頬は赤く染まっており、心なしかモジモジしている様にも見える。もしかしてと思い、箱と智里を何度か見ていると、智里は完全に俯いてしまった。嬉しさに打ちひしがれていると、ハッと思い出した樹は、急いでトートバッグから、先ほど取り損ねてしまった紙袋を掴み、智里の皿の上に乗せた。
「……智里さん、見て下さい。」
「え……?」
樹の言葉に、俯いていた顔を漸く上げた。そして、自身の目の前に置いてある皿の上にある紙袋に気付き、樹を見た。ニコリと笑うと、智里は花が咲いた様な笑顔を見せ、紙袋に手を伸ばした。そして、開けてみて、中身を取り出した。
「わぁ、高級そうな箱……。ジュエリーボックスですね。」
「あ、開けて下さい。」
ホワイトレザー調の箱を開けると、智里は中に入っていた物に息を飲み、樹を見た。その目は、キラキラと輝いている様にも見える。樹は、照れ隠しに頬を掻きながら、「手に取ってみて下さい。」と、小さな声で言った。
「……綺麗。」
智里は、両手の指先でその物を掬い上げた。所々散りばめられているスワロフスキーが、灯りで光り輝くチェーンブレスレット。そんなに値が張る物ではないが、ファッションセンスに疎い樹が、何日も掛けて色々な店を巡り、智里に似合う物を見繕った一品だ。色んな角度から、何度もそのブレスレットを見続けている。その表情がなんとも可愛らしく、ついつい見入ってしまっていた。その視線に気付いた智里は、ハッと我に返ると、いそいそとブレスレットを腕に付けた。
「ど、どうでしょうか……?」
顔を赤く染めながら、腕を見せる。少し緩いのか、はたまた、智里の腕が細いからか、ブレスレットは腕の真ん中ら辺までずれていた。樹は身を乗り出すと、智里の腕を取り、ブレスレットの留め具を外し、手首の所で揺れる位まではめ直した。そして、名残惜しそうに手を放し、椅子に座り直すと、ヘニャリと笑った。
「とっても、似合っていますよ。とても、綺麗です……。」
「っ……!!」
その表情に、益々顔を赤らめる。恥ずかしくなって、さっきまで触られていた腕で口元を隠し、視線を樹から外す。今まで樹に、積極的に触られた事がないので、嬉し過ぎるのと、恥ずかし過ぎるので視界が潤んだ。なんとか樹の視線を逃れようと、智里は震える唇を必死に動かした。
「い、樹さんも、開けてみて下さい……。」
「あ、はいっ。それでは……。」
なんとか、樹の気を反らす事に成功した智里は、椅子の背もたれの方に向き、聞こえない様に息を吐いた。そして、熱くなった顔を手で煽って冷ます。ふと、出入り口の方を見ると、クラスの人達が覗き見ているのが見えた。口にさえ出してはいなかったが、男子が「ヒューッ、ヒューッ。」と囃し立て、女子は、恋する乙女の顔で見ていた。やっとの思いで引いた熱が、クラスの人達によってぶり返してしまった。智里が、文句を言いに行って来ようかと椅子を引いた時、「わぁ……。」と、小さな歓声が聞こえた。振り返ると、樹が箱の中身を手に取って、じっくりと眺めていた。
「樹さんに、似合うかなって思って……。それに、そういうのだったら、会社でも付けれるし……。」
「あ、ありがとうございますっ。気遣いまでしていただいて……。」
樹の手の中にあったのは、シルバーとブラックのシンプルなカフスボタンだった。お洒落好きな鈴井は、シャツにシルバーのデザイン重視のカフスボタンをしているが、これなら、別段目立つ事もなく付けれる。智里の気遣いに、心から感謝した樹は、両手でそれをしっかりと握り締めた。そして、嬉しくて泣きそうになるのを堪え、笑顔を智里に向けた。
「本当に、ありがとうございます。明日から、付けて出社しますね。」
「は、はいっ。」
二人で照れながら笑い合っていると、学祭のフィナーレを告げる花火が打ちあがった。星が瞬く夜空に、小さいながらも綺麗な花が一つ二つと咲いては消えていく。それを見上げながら今日一日を思い返すと、本当にあっという間だった。また明日から、普通の日常が戻ってくる。智里は大学、樹は会社。一緒に過ごせる時間が限られてしまう。だからこそ良いともいえるのだが、今は、この時を楽しもうと誓った――。
――本日のメニュー――
・ふわとろオムライス(緑黄色野菜の素揚げ・トマトソース)
・コンソメスープ
End
①ふわとろオムライスの作り方(二人前)
材料:白ご飯約四〇〇g/鶏もも肉一〇〇g/玉ねぎ二分の一個/酒大さじ一杯/ケチャップ六〇g/有塩バター二〇g/卵六個/牛乳大さじ二杯/塩コショウ適量
玉ねぎは粗みじんにし、鶏もも肉は一口大に切る。ボウルに卵を割り入れ、牛乳と塩コショウを入れて良く混ぜる。(※卵液は、必ず一人分ずつ作る。)フライパンにサラダ油を入れて熱し、鶏肉を入れて色が変わるまで中火で炒める。そこへ、玉ねぎを加えて、しんなりとするまで炒め、酒を加え水分がなくなるまで炒める。更に、白ご飯とケチャップを加え、色が深いオレンジ色になるまで、ほぐす様に炒め、二等分にして器に盛る。ラップを大きめに出しておく。洗ったフライパンに、半量の有塩バターを入れて中火で熱し、溶けたら卵液の半分を入れて半熟になるまで混ぜながら加熱する。緩めの半熟になったら、ラップに出してオムレツ状に畳む。卵の半熟側(縁が上になっている側)を下にしてフライパンに戻し、弱火で数秒熱し、下部の卵に火を通したら、フライパンの上を滑らす様に端へ寄せ、チキンライスの上にのせる。そのままにしていると、卵にだんだん火が入っていくので、なるべく早く縦に切り目を入れ、チキンライスを覆う様に左右に広げたら、トマトソースをかけて完成。(※作中では、緑黄色野菜の素揚げをトッピングにしています。)
②コンソメスープの作り方
材料:コンソメスープの素(顆粒)大さじ三杯/水一・五ℓ/セロリの葉や硬い部分・人参のヘタや皮・玉ねぎの皮等の野菜クズ三〇〇~四〇〇g(※灰汁が出やすい物や苦味が出る物は、あまりお勧めしない。)/塩コショウ適量/酒小さじ一杯/クルトン適量/乾燥パセリ適量
野菜クズを綺麗に洗い、鍋に入れ、水と酒を加えて弱火で二~三〇分程じっくりと煮込む。(時間がある場合、野菜クズを冷凍してから煮込むと、野菜の繊維が壊れて旨味が出やすくなる。)火を止め、ザルを乗せたボウルに流して濾したら、ベジブロスの完成。このベジブロスを鍋に戻し、コンソメスープの素を入れて溶けたら、塩コショウを加えて味を調える。器に注ぎ、クルトンと乾燥パセリを乗せれば、完成。




