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冴えないサラリーマンの、冴える手料理  作者: 九十九ユウキ
第二章 歩み出す調理器具
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28/73

二十三食目 コーディネイトと角煮定食の駆け引き

 何の変哲もない毎日が淡々と過ぎ、樹にとって待ち遠しかった日が明日へと迫っていた。会社のデスクに置いている小さなカレンダーにも、しっかりと赤いペンで花丸を付けている。勿論、システム手帳にも、その日には花丸を付けている。


「明日は、学祭……。明日は、学祭……。」


 パソコンと睨めっこしながら、呟く様は、少々ながらに恐怖を感じる。遠巻きに見ていた同僚や後輩達が、どうした、どうしたと、コソコソ話している。だが、そんな事、樹には知ったこっちゃない。自身も少しながらも協力した学祭なのだ。しかも、愛しい彼女と一緒に回れるチャンスだってある。(すなわ)ち、学生時代、青春してこなかった樹にとっての、憧れである学祭デート。楽しみでしょうがなかった。なので、今日は絶対に残業しない。否、したくない。その一心で、キーボードを叩く。


「片岡、なんか良い事でもあった?」

「え、あっ、岡元先輩……。いや、あった、と言いますか……。明日、あるって言うか……。」


 缶コーヒー片手に、樹のデスクに来た岡元に、チラチラとカレンダーを見ながら言葉を濁す。その様子に、片岡は疑問符を浮かべたが、カレンダーをしきりに気にしている樹に、ピンッときて、口角を上げた。


「はっはーん。明日は、デートかぁ。良いなぁ、若いなぁ。」

「せせせ、先輩っ!! 声、大きいっ……!!」

「デートするなら、服装はちゃんとしていけよ。普段通りじゃあ、幻滅されるぞ。」


 ガハハハッと、大きな声で笑いながら、自身のデスクに戻っていく。その後ろ姿をポカンと見送っていたが、暫くして、片岡の言葉が頭の中でループした。デートなら何度もしていたが、学祭だと、智里の友人達の目にも晒される事になる。いつもと同じ様な服で行けば、もしかしたら智里に恥をかかせる事になるかもしれない。青ざめた樹は、更にタイピング速度を上げ、資料作成等の業務を済ませた。そして、早めに昼休憩をとると、一目散に会社を飛び出した。


「――……はぁーあ、デートとか羨まし過ぎだし。」

「? デート?」


 ――会社の屋上。ベンチに腰掛け、口紅を引き直したりしながら話をしていたのは、昼食を済ませた御木本と田嶋だった。御木本の言葉に、少し興味が沸いた田嶋は御木本に詰め寄った。意外にグイグイくる田嶋に、こんな人だっけ……。と、思いながら、先ほどあった事を話した。すると、恋する少女の様に目を輝かせた。


「んんーっ、遅いながらに来た青春ですねっ。甘いっ。」

「だ、だよねー……。」

「恐らく、片岡さんの事ですから、情報を得る為に、雑誌を買い込みに行ったと思われますね。」

「あー、あるある。片岡さんならあり得るわ。」


 本屋の男性ファッション雑誌が並ぶコーナーに、樹が居て、片っ端から雑誌を籠に入れている様が、容易に頭に浮かぶ。御木本は、口紅をポーチに仕舞うと、徐にポケットの中からマーブルチョコを取り出し、一粒口に放り込んだ。田嶋にも差し出すと、一瞬キョトンとされたが、振ってみせると両手を出してきたので、思いっきり入れ物を振って、手から零れない程度にチョコを出してあげた。


「でもさぁ、同期組として、浮ついた話がこれっぽちもなかった人に、急に花が咲くとさ、「あ、私、取り残されちゃってるなぁ。」って、思う訳なんだよね。」

「まぁ、分かりますね。私も学生時代の友達と飲みに行ったりすると、大概話題に入ってくるのが、彼氏の事だったり、旦那さんの事だったりするんですよね。その時は、笑って受け流すんですけど、やっぱり心の中では、羨ましかったりしますね。」


 ポリポリと一粒づつ食べながら、しみじみと話す。御木本も、一粒口に放り込む。ポリッと噛んでいたら、話のタネになっていた人物が、会社に向かって走っているのが見えた。


「分かりやすいね。」

「特徴が薄いのが、特徴ですからね。しかも、そんな人が大きな手提げ袋を持ってたら、余計に目立ちますね。」


 悪気はないのだろうが、微笑みながら何気に樹を貶している田嶋に、頬を引きつらせた。ベンチから立ち上がり、フェンスに寄りかかりながら下を見下ろす。体力がないのか、会社の前で膝に手を付いて息を整えている。


「あれ?」

「んぐっ、ふぉうされました?」


 変な返事を返されたので見ると、田嶋が口一杯にマーブルチョコを頬張っていた。やっぱり、職場での華やかで気品のあるイメージと違っているので、少し拍子抜けしてしまう。苦笑いしながら、御木本は田嶋を手招きした。田嶋は口元を押さえながら傍まで来て、下を見下ろす。


「あの紙袋ってさぁ……。」

「ブティックの紙袋ですね。しかも、そこそこ良いブランドですよ。」

「やっぱり。でもさぁ……。」

「あー、これはチェックが必要な予感ですね。」


 互いに顔を見合わせると、ニヤリと口角を上げた。自分達の私物を小脇に抱えると、直ぐ様、屋上を後にした。勿論、行先は樹の元。この会社にはエレベーターが無いので、階段を使っていれば入れ違いになっていない限りは、必ず会える。足早に階段を降りていると、反対に上ってくる音がした。


「あっ。」

「あ。」

「片岡さんだぁ。」


 樹と出くわした途端、田嶋の口角が更に上がった。素早く樹の片腕を掴むと、反対側を御木本が掴む。美女二人に囲まれた樹は、どうすれば良いのか分からず、ただ右往左往していた。


「さぁ、行きますよっ。」

「えっ、ええっ!? いい、一体、どこへ!?」

「気にしない、気にしないっ。」

「えぇぇぇっ!?」


 どうする事も出来なかった樹は、引きずられる様に二人に連れていかれた。そして、連れていかれた先は、使われていない物置だった。


「え、ちょっ、な、何……?」

「さぁ、片岡さーん。その紙袋の中身を見せて下さーい。」


 語尾にハートが付いている様な、猫なで声でにじり寄る田嶋に、後ずさる樹。傍から見ていたら、この状況はイジメをしている現場の様だ。御木本は、変な手つきで詰め寄っている田嶋を引き留め、事情を説明した。最初は楽しんでいたが、未だに身体を震わせている樹を見ていたら、なんだか可哀そうになってきた。


「すみません、片岡さん。」

「あぁ、いえ。大丈夫ですよ。」

「まぁ、その罪滅ぼしも兼ねて、私達がファッションチェックしてあげますよっ。」

「じゃ、じゃあ、宜しくお願いします。」


 漸く心を開いてくれた樹が、紙袋を漁りだす。この、一見地味で冴えないサラリーマンが、一体、どんな服を買ってきたのか、単純に興味がある。ワクワクしていると、樹が買ってきた物を次から次へと前に出した。


「こ、これは……!!」

「なんと……!!」


 樹が取り出したのは、カーキのリネンシャツ、白黒のボーダーTシャツ、黒のスキニーパンツ、白のPUレザースニーカー、そして小物に、グレーのキャンパス地トートバッグ、腕時計、リングネックレス。ファッションには疎そうな樹が、選びそうにない、お洒落な物ばかりだった。これには、御木本と田嶋もビックリ。マジマジと見詰めていると、樹が照れくさそうに呟いた。


「……何を着たら良いのか分からずに、適当なお店に入ってみたら、偶然、鈴井さんが居まして。」

「なーるほど。彼に見立ててもらったのね。」

「は、はい……。お恥ずかしながら……。」


 流石と言わざるを得ない。部内でも、男前でファッションセンスがあり、女受けをよく知っている鈴井なら、地味な樹をコーディネイトするのもお手の物と言った訳だ。納得していると、いつの間にか服を仕舞い終わった樹が、困った顔をしていた。


「ただ、「コーディネイトした代わりに、何か夕飯に美味しい物を奢って。」と、言われまして……。」

「なんじゃそりゃ。」

「鈴井さんって、意外と見返りを求めるタイプだったんですね……。」


 善意でしてあげたものだと思っていたが、そうでもなかった様だ。その事を知って、少しだけ、二人の間に鈴井の見方が変わった。


「でも、美味しい店なんて、私は知らないんですよね……。大概、自分で作るか、コンビニですし……。」

「あー、それは参りましたね……。」


 あの鈴井の事だ。絶対にレストランとかじゃあ気が済まないだろう。隠れ家的な店を要求してくるに違いない。頭を悩ませていると、不意に田嶋が手を上げた。


「そんなに悩まなくても、片岡さんの手料理食べさせあげたら良いじゃないですか。」


 田嶋の一声に、御木本と樹はポカンと口を開ける。暫く沈黙が続いたが、田嶋が小首を傾げた瞬間、我に返ったかの様に「ああああっ!!」と、御木本が叫んだ。あまりにも大きな声に、樹の肩が震えた。


「そうですよっ。美味しいご飯処に連れて行かなくても、片岡さんには手料理があるじゃないですかっ。」

「そ、そうでしたっ。つい、お店じゃないといけないって思い込んでて……。でも、私の料理で喜んでもらえるか……。」

「何、言ってるんですか。その手料理の味で、彼女さんの胃袋を掴んだんでしょうがっ。前に作ってもらった生姜焼きだって美味しかったんですから、自信持ちなさいっ!!」


 背中を叩き、喝を入れる。勢いでよろめいたが、直ぐに立ち直り、両手で握りこぶしを作った。


「よ、よしっ。頑張って今夜作りますっ!!」

「そのいきですよっ!!」

「じゃあ、まだ昼休憩の時間が余っているので、食材を買ってきますっ。ありがとうございましたっ!!」


 ブティックの紙袋を肩に掛け、深々とお辞儀すると、一目散に部屋を飛び出していった。その後ろ姿を見送ると、田嶋が「ニシシッ。」と笑った。意味深な笑い方に、御木本は頬を引きつらせる。


「どうしたの……?」

「いやいや、何気に御木本さんも片岡さんに胃袋掴まされちゃってるんだなぁ、ってね。」

「んなっ!?」


 「そんな事はない。」と、言いたかったが、嘘を吐けない。本当に、夕食で食べさせてもらった生姜焼きは、店で食べる物よりも美味しかったのだから。だいぶ月日は経っているが、今でもその美味しさは鮮明に頭に刻み込まれている。唇を噛み締めていると、田嶋はスキップしそうな勢いで部屋を出ていった。


「ふふふ、明日にでも、鈴井さんに何を食べさせてもらったのか、聞かないとねー。」


 ――そして、その日の夜。樹は、鈴井を自身の部屋へ招いた。


「なんだ、良い店連れてってもらえるかと思ったら、お前の部屋かよ。コンビニ弁当なら、ゴメンだぜ?」

「そ、そんな事する訳ないじゃないですか。ちょっと、待っててくださいね。」


 そう言って、台所の方へ向かった。残された鈴井は、出された緑茶に手を付けながら、部屋を見渡す。特に、変哲もない殺風景な部屋。だが、男の一人暮らしにしては、綺麗に整理整頓されている。鈴井も一人暮らしをしているが、彼女が居るので、週に二、三度遊びに来ては、彼女が綺麗にしてくれる。その辺りは、樹の性分なのだろうと、勝手に解釈した。それにしても、この部屋に来た瞬間から漂う、美味しそうな香りには、さっきまで文句を言っていた鈴井も、腹を鳴らす。コンビニ弁当をレンチンした香りじゃない、本格的に作った手料理の香り。思わず、口の中から垂れだしそうな位溜まっている唾液を飲み込んだ。早く、早くと、ソワソワしていると、お盆を持った樹が台所から出てきた。我慢の限界を迎えそうなのを悟られない様に、ビシッと背筋を伸ばす。


「すみません、お待たせいたしました。」

「い、いや。構わねぇよ。」

「夕食は、角煮定食です。」


 目の前に、お盆を置かれ、鈴井は目を見開いた。大鉢には、ツヤッツヤに照り輝いている分厚い豚バラの角煮と、程よく半熟になっている煮卵。小鉢には、ほうれん草のお浸し。汁物には、豆腐とワカメの味噌汁。ご飯は、雑穀米。正しく、和食店の王道。角煮のこってりとした香りと、味噌の香ばしい香りが、鼻を擽る。折角、飲み込んだ涎が、口を満たしてしまった。さっきまで控えめに鳴っていた腹の虫も、遠くに居ても聞こえる位、盛大に鳴り出した。


「お腹、空きましたね。では、頂きましょう。」

「っ……。い、いただきますっ。」


 震える箸で、お浸しを摘まみ、口に入れる。しっとりとしたほうれん草に、出汁が良く絡んでいて、噛む度に、ほのかに感じる甘みと出汁の旨味が口に広がる。少ししか盛られていなかったので、あっという間に無くなってしまった。次に、角煮だ。豚バラに箸を落とすと、信じられない程、スッと切れた。目の前まで持ち上げると、脂身と赤身が綺麗な三層に分かれており、ちょっと揺らしただけで、フルフルと震えた。一口頬張ると、まるで魔法の様に一瞬で蕩けた。だが、口の中には、確かに豚バラの甘みと醤油の味がしっかりと残っている。もう一口、もう一口と、箸が進む。


「鈴井さんは、お肉系のおかずが好きなんですか?」

「……え?」


 樹に話しかけられて、漸く気付いた。最初に手を付けたお浸し以外に目もくれず、角煮を食べ続けている。もう大鉢に乗っていた豚バラは無くなっていた。思わず赤面してしまう。他の物も美味しそうなのにも関わらず、角煮だけに目をやっていた。いつも、スタイリッシュに事欠かす事などないのに、この魅惑の豚バラには勝てなかった。どう言い訳をしたら良いのか、頭を回転させていると、不意に樹が立ち上がり、また台所の方へ行ってしまった。どうしたのだろうかと思っていると、樹が大きな鍋を持って台所から戻って来た。


「もしかしたら足りないかと思って、沢山炊いておいたんです。良かったら、しっかりと食べて下さい。」


 蓋を開けると、煮卵と角煮が所狭しと敷き詰められていた。思わず、ゴクリと喉を鳴らした。だが、ここで箸を伸ばしてしまったら、更にイメージダウンしてしまう。それだけは避けたい鈴井は、頭を横に振った。


「い、いやいや。俺ばっかりが食べてちゃ悪いだろ。あ、そうだ。彼女ちゃんに食べさせてやれよ。明日は学祭で、今日も未だ準備してんだろ? 疲れてる時こそ、美味い飯が染みるもんだぜ?」

「大丈夫ですよ。ちゃんと彼女の分は別に取ってありますから。」


 完全に墓穴を掘ってしまった。彼女に一途な樹の事だから、ちゃんと分けている事位、容易に考え付く筈なのに、欠落してしまっていた。肩を落とす鈴井は、チラッと樹を見た。ニコニコしている。悪気も何にも感じない。鈴井は一つ溜め息を吐くと、鍋に箸を伸ばした。


「……俺が肉好きなの、絶対に社内の奴等には言うなよ。」

「? はいっ。分かりました。」


 角煮を更に頬張る。タレが、口の周りを汚していても知らない。今度は、雑穀米と一緒に食べる。普通の白米とは違う食感に、舌鼓を打つ。そして、トロットロの半熟煮卵を一口。しっかりとタレが浸み込んでおり、黄身が更に濃厚に感じる。口をリフレッシュさせる為、味噌汁に手を伸ばす。彼女が作ってくれる味噌汁とは一味違い、香ばしさを感じる。あまりの美味しさに、一気飲みしてしまった。ガツガツと食べる鈴井に、樹は心の中がホッコリした。


「――あぁ、美味かったぁ。」

「お粗末様でした。」


 少し出っ張った腹を擦りながら、鈴井は「ふぅ。」と、息を溢した。大きな鍋に入っていた角煮は、全て鈴井の腹の中に納まった。皿に盛っていた物も、舐めたかの様に綺麗さっぱり無くなっている。


「いやはや、岡元さんに聞いてはいたけど、マジでお前の料理美味いわ。」

「そ、そんな事ないですよ……!!」

「これも、その噂の彼女ちゃんのお陰なのかねぇ?」

「ち、ちがっ……!!」

「照れるな、照れるな。ま、明日は頑張って楽しめよ。」


 そう言うと、鈴井は自身が持ってきていた荷物を持ち、ゲップをしながら玄関へ向かった。樹も、慌ててそれに続く。スニーカーを履き、玄関の扉を開ける。


「ほんじゃ、今日はご馳走様でした。」

「こちらこそ、ありがとうございました。」

「良いって。同期の馴染みだろ。また困った事があったら、この鈴井さんに相談しろよ。その時は、お前の料理で手を打ってやるからさ。」


 ウィンクしながら言う鈴井に、苦笑が零れてしまった。だが、今回の様に、樹が苦手とするジャンルについて相談出来たのは、本当に心強かった。再度、お礼を言うと、「じゃあな。おやすみー。」と、言って扉が閉まった。急に静かになった部屋に、少しだけ物悲しさを感じた樹は、智里が戻ってくるまでに食器の片付けをする事にした。


「――はぁ、マジで良い主夫過ぎんだろ。片岡の奴……。」


 ――帰り道。電灯がポツンポツンと光っている道路を、先ほど食べた物の味を思い出しながら歩いている鈴井。自身の彼女も料理が上手い方だが、樹の手料理は群を抜いていた。店の味、と言うよりも、家庭の、母親の料理の味がした。外食等で舌の肥えた鈴井には、身体の奥底まで染み渡る味だった。


「彼女ちゃんが羨まし過ぎるし……。――……ん?」


 タバコをふかそうと、口に咥えていると、前方から懐中電灯片手に大きな手提げバッグを持った女性が歩いているのが見えた。しかも、知っている女性だ。鈴井はタバコを胸ポケットに隠すと、女性に声を掛ける為、近付いた。


「こんばんは、片岡の彼女さん。」


 前から来ていたのは、智里だった。一度、会社の方に智里が来た時に、女性の顔と名前を覚えるのが得意な鈴井は、智里の事を覚えていた。いきなり声を掛けられた智里は、ビクッと肩を震わせたが、鈴井の顔を見ると、強張らせていた顔が少し緩んだ。


「あ、確か……、樹さんの会社の方、でしたよね? こんばんはです。」

「そ、鈴井って言うの。覚えてね。それにしても、凄い荷物だね。大丈夫?」

「大丈夫ですよ。これら全部、明日の試作品ばっかりなので。良かったら、鈴井さんもお一つどうぞ。」


 そう言って、手提げバッグから、可愛らしくラッピングされた物を渡された。鈴井は、営業スマイルを振り撒きながら、受け取った。見てみると、中身はブラウニーの様だった。香り的には、チョコレートの香りと香ばしいナッツの香りが引き立っているが、甘い物はあまり得意ではない。だが、女性に貰える物は、嫌な顔せず受け取るのが鈴井流。家に帰ったら、彼女にでもあげようかと思案していたら、智里が口を開いた。


「それ、男性客用にビターチョコを使っていますので、甘くないですよ。あ、もしかして、甘い方が良かったですか?」


 見透かされたかと思い、ドキッとする。だが、彼女の行動を見ていると、そうでもない事が分かった。慌てて手提げバッグを漁っている辺り、鈴井が甘党なのではないかと思っているのだろう。鈴井は、智里が甘いのを取り出す前に、止めに入った。


「大丈夫だよ。甘いのは、ちょっと苦手でね。苦いのであれば食べれるし。気遣い、ありがとう。」

「とんでもないです。それでは、私はお(いとま)しますね。おやすみなさい。」

「あぁ、おやすみ……。」


 ペコリと頭を下げ、鈴井の横を通り過ぎる。その後ろ姿を見送りながら、貰ったブラウニーの袋を開け、一口齧った。ほろ苦いチョコレートに、香ばしく焼かれた細かいナッツが、絶妙にマッチしている。もう一口と、どんどん口の中に入れていく。


「うっま……。」


 樹が、頻繁に大学に行っては試作に力を貸していた事を知っている鈴井は、コレ、片岡の入れ知恵だろうなと、口の周りにカスを付けたまま、星が煌めく寒空を眺めながら思った――。


「――ただいま帰りました。」

「あ、お帰りなさい。智里さん。今日も遅くまでお疲れ様です。今日は、角煮定食ですよ。」

「ありがとうございますっ。あ、そういえば、先ほど樹さんの会社の方とすれ違いまして、その時、新作の持ち帰り用のブラウニーを渡したんですよ。」

「そうなんですか。あれ? でも俺、レシピの中にはブラウニー入れてなかったですよね?」

「ふふっ、私達で考えて、甘い物が苦手な人でも食べれる物を作ろうって事になって、それで試作品としてビターチョコのブラウニーを作ったんです。樹さんも、どうぞ。」

「いただきますっ。ん、丁度良いほろ苦さですねぇ。紅茶やブラックコーヒー、ちょっと強めのお酒にもよく合いそう……。」

「んんーっ。角煮トロットロォ。頬が蕩けちゃうよぉ。」


――本日のメニュー――

・雑穀米

・豚バラブロックの角煮(半熟卵付き)

・ほうれん草のお浸し

・焦し味噌の味噌汁(豆腐・ワカメ)

・緑茶

・ブラウニー(ビター)






End

①豚バラ角煮の作り方

材料:豚バラ肉(塊肉)六〇〇~六五〇g/長葱の青い部分一本分/生姜一片/炭酸水(無糖)七〇〇ml/A酢五〇ml/A酒五〇m/Aしょうゆ大さじ四杯/A砂糖大さじ四杯/Aみりん大さじ一杯/卵適量

 豚バラ肉は三~四cm幅にカットし、室温に戻す。生姜は薄切りにしておく。フライパンにサラダ油を薄く塗り、豚バラ肉を全面焼き目がつくまで焼く。焼けた豚バラ肉の油を切って鍋に移し、長葱の青い部分(長ければ、切る)と生姜を加え、炭酸水を注ぐ。中弱火にかけて蓋をして三〇~三十五分煮込み、途中キッチンペーパー等を浸して灰汁を取り除く。その間に、別の鍋に卵がかぶる位の湯を沸騰させ、お玉で一つずつ卵をいれ、中火できっちり7分茹でる。茹でれたら鍋を火から降ろし、冷水に移して皮を剥く。葱と再び浮いてきた灰汁を取り除き、Aの調味料を加え、再び三〇分、中弱火で煮汁が半分程になるまで煮込む。火を止めたら一度上下を返しておく。火を止めた角煮の鍋に卵を入れ味を染み込ませる。(※この時、加熱はしない様に。)食べる直前に再加熱し、沸騰したら火を止め、先に卵を取り出して半分に切り、角煮と一緒に器に盛りつければ、完成。


②ほうれん草のお浸しの作り方

材料:ほうれん草一束/塩小さじ一杯/A酒大さじ二杯/Aみりん大さじ一杯/顆粒和風だし小さじ一/二杯/しょうゆ小さじ一杯/かつお節適量

ほうれん草を根元がついたままよく洗い、塩を入れた湯にほうれん草を根元の方から入れ、二~三分茹で、冷水に取る。鍋にAを加え、一分程沸騰させてアルコール分を煮切り、そこへ顆粒和風だし、しょうゆを加えて混ぜる。水気をよくきったほうれん草を四~五cmに切ってダシに浸し、器に盛って、かつおぶしをかけたら完成。


③焼き味噌汁の作り方

材料:●味噌大さじ二杯/おろし生姜小さじ一杯/◆だし汁二カップ/豆腐一/二丁//大根おろし適量/万能ねぎ適量/ワカメ適量

●を混ぜ、アルミホイルにごま油を塗り、トースターへ入れて焼き味噌を作る。こんがりと焦げ目が付き、香ばしい香りがしてきたら取り出す。鍋にだし汁を入れて沸騰させ、豆腐、大根おろしを加え、焼き味噌を溶き、再度沸騰する直前に火を止める。器に万能ねぎとワカメを入れ、汁を注げば、完成。


④雑穀米の炊き方

材料:米二合/水(今回は、二合分)/雑穀米三〇g/水六〇ml

 下準備として、米を洗って水気を切っておく。内釜に水気を切った米を入れ、水を白米の二合の目盛りまで入れる。雑穀米と水六〇mlを追加して入れ、全体をかき混ぜて、三〇分程置いて浸水させる。通常通りにスイッチを入れる。炊けたら、しゃもじで全体をほぐし、器に盛り付けて完成。


⑤ブラウニーの作り方(丸型十五㎝)

材料:製菓用ダークチョコレート一〇〇g/無塩バター五〇g/バニラオイル四~五滴/グラニュー糖五〇g/インスタントコーヒー小さじ一/二杯/卵一個/A薄力粉五〇g/Aピュアココア一〇g/Aベーキングパウダー小さじ一/二杯/アーモンドナッツ(ロースト済み)四〇g/粉砂糖適量

 下準備として、オーブンを一八〇℃に予熱する。型にオーブンシートを敷く。Aの粉類を合わせて振るっておく。アーモンドナッツを粗めに刻んでおく。粗く刻んだダークチョコレートと無塩バターをボウルに入れ、湯せんにかけて溶かしながらゴムベラで混ぜる。バニラオイル、グラニュー糖、インスタントコーヒー、卵を順に入れ、その都度よく混ぜる。振るっておいた粉類を入れ、ゴムベラで粉気がなくなるまで混ぜる。刻んでおいたアーモンドナッツを入れて軽く混ぜ、オーブンシートを敷いた型に流し入れ、机に二、三度落として空気を抜く。予熱しておいたオーブンで、十八~二〇分焼く。竹串を刺して、生の生地が竹串に付かなければ焼きあがり。網に乗せて冷まし、食べやすい大きさに切る。粉砂糖を茶漉し等で振るえば、完成。

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