白魔法使いの聖女誕生と学園に思いを馳せるアイラたち
減ったキャラクター反映版です。
ある日、アルジェント公爵邸の広大な庭園に設けられたテラス席で、アイラとリリアは、すっかり入り浸るようになったセリアと共に、和やかなティータイムを楽しんでいた。
「わぁっ! このクレープっていうお菓子、生地がもっちりしていて、中に生クリームとフルーツがたっぷり入ってて……最高です!」
「ふふん、でしょ? これも私の夢のレシピから料理長が再現してくれた自信作だからね」
ほっぺたを落とさんばかりに感動しているセリアに、アイラは得意げに胸を張った。
カロリー消費魔法理論を知った彼女は、今やアイラに負けず劣らずの立派なスイーツファイターへと成長しつつある。
「……お前ら、またそんなに甘いものを食って……。後でしっかり魔力消費の特訓に付き合わせるからな」
サミュエルが向かいの席で呆れたように紅茶を飲んでいる。
王都での教会の名代として忙しいはずなのに、妹の監視という名目でよく公爵邸に顔を出している。
もちろん、レオンハルトとセオドアも得体の知れない教国の人間から妹たちを守る! とばかりに、少し離れた場所で書類仕事をしながら目を光らせていた。
そんな平和な午後のひとときに、意外な客が現れた。
「――公爵閣下。神聖ルシエラ教国のバルバトス枢機卿が、お嬢様方に面会を求めておいでです」
執事長の声に、テラスの空気がピリッと引き締まった。
バルバトス枢機卿。先日、隣国が仕掛けた静かなる戦争の賠償交渉に介入してきた、あの白髪の老人だ。
その後、隣国の不穏な動きを探るために一度帰国し、悪魔の洗脳による戦争特化国家と化したサイフリート王国で音信不通になっていたはずだが。
「バルバトスが⁉ 無事に戻られたか!」
サミュエルが立ち上がる。レオンハルトが顎でしゃくると、執事長に案内されて、純白の法衣に身を包んだバルバトス枢機卿がテラスへと姿を現した。
「……突然の訪問、平にご容赦願いたい」
以前、王宮の謁見の間で会った時のような、あの底知れぬ威圧感は鳴りを潜めていた。
どこかゲッソリと疲労した顔つきだが、その瞳には、アイラとリリアに対する強烈な畏敬の念が宿っていた。
「枢機卿殿。サイフリート王国で消息を絶ったと聞いていたが、無事だったようだな」
「はい、レオンハルト公爵閣下。……それもこれも、全てはそこにおられる奇跡の代行者たる双子のお嬢様方のおかげです」
枢機卿はそう言うと、アイラとリリアの前に進み出て、なんと深々と、地に頭がつくほどのお辞儀をしたのだ。
「えっ⁉ ちょっと、おじいちゃん、そんなに頭を下げないでよ!」
教国のトップ2とも言える大人物の平伏に、アイラは思わずクレープを落としそうになった。
「面を上げよ、枢機卿殿。……サイフリート王国で、何があった」
「……はい。私がサイフリート王国へ和平の説得に向かった際、あの中枢は既に、人間の皮を被った悪魔どもに完全に乗っ取られていました。私も囚われの身となり、開戦のための生贄にされようとしていたのです」
枢機卿は、震える声で当時の恐怖を振り返った。
「もはやこれまでと覚悟を決めた時……突如として、天から数多の本物の天使様が降臨なされたのです。天使様たちは圧倒的な御力で悪魔どもを瞬く間に浄化し、我々を救い出してくださいました。……その際、部隊長とおぼしき天使様が、こう仰ったのです」
枢機卿は、熱を帯びた瞳でアイラを真っ直ぐに見つめた。
『アルジェント公爵家の、銀髪の探偵令嬢からの急報がなければ、対応が遅れるところだった。あの娘たちに感謝するがいい』
「……あー、なるほど。天使さん、そんなこと言ってたんだ」
「おおお……! つまりアイラ様とリリア様が、天使様と直接言葉を交わし、世界を救う神託を下されたのですね! 教会において、これ以上の奇跡はございません! 本当に、何と御礼を申し上げればよいか……。アイラ様、リリア様。我々教会の信徒一同、お二人の御恩は未来永劫忘れません」
「あ、はい。どういたしまして。でも、わざわざお礼を言うためだけに来たわけじゃないですよね?」
アイラが核心を突くと、枢機卿は居住まいを正し、真剣な表情になった。
「……お見通しの通りです。アイラ様。実は、お二人に一つ、どうしてもお願いしたい儀がございます」
「お願い?」
「はい。今回の隣国の一件で、我々人間がいかに悪魔の力の前で無力か、痛感いたしました。教会には長年蓄積された対悪魔の結界術や祓魔の儀式がありますが、高位の悪魔相手には時間稼ぎにしかなりません。……もし今後、教会が悪魔絡みの重大な事件を察知し、我々の手に余る事態となった場合」
枢機卿は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「現在、人間界において唯一、天使様と直接連絡を取る手段をお持ちのアイラ様とリリア様に、教会の緊急連ホットラインとなっていただきたいのです」
「緊急ホットライン?」
「はい。通常の教会への対応や窓口は、これまで通りサミュエル様にお願いいたします。しかし、サミュエル様が不在の時や、一刻を争う緊急事態には、教会の特使が直接お嬢様方の元へ伺い、助けを……天使様への救援要請を頼み込めるようにしていただきたいのです」
要するに、教会で手に負えない悪魔が出たら、アイラ経由で天使様を呼んで物理でボコボコにしてもらいたい。という、超実利的なお願いだった。
「……なるほどね」
アイラは顎に手を当てた。天使を呼ぶ儀式自体は、ハーフであるセナに聞けばいつでもできる。
でも、わざわざ教会の下請けみたいなことをして、厄介事に首を突っ込むのは面倒くさい。
レオンハルトとセオドアも、我が家の令嬢を教会のパシリに使う気か! と背後で殺気を放ち始めている。
「……お断り、と言いたいところだけど」
アイラは、ニシシと悪戯っぽく笑い、空になったクレープのお皿をコンと叩いた。
「別に、天使に連絡してあげるくらいなら、やってもいいですよ。……ただし!」
「た、ただし?」
「私が連絡窓口になるっていうことは、それなりの手数料をもらうってことですよ。教会のお偉いさんが頼みに来る緊急事態なんでしょ?なら、教国にしかない最高級の特産スイーツとか、王都じゃ手に入らないような珍しいお茶菓子を、毎回山盛りで持参してください。話を聞くのは、それを食べてからです」
アイラのブレない買収条件を聞いた瞬間、レオンハルトとセオドアはズッコケて、サミュエルは腹を抱えて大笑いし始めた。
「ぶわっははははっ! さすがアイラ嬢! 神聖な奇跡の代行を、お菓子の対価で引き受けるとは! うちの親父【教皇】が聞いたら卒倒するぜ!」
「いいじゃないですか、お兄様! 私、お使いのついでに教国の美味しいお菓子をアイラ様たちにお届けできるなら、特使に立候補します!」
セリアまで嬉しそうに飛び跳ねている。
「す、スイーツの持参……! そ、それで天界の救済が得られるのであれば、安いものです! すぐに教国のパティシエを総動員し、最高品質の献上品を準備するよう手配いたします!」
枢機卿は、アイラの図太すぎる要求にあっさりと頷き、安堵の涙を流して深く拝命した。
「よし、交渉成立ね。これで私のおやつリストに、教国の絶品スイーツが恒久的に追加されたってわけだ。リリア、やったね!」
「はい、お姉様! 私、教国のチョコレートが食べてみたいです!」
異端審問の恐怖から一転、教会のお偉いさんすらも、お菓子のデリバリー業者にしてしまったアイラ。
悪魔の陰謀は恐ろしいが、美味しいご飯とケーキが保証されているのなら、天使という名の助っ人を呼ぶくらい安い御用だ。
公爵家と教国を結ぶ甘くて強力なホットラインが構築され、アイラたちの無敵のグルメ・ネットワークは、また一つ盤石なものとなったのだった。
バルバトス枢機卿が教会の緊急ホットラインを開設して帰っていった。
その後、昼食を取り終えたアイラたちは、広大な訓練場で、アイラ、リリア、そして教国の令嬢セリアの九歳トリオが、汗を流しながら猛烈な特訓に励んでいた。
「はぁっ! 黒炎の呪弾【アビス・バレット】!」
「合わせます! 浄化の光【クリア・レイ】!」
「えいっ! 神聖なる光球【ホーリー・スフィア】!」
訓練場に設置された頑丈な魔導標的に向かって、三色の魔法が次々と撃ち込まれる。
一見すると真面目な魔法の修行風景だが、彼女たちの目的はただ一つ。
「ふぅ……! 今ので、ティータイムで食べたクレープ三人前とフルーツタルトのカロリーは消費しきったわね!」
「はい、お姉様! なんだかお腹が空いてきました!」
「私もです! 魔法って、本当にカロリーを使うんですね!」
そう、これは食べたおやつのカロリーを消費するためのダイエット特訓である。
アイラの提唱した魔力にカロリーを乗せて燃焼させる。
というトンデモ理論を完全に信じ込んだセリアは、教国の堅苦しい祈りの作法を放り投げ、アイラたちと一緒にガンガン魔法を撃ちまくる武闘派スタイルへと変貌しつつあった。
「よし、カロリーも消費したし、マリーにおやつのおかわりを……」
アイラが杖を下ろし、額の汗を拭った、その時だった。
『ピコンッ♪』
突如として、アイラの脳内に軽快な電子音が鳴り響いた。
隣にいたリリアも声を上げる。
「お姉様、またあの音が……!」
「ええ。カロリーを限界まで燃やして魔力を使ったから、熟練度が上がったのね」
アイラたちの目の前の空間に、半透明の青いシステムウィンドウがポップアップした。
以前、王宮の宝物庫で現れたのと同じ、あのゲームのような画面だ。
『アイラ:パッシブスキル。暴食の代償【カロリー・コスト】解放。黒魔法の代償を、摂取したカロリーで完全に代替可能になります。食べれば食べるほど魔力上限がアップします』
『リリア:新スキル。真実の眼【トゥルー・サイト】解放。隠蔽された魔力や結界、隠し扉などを視覚的に捉えることが可能になります』
「うおおっ! ついに食べれば食べるほど強くなるっていう、私にとって都合の良すぎるチートスキルが出た!」
「お姉様、私、なんだか周りの景色がもっとハッキリ見えるようになりました! あそこにある訓練用の隠し落とし穴も、赤く光って見えます!」
アイラとリリアが新しいスキルの説明を読みながらキャッキャと喜んでいると。
「あ、あの……アイラ様、リリア様」
彼女たちの後ろで、セリアが震える声で話しかけてきた。
振り返ると、セリアはアイラたちの目の前の何もない空間――システムウィンドウが表示されている場所を、食い入るように見つめているではないか。
あれ?このウィンドウって、私とリリアにしか見えないはずじゃ……と、アイラは思った。
以前、ジュリアン殿下やセオドアには全く見えていなかったはずだ。
しかし、セリアの碧い瞳は、明らかに空中に浮かぶ光の文字を捉え、感動でウルウルと潤んでいた。
「お、お二人の目の前に、神々しい光の文字が浮かんでいます……! もしかしてこれ、天使様からの神の啓示ですか⁉」
セリアは両手を胸の前で組み、キラキラとした尊敬の眼差しをアイラたちに向けてきた。
まあ、古の魔法使いのシステムだから、教国の彼女から見れば神の啓示みたいなものかもしれない。
「まあ、そんなとこかな」
適当に頷こうとした、その瞬間。
『ピコンッ♪』
「ひゃっ⁉」
今度は、セリア自身がビクッと肩を跳ねさせた。
そして、目を丸くして自分の目の前の空間を見つめる。
「アイラ様、リリア様……! わ、私にも、光の文字が出ました!」
「えっ、セリアちゃんにも⁉」
アイラとリリアがセリアの目の前に回り込んで覗き込むと、そこには確かに、アイラたちと同じ青いシステムウィンドウが浮かび上がっていた。
『条件クリア:白と黒の魔力共鳴を一定値以上観測しました。セリア・フォン・ルシエラ:白魔法使い遺伝子が活性化しました。白魔法、回復・防護結界・聖域構築)がアンロックされました。チュートリアルを開始します』
「……は?」
アイラは思わず、素っ頓狂な声を漏らした。
(もしかして、私と同じカロリー燃焼ドカ食い理論を本気で信じて実践したせいで、システムが同類だと勘違いしたの
)
白魔法使い遺伝子の活性化。セリアは教皇の娘であり、天使から授けられた光の種の所有者の血縁であり、高い神聖魔力の恩恵を受けていた。
それに加へ、遠い祖先に魔女の血が流れていることもあり、アイラたちと一緒に行動し、カロリー消費という極限まで魔力を酷使する特訓を繰り返したことで、共鳴して白の魔法使いとして覚醒してしまったのだ。
「し、白魔法がアンロック……⁉ チュートリアル……⁉」
セリアの脳内にも、あの無機質なアナウンスが流れ始めたらしい。
彼女の全身から、先ほどまでの教国式の祈りの魔法とは次元が違う、純白で神々しい光がぶわっと溢れ出した。
それは、教国において聖女と呼ばれる存在のみが放つことのできる、最高位の奇跡の光だった。
「アイラ様、リリア様! 私の頭の中に、すごい魔法の使い方がいっぱい流れ込んできます! 私、なんだかすごい力が出せそうです!」
「セリアちゃん、おめでとうございます! セリアちゃんも私たちと同じ力が使えるようになったんですね!」
リリアが自分のことのように喜び、セリアの手を取ってぴょんぴょんと跳ねる。
「はいっ! リリア先輩! 私、白魔法のことはまだ全然分かりません! どうか、私にこの力の使い方を教えてください!」
「えっ、私が先輩ですか? えへへ……任せてください! じゃあ、まずは基礎の浄化の光【クリア・レイ】を、あっちの端から端まで広げる特訓をしましょう! カロリーもすごく消費しますよ!」
「はいっ、リリア先輩! やります!」
すっかり意気投合したリリアとセリアは、キラキラとした笑顔で、凄まじい威力の白魔法を次々と訓練場に放ち始めた。
「浄化の光【クリア・レイ】! えーいっ!」
ドガァァァァンッ!
「わぁっ、すごいです先輩! じゃあ私も! 聖域構築【ホーリー・サンクチュアリ】!」
ズドドドォォォンッ!
……浄化の光って、あんなに物理的な破壊音を立てる魔法だったっけと、アイラは疑問に思った。
リリアの無自覚なスパルタ指導により、教皇の娘である可憐なセリアは、立派なカロリー消費型・武闘派聖女』としての道を歩み始めていた。
「おーい、お前たち! 訓練場が消し飛ぶぞ!」
騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたセオドアとサミュエルが、訓練場の惨状を見て目を剥いている。
「おいアイラ! 俺の可愛い妹から、とんでもない神聖魔力と物理破壊の気配がするんだが⁉ 教国に何百年に一人しか現れないっていう本物の聖女になっちまったのか⁉」
「あはは、サミュエルさん、おめでとうございます。これで教国の権威も安泰ですね。……カロリーの消費量は増えちゃいましたけど」
アイラがクッキーを齧りながら答えると、サミュエルは頭を抱えて崩れ落ちた。
黒魔法で敵を炙り出し、そして食べることで強くなるアイラ。
白魔法で真実を見通す、無自覚スパルタ先輩のリリア。そして、共鳴によって覚醒した、教国のじゃじゃ馬聖女・セリア。
数年後、彼女たちが王立学園に入学した時。この無敵の同い年トリオがどれほどの騒動を巻き起こし、王都の悪党たちを震え上がらせることになるのか。
……その未来の片鱗は、すでにこの公爵家の訓練場で、確かな、そして凄まじい産声を上げていたのだった。
サイフリート王国との緊張状況を脱した王都には、ようやく本当の平和が訪れていた。
私たちアルジェント公爵家は、数々の事件解決の慰労会という名目で、王宮の広大な空中庭園を貸し切りにして盛大なお茶会を開いていた。
「ん〜っ! さすが王宮のパティシエさん、この三段重ねのパンケーキ、ふわっふわで最高!」
「お姉様、こちらのフルーツポンチも絶品ですよ!」
「私、教国に帰る前に王都のスイーツを全部制覇しちゃいそうです!」
アイラ、リリア、そして教国のじゃじゃ馬聖女であるセリアの九歳トリオは、大きなテーブルを囲んでスイーツの山を幸せそうに崩していた。
しかし、今日のティータイムが普段と違うのは、彼女たちの周りに集まっている面々の濃さだ。
「アイラ、口元にクリームがついているぞ。……ふっ、相変わらず君の食べっぷりは見ていて飽きないな」
優雅にアイラの口元をハンカチで拭ってくれるのは、腹黒王太子のジュリアン殿下である。
その隣では、セオドアが、殿下! 気安く俺の妹に触らないでいただきたい! とギリギリと歯軋りをしている。
さらにテーブルの向かいには、生真面目な第二王子のエドワード殿下が座っている。
極め付けは、ドカッと大きなソファを占領して肉の塊を齧っている、教会の名代である筋肉お兄さんのサミュエルだ。
これまでの事件で巻き込んだ、あるいは巻き込まれた顔ぶれが勢揃いした、何ともカオスな空間である。
「そういえば、セリアちゃんはあと数年したら、この国の『王立学園』に留学してくるんだよね?」
「はいっ! お父様【教皇】にお願いして、絶対にアイラ様たちと同じ年に入学させてもらいます!」
アイラが尋ねると、セリアは目を輝かせて頷いた。
王立学園。それは、この国の貴族の令息や令嬢たちが通う、最高峰の教育機関だ。
「学園、かぁ。私たちも数年後には通うことになるんだよね。……ねえ、みんな。学園って、どんなところなの?」
アイラが何気なく、現在学園に在籍している、あるいは卒業した男性陣に話を振った。これが、間違いの始まりだった。
「学園か。懐かしいな!」
最初に口を開いたのは、唯一の卒業生であるサミュエルだった。
「俺の頃は、入学初日に誰が一番強いかを証明するために、裏庭で上級生と素手で殴り合ったもんだ! 拳と拳で語り合い、血と汗の果てに真の友情が芽生える……まさに男の修練場だったぜ!」
「……えっ。学園って、そういう野蛮なところなんですか?」
セリアがドン引きして身を引く。
「いやいや、サミュエル卿の時代というか教国の留学生が特殊だっただけだ」
ジュリアン殿下が苦笑しながら否定し、優雅に紅茶を啜った。
「王立学園の真の姿は、社交界の縮図だ。誰が有能な手駒になるか、誰が敵対派閥の弱みを握っているか……毎日のティーパーティや裏の工作を通じて、己の権力基盤を盤石にするための美しい戦場だよ」
「……」
アイラたちは無言になった。それはそれで、すごく嫌な場所である。
「殿下、それは王族の視点すぎます。アイラ、学園というのは害虫駆除の最前線だぞ」
セオドアが、真剣な顔で身を乗り出してきた。
「全国から血気盛んな貴族の男どもが集まるのだ。お前やリリアのような可憐な妹たちが狙われないよう、俺が事前に学園中の男子生徒を物理的に威圧し、半径五メートル以内に近づけない絶対防衛線を構築するから安心しろ!」
「お兄様、私が学園でボッチになっちゃうからやめて」
アイラは冷静にツッコミを入れた。そして、アイラ、リリア、セリアの三人は、顔を見合わせ。
「……ねえ、リリア、セリアちゃん。私、学園に行くのやめようかな」
「私も、ちょっと怖くなってきました……」
「教国のお祈りの時間の方が、まだ平和かもしれません……」
すっかり学園に対する夢と希望を打ち砕かれ、アイラたちがどんよりと沈み込んでいると。
「ま、待ってください! みんな極端すぎます!」
慌ててフォローに入ったのは、この中で唯一の良識派、第二王子のエドワード殿下だった。
「アイラ嬢、リリア嬢、セリア嬢! 学園は決してそんな恐ろしいだけの場所ではありません! 専門的な魔法や歴史の授業はとても面白いですし、中庭の美しい花壇でお茶を飲んだり、気の合う友人たちと他愛のないおしゃべりを楽しんだり……ごく普通の、楽しい学生生活もちゃんとありますから!」
未だ入学前だが、学園に視察に行った時に普通の学生を見てきたエドワード殿下が必死に弁明する。
その言葉に、リリアが少しだけ顔を輝かせた。
「普通の楽しい生活も、あるんですね?」
「あ、ああ! もちろんだ! リリア嬢が入学した暁には、私が責任を持って、一番景色の良い中庭の東屋を案内しよう!」
「わぁ、ありがとうございます、エドワード殿下!」
エドワード殿下が顔を赤くしながら約束を交わしている。
しかし、アイラのテンションはまだ上がらない。
「うーん……でもなぁ。毎日ランニングさせられて、権力闘争に巻き込まれるなんて、やっぱり面倒くさそう……」
アイラがフォークをいじりながらボヤいていると、ジュリアン殿下がクスリと悪戯っぽく笑い、アイラの耳元に顔を寄せた。
「アイラ。王立学園の学生食堂の料理長は、かつて王宮で私の専属シェフの右腕を務めていた男だぞ。……もし君が入学するなら、彼に命じて、君たち専用の究極の特別裏メニューを毎日用意させようじゃないか」
「!」
その瞬間、アイラの頭の中で、学園に対するすべてのマイナスイメージが吹き飛んだ。
「王宮レベルの特別メニューが、毎日……ッ⁉」
「ああ。授業をサボろうが、派閥争いを無視しようが構わない。君の胃袋は、学園にいても私が完全に保証してやろう」
ジュリアン殿下が、まるで悪魔の契約を交わすように囁く。
「……行きます! 私、絶対に王立学園に入学します!」
「お姉様⁉ 急にやる気になりましたね⁉」
「当たり前よ、リリア! 学園は最高の美食の楽園になることが今確定したのよ! 今から胃袋の特訓をしておかなくちゃ!」
アイラの華麗なる手のひら返しに、セオドアやリュカたちは呆れ果てて肩を落とし、ジュリアン殿下だけが、くくっ、やはりちょろいな。と満足げに笑っていた。
腹黒王太子、純情な第二王子、過保護なシスコン兄、筋肉の聖職者。
これほど個性的で規格外な面々に囲まれながら、アイラとリリア、そしてセリアの同い年トリオは、数年後の学園生活に向けて、新たな食の期待に胸を膨らませていた。
スラムの偽物令嬢から始まり、数々の神話スケールの陰謀を物理と食欲で薙ぎ払ってきた探偵バディ。
彼女たちの華麗なるドタバタ劇は、舞台を王立学園へ移しても、さらに美味しく、さらにカオスに続いていくのだろう。




