入学式とオリエンテーションと学園の伝統
書籍化の二巻様に改稿しています。
ミアの名前をオルフィアに変更しました。ミーアと混同するので。
学園編のプロローグ
世界崩壊の危機や、隣国のスパイによる国家転覆の陰謀を、美味しいご飯と物理【魔法】で薙ぎ払ってきたアイラたち探偵令嬢のドタバタ劇から、早数年。
王立学園への入学を翌日に控えた、うららかな春の午後。
アルジェント公爵邸のサロンでは、アイラとリリア、そして神聖ルシエラ教国から留学してきたセリアを交えた、ささやかなお茶会が開かれていた。
「ん〜っ! やっぱり公爵家の料理人が作るスコーンは最高ね! 明日から学園に通うことになっても、朝ごはんと夕ごはんは絶対に公爵邸で食べるわよ!」
アイラがスコーンを頬張りながら宣言すると、リリアがクスクスと笑ってお茶を淹れてくれた。
「ふふっ、お姉様ったら。学園の学生食堂にも、ジュリアン殿下が約束してくださった究極の特別裏メニューがあるではありませんか」
「それはそれ、これはこれよ。学食は昼の戦場、公爵邸は朝と夜の絶対防衛線だわ」
「アイラ様、私も同感ですわ。教国の聖女として恥じぬよう、摂取したカロリーは余さず魔法で消費し、常に心身を清らかに保たねばなりませんからね」
九歳の頃のじゃじゃ馬っぷりは鳴りを潜め、教国での厳しい修行を経て清廉なオーラを纏うようになった十五歳のセリアが、優雅に微笑みながらも、時折かつての武闘派の片鱗を覗かせるように力強く頷いている。
その向かいの席で、豪快に紅茶を飲み干した筋肉の大男――教国の特使であり、セリアの兄であるサミュエルが、ガハハと笑った。
「お前たち三人は、相変わらず騒がしくて頼もしいな!セリアが学園で孤立しないか心配で付き添ってきたが、これなら全く問題なさそうだ!」
「もう、お兄様ったら子供扱いしないでください。私には、アイラ様とリリア様という最強の親友がいますから!」
セリアが胸を張るのを見て、アイラはふと気になっていたことを尋ねた。
「そういえば、サミュエルさん。教国からわざわざ特使として付き添ってくるなんて、お仕事は大丈夫なんですか?お父様……教皇様も、よくセリアちゃんの留学を許してくれましたね」
アイラの問いに、サミュエルとセリアは顔を見合わせ、なんだかおかしそうな笑みを浮かべた。
「ああ、実はなアイラ嬢。俺たちの親父は、少し前に教皇の座を退いたんだよ」
「えっ⁉そうなの?」
「ああ。そして、今教国のトップに立っているのは……俺とセリアの従姉にあたる、セレスという少女なんだ」
「従姉のセレスさん……?」
リリアも目を丸くしている。
教国のトップである教皇が、サミュエルたちの父親から従姉に代わったというのだ。
「はい!セレスお姉様は、私と同じ十五歳という若さなのですが、歴代の教皇を凌ぐほどの圧倒的な神聖魔力の持ち主なのです!」
セリアが尊敬の眼差しで語り始めた。
「それに、彼女の教皇就任のエピソードが、ちょっとアイラ嬢に似ていてな」
サミュエルが面白そうに身を乗り出してくる。
「私に似てる?」
「ああ。セレスは幼い頃から、とにかく美味い飯に対する執着が凄まじくてな。教国の質素な食事に満足できず、私が教皇になって、世界中の美味いものを教国に集めてみせる!民の胃袋が豊かになれば、信仰心も自然と深まるはずじゃ!と宣言したんだ」
「……えっと、それってただの食いしん坊の暴論じゃ……」
「ところが、その圧倒的な魔力と謎のカリスマ性、そして実際に教国の農業改革を強引に推し進めて豊作をもたらした実績に、聖職者たちも民衆も大熱狂しちまってな。親父も、あの規格外の娘に任せた方が国は豊かになるだろう。と、あっさり隠居を決めちまったのさ」
「なるほど……食欲で国を動かしたのね。すっごく気が合いそうだわ」
アイラは思わず深く頷いた。
美味しいご飯のために権力を握る。
極めて合理的で素晴らしい教皇様だ。
「ええ!セレスお姉様も、アイラ様たちの噂を聞いて、その令嬢の食卓、いつか絶対に混ざりに行くぞ!と意気込んでおられましたよ」
セリアの言葉に、アイラはニシシと笑った。
「大歓迎よ。教国の絶品スイーツを手土産に持ってきてくれるならね」
「違いない!あいつも美味いものには目がないからな!」
そんな和やかな会話の背後で。
「……新たなる教皇までが、我が公爵家の食卓を狙っているだと?ええい、アイラとリリアに近づく害虫がまた一匹……!」
「父上、ご安心を。明日の入学式から、私が学園の周囲を完全包囲し、怪しい男はおろか、教国の人間も近づけさせませんから」
壁際で護衛という名の監視をしている父のレオンハルトと兄のセオドアが、ギリギリとハンカチを噛み締めながら物騒な計画を立てている。
「……お父様、お兄様。明日の入学式、変なことしたら絶交だからね」
アイラが冷ややかな視線で釘を刺すと、二人は、ひぃっ!と悲鳴を上げて大人しくなった。
「さて。明日からはいよいよ王立学園での生活が始まるわね」
アイラは紅茶のカップを置き、リリアとセリアを見渡した。
「ジュリアン殿下が約束してくれた学食の究極の裏メニュー。それを毎日食べるためにも、面倒な貴族の派閥争いなんか、物理と魔法でサクッと片付けてやりましょう!」
「はい、お姉様!どんな困難も、三人で乗り越えてみせますわ!」
「神の御加護とカロリーの消費は私にお任せくださいませ!」
かくして、規格外の新教皇誕生という新たな伏線と、果てしない食欲を胸に秘め。
彼女たち探偵バディと武闘派聖女の最強の同い年トリオは、波乱に満ちた王立学園の入学式へと向けて、意気揚々と拳を突き合わせたのだった。
◇◇◇
この日、十五歳となったアイラたちは今、この国の貴族の子女が必ず通う最高峰の教育機関――王立学園の壮麗な正門の前に立っていた。
「わぁっ……!すっごく広くて綺麗です!アイラ様、リリア様、ついに私たちも学園の生徒なんですね!」
純白に金の刺繍があしらわれた真新しい制服に身を包み、教国から留学してきたセリアが、目をキラキラと輝かせている。
「ええ、本当に。エドワード殿下が中庭の東屋を案内するって約束してくださったの、覚えててくれてるかな……」
隣でそわそわとしているのは、アイラの自慢の双子の妹、リリアだ。
彼女もまた、儚げな美貌に磨きがかかり、歩いているだけで周囲の男子生徒たちが息を呑んで道を空けるほどの美少女に成長している。
かくいうアイラも、スラムの栄養失調児から公爵令嬢として美味しいものを限界まで食べ続けた結果、アルジェントの血筋らしい、それなりに見栄えのする令嬢に育っていた。
「リリア、心配しなくてもエドワード殿下は絶対に待ってるわよ。今日この学園で、私たちが知ってる在校生の先輩は彼だけなんだから」
そう。
数年前のお茶会で騒いでいた兄のセオドアや、腹黒王太子のジュリアンは、揃いも揃って学園を卒業しているのだ。
とは言うものの、話題に上ったエドワードも現在十七歳であり最高学年のため、来年早々卒業である。
貴族令嬢は、十五歳で入学して少しすると十六歳となりデビュタントを迎える。
そこからは婚約者探しの場となる社交界の縮図である学園を舞台に様々な恋愛模様が展開されるのが通例だ。
「ふふふ……うるさい過保護な身内がいなくなった学園!これで心置きなく、ジュリアン殿下が約束してくれた学生食堂の究極の特別裏メニューを毎日満喫できるわ!」
アイラが両手を握りしめて歓喜の声を上げると、周囲の新入生たちが、公爵令嬢が学食の話を……?とヒソヒソと囁き合っていたが、気にしない。
アイラの学園生活のモチベーションの九割は、学食に懸かっているのだから。
アイラたちは足取りも軽く、入学式が行われる巨大な大講堂へと向かった。
厳かな空気が漂う大講堂に移動してきた新入生たちが指定された席に座り、壇上には学園長や教授陣がズラリと並んでいる。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
司会の声に合わせ、アイラたちは静かに背筋を伸ばした。
しかし、アイラがふと『来賓席』や『親族席』の方へ視線を向けた、その瞬間だった。
(…………ん?)
アイラは、自分の目を疑った。
親族席の最前列、ひときわ目立つ豪奢な椅子に、見慣れた銀髪の青年がドカッと座り、腕を組んでこちらを(主にアイラとリリアに近づく男子生徒を)凄まじい眼力で睨みつけているのだ。
「ちょっとリリア。なんで去年卒業したはずのお兄様が、あんな最前列で親族面して座ってるのよ。しかも腰に『魔法剣』帯びてるし。天使さんから代わりに貰ったものとはいえ、なんであんな物騒なものを学園の入学式に持ってくるのよ」
「えっ……本当です。あ、お姉様、あっちの来賓席には……!」
リリアが指差した先。
そこには、王立魔法師団の特注ローブを着てふんぞり返っているリュカと、王宮騎士団の制服をピシッと着こなしたカイルの姿があった。
『……ふん。僕がいなくなった学園など退屈の極みだろうが、せいぜい頑張るんだな、素人ども』
『リリア嬢、アイラ嬢! 不届き者がいれば、いつでも私が王宮から駆けつけますから!』
距離が離れているのに、彼らがドヤ顔で発している幻聴が聞こえてくるようだ。
「な、なんで卒業生がこんなにゾロゾロと……」
アイラが引き攣った顔をしていると、講堂の空気が一変した。
「これより、国王陛下からの祝辞を賜ります」
「えっ、国王陛下!?」
周囲の新入生たちが驚きにざわめく。
例年、入学式に国王が直々に足を運ぶことなどあり得ないのだ。
壇上に姿を現した威厳に満ちた国王陛下のお姿に、講堂は水を打ったように静まり返った。
そして、その後ろに付き従うようにして登壇したのは――王太子ジュリアンと、第二王子のエドワードだった。
「キャァァァッ! ジュリアン殿下よ!」
「エドワード殿下もいらっしゃるわ!」
新入生の令嬢たちが、扇子で顔を隠しながらも黄色い歓声を上げている。
ジュリアン殿下は余裕の微笑みで手を振り、エドワード殿下は真面目な顔を崩さずに、しかし一直線にリリアの方を見つめて、ほんの少しだけ口角を上げた。
リリアも顔を真っ赤にしている。
「新入生諸君。王立学園への入学、心より歓迎する」
国王陛下の重々しく、よく響く声が講堂を包み込んだ。
最初は普通のお祝いの言葉、そしてこれからの国を背負って立つ若人への激励……ここまでは良かった。
誰もが感動的なスピーチに聞き入っていた。
しかし、スピーチの中盤から、国王陛下の声のトーンがわずかに変わった。
「諸君も知っての通り、近年、我らを取り巻く『国際情勢』は極めて緊迫している」
(……ん?)
「隣国との国境問題だけでなく、我々の常識を覆すような『未知の脅威(悪魔)』が、いつこの平和な日常を脅かすか分からない時代なのだ」
チラッ。
国王陛下の鋭い視線が、なぜか一瞬、新入生席のど真ん中にいるアイラたちの方へ向けられた。
まるでそこだけ不自然にスポットライトが当たってしまったかのような、逃げ場のない空気がアイラを包み込む。
「だからこそ、私は諸君に期待している。この学園で培った知恵と力、そして『いざという時の圧倒的な武力と解決能力』をもって、国難に立ち向かってほしい」
チラッ。
また見た。
完全にこっちを見ている。
「既存の常識に囚われない、自由な発想。例えばそう、『どんな陰謀も物理と魔法で強引に粉砕する』ような、頼もしい若者の台頭を、私は心待ちにしているのだ」
(……気のせいだ。気のせいだと思いたい)
ジィィィィィィィッ。
国王様の視線が、もはやチラ見ではなく、完全にアイラに固定されていた。
(気のせいじゃなかった!)
(……ちょっと待って。絶対アイラたちに何か望んでるよね!? 国王様、今めちゃくちゃアイラたちにプレッシャーかけてきたよね!?)
アイラは冷や汗を流しながら、壇上の後ろに立つジュリアン殿下を見た。
すると、稀代の腹黒王太子は、アイラと目が合った瞬間――これ以上ないほど悪魔的で、意味ありげな極上の微笑みを向けてきたのだ。
『――最高の舞台と、最高の裏メニューを用意して待っているぞ、私の愛しき探偵令嬢』
……と、彼のそんな甘い声が、アイラの脳内に直接テレパシーのように響いた気がした。
アイラは顔を青ざめさせ、ひくひくと頬を引き攣らせながら、流れる冷や汗を拭うことすら忘れて固まっていた。
周囲の令嬢たちは「きゃあっ! 今、ジュリアン殿下がこっちを見て微笑んでくださったわ!」と勘違いして卒倒しそうになっているが、アイラは別の意味で卒倒しそうだった。
「お、お姉様……。国王陛下、なんだか私たちにすごく期待してくださっているみたいですね……!」
「私、教国とこの国の架け橋になるために、粉骨砕身の覚悟でカロリーを燃やします!」
何も分かっていないリリアとセリアが、感動で目をキラキラさせている。
違うのだ、セリア、リリア。
あれは「何かデカい事件が起きたら、お前ら探偵バディで丸く収めろよ」という、国家ぐるみの無言の圧力なのだ。
(……やれやれ。面倒事の気配しかしない学園生活の幕開けではないか)
アイラは小さくため息をつき、しかし、すぐにニシシと口角を上げた。
王族からの圧力だろうが、悪魔の陰謀だろうが、かかってくればいい。
彼女たちは数々の神話級の脅威を乗り越えてきた無敵の同い年トリオなのだ。
「まあ、美味しい学食の裏メニューが毎日食べられるなら、多少の厄介事くらい受けて立ってあげるわよ」
波乱の予感と、極上の美食の匂い。
彼女たち探偵姉妹の『王立学園編』は、こうして盛大なプレッシャーと共に、華麗に幕を開けたのだった。
入学式での異例の国王陛下の登場と、その圧倒的なプレッシャー(主にアイラに向けられたもの)の余韻が冷めやらぬまま、新入生たちは次なる行事へと駆り出されていた。
『新入生オリエンテーション』という響きは良いが、その実態は『クラス分けのための能力測定』である。
王立学園では、生徒の学力や魔力レベルを測定し、各クラスの能力が平均化されるように編成される。
そして、優秀な成績を収めた者が、同じクラスの成績不良者を指導し、底上げを図るという、名付けて『連帯責任スパルタ教育システム』が採用されているのだ。
「優秀な者は己を磨きつつ他者を導け、か……」
測定会場となる巨大な修練場で、アイラはため息をついた。
隣では、リリアが不安そうに両手を握りしめ、セリアが「いつでもいけますわ!」とばかりにシャドーボクシングをしている。
「ねえ、聞いてリリア。去年卒業したセオドア兄様たちの代って、成績トップ組が鬼のようなシゴキで、学年全体の成績をセカンド組(優秀クラス)レベルまで強引に引き上げたらしいわよ」
「ええっ!? そ、そんなに厳しいんですか……?」
「エドワード殿下が青い顔で言ってたわ。ジュリアン殿下が『無能は罪だ。私のために死ぬ気で学べ』って笑いながら課題を倍増させて、リュカ君が『こんな簡単な術式も解けないなんて、脳みそがスライム以下ですね』って冷笑しながら徹夜で補習させてたって」
ハッキリ言って、異常である。
後進を育てるというより、完璧な手駒を育成するブラック企業の研修ではないか。
「私たちも、そんな恐ろしい先輩たちに指導されるのでしょうか……」
リリアがブルリと身震いする。
「大丈夫ですわ、リリア様! 私がついております! どんな補習も、神の御加護とカロリー消費でぶっ飛ばしてみせますわ!」
セリアが優雅な微笑みを浮かべつつ自信満々に胸を叩くが、彼女の解決策は常に物理か魔法である。
しかし、周囲の新入生たちは、そんなアイラたちの会話など気にも留めず、ひたすら緊張した面持ちで測定の順番を待っていた。
誰も、彼女たち三人がとんでもない成績を叩き出すことになるなんて、これっぽっちも予想していないのだ。
そして始まった能力測定の最初の科目は『筆記試験』であり、歴史、魔法理論、政治経済など幅広い知識が問われる。
「……ふふっ。甘いわね」
アイラは問題用紙を前に、ニシシと笑った。
スラムで培った、というよりジュリアン殿下から強制的に叩き込まれた裏社会と政治の裏事情、そして何より前世の知識をフル動員すれば、この程度の試験は赤子の手をひねるようなものだった。
リリアはリリアで、父親の膨大な蔵書を読み漁り、さらには教会の教義の矛盾点まで論破できるレベルの頭脳を持っている。
セリアは一見脳筋に見えるが、教国で英才教育を受けたエリート聖女である。
神学と戦術論に関しては右に出る者はいない。
その結果、筆記試験のトップ3は第1位がリリア・アルジェント、第2位がノア・ウィンザー、第3位がアイラ・アルジェントとセリア・ローランが同点となった。
アイラたちは、他の生徒たちに圧倒的な差をつけて上位を独占した。
掲示板に張り出された結果を見て、周囲の生徒たちが「公爵令嬢が1位と3位!?」「しかもあの教国からの留学生も3位!?」「2位のノア・ウィンザーってだれだ?」とどよめいている。
「ふふん。まあ、当然の結果ね。2位を取れなかったのは残念だけど」
「お姉様、私、お父様の本棚にあった『古代魔法文明の崩壊と経済的影響』の記述が役に立ちました!」
「私は『異端審問における効率的な尋問手順と物理的浄化』の設問で満点を取りましたわ!」
そんなものが学園の試験に出るのかと、アイラは密かに突っ込んだ。
続いては『魔力測定』と『実技試験』であり、的に向かって魔法を放ち、その威力と精度を測るというものだ。
「さあ、見せてみろ新入生ども! 貴様らの貧弱な魔力をな!」
担当の厳つい魔法教師が、新入生たちを煽る。
他の生徒たちが「ファイアボール!」や「ウォーターカッター!」と、可愛らしい魔法を的に当てていく中、アイラたちの順番が回ってきた。
「次、セリア・ローラン!」
「はいっ!」
セリアは的の前に立つと、深く息を吸い込んだ。
「主よ、今こそカロリー消費の時。第一段階……聖なる大いなる鉄槌【ホーリー・スマッシュ】!」
ドゴォォォォンッという轟音と共に、的はおろか、その後ろの防護壁ごと眩い光の柱と共に粉砕された。
周囲がポカーンとする中、セリアは「ふう、これで朝ごはんのカロリーは清らかに消費できましたわ」と聖女らしく優雅に微笑みながら汗を拭っている。
「つ、次! リリア・アルジェント!」
教師が震える声で呼ぶ。
「はい。……ええと、あまり目立ちたくないのですが」
リリアは困ったように微笑みながら、そっと手を前に出した。
「白妙の結界【ホワイト・オービクス】」
パァァァッという輝きと共に、リリアを中心に修練場全体を覆い尽くすほどの巨大で強固な光のドームが展開された。
教師の放った全力の攻撃魔法すら、波紋一つ立てずに弾き返してしまうほどの強度だ。
「なっ……なんという規模の防御魔法だ……!」
教師がへなへなと座り込む。
「最後、アイラ・アルジェント!」
「はーい」
アイラはのんびりと前に出た。
魔法を使えば、必然的に黒魔法になってしまう。
目立つのは避けたいが、手を抜いて底辺の成績に回され、面倒な補習を受けさせられるのも御免だった。
仕方ない、ちょっとだけ本気を出すか。
アイラは的を見据え、指先をピンと弾いた。
「宵闇の弾丸【トワイライト・ブレッド】」
ヒュッという音もなく放たれた黒い魔力の弾丸は、的に当たる直前で無数に分裂し、的を寸分の狂いもなく正確に撃ち抜いて完璧なアルジェント家の紋章を穿った。
威力よりも、その異常なまでの精密操作に、魔法教師の顎が外れそうになっていた。
すべての測定が終わり、最終的な新入生総合成績が発表され、トップ3は第1位が実技の精密性で逆転したアイラ・アルジェント、第2位がリリア・アルジェント、第3位がセリア・ローランとなった。
ここまでは予想通りである。
しかし、同時に発表された『指導対象者リスト』、つまり今期の総生徒数129名中のボトム3の名前を見て、アイラは思わず首を傾げた。
新入生総合成績ボトム3は、全科目平均以下で気弱すぎて実技を放棄した第127位のオルフィア・フローレス、魔力測定最下位だが筆記試験特化の第128位ノア・ウィンザー、筆記試験赤点だが実技特化の第129位クロード・ベルンハルトであった。
「……ねえ、エドワード殿下。このボトム3の人たちって、どういうこと?」
アイラは、書類の束を抱えてやってきたエドワード殿下に尋ねた。
「ああ、学園の『連帯責任スパルタ教育システム』の組み合わせリストだよ。今年の入学生は全部で129名。全体を平均化するため、1位は最下位の129位を、2位は128位を、3位は127位をそれぞれマンツーマンで指導することになる」
なるほどと、アイラは納得した。
つまり、1位のアイラが129位を、2位のリリアが128位を、3位のセリアが127位を担当するということになる。
「だが、このボトム3は少し特殊でね。129位のクロードは平民出身の特待生だが祖父が王国の英雄であり、その才能を色濃く受け継いでるのだが、魔法を全く使えない上に筆記試験は白紙。代わりに剣術だけで実技試験の的を両断した脳筋だ。128位のノアは没落貴族の三男で、魔力は皆無だが筆記試験の成績はリリア嬢に次ぐ高得点、魔法が使えたらトップ3は変わっていたかもしれない。そして127位のオルフィアは……子爵家の令嬢だが、筆記は5位だが極度のあがり症で実技試験の途中で気絶してしまったらしい。学園では減点が大きいから最下位辺りになってるけど、ポテンシャルは大きいよ」
「なるほど、極端すぎる一芸特化型と、完全に委縮しちゃってる落ちこぼれちゃんってわけね」
アイラはニシシと笑った。
「つまり、私たちトップ3が、彼らを一人前に『指導』するってことね?」
「ええ。アイラ嬢たちなら、彼らの隠れた才能を引き出せると期待しています。……兄上(ジュリアン殿下)たちのように、無慈悲なシゴキで潰したりはしないと信じていますよ」
エドワード殿下が、少し心配そうにアイラたちを見た。
「もちろんよ! 美味しい学食のためにも、サクッと指導を終わらせて、平和な学園生活を謳歌するんだから!」
こうして、探偵バディの三人は、個性豊かすぎる成績ボトム組とチームを組み、彼らを一流の生徒へと鍛え上げるというミッションを背負うことになった。
波乱と厄介事、そして育成という名の新たなるドタバタ劇が、王立学園を舞台に幕を開けたのだった。
オリエンテーションが終了し、新入生たちはそれぞれのクラスが発表されるまでの間、特別教室での待機を命じられていた。
特別教室へ向かう廊下の途中、実技試験の集計を終えたエドワード殿下と一瞬だけすれ違った。
彼はすれ違いざまに、リリアに向かってそっと目配せをし、誰にも聞こえないほどの小声で囁いたのだ。
『リリア嬢。……あとで、約束の東屋で待っているよ』
その甘い一言に、リリアは今も耳まで真っ赤にして、そわそわと落ち着かない様子で椅子に座っている。
といっても、この教室にいるのはトップ3の三名だけである。
熱を帯びた頬を両手で押さえながら、リリアが少し緊張した様子で口を開いた。
「指導対象との初顔合わせ、ですね。どんな方たちなのでしょうか」
「安心してくださいませ、リリア様! どんなに基礎体力がなくても、私が毎日一緒に走り込みをして、清らかなるカロリーの消費方法から叩き直して差し上げますわ!」
セリアが慈愛に満ちた聖女の微笑みを浮かべながら腕まくりをして気合を入れているが、方向性が完全に脳筋軍曹のそれである。
「セリアちゃん、今回私たちが教えるのは主に魔法の制御や筆記試験の点数の上げ方だからね? 筋トレじゃないからね?」
アイラが釘を刺していると、教室のドアが控えめにノックされた。
「入っていいわよー」
アイラの声に応じて、ゆっくりとドアが開く。
そこに立っていたのは、学園の成績順位の底辺でありながら、見事に個性が爆発している三人の生徒だった。
「ちわっす! 俺が第129位の、クロード・ベルンハルトだ! よろしく頼むぜ!」
先頭を切って入ってきたのは、アイラの指導対象であるクロードだった。
元気のいい挨拶と共に現れた彼の姿を見て、アイラは思わず天を仰いだ。
どこのRPGの主人公かと言いたくなる風貌である。
ツンツンに逆立った癖のある茶髪に、日に焼けた健康的な肌をしている。
制服のシャツは胸元まで開いており、なぜか腕には皮のプロテクターを装備している。
そして極めつけは、背中に背負った彼の身長ほどもある巨大な両手剣であった。
「ちょっと待って。学園の教室にそんな馬鹿でかい武器を持ち込んでいいの!?」
「おう! 俺は平民の特待生で、剣術試験で的を真っ二つにした成績だけでねじ込まれたからな! 学園長に『お前の武器は体の一部として持ち歩きを許可する』って言われたんだ!」
クロードがニカッと白い歯を見せて笑う。
間違いなく熱血バカである。
しかも、魔法が一切使えず、筆記試験は白紙で提出したという筋金入りの脳筋だった。
「……ふん。野蛮な筋肉ダルマめ。剣など振り回しても、古代魔法文明の記述一つ解読できないというのに」
そんなクロードの背後から、ボソッと冷ややかな声がした。
第128位、ノア・ウィンザーである。
没落貴族の三男だという彼は、色白でひょろりとした体格をしていた。
重たそうな『おかっぱ頭』に、分厚い黒ぶち眼鏡をかけている。
両手にはこれまた分厚い古文書を抱えており、いかにもインテリだが体力はないというオーラを放っている。
「なんだと!? てめえノア! 実技試験でファイアボールすら出せずに、教師に『杖の振り方が美しいですね』って慰められてた癖によ!」
「うるさい! 僕の頭脳はこの学園の至宝だ! 魔力がないのは体質の問題だ!」
早くもボトム組の中で内ゲバが始まりそうになっている。
しかし、その騒ぎの影で、もう一人の人物がカタカタと震えていた。
「ひぃぃ……ご、ごめんなさい、私なんかが、こんな、輝かしいトップ組の方々と同じ空気を吸ってしまって、本当にごめんなさい、今すぐ息を止めますからぁ……!」
第127位は、オルフィア・フローレスであった。
子爵家の令嬢である彼女は、教室の隅っこで両手で頭を抱え、しゃがみ込んでいた。
何より目を引くのは、その髪型である。
重たい前髪を完全にぱっつんと切り揃え、目元が完全に隠れてしまっているのだ。
さらに声の震え具合から、極度のあがり症かつネガティブ思考であることが痛いほど伝わってきた。
「ちょっとオルフィアさん、息を止めたら死んでしまいますわよ!」
セリアが慌てて駆け寄り、しゃがみ込むオルフィアの肩をポンと叩いた。
「ひゃっ!? せ、聖女様……! まぶしい、まぶしいです、私のようなどん底の落ちこぼれには、その筋肉……じゃなくてオーラがまぶしすぎます!」
「ふふっ、筋肉で合っておりますわ! さあ、顔を上げてくださいませ。前髪が長すぎて、主の光も前も見えていないのではないですか?」
セリアが、オルフィアの重たい前髪をそっと手でかき分けた。
その瞬間、アイラたちは息を呑んだ。
「……えっ?」
前髪の下から現れたのは、長いまつ毛に縁取られた、宝石のように澄んだアメジストの瞳であった。
そして、人形のように整った、儚げで愛らしい顔立ちだった。
「わぁ……オルフィアさん、とっても可愛いですね!」
リリアが目を輝かせて拍手をする。
「はわっ!? か、かわいい!? わたしが!? そんな、滅相もございません、私は道端の石ころ以下の存在で、前髪で顔を隠していないと周囲の皆さまの視覚を汚してしまうと……!」
オルフィアは顔を真っ赤にしてパニックになり、再び自らの手で前髪をバサッと下ろして完全防御形態に戻ってしまった。
超絶美少女なのに、自己評価がマイナスに振り切れているようである。
アイラは小さくため息をつき、パンパンと手を叩いて全員の注目を集めた。
「はいはい、挨拶はそのくらいにして。これから私たちが、あんたたちの指導係よ」
アイラはツンツン頭のクロードを指差した。
「私が1位のアイラ。そして、あんたが129位のクロード。私はあんたの筆記試験を叩き直す」
「お、おう! よろしく頼むぜ、アイラ嬢!……でも、俺、本当に勉強とか魔法とかさっぱりでさ。剣なら誰にも負けねえんだけどな」
クロードがポリポリと頬を掻く。
「大丈夫よ。あんたの脳みそが筋肉でできてるなら、知識を筋肉に直接叩き込む方法を考えるから」
「……え? なんか今、すげえ恐ろしいこと言わなかった?」
次に、リリアがノアに向かって優雅にお辞儀をした。
「私は2位のリリアです。ノア様、あなたは筆記試験は素晴らしい成績でしたから、私は主に魔力制御と実技の基礎をサポートさせていただきますね」
「……リリア・アルジェント嬢ですね。あなたの歴史論文の回答は素晴らしかった。実技はともかく、座学においてなら、あなたと有意義な討論ができそうだ」
ノアが黒ぶち眼鏡をくいっと押し上げ、少しだけ得意げに笑う。
「まあ、嬉しいです。でも、実技も大切ですよ? 私、相手の魔法を一切通さない『絶対防御』の術式なら得意ですので、ノア様にもまずは『どんな攻撃を受けても死なないための結界術』からお教えしますね」
「……はい? い、いや、僕は魔力がゼロで……」
「大丈夫です! 気合いと祈りで結界は張れます! お父様(公爵)がそうおっしゃっていました!」
「公爵閣下はどんな教育をしてるんだ!?」
ノアがインテリらしからぬ声でツッコミを入れている。
最後に、セリアがオルフィアの手をがっしりと握った。
「私は3位のセリアですわ! オルフィアさん、あなたは極度の緊張から魔力制御を失敗してしまったそうですね」
「ひぃぃっ! は、はい……! 人の目があると、どうしても、頭が真っ白になってしまって……!」
「わかりましたわ! では、神の御加護のもと、まずは『人に見られても恥ずかしくない完璧な肉体』を作り上げましょう! 明日の朝から、学園の外周を三十周ですわ! 聖なる汗と共に、羞恥心を彼方へ流し去るのです!」
「し、死にますぅぅぅぅっ!?」
オルフィアが涙目で悲鳴を上げた。
指導係も、対象者も、全員が見事に我が道を突っ走っている。
「いい? あんたたち」
アイラは三人の落ちこぼれ、もとい個性豊かな問題児たちを見渡して、ニシシと笑った。
「私たちトップ組にはね、『平和で快適な学園生活を送って、学食の裏メニューを毎日堪能する』っていう崇高な目標があるの。だから、あんたたちには死に物狂いで成績を上げてもらうわ。エドワード殿下は『無慈悲なシゴキはしないように』って言ってたけど……」
アイラはジュリアン殿下仕込みの、とびきり腹黒い笑顔を浮かべた。
(それに、サクッと指導を終わらせないと、リリアがエドワード殿下とのデートに遅れちゃうしね)と、密かに心の中でクスリと笑う。
「結果を出すためなら、多少の荒療治は仕方ないわよね?」
「「「ひっ……!」」」
ゲームの主人公風熱血バカ、インテリおかっぱ眼鏡、そして前髪ぱっつんのあがり症美少女……見事に個性が渋滞している彼らボトム3は、アイラの笑顔を見て一斉に顔を引き攣らせた。
こうして、波乱とツッコミに満ちたボトム組育成計画は、賑やかな悲鳴と共に幕を開けたのだった。
楽しんで頂けましたでしょうか?
学園編もよろしくお願いします。




