隠れる真実と確かな事実
ラシスム新王国から送られてきたあまりにも無礼な通告文を受け、ヴァリエール王国と神聖ルシエラ教国の連合本陣が急遽結成された。
国境付近に幕舎が張られる中、アイラとジュリアン、セレス教皇や天使シュシュエルたちは、テーブルを囲んで穏やかにお茶を飲んでいた。
「ねえジュリアン、私、ずっと不思議に思っていたのだけれど」
アイラは焼きたてのタルトを小さく一口かじると、首をかしげながら青玉の瞳を輝かせた。
「ラシスム新王国の人たちって、どうして自分たちがエルフの精霊魔法や天使、悪魔の力を封じ込められると思い込んでいるのかしら?」
その素朴な疑問に、ジュリアンも優雅にカップを置きながら微笑んだ。
「良い着眼点だね、アイラ。エルフならいざ知らず、天使や悪魔なんて今でも世間一般ではお伽話や神話の中の存在に過ぎないはずだ」
「そうなのよ。実物を見たこともないはずなのに、どこで天使や悪魔が本当に実在していると知ったのかしら? その上で『超常の力を遮断する陣地』なんて開発したと言い張るなんて、どういうことなのかしら?」
エマの身体を借りた天使シュシュエルも、呆れたように鼻を鳴らした。
「我が天界の神聖気を遮断するなど、人間にできるはずがなかろう。恐らくどこかの遺跡から掘り出したガラクタを拾って、勝手に万能だと勘違いしているだけだろう」
ジュリアンは苦笑しながら、王家の『影』が潜入調査で奪取してきた『鋼鉄の神威』の小型試作品と設計図の写しをテーブルに広げた。
「影たちの報告によると、彼らはこの古代遺物が魔力や精霊たち、果ては天使や悪魔の力を封じられると思っているらしいのだが、実際のところ、どうなのかな?」
アイラは差し出された設計図をじっくりと覗き込み、大魔女としての知識でその構造を解析し始めた。
数分後、アイラの口から小さなおかしそうな笑い声が漏れ出た。
「……ねえ、これって古代の家庭用魔力ろ過フィルターじゃないかしら?」
「フィルター……かい?」
ジュリアンが問いかけると、アイラは楽しそうに説明を続けた。
「ええ、昔の魔導文明で、生活魔力が部屋に充満して不快にならないように余分な微弱魔力を吸収・排出していたただの家庭用魔道具よ。不純な魔力を少し吸い取る効果はあるけれど、許容量を超えた魔力が流れ込んだら一発で目詰まりを起こして魔力を一切吸い取らなくなるわ」
「なんと……! ただの古臭い魔力清浄機のような代物であったか!」
セレス教皇は思わず吹き出した。
アイラたちは念のため、捕獲したラシスムの小型兵器に微弱な魔力を注ぎ込む実験を行ってみた。
アイラが人差し指の先からほんの少しだけ魔力をチラつかせると、兵器は「プスンッ」と間の抜けた排気音をひとつ鳴らし、シュルシュルと情けない黒煙を上げて完全に沈黙した。
「あ、止まっちゃった。やっぱり張りぼてね」
アイラは手をぽんぽんと払うと、呆れ果てたように溜息をついた。
「許容量をちょっと超えただけで目詰まりして、何も吸い取らなくなっちゃうわ」
「やれやれ、困った隣人だね」
ジュリアンは冷徹な笑みを浮かべ、作戦図へと視線を落とした。
「だが、相手は二十万と称する大軍勢で国境へ迫っている。まずはどの程度の兵力と練度なのか、一戦交えて『威力偵察』を行うとしよう」
数日後、ヴァリエール・ルシエラ国境沿いの平原にて、ラシスム新王国の第一陣が地響きを立てて陣を敷いていた。
その中心には、巨大な黒鉄の古代兵器『鋼鉄の神威』が神々しく鎮座していた。
ラシスム軍の将軍は、対峙する二国連合軍に向けて高らかに剣を突き上げた。
「ハハハ! 愚かな異形の手先どもめ! 我がラシスムが誇る古代兵器『鋼鉄の神威』と超魔遮断陣の威光を見よ! これにより、貴様らの不浄な魔法や超常の力はすべて無効化された! 生身の人間が鍛え上げた鉄と血の武力にひれ伏すがいい!」
将軍の合図とともに、古代兵器が重低音を響かせ、怪しげな力場を平原全体に展開した。
ラシスムの兵士たちは勝利を確信して勝ち鬨を上げた。
対する二国連合軍の本陣。
「威勢だけは素晴らしいわね」
アイラはゴーグル型魔道具で敵陣を観察しながら、可憐に首をかしげた。
「ねえジュリアン、敵の兵力『二十万』って言っていたけれど、なんだか様子がおかしくないかしら?」
「ああ、僕も気になっていたところだ」
ジュリアンが遠視魔法で敵陣の奥を覗き込むと、思わず苦笑いを漏らした。
「後方に並んでいる兵士の半分以上は、藁と木で作られた案山子に鎧を着せただけのダミーだね。実際の兵員は四万程度、しかもろくに装備も与えられていない農民の狩り出しのようだ」
「兵糧の輸送隊もスカスカじゃな。数日持ちこたえるのがやっとの張りぼて軍隊ではないか」
セレス教皇も呆れたように肩をすくめた。
「よし、それでは予定通り『威力偵察』を開始しよう。アイラ、まずは相手の兵器の様子を見てくれるかい?」
「はーい、ちょっとだけ魔力を通してみるわね」
アイラは前方へ一歩踏み出すと、人差し指を敵の『鋼鉄の神威』に向けて軽くつついてみた。
アイラにとっては、ローソクの火を吹き消す程度のほんの気まぐれな魔力であった。
だが、大魔女の冴え渡る魔力波動がわずかに触れたその刹那――巨大な古代兵器は「プスンッ」と間の抜けた排気音をひとつ鳴らし、シュルシュルと情けない黒煙を上げて呆気なく沈黙した。
展開されていた怪しげな力場も一瞬で霧散した。
「な、なに!? 神威が動かんぞ!? 遮断陣はどうなったんだ!?」
哀れなラシスムの将軍と周囲の異端審問官たちは、突如として沈黙した絶対兵器を前に大慌てで叫び声を上げた。
「ヒギャーッ! 吸収フィルターが目詰まりを起こして機能停止したぞ!?」
混乱するラシスム軍に対し、シュシュエルが光の翼を広げて空へと舞い上がった。
「神聖なる天界の力を思い知るがいい! 突撃ーっ!」
「ルシエラ聖騎士団、前進! 哀れな迷える者たちに喝を入れてやるのじゃ!」
セレス教皇の号令とともに、ルシエラ教国の聖騎士団とヴァリエール王国の精鋭騎兵隊が、ほんの挨拶代わりに軽やかな突撃を敢行した。
敵の戦術や連携を観察するための、ごく普通の『威力偵察』のはずであった。
しかし、絶対兵器が呆気なく停止してパニックに陥っていたラシスム軍は、聖騎士たちの神聖光や騎兵の威圧に触れただけで、完全に戦意を喪失した。
「ひえええっ! 化け物だーっ!」
「騙された! 魔法が無効化されてないじゃないか!」
ラシスムの兵士たちは武器を投げ捨て、自軍の案山子をなぎ倒しながら蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。
前線は一瞬で崩壊し、後方のダミー陣地までもが味方のパニックによってドミノ倒しのように瓦解していった。
突撃した連合軍の騎士たちは、拍子抜けしたように剣を収め、顔を見合わせた。
「え……? まだ一回も斬り合っていませんが……?」
僅か数分の『威力偵察』によって、ラシスム新王国の誇る二十万の大軍と絶対兵器は、跡形もなく消え去ってしまったのである。
夕刻、夕日に染まる国境の本陣。
アイラたちは崩壊した敵陣を眺めながら、実に困惑した表情を浮かべていた。
「……ねえジュリアン。私たち、相手の戦力を調べるために威力偵察をしたのよね?」
「そのはずだったんだがね、アイラ」
ジュリアンは参謀から受け取った「敵第一陣、全滅・敗走」の報告書を見つめ、苦笑いするしかなかった。
「ちょっと突いただけで、相手の軍隊そのものが吹き飛んでしまったよ」
「まさかあそこまで見事な張りぼてだったとはな。人間至上主義とやらも、威勢が良いのは口先だけだったようじゃ」
セレス教皇もお茶をすすりながら、呆れ顔で頷いた。
「これじゃあ、偵察にも何にもならなかったわね……」
アイラは残ったタルトを口に運びながら、遠くのラシスム本国の方角を見つめた。
過剰な選民思想と勘違いの兵器に頼っていたラシスム新王国のメッキは、最初の最初であっけなく剥がれ落ちてしまったのだった。
威力偵察という名のほんのひと突きで敵第一陣が自爆・全滅してから一夜が明け、ヴァリエール・ルシエラ連合軍の本陣には相変わらず穏やかなお茶会の時間が流れていた。
アイラは淹れたてのハーブティーに小さく口をつけると、テーブルの向かいに座るジュリアンに向かって心底呆れたように溜息を吐いた。
「ねえジュリアン、私、なんだか急に脱力しちゃったわ。ラシスム新王国って、真面目に相手をするのがバカバカしくなるくらい面倒な国ね」
「はは、君の言う通りだよ、アイラ。人類の尊厳だとか過激な思想を掲げていた割には、中身が伴っていないにも程があったね」
ジュリアンも苦笑いを浮かべながら、手元の報告書を脇へと追いやった。
そこへ、結界の通信魔道具を通じてエルフの郷からの定期連絡が入った。
通信の向こう側から聞こえてくるエルフの長老の声は、緊迫感など微塵もない、ただただ困惑しきったものであった。
「ヴァリエール国王陛下、大魔女アイラ様。我が森へ侵攻を企てていたラシスム軍の別動隊についてご報告いたします。火炎兵器を携えた彼らですが、森の境界線に足を踏み入れた途端、群生していた凶暴な肉食植物や魔物の群れに襲われ、我が族が迎撃するまでもなく全滅いたしました」
「えっ……魔物にあっさり食べられちゃったの?」
アイラが目を丸くすると、エルフの長老は困惑を深めた声で頷いた。
「左様でございます。精霊の加護を遮断する陣地を展開しようとしていたようですが、陣地を構築する前に森の生態系に呑み込まれたようで……我々もただ呆然と見守るしかありませんでした」
通信が切れると、幕舎の中に妙な静けさが広がった。
エマの身体を借りた天使シュシュエルは、あまりの情けなさに額を押さえて天を仰いだ。
「……古代兵器はただの家庭用フィルターで目詰まりを起こし、別動隊は森の魔物に手も足も出ずに全滅か。先のラシスム新王国の様子を見るに、当然の結果だな」
「まったくじゃな。真面目に迎撃陣形を組んでいたのが愚かしく思えてくるぞ」
セレス教皇もお茶をすすりながら、肩をすくめて溜息を吐いた。
敵の脅威があまりにも張りぼて過ぎて、連合軍としてはラシスム本国を今後どう扱うべきか完全に持て余してしまっていたのである。
そんな折り、本陣の通信室に設置された広域魔道具が一斉に光り輝いた。
「陛下! ミニモンカード管理委員会を通じて、交流大会に参加していた他の六国から緊急の共同提案書が届きました!」
伝令の騎士が駆け込んできて、一通の羊皮紙をジュリアンへと差し出した。
ジュリアンがその提案書を開き、記載された内容を目にすると、その翠緑の瞳がわずかに見開かれた。
「ジュリアン、なんて書いてあるの?」
アイラが覗き込むと、ジュリアンは苦笑いを通り越して呆れたような表情で読み上げた。
「『ヴァリエール王国、神聖ルシエラ教国へ告ぐ。ラシスム新王国なる暴徒に対し、我が六国も即座に軍を派遣する。八カ国連合軍を結成し、あの愚か者どもを全員で袋叩きにしようではないか』……だそうだ」
「袋叩き!?」
アイラとセレス教皇は思わず声を揃えた。
提案書の差出人には、クラエス王国、アウストラル帝国、さらには魔族の国や天使の国といった、交流大会に参加していた残りの六カ国の首脳陣の名がズラリと連なっていた。
「ちょっと待って、どうして他の国の人たちがそんなにカンカンに怒っているのかしら?」
アイラが首をかしげると、提案書に添えられた調査報告書を読んでいたジュリアンが冷徹な声で説明を付け加えた。
「どうやらラシスム軍は、我が国や教国へ進軍してくる道中、通過した国々の辺境にある村々を襲撃し、熾烈な略奪を繰り返していたらしいんだ」
「略奪……?」
「ああ。『異形や悪魔と内通した不浄の村』などと勝手な言いがかりをつけ、食糧や資源を強奪していったそうだ。しかも……その襲撃された村々の中には、各国のミニモンカードプレイヤーたちが大切に育てていた農作物や、カードバトルを通じて他国と交易を行っていた特産品の生産地が多数含まれていたらしい」
その事実を知った瞬間、幕舎内の空気が一変した。
エマの姿をしたシュシュエルの目が神々しく輝き、世界を見渡す。
「人間の争いには基本的に干渉をせんが、これは許せんようだ。地上で国を興した悪魔たちも激怒しているな。我が天使の興した国も、極上の一番摘み紅茶葉を奪われて同じく激怒している。神も気分を害しているようだ。人間の国々、クラエス王国やアウストラル帝国も、自国のプレイヤーや国民が被害を受けてカンカンになっているな」
「なるほどね……カード交流で世界中が仲良くなっていたからこそ、その平和な村を荒らされた各国の怒りが爆発したわけね」
アイラは静かに立ち上がると、その涼やかな双眸に、大魔女としての冴えざえとした光を宿した。
いくら真面目に相手をするのが面倒な相手とはいえ、自分たちが作ったカードの交流によって芽生えた人々の幸せや特産品を踏みにじったとなれば、話は別であった。
「そういうことなら、きっちりとお仕置きをしてあげないとダメね」
「そうだね、アイラ。自分たちの身勝手な選民思想で世界中の人々を敵に回したのだ、自業自得というものさ」
ジュリアンも腹黒い笑みを浮かべ、通信魔道具に向かって返信の受話器を取り上げた。
「ヴァリエール王国および神聖ルシエラ教国は、各国からの提案を喜んで受け入れよう。これより八カ国連合軍を結成し、ラシスム新王国へ向けて総進軍を開始する!」
交流大会で熱戦を繰り広げた人間、エルフ、魔族、天使、そして神々に至るまでの超常の勢力が一丸となり、自業自得な勘違い国家・ラシスム新王国を全力で滅ぼしに向かうという、前代未聞の袋叩き作戦が決定した瞬間であった。
八カ国連合軍によるラシスム新王国への総攻撃が開始された。
国境を越えて一斉になだれ込んだ連合軍の勢いは、もはや誰にも止められないものであった。
ラシスム軍が誇っていた防衛線は、八方向からの同時進撃によって瞬く間に壊滅していった。
特に異彩を放っていたのは、天使と悪魔が率いる二つの国の軍隊であった。
天界の天使たちは、地上でまっとうに生活する志高い人々に憑依し、表向きは崇高な人間の王国「エルヘルミナ王国」として国家を立ち上げていた。
対する地獄の悪魔たちもまた、野心あふれる人間たちに憑依し、人間の新興国家「デイマス王国」として勢力を伸ばしていたのである。
見た目は完全なる人間の騎士や兵士でありながら、その動きと戦術は天界と地獄で鍛え上げられた規格外のものであった。
「我ら『エルヘルミナ王国』の騎士団に続けーっ!」
見た目は凛々しい人間の騎士である隊長が長剣を掲げると、整然と並んだ人間兵士たちが突撃を開始した。
それはミニモンカード大会で培われた、まるで完璧な手札コンボを順序通りに叩きつけるかのような、寸分の狂いもない連携攻撃であった。
「ひえっ、人間同士の戦いのはずなのに、なんだあの動きは!?こいつらが悪魔なのか!?」
ラシスムの兵士たちは、魔法ではなく純粋な剣技と集団戦術だけで防壁ごと叩き潰してくるエルヘルミナ王国の軍隊に恐怖した。
さらに反対側の戦線からは、漆黒の甲冑に身を包んだ「デイマス王国」の重装歩兵隊が猛威を振るっていた。
これまた人間に憑依した悪魔たちが率いる人間の軍隊であり、カードバトルで培った苛烈な集団戦術でラシスム軍を圧倒していた。
「我が国の特産品である最高級チーズの生産村を荒らした罪は重いぞ! 粉砕せよ!」
人間に憑依した最高位悪魔の将軍が叫ぶと、人間兵士たちは怒涛の勢いで押し寄せ、ラシスムの陣地をあっという間に平らげた。
「バ、バカな……! 奴らは異形ではなく生身の人間のはずだ! なぜ人間至上主義の我が軍が、同じ人間の軍隊に手も足も出ないのだ!?」
ラシスム軍の指揮官たちは、選民思想の根底を覆される大混乱に陥った。
相手が魔法や超常の力を使っているなら言い訳もできたが、目の前で自分たちを叩きのめしているのは、鍛え抜かれた純粋な人間の軍隊だったからである。
もちろん、クラエス王国やアウストラル帝国、ヴァリエール王国やルシエラ教国の軍勢も遠慮なく畳みかけていた。
カードバトルで世界中のプレイヤーと絆を深めていた兵士たちは、友達の村を荒らしたお仕置きとばかりに全力を叩きつけた。
防衛線を破られたラシスム軍は、わずか数日のうちに首都へと追い詰められた。
漆黒の石造りで建てられたラシスム新王国の王城は、すでに八カ国連合軍の重包囲下に置かれていた。
城の最奥にある謁見の間では、ルードヴィヒ国王とマルクス異端審問卿が髪を振り乱して狂乱していた。
「おのれ……! おのれおのれおのれ! なぜだ! 我が誇り高き『鋼鉄の神威』も、魔法遮断陣も完成していたはずだ!」
ルードヴィヒは冷え切った玉座の上で激しく叫び声を上げた。
「我が王よ……奴らは魔法など使っておりませぬ……! 生身の武力と圧倒的な兵力で、我が軍を文字通り袋叩きにしているのです……!」
マルクス異端審問卿が青ざめた顔で震え上がった。
「ええい、ならば予備のパーツを換装して……! カチリと嵌め込めば、今度こそ我が絶対の――!」
ルードヴィヒが玉座の脇から金属片を取り出し、ガチャガチャと無意味に組み合わせようと必死に喚き散らす。
そこへ、謁見の間の重々しい扉が爆音とともに吹き飛んだ。
煙が晴れた入口から姿を現したのは、ヴァリエール王国のジュリアンとアイラ、そしてルシエラ教国のセレスであった。
その背後には、エルヘルミナ王国とデイマス王国の隊長たち――すなわち人間に憑依した天使と悪魔の代表者たちも堂々と控えていた。
「やれやれ、ずいぶんと散らかったお部屋ね」
アイラは呆れ顔で手にした扇を軽く仰ぎ、立ち込める煙を払った。
「貴様ら……! 不浄な魔女に、裏切り者の教皇め!」
ルードヴィヒ国王は狂気に満ちた眼差しで剣を抜き、アイラたちへ向けた。
「我がラシスムこそが人類の正義! 異形に与し、尊厳を捨てた貴様らこそ排斥されるべきなのだ!」
「正義、ねえ……」
ジュリアンは冷徹な笑みを浮かべ、ルードヴィヒを冷たく見下ろした。
「他国の平和な村を襲い、農作物を奪い、勝手な選民思想で世界を荒らした暴徒が口にできる言葉ではないね」
「黙れ! 喰らうがいい、我が命を賭した人間の武力を!」
ルードヴィヒが叫びながら飛びかかろうとした瞬間、彼の足元に影から現れた王家の『影』たちが一斉に組みつき、一瞬で取り押さえた。
「ぐわぁっ!?」
「我が王!」
叫ぶマルクス異端審問卿の首元にも、エルヘルミナ王国とデイマス王国の兵士たちの剣が突きつけられた。
人間に憑依した最高位悪魔の将軍が、冷ややかな笑みを浮かべてマルクスを見下ろした。
「くくく、人間至上主義を謳いながら、人間の軍隊に手も足も出ずに滅びるとは、実に滑稽な喜劇だったぞ」
「これで、ラシスム新王国の過激派指導者層は全員拘束完了じゃな」
セレス教皇が穏やかに頷き、手にしていた杖を軽く突いた。
「略奪に関わった過激派や異端審問官どもは全員裁判にかけ、奪われた特産品や資源は被害を受けた村々へ倍返しで補償させるとしよう」
「ええ、それが一番ね。しかし、カードゲームのエフェクトの印象が強かったからなのか、現実とゲームの区別が付かない人が指導者の中で現れるなんてね」
未だに神や天使、悪魔、そして魔女の実在は多くの人間に認知されている訳ではない。
実際に関わった人間であれば、この超常的な存在達に勝てるとは思わないだろう。
今は未だ。
いや、これからも、私たちの存在は伏せたままでいた方が良いだろう。
アイラはそう考えていた。
そして、それを実行するように、アイラは呆れたものだと言いながら、捕らえられたルードヴィヒたちに向かって可愛らしく微笑んだ。
「実在するかも分からない存在が居ると勘違いして、選民思想を煽ってお友達の平和を壊そうとしたおバカさんたちには、じっくりとお説教と奉仕作業をしてもらいましょう」
こうして、勘違いと過激な思想に凝り固まっていたラシスム新王国は、八カ国連合軍による圧倒的な全方位叩きによって、文字通り一瞬にして崩壊したのである。
過激派の指導者や人間至上主義者たちは完全に掃討され、ラシスムの領地は解体されて各国による平和な管理下に置かれることとなった。
数日後、戦後処理が落ち着いたヴァリエール王宮のプライベートテラス。
青空の下で、アイラとジュリアン、そしてセレス教皇やシュシュエルたちが、再び平和なお茶会の時間を楽しんでいた。
テーブルの上には、各国のプレイヤーたちから届いた感謝の特産品や、新しいミニモンカードが山積みになっていた。
「ふう、一時はどうなることかと思ったけれど、これで本当の平和が戻ってきたわね」
アイラは淹れたてのハーブティーを一口飲み、満足そうに微笑んだ。
「ああ。独自に国を興した天使や悪魔たちも、実に見事な活躍をしてくれたよ」
ジュリアンが微笑むと、エマの姿をしたシュシュエルが胸を張った。
「当然だ。我ら天使が興した『エルヘルミナ王国』のカード仕込みの完璧な集団陣形を見ただろう。悪魔どもの『デイマス王国』には絶対に負けられんからな」
「フハハハ! 悪魔たちも『次のカード大会ではエルヘルミナ王国を絶対に倒す』と息巻いておったぞ!」
セレス教皇もお茶をすすりながら楽しそうに笑った。
自業自得の袋叩きによって狂信的な脅威は去り、世界には再びミニモンカードを通じた笑顔と賑やかな日常が戻ってきたのであった。
ラシスム新王国の解体と復興作業が滞りなく進み、大陸にはかつてないほどの穏やかな時間が流れていた。
過激派によって荒らされた村々には、連合各国から手厚い支援金と豊富な特産品が届けられ、人々は急速に笑顔を取り戻していった。
人間に憑依して建国された天使たちの「エルヘルミナ王国」と悪魔たちの「デイマス王国」も、戦後は過激な武力行使を完全に封印した。
両国は「どちらがカードバトルで美しい勝利を収めるか」を競い合う健全な娯楽国家として、正式に国際社会へと迎え入れられたのである。
「まさか天使と悪魔の国が、カードの公式リーグでライバル同士になるとは思わなかったよ」
ヴァリエール王宮の爽やかなテラスで、ジュリアンは最新の新聞記事を眺めながら愉快そうに微笑んだ。
「ふふ、戦う代わりにカードで白黒つけるなんて、とっても健全で素敵じゃない」
アイラは淹れたてのハーブティーを優雅に味わいながら、嬉しそうに頷いた。
「それにね、今度開催される『ミニモンカード交流大会』のために、新しい限定カードをデザインしたのよ」
アイラがテーブルの上に提示したのは、眩いばかりの虹色の光を放つ最新の試作カードであった。
「これは……すべての種族のモンスターが連携スキルを発動できる特殊カードかい?」
ジュリアンがカードを手にとり、感心したように感嘆の声を上げた。
「その通りよ! 人間もエルフも天使も悪魔も、みんなが手を取り合って戦える『世界和解の絆』カードよ!」
エマの身体を借りた天使シュシュエルが、テラスの入口から勢いよく飛び込んできた。
「そのカード、『エルヘルミナ王国』の限定絵柄版も作ってくれ。悪魔どもの『デイマス王国』にショップの売り上げで負けるわけにはいかんからな」
「フハハハ! 遅いぞシュシュエル! 悪魔国はすでに全店舗での予約受付を完了させておるわ! 勿論、神聖ルシエラ教国も予約は完璧じゃ!」
セレス教皇も楽しそうに笑いながらテラスへ姿を現し、優雅にお茶の席へと加わった。
かつては世界の命運を脅かしかねなかった超常の存在たちが、今や新作カードの特典や限定絵柄で無邪気に競い合っている。
その平和すぎる光景に、ジュリアンもアイラも心からの温かい笑顔を浮かべた。
一年後、ヴァリエール王国の首都にて『第七回ミニモンカード平和フェスティバル交流大会』が盛大に開幕した。
大通りには各国の特産品を売る露店が立ち並び、人間、エルフ、魔族、天使や悪魔の姿をした人々が楽しそうに行き交っていた。
会場の中央ステージでは、アイラの発案した絆の限定カードがお披露目され、観客たちから割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
人々の輪から少し離れた屋根の上では、少年の姿をした創造神シンが、ポップコーンを口に運びながら満足そうに街並みを見下ろしていた。
「うんうん、元の幹の世界よりも、ずっと面白くて温かい世界になったね。今度は枯らさないようにしないと。――だけど、何故、急に世界が枯れ始めたのか。これの調査は、僕が直々にするしかないかな」
少年の無邪気な瞳に、一瞬だけ万物を統べる神の底知れぬ冷徹さを宿して呟くと、秋の爽やかな風とともにふっと掻き消えるように姿を消していった。
王宮のテラスからフェスティバルの賑わいを見つめるアイラの手を、ジュリアンが優しく包み込んだ。
「君が作ってくれた一枚のカードから、こんなにもたくさんの笑顔と未来が生まれたんだね、アイラ」
「ええ、でもこれは私一人で作ったんじゃないわ。ジュリアンやみんながいてくれたからこそ結ばれた絆よ」
アイラは愛おしそうに目を細め、隣に立つ最愛の夫へと寄り添った。
「さあ、お茶会を続けましょう。新しいカードのアイデアが、まだまだたくさん湧き出てきているの!」
大魔女の可憐な笑い声とともに、世界を繋ぐミニモンカードの物語は、永遠に続く平和と幸せな日常の中へと紡がれていくのだった。




