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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
回帰編

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74/75

十歳になったアイラたち、クラエス王国の建国際に行く

晴れ渡る青空の下、アルジェント公爵邸はかつてないほどの熱気と活気に包まれていた。


今日は、この屋敷の愛しい双子の令嬢、アイラとリリアの十歳の誕生日を祝う、盛大な生誕祭が開催される日なのだ。


公爵邸の広大な大広間には、王国の最高権力を握る者たちが一堂に会していた。


「おお、アイラ! リリア! 我が愛しき天使たちが、ついに十歳を迎えたのだな! お父様は嬉しくて嬉しくて、また涙が止まらんぞ!」


レオンハルト公爵が、ハンカチを涙でびしょびしょに濡らしながら、二人の娘のドレス姿に目を細めていた。


「父上、泣いている場合ではありません。妹たちのこの麗しい姿を、不逞の輩に見せつけるための夜会なのですから、我々が毅然としていなければ」


十六歳となり、すでに次期公爵としての頭角を現しているセオドアが、フンと鼻を鳴らしながらも、その瞳には隠しきれないシスコンの炎を燃え上がらせていた。


大広間の中心には、王家からジェラール国王とテレーゼ王妃、そして十六歳となった凛々しい王太子ジュリアンと、十二歳になった第二王子のエドワードが並んで立っていた。


さらに、ユストゥティア公爵家からはドレスデン公爵と、十七歳になって冷徹な美貌に磨きがかかったノクシタの姿があった。


アルトアンジュ侯爵家からはクレメンテ侯爵とシーラ夫人、そして十六歳のヒルディオーネと、十一歳のクロトの姿があった。


数週間前に十一歳の誕生日を迎えたばかりのミーア・マギクラフト子爵も、両親を伴って少し緊張した面持ちで控えていた。


その周囲を取り囲むように、アイラたちのお茶会メンバーであるエメロード、シズ、ノクターシア、レティシア、アマーリエといった令嬢たちが、それぞれの両親と共に華やかにドレスの裾を揺らしていた。


「……それにしても、今日の料理は一段と素晴らしい出来栄えですね」


ジェラール国王が、長テーブルにズラリと並べられた料理の数々を見て、深く感嘆の吐息を漏らした。


テーブルを埋め尽くしているのは、外側はサクサク、内側はとろけるような極上のミートパイや、素材の旨味を極限まで引き出した黄金色のスープなど、目を見張るような美食の数々だった。


それもそのはず、今日の厨房では、公爵家の料理長ガストンだけでなく、王宮から直々に志願して駆けつけたドミニク料理長率いる王宮料理人の精鋭たちが、総出で腕を振るっていたのだ。


彼らにとって、今日は単なる公爵令嬢の誕生パーティーではない。


「食の女神であらせられるアイラ様の生誕を祝わない料理人など、料理人を名乗る資格はない!」


と、ドミニクたちが王宮の仕事を一時的に他の者に押し付けてまで、血相を変えて公爵邸へと押しかけてきた結果なのだ。


ちなみに、彼らは数週間前に行われたミーアの誕生日にも、「調理魔道具を生み出す『調理魔道具の母』を祝わない料理人は……」と同じように大暴れして押しかけていたらしい。


相変わらず、アイラたちの周囲にいる料理の変態たちの狂信ぶりは、完全に手の付けられない領域に達していた。


「よくぞ十歳まで無事に育ってくれた、私の愛しき探偵令嬢。これで、君が私の妃となる日も、また一歩近づいたね」


十六歳のジュリアンが、アイラの前に恭しく跪き、その小さな手の甲に優しく唇を落とした。


まるで獲物をじっくりと追い詰める肉食獣のような甘やかな視線だった。


そのエメラルドの瞳には、かつての夫としての深い愛と、相変わらずの腹黒い独占欲がこれでもかと満ち満ちていた。


「ひぃっ! こ、これ、ジュリアン殿下! まだ十歳の娘に何という破廉恥な真似を!」


レオンハルト公爵が泡を吹いて叫んだ。


セオドアも物騒な魔力を指先に纏わせながら、低い声で告げた。


「殿下、今すぐその手を離してください。俺の黒魔法剣がうっかり暴発しそうです」


「リリア嬢。お誕生日、おめでとう。君にこの白い百合の花を」


隣では、十二歳のエドワードが顔を真っ赤にしながら、リリアに丁寧に手渡していた。


「まあ……! ありがとうございます、エドワード様! とっても嬉しいですわ!」


リリアが天使のような微笑みを見せた。


二人の周囲にはお約束のように甘いピンク色のオーラが立ち上り、周囲の過保護な男たちがさらに歯ぎしりをするという、いつもの賑やかで幸せな日常が繰り広げられていた。


賑やかな生誕祭は、美味しい料理の味と、仲間たちの笑顔に包まれながら、最高にハッピーな結末と共に幕を閉じた。


だが、その翌日の朝。


王宮の私室に集められたアイラ、リリア、ミーア、そしてお茶会メンバーであるヒルディオーネ、エメロード、シズ、ノクターシア、レティシア、アマーリエの九人は、テレーゼ王妃から手渡された一通の重厚な書状を前に、静かに息を呑んだ。


「皆様、お集まりいただき感謝いたします」


テレーゼ王妃が、王妃としての気品に満ちた優しい微笑みを湛えながら、一同に語りかけた。


「近々、隣国である『クラエス王国』において、年に一度の盛大なる建国記念パーティーが開催されることになりました。……そこで、我が国の王家、ならびにお茶会メンバーである皆様の貴族家に対して、正式な招待状が届いたのです」


「クラエス王国の、建国パーティー……」


アイラは、その国名を聞いた瞬間、脳の奥深くにある記憶の引き出しが、チリッと冷たい警告の音を立てて開くのを感じた。


「ええ。今回の親善訪問には、このテレーゼが王妃として直接向かうことになっております。皆様には、私の随員として現地へ同行し、クラエス王国の茶会やサロンに参加して、他国との親睦を深めていただきたいのですわ」


テレーゼ王妃はそう言うと、アイラとリリアに向かって優しく微笑みかけた。


「もちろん、お忍びの旅ではありませんから、公爵家の優秀な侍女であるマリーやエマを同伴させることも許可します。……良い経験になるでしょう、アイラ、リリア」


「はい、王妃様。ありがたくお供いたしますわ」


アイラとリリアは、完璧な淑女の礼を取って深く一礼した。


王宮からの帰り道、ガタゴトと揺れる公爵家の馬車の中でのことだった。


アイラは窓の外に広がる王都の景色を眺めながら、その瞳の温度をスッと数度下げて、深い思考の海へと沈んでいった。


(……クラエス王国。いよいよ、あの国へ行くことになるのね)


アイラは、マントの裏に隠された『黒魔法使いの杖』の冷たい感触を確かめ、心の中で静かに、しかし激しく燃え盛る闘志の火を灯した。


アイラが強く警戒するのは、かつて自分たちが学園生の時に相対した、あの悪魔たちの存在だった。


彼ら高位や中位の悪魔たちが、もしかしたらこの十歳の過去の時期から、すでにどこかで潜伏し、暗躍を始めているかもしれない。


(何が起きているのか分からないのは不気味だけど……だから何だっていうのよ)


アイラは、隣で心配そうに自分を見つめるリリアの手をギュッと握りしめ、ニシシと悪戯っぽく笑った。


(私たちの美味しいご飯と、大切な家族の未来を脅かす者は、神だろうが悪魔だろうが、絶対に生かしてはおかないわ!)


新たな世界線で待ち受ける、未知の不穏な影。


こうして、冷たい戦火の予感とともに、華麗に幕を開けるのだった。


───


晴れ渡る青空の下、クラエス王国の王都は建国記念パーティーの華やかな熱気に包まれていた。


しかし、そのきらびやかな喧騒の裏側では、他国の成功を快く思わない不穏な悪意が静かにうねり始めていた。


魔科学の技術大国として知られるクラエス王国において、魔道具技師という職業は、高貴な貴族にのみ許された特権的な地位であった。


そのため、ヴァリエール王国の天才魔道具技師として有名になり、十一歳という若さで異例の叙爵を果たした元平民のミーアの存在は、彼らにとって容認しがたい屈辱だったのだ。


特に、大国ヴァリエールを良く思わないヴレナン侯爵を筆頭とする派閥──寄り子のテンペスタ伯爵をはじめとする、多数の伯爵や子爵、男爵が連なる巨大な貴族勢力は、彼女たちの存在を排除すべく、水面下で牙を研いでいた。


「ミーア、本日は決して私の側を離れてはなりませんよ」


パーティー会場となる豪華絢爛な大広間の入り口で、テレーゼ王妃が隣に立つミーアに向かって、優しく、しかし有無を言わさぬ威厳を込めて命じた。


「は、はい、王妃様! 絶対に、ひと時もお傍から離れません!」


ミーアは緊張で小さな体をカチコチに強張らせながらも、力強く頷いた。


そんなミーアのすぐ後ろには、アイラからの『絶対にミーアを守り抜きなさい』という厳命を受け、彼女の専属侍女となった完璧超人マリーが、静かに、しかし絶対的な存在感を放って控えていた。


マリーの瞳には、かつてスラムのギャングを壊滅させたあの鋭い光が宿っており、彼女は周囲の貴族たちから向けられる刺すような視線から、ミーアを完璧に庇い続けていた。


だが、どれほど王妃の側が強固に守られていようとも、物理的な限界は存在する。


パーティーの中盤、テレーゼ王妃がミーアとマリーを伴い、大広間から少し離れた静かな化粧室へと移動した、その一瞬の隙であった。


薄暗い廊下に入り、周囲に人影がなくなったその瞬間だった。


シュッ、シュッ、と音もなく影から躍り出たのは、黒装束に身を包み、一切の気配を消していた五人の凄腕の暗殺者たちだった。


彼らの手には毒の塗られた鋭い短剣が握られており、その殺意は、容赦なくテレーゼ王妃とミーアへと向けられた。


「……ヴァリエール王国王妃陛下御一行と、知っての狼藉でしょうか?」


マリーが、優雅に一歩前に進み出た。


「お嬢様たちのドレスを汚すわけにはまいりませんもの」


ふわり、とメイド服の裾が揺れた──そう錯覚した次の瞬間だった。


閃光と見紛うばかりの銀光が廊下を奔った。


激しい風圧のような衝撃波が吹き荒れ、五人の暗殺者たちは何が起きたのかを理解する暇さえなく、床へと叩きつけられていた。


殺してはいない。


だが、彼らの四肢の関節は一瞬にして外され、骨を砕かれたかのように完全に無力化されていた。


マリーはすぐさま、自らの精神の奥に繋がっている魔力のパスを通じて、別室にいるアイラへと通信を入れた。


「アイラお嬢様。化粧室の前にて、暗殺者の襲撃を受けました。すでに全員無力化しております」


大広間の隅でローストビーフを堪能していた十歳のアイラは、その念話を受け取ると、隣にいたリリアと視線を交わし、スッと瞳の温度を下げた。


「でかしたわ、マリー姉ちゃん。リリア、行くわよ」


「はい、お姉様!」


アイラとリリアは認識阻害の魔法をかけて姿を消し、一瞬にして化粧室の前へと転移した。


「マリー姉ちゃん、お疲れ様。さあ、このゴミたちの記憶を覗かせてもらいましょう。──深淵の記憶【アビス・メモリー】」


アイラが倒れている暗殺者の頭に手を当てると、そのエメラルドの瞳が、底の知れない宵闇のような黒に染まる。


十歳の少女から放たれたとは思えない冷徹な魔力が、黒魔法となって暗殺者の脳内へと容赦なくダイブした。


だが、彼女の表情はすぐに不満げに歪んだ。


「ダメね。犯人と依頼者の具体的な名前は、彼らの頭の中にも存在しないわ。ボスからの指示はすべて、壁を背にした声と、手紙を通じてのみ行われていたみたいね。声の主も、魔法で歪められていて判別がつかないわ」


「それなら、お姉様。この人たちを一度解放して、泳がせてみてはどうでしょうか?」


リリアが、優しくも酷く合理的な提案を口にした。


「私のダウジングで彼らに目印の魔力マーカーを付けておきますわ。そうすれば、彼らがボスの元へ戻った瞬間に、場所を特定できますもの」


「いいわね、リリア。それじゃあ、彼らの影に私の魔力分身【ドッペル・アバター】をこっそり潜り込ませておくわ。逃げ出そうとした瞬間に、影から引きずり出してやるのよ。ニシシ」


アイラたちが手際よく魔力分身を彼らの影に潜り込ませ、関節を元に戻して彼らを解放すると、暗殺者たちは恐怖で顔を引き攣らせながら、蜘蛛の子を散らすように闇の中へと逃げ去っていった。


一部始終を目の当たりにしていたテレーゼ王妃は、驚愕に目を見張りつつも、深く感銘を受けたように頷いた。


「見事な働きでした、マリー。あなたのその圧倒的な武力と忠誠心、一介の侍女の枠に収まるものではありませんわ」


王妃は、心からの称賛を贈り、マリーは恭しく頭を下げた。


化粧室での短い騒動を終え、テレーゼ王妃たちは何事もなかったかのように大広間へと戻ってきた。


その姿を見た瞬間、壁際にたむろしていたヴレナン侯爵や、寄り子のテンペスタ伯爵たちの顔が、一瞬にして驚愕と焦燥に歪んだ。


「な、なぜだ……! なぜ生きている!? あの凄腕の暗殺者たちを差し向けたはずなのに……!」


彼らは完全にパニックになり、顔面を蒼白にさせていた。


その尋常ではない動揺を、ヴァリエール王国の貴族たちが見逃すはずがなかった。


「ヴレナン侯爵、随分と慌てているようだな。まさか、先ほど王妃殿下が襲撃された事件に、君たちが一枚噛んでいるわけではあるまいな?」


セオドアをはじめとするヴァリエールの貴族たちが、冷酷な目で彼らを包囲し、抗議の声を上げた。


事態の重大さを知ったクラエス王国の国王は、顔を真っ黒にして激怒した。


「これは我が国に対する重大なテロ行為であり、ヴァリエール王国との友好関係を揺るがす深刻な国際問題だ! 直ちに国を挙げて全力で捜査を開始する! 犯人は国家反逆罪として扱い、身柄はすべてヴァリエール王国へと引き渡すことを約束しよう!」


クラエス王国側の迅速で必死の対応により、ヴレナン侯爵たちの退路は完全に塞がれたのだった。


この捜査の過程で、クラエス王国の貴族たちは、ミーアが実は自国の平民出身であったという驚くべき事実を知ることになる。


クラエス国王は、自分の側近に『平民の一家の移住を許可してほしい』と頼まれたときのことを思い出し、目を丸くした。


「まさか、あの時に許可した一家の娘が、ヴァリエールでこれほどの大天才となって現れるとは……!」


なお、その側近が当時、魔女のエレノワールによって魅了の魔法で操られていたことなど、国王は知る由もなかった。


「我が国の平民の中に、これほどの才能が眠っていたのだ。既存のシステムに囚われていた私の不明を恥じねばならんな」


既存の特権に胡座をかいた我が国の貴族技師どもが束になっても、彼女の作った魔道具の模倣すらできなかったのだから、その実力は疑いようもない。


国王は深く感銘を受け、これからのクラエス王国の発展のために、平民にも魔道具技師への道を開放することを高らかに宣言した。


「私は、ミーア子爵の成し遂げた偉大な功績を、我が国の歴史に深く刻み込みたい。平民でありながら自らの技術で国を豊かにし、貴族にまで上り詰めた天才少女として、これからの子供たちに語り継いでいこう」


テレーゼ王妃も、ミーア自身が望むのであれば、と微笑みながらそれを許可した。


これによって、平民の子供たちが夢を抱いて技師を目指す、新しい時代の扉が開かれたのだ。


もちろん、既存の特権を貪っていた貴族の魔道具技師たちは激しく反対した。


しかし、現在クラエス王国内で流通している最新の魔道具は、すべてミーアが開発したものであり、彼らの生活を飛躍的に豊かにしているという厳然たる事実があった。


「彼らは特権にあぐらをかき、技術の研鑽を止めてしまっている。平民の若い才能を呼び込むことで、あの傲慢な連中に活を入れてやらねばならんのだ」


クラエス国王の強い意志により、彼らの反対意見はあっさりと一蹴されたのだった。


しかし、事態はこれで落着とはならなかった。


その夜、クラエス王国が誇る精鋭の暗部から、国王の元へ戦慄の報告がもたらされたのだ。


「報告します! 指示を出していたヴレナン侯爵派の貴族たちを逮捕するため、屋敷を包囲したのですが……あ、あいつら、人間ではありません! 我々の精鋭部隊が、返り討ちに遭いました!」


「どういうことだ! 相手はただの貴族の当主たちだろう!」


「それが……彼らの目は白目までが真っ黒に染まっており、刃で心臓を貫かれても、首を落とされそうになっても、痛がる素振りすら見せずに動き続けるのです! 致命傷を与えても、絶対に死にません!」


報告を聞いたクラエス国王は、恐怖に顔を引き攣らせた。


この異常事態は、ただちにヴァリエール王国側にも共有された。


その情報を聞いたアイラとリリアは、一瞬にしてすべてを理解した。


「……間違いないわ。悪魔よ」


「ええ、お姉様。前の時間軸の、あの十六歳の時に戦った悪魔たちが、すでにこの時点で彼らに取り憑いて、暗躍を始めているんだわ」


アイラたちが険しい顔で囁き合う中、テレーゼ王妃は驚きながらも尋ねた。


「悪魔……? 噂には聞いておりましたが、本当に実在するというのですか? それに、目が黒く染まり、死なないというのは……」


アイラは、テレーゼ王妃やお茶会メンバーの令嬢たちに向き直り、静かな、しかし確かな声で、悪魔憑きの性質について説明を始めた。


「悪魔に憑依された人間は、器として利用されます。彼らは器とした人間の身体では痛みを感じず、体の一部を破壊されても再生して動き続ける、恐ろしい操り人形なのです。普通の武器や魔法では、決して彼らを消滅させることはできません」


説明を聞いた令嬢たちが、恐怖で身を縮めてお互いに抱き合った。


その時であった。


メイドの姿をしたエマが、大きく息を吸い込んだ。


いつもの穏やかで優しい彼女の気配がスッと消え去り――次の瞬間、彼女の瞳は神々しい金色に輝き、背後には美しい白い羽の幻影が大きく広がった。


「──ふぁぁ。せっかく他国へ来て、美味しいケーキを食べていたというのに。こんな汚らわしい事件で私のティータイムを台無しにするとは、本当に万死に値するな、悪魔ども」


「シュシュエル……!」


アイラが、嬉しそうに声を上げた。


シュシュエルは、持っていたクッキーを無造作に口に放り投げると、楽しげに笑い声を響かせた。


「案ずるな、人間の小娘ども。これほど明確に悪魔の瘴気が漏れ出しているのだ。すでに天界の私の部隊には情報共有を済ませた。天使の軍勢が、その狂った貴族の屋敷へ降臨して浄化を開始する。彼らは跡形もなく消滅するだろうよ」


シュシュエルはそう言うと、次のケーキをフォークで掬いながら、ニヤリと不敵に微笑んだ。


「さあ、掃除の予約は終わった。パーティーの続きを始めようじゃないか」


そのあまりにも強大で、それでいてマイペースな天使の姿に、アイラとリリア、飾らない笑みを見せるミーアたちは、いつもの騒がしくも温かい日常が戻ってきたことを感じ、顔を見合わせてクスリと笑い合った。


お茶会メンバーのヒルディオーネやエメロードたちは、初めて目にする本物の天使の姿に、完全に言葉を失ってフリーズしていた。


それを見たテレーゼ王妃は、お茶会メンバーを安心させるように、優雅に扇を広げて語りかけた。


「皆様、落ち着きなさい。……ここにいるマリーやエマ、およびアイラたちが、神話の存在である天使たちと繋がっているのは事実ですわ。ですが、このことは他国の者たちには決して知られてはなりません。本日目にしたことは、すべて心の中に留め、他言無用とすることをここに誓いなさい」


「「「は、はい、王妃様……!」」」


令嬢たちは、震えながらも強く頷いた。


お伽話の中の存在だと思っていた天使と悪魔。


その本物の神話の真実の一端に触れた彼女たちの瞳には、恐怖を越えた、新しい世界への畏敬の念が宿っていた。


───


不気味な赤黒い瘴気が立ち込める、ヴレナン侯爵をはじめとする悪徳貴族たちの邸宅は、今や完全なる戦場と化していた。


一度はクラエス王国の精鋭暗部を返り討ちにさせた悪魔憑きたちであったが、逃げ帰った暗殺者たちの跡を追って、クラエス王国の第二次突入部隊が再び屋敷を包囲していた。


だが、悪魔憑きとなったヴレナン侯爵たちの力は圧倒的だった。


異形の怪力と異様な回復力を前に、突入した兵士たちが、まさに悪魔の鋭い爪によって引き裂かれようとした、その絶体絶命の瞬間だった。


「ニシシ! 待たせたわね、不細工な悪魔たち!」


突如として、悪魔憑きたちの影がグニャリと不気味に広がり、その中からアイラの魔力分身である『ドッペル・アバター』が勢いよく飛び出したのだ。


実体を伴った影の塊は、驚く悪魔憑きたちの四肢を、瞬時にして強固な『影の鎖』でがんじがらめに縛り上げた。


「ガァァ!? な、んだこれは!? 動けん!」


「お嬢様たちを狙ったバカどもは、一匹たりとも逃がさないわ!」


ニシシと悪戯っぽく笑う影のアバターが、鎖を強く引き絞り、彼らの動きを完全に封じ込めた。


一方その頃、クラエス王城の大広間では。


アイラが優雅にローストビーフを咀嚼しながら、隣のリリアに楽しげに囁いていた。


「リリア、仕込んでおいた私のドッペル・アバター、ちょうどいいタイミングで起動したわよ」


「あら、お姉様、お見事ですわ。これで天使様たちも、お掃除がしやすいですね。ふふふ」


誰も彼女たちが、遥か遠くの侯爵邸で悪魔を甚振っているとは夢にも思わないだろう。


これによってクラエス王国の兵士たちは九死に一生を得、完璧な戦闘準備を整える貴重な時間を稼ぐことができた。


アイラの魔力分身は実体を得ることで、物理的な干渉力をも十全に発揮していたのだ。


そして、この見事な足止めの間に、満を持して天界の光が降り注いだ。


突入部隊の兵士や騎士たちの瞳が、突如として神々しい金色の光を放ち、その背後には美しい白い羽の幻影が大きく広がった。


彼らは、天界の部隊長シュシュエルの命を受け、一時的に人間の肉体を『器』として借りて降臨した『天使の軍勢』であった。


「ギャアアアッ!?」


動きを完全に縛られていた悪魔憑きたちは、天使宿る騎士たちが掲げた大剣から放たれる、圧倒的な浄化の光をまともに浴びることとなった。


禍々しい呪いや再生能力も、神聖なる光の前には完全に無力化され、彼らの体内からドス黒い瘴気が引きずり出されては、空中でジュウウと不快な音を立てて消滅していった。


憑依していた悪魔が根絶やしにされたことで、泥のように汚れていた彼らの肉体は、ただの静かな抜け殻へと戻っていった。


こうして、クラエス王国を裏から蝕み、再び世界を混乱へ陥れようとしていた悪魔の計画は、アイラたちの完璧な罠と、天界の圧倒的な武力の見事なコンビネーションによって、一晩のうちに跡形もなく駆逐されたのだった。


───


クラエス王城の絢爛豪華な大広間。


建国記念パーティーの華やかな熱気は未だに冷めやらぬまま、アイラたちは壁際の長テーブルの前に並んでいた。


そこへ、お茶菓子を上品に口に運んでいたメイド服姿のエマが、ふっと瞳の金色の光を落ち着かせ、いつもの穏やかな顔に戻った。


「アイラお嬢様、リリアお嬢様。……天界の部隊長より、全ての報告が完了いたしました」


シュシュエルがエマの意識の奥底へと引っ込んでいった後、周囲に聞こえないほどの小さな小声で告げた。


「王国の地下、並びに貴族たちの邸宅に潜んでいた悪魔どもは、一匹残らず完全に消滅したそうです。もう、この国に悪魔の気配はございません」


「ありがとう、エマ。さすが天界の専門家ね、大掃除のスピードが尋常じゃないわ」


アイラは、残っていたクッキーをパクリと口に放り込み、満足げに微笑んだ。


「ええ。これでもう、不浄な害虫が近づく心配はありませんわね」


リリアも、隣で安堵したように胸を撫で下ろしている。


こうして、不穏な悪意に揺れていたクラエス王国への親善遠征は、不気味な悪魔の兆しを物理的かつ神聖にすべてお掃除するという、完璧な大成功のうちに幕を閉じた。


事件の解決と、ミーア子爵を巡る平民魔道具技師への道の開放という素晴らしい未来の約束を手に、ヴァリエール王国の貴族家一行は、大満足の笑顔とともに故郷へと帰国したのだった。


ヴァリエール王国の王宮、その最も重厚な扉で閉ざされた国王の執務室。


「──なるほど。クラエス王国で、そこまでの事態が起きていたのか」


テレーゼ王妃からの詳細な報告を聞き終えたジェラール国王は、深く溜息を吐きながらも、その瞳には安堵の色を浮かべていた。


「まさか、建国パーティーの裏で、あのようなおぞましい悪魔憑きどもが蠢いていたとはな。だが、やはりあの子たち……アイラやリリアの周りにいる者たちが動いたのであれば、どれほどの陰謀があろうとも安心だな」


ジェラールは、神話の存在である天使たちと直接繋がっているアイラたちの『規格外の防壁』を、心から信頼していた。


「特に、テレーゼとお前、そして新しく子爵となったミーアを、身を呈して守り抜いたというアルジェント公爵家の侍女の働き。実に見事だ」


「ええ、あなた。マリーのあの常人離れした武力と、主に対する深い忠誠心。一介の公爵家の使用人の枠に収まるような器ではありませんわ」


テレーゼ王妃も、心からの称賛を込めて頷いた。


「分かっている。他国の凄腕の暗殺者を寄せ付けず、国際問題を未然に防いだ大功績だ。……レオンハルト公爵とも相談し、彼女に正式な『騎士爵』を授与することを決定した。彼女を騎士として王家が直接目をかけることで、これからの活動もしやすくなるだろう」


ジェラール国王は、そう言うと、ふっと不敵な、どこか企むような笑みを浮かべた。


「それに、ユストゥティア公爵家のノクシタが、マリーに対して特別な感情を抱いているという噂を、我が王宮の暗部も掴んでいてね。マリーに爵位を与え、騎士とすれば、公爵家のノクシタとの身分差も多少は縮まるというもの。二人の若者の未来を後押ししてやるのも、王としての粋な計らいというものだ」


ジェラールは、そんな風に裏で密かに計画を進めるのであった。


数日後。


王宮の奥深くに設けられた、きらびやかで温かい光が差し込む特別サロン。


本日はテレーゼ王妃を筆頭に、アイラとリリア、ミーア、ヒルディオーネ、エメロード、シズ、ノクターシア、レティシア、アマーリエの九人のお茶会メンバーが集まる、華やかなサロンが開かれていた。


しかし、今日のお茶会は、いつもとは少しだけ様子が異なっていた。


サロンの中央には、直立不動の姿勢で佇む、漆黒のメイド服を着たマリーの姿があった。


その前に立つのは、最高級の正装に身を包んだ、国王ジェラール陛下その人であった。


本日は、マリーに対する正式な『騎士位』を授与するための、簡略だが非常に厳粛な叙爵式が執り行われていたのだ。


「アルジェント公爵家が侍女、マリー。汝の示した比類なき武勇と、王家への忠誠は、王国の騎士としての鑑である。ここに正式に、汝を『騎士爵』に叙する」


ジェラール国王が、腰の美しい儀礼剣をマリーの両肩にそっと触れ、厳かに宣言した。


「身に余る光栄にございます、陛下。このマリー、これよりは騎士としての誇りを胸に、主であるアイラお嬢様と、この国のために全力で尽力いたしますわ」


マリーは、完璧な騎士の礼を披露し、国王から授けられた騎士の証である勲章を受け取った。


「おめでとう、マリー姉ちゃん! これでマリー姉ちゃんも、立派な騎士様ね!」


アイラが両手を叩いて大喜びした。


「本当におめでとうございます、マリーさん!」


リリアも天使のような笑顔で祝福した。


他の令嬢たちからも、温かい拍手と祝いの言葉が次々と投げかけられ、サロンは一気にお祝いの熱気に包まれた。


だが、その華やかなサロンの端には、なぜか今回の式に同席を許された、数人の若い男性陣の姿があった。


十六歳となった王太子のジュリアンは、アイラの隣にちゃっかりと座り、彼女の食べるお菓子を愛おしそうに手渡している。


「おめでとう、マリー。これで君も、私の愛しい婚約者を守るための公式な剣となったわけだ」


「ありがとうございます、ジュリアン殿下。お嬢様の胃袋と安全は、このマリーが一生をかけてお守りいたしますわ」


「エドワード様、マリーさん、とっても素敵ですわね」


十二歳のエドワード第二王子も、リリアの隣で頬を赤らめながら何度も頷いていた。


「ああ、リリア嬢の言う通りだ。彼女の騎士としての立ち振る舞い、本当に素晴らしい。……私も、いつか君を守るために、もっと強い騎士にならなければね」


「エドワード様……!」


二人の間には、いつものように甘くキラキラとしたピンク色のオーラが立ち上り、周囲の過保護な男たちがさらに歯ぎしりをするという、いつもの光景が繰り広げられていた。


一方、十一歳となったクロト小侯爵も、少し照れくさそうにしながら、新しく子爵となった同い年のミーアを見つめていた。


「み、ミーア子爵……。おめでとう。君の作った魔道具のことは、私の家でも本当に素晴らしいと大評判なんだぞ」


「あ、ありがとうございます、クロト様……! そう言って頂けると、私、もっともっと新しい魔道具を開発したくなります!」


二人の甘酸っぱい雰囲気を、十六歳のヒルディオーネが「計画通り」と、扇の影で不敵に、しかし嬉しそうに微笑んで見守っていた。


だが、本日において最も挙動不審な態度を取っていたのは、間違いなく、十七歳となり冷徹な美貌にますます磨きがかかったノクシタ小公爵であった。


ノクシタは、騎士の制服に身を包んだマリーが、凛とした姿で勲章を胸に飾るのを、先ほどからずっと、視線を泳がせながらも見つめていた。


その頬は、普段の冷徹な彼からは想像もつかないほどに、微かな朱に染まっていた。


「ノクシタ、お前、何をそんなにそわそわしているんだ」


ジュリアンが、面白そうに翠緑の瞳を細めて、ノクシタの肩を突っついた。


「……何でもありません、殿下。ただ、彼女が騎士としての身分を得たのだから、我がユストゥティア公爵家としても、今後の連携がしやすくなったと……そう思っただけです」


そう言って冷徹なポーカーフェイスを取り繕おうとするものの、その切れ長の瞳はあからさまにマリーの姿を追って泳いでいる。


「ふっ。そうか。身分が縮まったのだから、これからは堂々と、彼女に会いに来られるね」


「殿下、……余計なことをおっしゃらないでください」


いつもは冷徹そのものの小公爵が、子供のように耳まで真っ赤にしてそっぽを向く。


マリーは、そんな彼の様子に気づき、優しく、しかしどこか深い敬意を込めた聖母のような微笑みを向けた。


「ノクシタ様。これからも、ユストゥティア公爵家とアルジェント公爵家の、良き守り手として共に歩んでまいりましょうね」


「……ああ。そうだな。……おめでとう、マリー」


ノクシタは不器用な声でお祝いを告げると、耳まで真っ赤にして再び顔を背けてしまった。


「まあ……! お二人とも、とってもお似合いですわ!」


「リリア嬢、その……あまり、彼らをからかってやるな。ノクシタも精一杯なのだから」


「エドワード様ったら、もう……」


お茶会メンバーの令嬢たちは、二人の不器用な恋のフラグに「きゃあっ!」と大はしゃぎし、会場はこれ以上ないほどの幸福と、賑やかな笑い声に包まれるのだった。


こうして、クラエス王国での大捕物と、魔道具技術の開放とマリーの騎士爵叙爵という最高のハッピーエンドを迎えた。


彼女たち探偵バディと、それを取り巻く最高の仲間たちの、美味しくて容赦のない世界救済の二周目は、また一つ輝かしい歴史を刻みながら、幸せな幕を閉じるのだった。


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