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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
回帰編

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最高中の最高傑作、所謂「100%中の100%」

王宮の広大な厨房には、信じられないほどの熱気が渦巻いていた。


その中心にいるのは、並び立つ二人の天才料理人、ガストンとドミニクだった。


彼らは普段、それぞれ別の厨房を預かる最高峰の料理長である。


しかし、ひとたびこの場所に集まれば、お互いを高め合うライバルであり、無二の友となった。


何より、彼らには共通する絶対的な信仰の対象が存在していた。


「おいドミニク、そっちの仕上がりはどうだ! 俺の肉料理は、今まさに完璧な瞬間を迎えようとしているぞ!」


大柄な体躯を揺らし、ガストンが豪快に笑った。


「ふん、相変わらず騒々しい男だな、ガストン。私の仕込みに抜かりなどあるはずがない。極上の白身魚が、最高に美しい衣をまとって焼き上がるのを待つばかりだ」


ドミニクは流れるような所作でソースの味を調え、不敵に微笑んだ。


二人の視線が交差し、パチパチと目に見えない火花が散る。


その様子を、厨房の特等席に用意された椅子から、じっと見つめている少女がいた。


「……美味しいご飯のためなら、私の観察眼も冴え渡るってもんですよ。ねえリリア、あの黄金色のパイ、絶対に美味しいと思わない?」


ヨダレを垂らしそうなほど目を輝かせ、マイペースに呟いたのはアイラだった。


彼女こそが、この国を代表する二人の料理長から「師匠」と呼ばれ、食の女神として崇拝されている存在だった。


「お姉様、そんなに身を乗り出しては危ないですわ。ですが、お姉様がそこまでおっしゃるパイですもの、美味しくなければ私がこの厨房ごと塵にして差し上げますわ」


アイラの後ろにぴったりと控え、物騒なことを微笑みながら口にしたのは双子の妹のリリアだった。


「こらこら、リリア。修行の身でありながら、すぐに消滅魔法を検討するのはおやめ。それにアイラ、美味しいものが食べたいからといって、そんなに鼻息を荒くして待つものではないよ。お行儀が悪いね」


二人のすぐ傍らで、お目付け役として同行している「森の魔女」マーリンが、穏やかに、しかし絶対的な風格を漂わせて二人を嗜めた。


マーリンは人間としての自制の心を教える教育係として、強大な魔力を持つ双子の姉妹を温かく見守っている。


「えー、だってマーリン様、お肉がいっぱい食べられるなら、私は喜んでお行儀だって良くしますよ! だから早く食べたいんです!」


アイラは図太くそう言って、ちっとも反省した様子を見せなかった。


「当然でございます、師匠! あなたに捧げる一皿に、妥協など微塵も許されません! 師匠のその高貴な食欲を満たすことこそが、我が人生のすべて!」


ガストンが突然、真剣な表情になって胸に手を当てた。


「その通りです。師匠から授かった数々の知識と、何よりその飽くなき食への探求心。その全てを注ぎ込んで、私たちはさらなる高みへと至ったのですから。森の魔女様にも、我々の進化をお見せいたしましょう」


ドミニクもまた、熱烈な眼差しをアイラへと向けた。


マーリンは腕を組み、感心したように二人の精密な魔力の使い方と包丁捌きを凝視した。


「……ふむ。あの子たちの狂信ぶりには呆れるところもあるが、その熱量こそが、彼らの技術を異常な速度で進化させているのも事実だね。宮廷魔法使いも顔負けの精密さだよ」


マーリンの言葉に、リリアは誇らしげに胸を張った。


「当然ですわ。お姉様は世界で一番素晴らしいお方なのですから、彼女たちが狂信的になるのも無理はありません。私のエドワード様も、いつもお姉様の知恵には感服していらっしゃいますもの」


リリアはエドワードの顔を思い浮かべ、一瞬で周囲に甘いピンク色の空気を漂わせた。


厨房では、いよいよ料理が完成へと近づいていた。


ガストンが取り出したのは、独自のスパイスでマリネし、低温でじっくりとローストした極上の魔獣肉だった。


彼はそれを、アイラから教わった「バルサミコ風ソース」をさらにアレンジした、甘酸っぱく深みのある特製果実ソースで仕上げてしていく。


一方のドミニクは、白身魚のすり身と新鮮なハーブを、信じられないほど薄く均一なパイ生地で包み込んでいた。


オーブンから取り出されたパイは、黄金色に輝き、香ばしいバターの香りを厨房いっぱいに振りまいている。


「完成いたしました! これぞ我が魂の結晶、『燻製香を纏わせた極上ロースト・特製果実仕立て』でございます!」


ガストンが皿をうやうやしくアイラの前に置いた。


「私からも、至高の一皿を。『ハーブが奏でる白身魚の黄金パイ包み焼き・白ワインと森のキノコのソース』です」


ドミニクも同時に、芸術品のように美しい皿を差し出した。


どちらの料理も、抜群の腕前と、既存の常識に囚われない素晴らしい発想力が詰め込まれている。


「わあ……! お肉! それにサクサクのパイ! いただきます!」


アイラは目をギラギラと輝かせ、すぐさまスプーンとフォークを手に取った。


ガストンとドミニクは緊張のあまり息を呑んだ。


見守るマーリンも、あの子がどんな評価を下すのかと、静かに目を細めて推移を見守る。


アイラはまず、ガストンの肉料理を口に運んだ。


じっくりと火が通された肉は驚くほど柔らかく、噛むたびに溢れる旨味を、爽やかな果実ソースが見事に引き立てている。


「美味しい! お肉がすっごくジューシーで、燻製の香りが鼻に抜けて最高だよ、ガストン! これならいくらでも胃袋に吸い込まれていくよ!」


「おおお……! ありがたき幸せ!」


ガストンは天を仰ぎ、大粒の涙を流して喜んだ。


次にアイラは、ドミニクのパイ包み焼きを食べた。


サクッ、と軽快で小気味よい音が食堂に響く。


同時に、美しく幾重にも重なった黄金色のパイ生地の隙間から、閉じ込められていたハーブの清涼感と白身魚の濃厚な温かい湯気が、一気に溢れ出した。


「これも素晴らしいわ! パイの焼き加減が完璧だし、酸味の効いた白ワインソースがパイのコクをさっぱりさせてくれて、おやつ代わりに毎日食べたいくらい!」


「師匠にそう言っていただけるとは……。これまでの苦労が全て報われました」


ドミニクは胸に手を当て、深く優雅に一礼した。


「ねえ、リリア、マーリン様も食べてみてください! 美味しいものを食べると、人間としての優しさが身に染みますよ!」


アイラに促され、待機していた二人が料理を口にする。


「……何これ、お姉様が感動するのも分かりますわ! お肉の柔らかさが信じられない! もしこれが不味かったら料理長たちを不敬罪で処刑する手筈を整えるところでしたが、その必要は全くありませんね」


リリアは無邪気な笑顔で恐ろしいことを口にしながら、パイを口に運んだ。


「おや、このパイ包みも絶品だね。スープのように旨味が溢れ出てくる。彼らの料理は、従来の宮廷料理の枠を完全に超えているよ。これほどの料理を作れる者が現世にいるとは、私も驚いたね」


マーリンも深く頷き、地上の料理のレベルの高さに心から感銘を受けていた。


「しかし、師匠。この料理には、まだ何かが足りないような気がするのです。さらなる至高へと至るための、何か一歩が……」


ドミニクが真剣な表情でアイラに問いかけた。


アイラはもぐもぐと口を動かしながら少し考え、楽しそうに人差し指を立てた。


「それならね、ガストンの肉料理には、少しピリッとする『和からし』みたいなスパイスを添えると、味が締まって面白いと思うの。ドミニクのパイには、ソースに少しだけ柑橘類の皮を削って入れると、もっと華やかな香りになって、お互いの料理を引き立て合うペアリングができるんじゃないかな?」


その言葉を聞いた瞬間、ガストンとドミニクの脳裏に電撃が走った。


「な、なるほど……! 濃厚な肉の脂に対し、甘みではなく、あえて鋭く鼻を抜ける辛みで調和させるというのか!」


「柑橘の皮……! 捨て去るはずの皮が持つ爽やかな苦味と香気が、バターの重厚さを一瞬で引き立てる気高いヴェールに変わる……!」


二人は顔を見合わせ、その天啓とも言える発想の破壊力に戦慄した。


「やはり師匠は、我々の遥か先を行く食の女神だ……!」


「一生ついていきます、師匠!」


二人は同時にアイラの前で膝を突き、その場に平伏した。


「あはは、大げさだよ二人とも! でも、もっと美味しくなりそうでワクワクするね!」


アイラはマイペースに笑いながら、手元の料理をきれいに平らげていく。


その様子を眺めながら、マーリンは小さくため息をついた。


「……やれやれ、アイラの食への執着から来る発想力には、私も敵わないね。お目付け役として来たはずが、こちらが新しい味を学ばせてもらうことになるなんてね」


「ふふ、お姉様はいつだって私たちの想像を超えていかれるのですわ。さあ、お姉様、おかわりはありますか?」


リリアは嬉しそうにアイラの手元を覗き込み、マーリンも深く頷いた。


熱気と笑顔に包まれた厨房を、マーリンは知性と包容力に満ちた温かい目で見守るのだった。


アイラのたった一言の助言は、二人の料理人に凄まじい火をつけた。


その日を境に、王宮の厨房では、さらなる高みを目指す二人による、寝食を忘れた壮絶な開発戦が繰り広げられることとなったのである。


ガストンとドミニクは、アイラからの助言を忠実に再現し、さらなる工夫を凝らしていた。


アイラのアドバイス通り、肉料理に添えられた和からしは、脂の旨味を極限まで引き締めていた。


ドミニクのパイ包み焼きも、微量に削り入れられた柑橘の皮によって、重層的で華やかな香りを放っていた。


二人の料理長が熱い魂をぶつけ合うことで、試作料理はフルコースの形へと急速に進化を遂げていった。


しかし、その試作の量とスピードは、凄まじいものがあった。


「お姉様、あの二人の集中力と作業速度は、本当に異常ですわね」


リリアは、エドワードとの甘い未来を妄想して頬を染めつつ、隣のアイラに話しかけた。


「うん、さすがは私の見込んだ二人だよ。美味しい匂いが充満していて、私の胃袋も大歓声を上げているよ」


アイラはヨダレを拭いながら、目の前に次々と並べられる試作料理の数々を見つめた。


「ですが、さすがにこの恐ろしい量は、私たちだけではとても食べきれませんわ」


見学していたマーリンが、テーブルを山のように埋め尽くす料理を見て、呆れたようにため息をついた。


「美味しいものを残すなんて、胃袋に対する大いなる裏切りです! よし、外にいる人たちにも配りに行きましょう!」


アイラは図太くそう宣言すると、自ら料理の皿を両手に持って、厨房の外へと飛び出した。


廊下では、王宮に仕える使用人たちや、完全武装した警備の騎士たちが真剣な表情で巡回していた。


アイラは満面の笑みを浮かべ、彼らに向けて湯気の立つお皿を差し出した。


「みなさん、美味しい試作品が出来上がったので、温かいうちにぜひ食べてみてください!」


突然の「食の女神」からの差し入れに、使用人や騎士たちは慌てて首を振った。


「め、滅相もございません! これは王族の方々が食するような、至高の料理ではありませんか!」


「我々平民や一騎士がこのような贅沢なものを口にするなど、あまりにも恐れ多いことです!」


彼らは必死に遠慮したが、アイラの後ろから歩み出たリリアが、ふわりと上品に微笑んだ。


「皆様、これは王族の方々へ捧げる前の、極めて重要な試作品ですわ。あの料理長たちはこれ以上食べるとお腹がいっぱいになってしまい、本番の味の微調整ができなくなってしまいますの。ですから、皆様に客観的な味見をしていただくことは、陛下や殿下たちに最高の料理を提供するためにも必要なことですわ。さあ、王家のためだと思って、遠慮せずに協力してくださいな」


リリアが理路整然と、それでいて優しく諭すと、アイラも大きく首を縦に振った。


「そうそう! 陛下たちに最高の状態で食べていただくための、とっても大事なお仕事なんですよ。お肉が温かいうちに、ぜひ感想を聞かせてください!」


二人の高貴な少女たちからの切実な、そして筋の通った頼みに、使用人や騎士たちは顔を見合わせた。


「そ、そういうことでしたら……! 陛下のため、喜んでお力添えいたします!」


彼らは納得して背筋を伸ばし、観念した騎士の一人が、震える手でフォークを取り、肉を口へと運んだ。


その瞬間、彼の脳裏に衝撃的な光景が広がった。


「な、なんだこれは……! 噛んだ瞬間に肉汁が溢れ出し、特製ソースの甘酸っぱさと和からしのピリッとした刺激が絶妙に絡み合う! 私は今、広大な草原を野生の獣たちと共に、風となって全速力で駆け抜けているような気分だ!」


別の使用人も、パイ包みを一口食べて天を仰いだ。


「信じられない! サクサクのパイの中から、濃厚な海の旨味が大波のように押し寄せてくる! さっぱりとした柑橘の香りが、まるで鼻に抜ける心地よい潮風のようだ!」


彼らは涙を流し、まるで物語の登場人物のような大げさな表現で、その味を絶賛し始めた。


アイラはその様子を、ふむふむと深く頷きながら、とても満足そうに見つめていた。


「ふふ、やっぱり美味しいものを食べると、そうなるわよね。私の現代知識を注ぎ込んだ甲斐があったというものですわ」


アイラは納得の表情を浮かべて、彼らのリアクションを楽しんでいた。


しかし、厨房に戻ったガストンとドミニクは、まだ全く満足していなかった。


「師匠! 先ほどの肉料理、火の通り加減にコンマ数秒のズレを感じました! これでは師匠に完璧な一皿を捧げたとは言えません!」


「私からも。パイ生地の厚みに、極わずかな狂いがありました。最高の材料と我々の技術のすべてを注ぎ、もう一度、最初から作り直します!」


二人は狂信的なまでに熱い魂を滾らせ、再び厨房の奥へと引っ込んでいった。


その頃、王宮の執務室では、国王ジェラールとジュリアン、エドワードが報告を聞いていた。


「……何だと? 警備の騎士たちが、草原を駆け抜けるような美味を堪能しただと?」


ジェラールは、部下からの報告書を握りしめ、信じられないものを見るような目で呟いた。


「しかも、使用人たちは海に抱かれていたそうです。私たちはまだその試作料理を一口も食べていないというのに、実に羨ましい限りですね、父上」


エドワードが、少し悔しそうに微笑みながら告げた。


「ああ、ジュリアン。お前の婚約者であるアイラは、我々の胃袋をこれほどまでに焦らす天才なのか。あの子たちの料理を、早く口にしたくてたまらんぞ」


ジェラールは、ぐうとお腹を鳴らしながら、早く夕食の時間が来ないかと時計を睨みつけた。


ジュリアンは、愛しい婚約者の姿を思い浮かべ、苦笑交じりに頷いた。


何度も工夫と試作を重ね、最高級の食材と最高峰の技術を惜しみなく注ぎ込んだ結果、ついに本日の納得のいく最高中の最高傑作が完成した。


王宮のきらびやかな大食堂には、使用人たちから話を聞いて、極限までお腹を空かせた王族たちが、全員席に着いていた。


国王ジェラール、テレーゼ王妃、そしてジュリアンとエドワードは、期待に満ちた目でテーブルを見つめていた。


「お待たせいたしました! 本日の最高傑作、王宮特製フルコースの登場でございます!」


ガストンとドミニクが、誇らしげに胸を張って料理を運んできた。


先ずは、コースの幕開けを告げるアミューズ・ブーシュから提供された。


目の前に置かれた美しい小さな一皿を、ジェラールは待ちきれない様子で口に運んだ。


その瞬間、ジェラールの瞳が限界まで見開かれた。


「おおお……! これは……! 舌の上で冷たいジュレが心地よく弾け、濃厚な海の恵みが一気に押し寄せてくる! 私は今、母なる海に優しく抱かれ、波に揺られているような至高の安らぎを感じているぞ!」


「本当に素晴らしいわ、あなた。この華やかな香りは、まるで満開のバラ園で、可愛らしい妖精たちと手を取り合って踊っているかのようですわ」


テレーゼ王妃も、頬を赤らめて夢見るような表情で絶賛した。


彼らの素晴らしいリアクションに、アイラは嬉しそうにフォークを進めていた。


メインの肉料理と魚料理が運ばれるたびに、食堂内には絶賛の声と、幸せに満ちたため息が響き渡った。


やがて、コースの締めくくりとなる、美しい小菓子とカフェがテーブルに並べられた。


温かいお茶と甘い菓子を口にした瞬間、王族たちの顔から、日々の執務による疲労の色が完全に消え去っていった。


「なんということでしょう。全身に温かい活力が満ちていくようです。午前中の過酷な書類仕事の疲れが、まるで嘘のように綺麗に吹き飛んでしまいました」


エドワードが驚愕の表情で、自身の体を見つめた。


「流石はアイラと、我が国の誇る二人の料理長たちだね。これほどの料理、もはや魔法のポーションすら凌駕しているよ」


ジュリアンが深く感心し、温かい眼差しをアイラへと向けた。


アイラは、お腹いっぱいに美味しいものを詰め込み、この世の終わりかと思うほど幸せそうな表情で、ふにゃりと笑っていた。


「ふふ、美味しいものを食べれば、疲れなんて一吹きですよ。やっぱり、食はすべての力の源ですね!」


そんなアイラの満足そうな横顔を見て、ジュリアンとエドワード、そしてリリアは、心からの愛おしさを込めて優しく微笑んだ。


この記念すべき日以降、王宮の厨房には、週に一度アイラたちが堂々と出入りするようになった。


彼女たちはその都度、最高中の最高傑作を創り出し、王族たちの舌を大いに喜ばせた。


同時に、そのおこぼれを貰う使用人や騎士たちの胃袋も、これ以上ないほどに満たし続けるのだった。


ヴァリエール王国の王宮では、友好国であるクラエス王国と神聖ルシエラ教国の重鎮たちを招いた、極めて重要な国際会議が執り行われていた。


円卓を囲むのは、ヴァリエール王国の国王ジェラールと王太子ジュリアン、クラエス王国のガレリア国王とレイヴン宰相、すると神聖ルシエラ教国のセレス教皇代理と聖女セリア、バルバトス枢機卿という、そうそうたる顔ぶれであった。


張り詰めた空気の中での難しい政治対話がすべて無事に終わり、一同は安堵のため息を漏らしながら、華やかな晩餐会へと移行することとなった。


この記念すべき日のために、アイラは王宮の厨房を占拠し、ガストンとドミニクの二人を指揮して、最高中の最高傑作である特製フルコース料理を完成させていた。


「皆様、お待たせいたしました! 本日の国際会議の成功を祝し、我が国の誇る二人の料理長と、アイラ嬢の発想によって生み出された至高のフルコースでございます!」


ジュリアンが誇らしげに胸を張り、美しい一皿目がテーブルに並べられた。


その瞬間、食堂内には言葉を失うほどの芳醇な香りが立ち込めた。


「おお, これは……! 噛んだ瞬間に口の中で旨味の爆弾が弾けるようだ!」


クラエス王国のガレリア国王は、肉料理を口にした瞬間に目を限界まで見開いて絶叫した。


「信じられない……! この濃厚なソースと和からしの絶妙な調和は、我が国のいかなる宮廷料理をも凌駕している! 私は今、美しい花々が咲き乱れる大草原を、天馬に乗って駆け抜けているような気分だ!」


レイヴン宰相も、普段の冷静沈着な姿からは想像もつかない大げさなリアクションで、天を仰いで涙を流した。


この素晴らしいリアクションの数々に、食堂の端で様子を見守っていたアイラは、深く納得したようにふむふむと頷いた。


「ふふ、やっぱり美味しいものを食べると、人間はそうなるわよね。私の現代知識と、二人の料理長たちの技術が合わされば、国境なんて簡単に超えちゃいますわ」


アイラはヨダレを拭いながら、自分の観察眼と食欲が生み出した最高作品の普及に、満面の笑みを浮かべた。


一方で、神聖ルシエラ教国のセレス教皇代理もまた、その可憐な外見からは想像もつかない凄まじい勢いで料理を平らげていた。


「うむ! 実に、実に美味いぞ! このパイ包み焼きのサクサクとした食感と、鼻に抜ける爽やかな柑橘の香りは何事じゃ! これほどの美味、教国の退屈な執務室には存在せぬ!」


セレス教皇代理は目をギラギラと輝かせ、すぐさま次の皿を要求した。


「そなたがアイラじゃな! 気に入った、実に気に入ったぞ! どうじゃ、私と共に神聖ルシエラ教国へ来ぬか? 毎日私のために、この至高の料理を作ってくれるなら、最高の地位を用意しようぞ!」


セレス教皇代理が無邪気な笑顔のまま、とんでもない引き抜きを提案した。


その言葉を聞いた瞬間、ジュリアンの美しい緑の瞳からすっと光が消え、底冷えするような笑みを浮かべた。


「おや、セレス様。我が国の至宝であり、私の愛しい婚約者であるアイラを連れ去ろうなどと、冗談でも聞き捨てになりませんね。彼女の胃袋と素晴らしい技術は、一生私が権力と財力を使って面倒を見る予定ですので、どうぞ諦めていただきたい」


ジュリアンは冷徹な魔力の圧力をちろちろと漂わせながら、腹黒い笑みでセレス教皇代理を牽制した。


「お姉様を引き抜こうだなんて、いくら教皇代理であっても聞き捨てになりませんわ。お姉様はヴァリエール王国の、そして私の大切なお姉様なのだから、絶対に渡しません」


アイラの後ろに控えていたリリアは、上品な笑みを崩さず、静かに、しかし断固とした口調で断言した。


その凛とした美しい佇まいに、セレス教皇代理は少し圧倒されたように苦笑いを浮かべた。


「リリア嬢。……君は、本当にお姉様想いで素晴らしいね。そんな君の傍にいられて、私は本当に幸せだよ」


エドワードはリリアの一途でお姉様想いな姿に感動し、周囲の緊迫した空気を完全に無視して、二人だけの甘いピンク色の空間を作り出した。


「ええ、ありがとうございます、エドワード様。私もエドワード様と共に、お姉様をずっと支えていきたいですわ」


リリアは頬を染めてエドワードの手を握り、さらに周囲をあて当てしく甘い空気で包み込んだ。


こうして、晩餐会は大盛況のうちに進行し、ヴァリエール王国の極上の料理文化が同盟国へ爆発的に広がる確かな一歩が刻まれたのだった。


しかし、アイラたちの本当の目的は、この公式な晩餐会の裏側にも存在していた。


現在、王宮の秘密の別室には、未だこの時代の自分たちとの接触を避けている「回帰組」――未来の記憶を持ってこの時間軸へとやってきた面々が、密かに潜んでいたのである。


万が一にも、先ほど晩餐会で大はしゃぎしていた『現在のセレス教皇代理』本人と鉢合わせるわけにはいかないため、彼女たちはここでアイラからの差し入れを待つのがお決まりだった。


晩餐会の合間を縫って、アイラとリリアは、ワゴンに山積みにした特製のデザートを引いてその別室へと向かった。


別室の頑丈な扉を開けると、中からは激しい怒声が響き渡ってきた。


「離せぇぇっ! クソ真面目な天界の、あの味気ない霞や光ばかり食わされて、私の繊細な胃袋は限界を迎えておるんじゃ! 私は地上の美味い飯と、アイラの作った激甘スイーツが食いたいんじゃぁぁっ!!」


回帰組のセレスが、よだれを垂らしながらじたばたと大暴れしていた。


「セレス様、ダメだよ! 暴れたら、お姉ちゃんたちに怒られてデザート抜きにされちゃうよ!」


ネフィリムであるセナが、美しい聖女の姿で一生懸命にセレスの服を引っ張って引き止めていた。


「安心してください、セナちゃん! 暴れるセレス様なら、私が毎日鍛え上げた筋肉と信仰の力で、物理的に光の壁に叩きつけて大人しくさせてあげますから!」


回帰組の武闘派聖女であるセリアが、無邪気な笑顔で凄まじい物理的な圧力を放ちながら拳を握りしめていた。


「皆様、お待たせいたしましたわ。本日特製の、焦がしキャラメルのカスタードパイと、濃厚極上プリンを持ってきましたよ」


アイラがワゴンを押して部屋に入ると、部屋中の空気が一瞬で甘い香りに包まれた。


その瞬間、壁際で大人しく控えていたシスターのエマの体が、ぴくりと反応した。


天使シュシュエルの意識が、猛烈な勢いで表へと現れてきたのである。


「ふぁぁ……。今度はなんだ? ……おお, 相変わらず、お前の作る供物は天界の食事を遥かに凌駕するな。このサクサクとした生地と濃厚なカスタードのハーモニー、五臓六腑に染み渡るぞ」


エマの体を使って目覚めた天使シュシュエルは、眠たげな目を擦りながらも、素早い動きでカスタードパイを口へと放り込んだ。


「ああ、天界の激務で荒みきった私の魂が、この極上の甘みによって救済されていくようだ……。これほどの供物を用意するとは、お前は本当に恐れ多い人間だな」


シュシュエルは至福の表情を浮かべ、厳格な威厳を完全に忘れてパイを堪能した。


すると、一瞬だけシュシュエルの意識が裏へ引っ込み、元のエマの意識が表に戻ってきた。


「……はぁ。お給金が三倍になりましたので、お食事の時くらいなら喜んでお体を貸し出しておりますが。天使が過労死するかもしれないなんて、下界の神話のどこを探しても書いてありませんよ。本当に有給休暇が欲しいものですわ」


エマは冷静にため息をつきつつも、素早く自分の分の極上プリンをスプーンで掬って口へと運んだ。


「ああ、やっぱりこの時代のちっちゃなお姉ちゃんたちは本当に可愛いです! よしよし、私の可愛いお姉ちゃんたち!」


十八歳の美しい聖女の姿をしたセナは、九歳の幼いアイラをその腕で軽々と抱っこし、嬉しそうにその柔らかな髪を優しく撫で回した。


いつもとは立場が逆転し、お姉さん感を全力で堪能しているセナの様子に、アイラは少し気恥ずかしそうに頬を掻きつつも、その腕に大人しく収まったままプリンを口に運んだ。


「ふふ、セナに抱っこされるのも悪くないですね。プリンがとっても食べやすいですし、何よりセナがすっかり頼もしいお姉さんになって、私は嬉しいですよ」


アイラは図太く甘やかされながら、自身の胃袋を満たすためにマイペースに笑った。


「セナ、お姉様を独り占めするのはずるいですわ。精神は私たちのほうがずっと上なのですから、そんな風に子供扱いされては困ります。……でも、そんなに抱っこしたいなら、次は私のことも抱っこしてくださいね」


リリアは、少し照れくさそうに頬を染めながら、セナの隣に寄り添って甘えた。


「ふふ、もちろんです、リリアちゃん! 二人とも、私の可愛いお姉ちゃんですから!」


セナは嬉そうに微笑み、二人を両腕でぎゅっと抱きしめた。


こうして、晩餐会の裏側でも、回帰組の少女たちと天使による賑やかで甘い秘密の会合が、大いに盛り上がるのだった。


国境を越えた至高のフルコースは、同盟国の重鎮たちの心と胃袋を完全に掴み、ヴァリエール王国の食文化の素晴らしさを世界へと知らしめる、偉大なる契機となったのである。


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