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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
探偵編

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悪魔の陰謀に天使同伴でカチコミ

書籍版の変更点反映版

今回は事件は発生しますが、登場人物が消えました。

重要なアイテムを手に入れる話なので、事件はそのままにしました。


王都の地下深、そこには異様な光景が広がっていた。大きな広間になっており、そこには祭壇と不気味な門が鎮座していた。


祭壇の上、門の正面には、子供たちが数人倒れている。


子供たちは眠っているだけの様だ。ふいに一人の男が現れる。


王宮魔法師団の制服を着こみ、その瞳は白目まで漆黒の闇色をしていた。


「器の数は、もう少し必要か。地上の悪魔の数もだいぶ減ったからな。クレリーの奴が、大規模な儀式を失敗させてから、天使の動きが活発になってきた。そのせいで悪魔の数が少なくなってきた。中級や低級を補充するためとは言え、子供を使うようになるとはな。居なくなっても騒がれないものを選んでいるが、そろそろ人間たちが気づく頃か」


「サウサー様」


いつの間にか現れた一人の男が宮廷魔法師の悪魔、サウサーに何事かを伝え、すぐにその姿が祭壇の部屋から消えた。


「感づかれたか。まぁ良い。同胞を呼ぶ準備をしよう」


アルジェント公爵邸の屋敷の裏口では少しばかり物騒な報告会が行われていた。


「――申し訳ねえ、マリーの姐御! 俺たちがついていながら、また一人、子供が消えちまいやした!」


屈強な体に無数の傷跡を持つ大男が、漆黒のメイド服を着たマリーの前で、涙と鼻水を流しながら土下座をしていた。


その後ろでも、いかつい顔をした数人の男たちがガタガタと震えながら平伏している。


「……またですか。あれほど、夜間の見回りを強化するように言ったはずですけれど?」


「ひぃっ! も、もっちろんでさぁ! 姐御の言いつけ通り、教会の周りは俺たち黒狼団の精鋭が二十四時間態勢で警備してました! なのに、気付いたら子供が煙のように消えてたんでさぁ!」


彼らはかつて、スラムを牛耳っていたギャング黒狼団の面々である。


アイラが公爵家に引き取られる前、孤児たちを攫おうとした彼らを、マリーが単身で解散させたのだ。


その後、圧倒的な暴力にひれ伏し、今は公爵家を後ろ盾としたスラムの自警団として雇われた彼らは、今では廃教会の修繕やスラムに残った孤児たちの世話をする気のいいおじさんたちへと再就職していた。


序に、スラムに蔓延る悪党どもの裏の情報網として彼らをこき使っている。


そんな屈強なギャングたちが目を光らせている廃教会から、ここ数日で次々と孤児が姿を消しているという。


「……アイラお嬢様、リリアお嬢様。お聞き苦しいところをお見せして申し訳ありません。ですが、事態は少し深刻なようです」


少し離れた場所でこっそり報告を聞いていたアイラたちに気づき、マリーがため息をついた。


「許せないね。私の育ったスラムで、うちの可愛い後輩たちを攫うなんて」


「はい! どんな悪い人たちか知りませんが、絶対に捕まえてお説教です!」


アイラとリリアが憤っていると、その話を聞きつけたレオンハルトとセオドアが、怒気を纏いながら裏口へとやってきた。


「話は聞いた。我が公爵家の庇護下にある廃教会から子供を攫うとは、アルジェント家への明確な宣戦布告と受け取ろう」


「ええ。何より、アイラが育った場所を土足で荒らす輩など、生かしておく理由がありません」


氷の公爵と次期当主の冷酷な言葉に、土下座していたギャングたちは、ひぃぃっ! 本物だぁっ! とさらに平伏して震え上がった。


「セオドア、直ちに騎士団の精鋭を編成してスラムを封鎖しろ。現場の指揮はお前に任せる。……私は屋敷から総指揮を執り、王都の出入り口を完全に掌握する」


「はっ! 父上、お任せを!」


レオンハルトの号令で、公爵家が誇る情報網と武力が一気に稼働を始める。


アイラは、レオンハルトの袖を軽く引いた。


「お父様。私もリリアと一緒に現場に行きたい。攫われたのがスラムの子たちなら、私たちのダウジング能力が絶対に役に立つから」


「む……しかし、相手は正体不明の誘拐犯だ。お前たちを危険なスラムへ向かわせるわけには……」


「閣下、ご安心を。お嬢様方の護衛は、わたくしにお任せください」


マリーが一歩前に出て、静かに頭を下げた。その背後から立ち昇る絶対に敵を逃がさないというメイドの執念【オーラ】を見て、レオンハルトは少し引き攣った顔でコクリと頷いた。


「あ、ああ……そうだな。マリーとセオドアがついているなら、王宮の騎士団のど真ん中より安全だろう。許可しよう、アイラ、リリア。必ず子供たちを取り戻してきなさい」


「はいっ!」


こうして、セオドアが率いる騎士団と、マリー、そして探偵双子によるスラム孤児連続誘拐事件の調査隊が結成された。


「――ここが、昨夜子供が消えた部屋か」


スラムの廃教会。セオドアが周囲の安全を確保する中、アイラたちは現場の寝室へと足を踏み入れた。


「ええ。窓も扉も内側から鍵がかかっていて、俺たちが見回りをした時には誰も出入りしていやせん。ですが、朝になるとベッドが空っぽで……」


案内役の元ギャング【副リーダー】のベッツが、申し訳なさそうに頭を掻く。アイラは現場をぐるりと見渡した。争った形跡もなければ、窓が破られた跡もない。完全な密室だ。


「ギャングのおじさんたちが居眠りしてたって線はないの?」


「そ、それだけは絶対にねえです! もし居眠りなんてしたら、マリーの姐御に文字通り首の骨を折られるんで、みんな目ん玉ひん剥いて起きてやした!」


男の必死の弁明に、マリーは、ふふっ。と優雅に微笑んでいる。怖い。


「物理的な侵入経路がない密室からの誘拐。そして、見張りにも気づかれずに子供を運び出す手口……」


セオドアが顎に手を当てて思考を巡らせる。


「となれば、犯人は魔法を使っている可能性が高いな。空間転移か、高度な認識阻害か……」


「魔法、ですか。なら私の出番ですね!」


リリアが銀のスプーンを取り出し、目を閉じた。


「この部屋に残っている、魔法……。見つけ出して、白い探知【ホワイト・サーチ】!」


リリアの魔力が部屋を満たす。スプーンがカチリと震え、空中でピタリと床の一点を指し示した。


「お姉様! ベッドの下に、何か……魔法の痕跡が残っています!」


「ベッドの下ね。……マリー」


「はい、お嬢様」


マリーがベッドを片手で軽々と持ち上げて退かすと、そこには埃に塗れた床板がむき出しになっていた。


一見すると何もない木の床だが、よく見ると、微かに青白い光を放つ魔法陣の跡のようなものが焼き付いていた。


「これは……転移陣の痕跡か? いや、それにしては術式が複雑すぎる」


セオドアが顔を近づけ、険しい顔つきになった。


「この精密な術式の描き方、そして魔力の残滓の質……。野良の魔道士や、その辺の犯罪ギルドに扱える代物ではないぞ。これは間違いなく、正規の訓練を受けた者の手口だ」


「正規の訓練って、つまり……」


「ああ。王宮に属する王宮魔法師団で使われている術式に酷似している」


魔法師団。先日、軍馬の窃盗事件の事後処理で屋敷にやってきた、あの生意気な少年リュカの顔がアイラの脳裏をよぎった。


(スラムの孤児の誘拐に、国のトップエリートである魔法師団が絡んでいる……? 待って、何か薄気味悪い気配も……!)


ただの誘拐事件ではない。


そこには、魔法という特権階級の力を悪用した、きな臭い思惑が隠されている気がした。


そして、この薄気味悪い気配の正体には心当たりがあった。


「兄様。……魔法師団が絡んでるのもあるけど、悪魔も関与しているみたいなの。この嫌な気配、瘴気だと思うわ。」


「なんだと? それは……一度屋敷に戻ろう。綿密な対策が必要だ」


「はい、お兄様」


美食の探求を少しだけお休みして、探偵バディの怒りの追跡劇が始まろうとしていた。


 アイラたちは一度公爵邸に戻り、事の次第をレオンハルトに報告していた。


そこで、魔法師団と悪魔の関与が予想させる事を聞いて、ラインハルトが頭を抱えていると、会議室の扉がノックされた。


入ってきたのは、お茶のお代わりを持ってきた、シュシュエルの器であるエマだった。


「タイミングが良いな」


セオドアがそう声を掛けると、その瞬間。エマの雰囲気が一変した。


彼女の瞳が神々しい金色の光を放ち、背後に幻覚のような純白の羽が揺らめいたのだ。


「深刻な顔をして話し合っているようだな」


エマ・シュシュエルが、優雅な手つきでティーカップをテーブルに置きながら、尊大な声で言い放った。


「シュシュエル、相談なんだけど。今回のスラムの子供たちが攫われている件に悪魔が関与しているかの知れないのよ。悪魔の専門家【天使】として、この事件に関われるかしら?」


アイラが尋ねると、天使は腕を組んで少し考えたあと、少し見て来よう。と言ってエマ・シュシュエルは現場に向かった。


「奴らの拠点の一つを特定した。……どうやら悪魔どもは、王都の地下水脈に身を潜め、スラムの孤児たちを集めて器として使おうとうしているらしい」


 出て行って数分で突然帰ってきたエマ・シュシュエルが聞き捨てならないことを報告してきた。


「器……?孤児を、ですか?」


セオドアが顔を険しくする。天使の言葉に、アイラは思わず眉をひそめた。


「ちょっと待って。悪魔の計画って、私が幸福な公爵令嬢になっちゃったせいで破綻したんじゃなかったの?」


「その通りだ。だが、悪魔の計画は高位悪魔の数だけ存在すると言っても良い。奴らは基本的に高位魔族が自分より下位の魔族を率いて計画を遂行する。今回の計画は、最近我々天使が悪魔を大量に討伐したため、数を増やそうと地獄から新たに中位以下の悪魔を呼び出して、器にするために子供を手に入れようとしてるのだろう」


天使の言葉に、会議室の空気が一気に凍りついた。


スラムの孤児たちは、悪魔の数を増やすための器として集められている。


このまま放置すれば、攫われた子供たちは悪魔に乗っ取られてしまう。


「……許せません」


静かな、しかし確かな殺気が会議室に満ちた。


殺気を放ったのはレオンハルトやセオドアではない。


アイラの背後に控える、漆黒のメイド服に身を包んだマリーだった。


「私の……可愛い弟や妹たちの友達を、悪魔の器にするなど……。アイラお嬢様。わたくし、少々お掃除の範囲を広げてもよろしいでしょうか?」


聖母のような微笑みを浮かべながらも、その背後には般若のような怒りのオーラが渦巻いている。


「もちろん。私だって、スラムの子たちを見殺しにするつもりはないから」


アイラは立ち上がり、テーブルをドンと叩いた。


「お父様、セオドア兄様! 悪魔の拠点の場所が分かったんなら、話は早いわ。すぐに討伐隊を編成して、カチコミに行くわよ!」


「ああ。我が公爵家の総力を挙げて、悪魔どもを根絶やしにしてやろう」


アイラたちが勢いよく立ち上がり、一斉に出陣しようとした、その時。


「待て。勢いだけで突っ込む気か」


エマ・シュシュエルが、冷や水を浴びせるように静止の声を上げた。


「行くのを止めるわけではない。私も同行しよう。それに、これを持っていけ」


エマ・シュシュエルはメイド服のポケットへ手を突っ込み、そこから次々と古びた武器を取り出し始めた。


「アイラとリリア。お前たちにはこれだ。五千年前の大戦で、白魔法使いと黒魔法使いが実際に使っていた杖だ」


渡されたのは、漆黒の木材でできた無骨な杖と、純白の水晶が埋め込まれた美しい杖だった。


手に取ると、自分の魔力に呼応して凄まじい力が脈打つのが分かる。


今度は眩い白銀の輝きを放つ両刃の直剣を取り出し、セオドアへと差し出した。


「セオドアよ。お前には以前、この公爵家から一度回収した天使の剣を貸し与えよう。悪魔の魂ごと斬り裂く、天使の武具だ」


「おお……! ありがたくお借りする!」


神話級の武器を手にしたセオドアが、闘志を燃え上がらせる。残るは一人。レオンハルトだ。


レオンハルトは、私には何もないのか? とばかりに、期待の眼差しを天使に向けていた。


「……レオンハルトよ。お前には以前、私から渡した魔法剣があるだろう。悪魔相手でも何度か斬りつければ倒せる程度の力はあると言ったはずだ」


「あ、ああ……そういえば執務室に飾ってあったな。あまりにも物騒な力だったため、すっかり封印したつもりでいた」


「……おいおい」


エマ・シュシュエルが呆れたようにため息をついた。


かくして。エマ・シュシュエルから対悪魔用の神話級フル装備を貸し与えられたアイラたち。


アルジェント公爵家と激怒した完璧超人侍女による、悪魔の拠点への容赦ないカチコミ作戦が、今度こそ万全の態勢で幕を開けようとしていた。


エマ・シュシュエルに掴まると、アイラたちの視界がパッと開け、生温かい湿った空気が肌を撫でた。天使による空間跳躍である。


「……着いたな。王都の地下深くを流れる、大水脈の奥底だ」


天使の言葉と共に転移の光が収まると、アイラたちは広大な地下の天然洞窟に立っていた。


遠くで轟々と水が流れる音が聞こえ、天井からは仄かに発光する苔が不気味な青白い光を落としている。


普通の人間世界の、誰も立ち入らないような忘れられた場所。そして。


「……あそこだ。スラムの子供たちだ!」


セオドアが、鋭い声で前方を指差した。


洞窟の中央には、黒い石を積み上げて作られた不気味な祭壇があり、不気味な門が鎮座している。


その付近に数十人の小さな子供たちが、深い眠りに落ちたまま無造作に転がされていた。


スラムの廃教会から攫われた、罪のない孤児たちだ。


「よし、一気に制圧して子供たちを……」


レオンハルトが魔法剣を抜いて踏み込もうとした、その瞬間。


『――ククク。なんだ? 餌か?』


洞窟の闇の奥から、低く、地を這うような気味の悪い声がいくつも響き渡った。


次の瞬間、数十人の人間が姿を現した。


一様に、その人間たちの瞳には白目が無く、深淵の様な闇の色をしていた。


アイラたちはその特徴に見覚えがあった。悪魔に憑依された者たち。


「皆、悪魔に憑依されてるわね。それに、なるほどね……」


アイラは、冷や汗を流しながら、ギュッと黒魔法の杖を握り直した。


「どうしてシュシュエルが、わざわざ私たち全員に天界の武器や古の武器を配ったのか、不思議だったのよ。相手が一人なら、お父様とお兄様が叩き斬れば終わるんだから」


エマ・シュシュエルが武器を配った本当の理由。それは、敵が一体の強力な悪魔などではなく、人間を蹂躙するために集まった悪魔の軍勢だったからだ。神話の時代に起きたという、天使と悪魔の大戦。その縮図のような絶望的な光景が、今、アイラたちの目の前に広がっていた。


『さあ、人間ども。貴様らの体も、同胞の器にしてやろう……!』


悪魔たちが一斉に嘲笑い、アイラたちに向かって悍ましい殺意を放つ。普通の人間なら、そのプレッシャーだけで発狂して死んでしまうだろう。


「……悪魔どもが、私の弟や妹の友達を前にして、随分と大きな口を叩きますのね」


しかし。アイラたちの陣形の最後尾から、絶対零度の怒気を纏った漆黒の侍女が一歩前に出た。


「アイラお嬢様、リリアお嬢様。……少々、お掃除が荒っぽくなりますが、よろしいでしょうか?」


「もちろん。残さず綺麗にお願いね、マリー」


アイラが頷くと、マリーは隠し持っていた銀のナイフを両手に構え、般若のような笑みを浮かべた。


その姿を見たエマ・シュシュエルが、ん?何故この国の人間が光の種を宿している……? と不思議そうに首を傾げた。


光の種とは、人間に奇跡の力を授ける媒体である。


これを授けられた人間は、人間でありながら天使の力である神聖魔力を扱うことができる。


そして、その力は、種の成長度で変わるのだが、その恩恵は、神聖ルシエラ教国の教皇と聖女のみに与えられてきた。


「レオンハルト! セオドア! 怯むな、お前たちの手にある武器は紛れもなく天界と古の武具!悪魔を倒せる力がある!」


エマ・シュシュエルが力強く叫び、光の翼を大きく広げた。


「子供たちを救い出し、この王都の地下から悪魔どもを一匹残らず駆除するぞ!」


「「「おおおおおっ!」」」


アイラたちが一斉に鬨の声を上げ、絶望の軍勢へと突撃を開始する。


神話の存在である悪魔たちと、それを討ち果たすために古の武器を手にした人間たち。


王都の地下深くで、決して歴史には残らない、人間と天使対、悪魔の決戦が幕を開けたのだった。


王都の地下深く、地獄と繋がった大水脈の洞窟。


祭壇に眠らされている孤児たちを取り囲むように、数十体もの悪魔に憑依された人間たちが、悍ましい殺気を放ちながらアイラたちへと迫り来る。


「行くぞッ!」


先陣を切ったのは、レオンハルトとセオドアだ。


レオンハルトが振るう魔法剣が悪魔の胴体を両断し、セオドアの持つ天使の剣が白銀の軌跡を描いて悪魔を消滅させ、人間の肉体だけ残る。


当然ながら、器にされていた人間の肉体は、物言わぬ屍と化した。


それでも敵の数は圧倒的だった。


倒しても倒しても、暗闇から次々と新たな悪魔が湧き出してくる。


さらに、数体の素早い悪魔が前衛をすり抜け、孤児たちが眠る祭壇へと向かおうとしていた。


「させませんわ」


祭壇の前に立ちはだかったのは、マリーだ。光の種を宿した彼女が銀のナイフを一閃すると、悪魔がギャッ⁉ と間抜けな悲鳴を上げて首を落とされた。


物理的にありえない速度と威力の暗殺術。……さすがは完璧超人侍女だ。


「よし、私たちも援護するよ、リリア! この杖で、悪魔を魔法で吹っ飛ばせばいいんでしょ!」


アイラは、天使から渡された漆黒の木材の杖をぎゅっと握りしめた。


隣でリリアも、純白の水晶が埋め込まれた杖を構える。しかし、ここで一つ大きな問題があった。


(……探偵用のダウジングは感覚でできるようになったけど、純粋な攻撃魔法の使い方なんて知らないんだけど⁉ 呪文とかいるの⁉)


アイラが焦って杖を振り回そうとした、その瞬間だった。


ピコンッ♪


脳内に、例の軽快な電子音が鳴り響いた。そして、空中に半透明の青いシステムウィンドウがポップアップする。


『対悪魔交戦条件のクリアを確認しました』


『黒魔法使いチュートリアルを開始します』


「へっ?」


「お、お姉様! 私の頭の中にも声が響きました! 『白魔法使いチュートリアルを開始します』って!」


リリアも驚いたように目をパチクリさせている。


直後、アイラたちが手にしている古の杖から、膨大な魔術の行使方法が直接脳内に流れ込んできた。


それは、五千年前の大戦で白と黒の魔法使いが実際に使っていた、対悪魔用の戦闘マニュアルだった。


『チュートリアル1:ターゲットを捕捉してください。視線を向け、魔力を一点に集中させることで自動でロックオンします』


「……これ、完全に前世のシューティングゲームのアレじゃん!」


アイラは脳内に響く無機質なアナウンスにツッコミを入れつつも、すぐさま実践に移った。


マリーに向かって飛んでいく、三匹の蝙蝠型の悪魔を睨みつける。


「ロックオン!」


『ターゲット確認。黒炎の呪弾【アビス・バレット】を展開します。代償【コスト】として、対象の悪魔の魔力を強制徴収します』


おおっ⁉ アイラの魔力やカロリーを消費するのではなく、敵の魔力を代償にして撃てるという、超親切設計だった。


アイラの杖の先端に、禍々しい漆黒の炎の弾丸が三つ浮かび上がった。


「いけぇっ!」


アイラが杖を振り下ろすと、黒炎の弾丸はまるで意思を持っているかのように正確な軌道を描き、三匹の悪魔の眉間を同時に撃ち抜いた。


『ギィァァァァァッ!』


悪魔たちは断末魔を上げる間もなく、自らの魔力を燃料にして内側から人間の肉体ごと爆散し、黒い灰となって消え去った。


「ええっ⁉ アイラお嬢様、今のは一体……⁉」


「マリー、よそ見しないで! 次のが来るよ!」


『チュートリアル2:前衛に防御・強化バフを付与してください』


アイラの隣で、今度はリリアの杖が神々しい純白の光を放った。


リリアが杖をレオンハルトたちの方へ向けて、鈴を転がすような声で詠唱する。


「聖盾【ホーリー・シールド】! 浄化の光【クリア・レイ】!」


リリアの杖から放たれた光が、前衛で戦うレオンハルトとセオドアの体を温かく包み込んだ。


その瞬間、彼らに襲いかかろうとしていた悪魔が、見えない光の壁に触れた途端にジュゥゥッ! と音を立てて焼き払われたのだ。


「おおっ! 体が軽い! 悪魔の瘴気が全く気にならん!」


レオンハルトたちが驚きと共に歓声を上げ、さらに勢いづいて悪魔の群れを蹂躙していく。


アイラとリリアは、陣形の最後尾から完全に固定砲台とヒーラーと化し、脳内に浮かぶシステムウィンドウの最適解に従って、容赦なく魔法を撃ちまくった。


「なるほど、黒魔法で敵の動きを縛って、白魔法で浄化して消滅させるのね! リリア、合わせるよ!」


「はい、お姉様! 私がお姉様の魔法の威力を底上げします!」


アイラとリリアの息の合った連携魔法が、次々と悪魔の軍勢を消し飛ばしていく。


その規格外すぎる光景を安全圏から見守っていたエマ・シュシュエルは、腕を組んで感嘆の声を漏らした。


「ほう……。古の杖が共鳴し、あの双子の中に眠っていた魔女の遺伝子が活性化したか。未だ片方しか使いこなせない様だが、今後に期待か。だが、この数の悪魔を相手にする状況では、実に有難いな」


「よしよし、どんどん行くよ! 今日の夕食のフルコースのためにも、ここでカロリーを消費しておかないとね!」


「お姉様、右から五体来ます! 浄化の光、合わせます!」


人間を食い物にしようと目論んでいた悪魔たちは、魔女の遺伝子が活性化したアイラたち姉妹と、神話の武器を手にした過保護な家族たちによって、為す術もなく文字通りお掃除されていくのだった。


王都の地下深く、地獄と繋がった大水脈の洞窟。


古の魔法使いとして完全に覚醒した双子の支援を受け、レオンハルトやセオドアの殲滅戦は圧倒的な優位に進んでいた。


しかし、相手は数十もの悪魔の群れだ。いくらアイラたちがチート級の強さとはいえ、スタミナと魔力には限界がある。


「チッ、キリがないな! このままではジリ貧だ!」


セオドアが天使の剣で悪魔を両断しながら叫ぶ。


前衛の疲労が見え始め、数体の悪魔が包囲網を抜けてアイラとリリアの方へ迫ってきた。


「アイラ、リリア! 危ないッ!」


レオンハルトが血相を変えるが、間に合わない。……その時だった。


「――全く。人間というのは、本当に世話の焼ける生き物だな」


呆れたようなため息と共に、アイラたちの前に、エマ・シュシュエルがスッと立ち塞がった。


「私が直々に手本を見せてやろう。天界の浄化の光、その目に焼き付けるがいい!」


エマ・シュシュエルが両手を広げると、背後に幻覚のような巨大な純白の翼が顕現した。次の瞬間、洞窟の暗闇を全て吹き飛ばすほどの、強烈で神々しい光の奔流が放たれた。


「「「ギィィィィィィィィッ⁉」」」


光に触れた悪魔たちが、まるで太陽に灼かれた雪のように、悲鳴を上げながら次々と蒸発していく。


人間たちには心地よい温かさしか感じないその光は、悪魔にとってのみ絶対的な猛毒だった。


たった一撃。音すらない絶対的な光の暴力によって、洞窟を埋め尽くしていた数十体の悪魔の群れは、抗う間もなく文字通り消滅してしまったのだ。


もっとも、人間の肉体には影響が無いので、消滅したのは取り憑いていた悪魔だけである。


そのため、器だった数十の人間の体は床に転がっていた。


物理的に斬り伏せられた者や、数百年前から悪魔の器にされ既に肉体が限界を迎えていた大半の者は、そのまま骸となった。


だが、つい最近憑依されたばかりの者は、浄化によって一命を取り留めたようだ。


「ふははは! どうだ人間ども、恐れ入ったか! ……おっと、魔力を込めすぎたか。これでは洞窟の地盤ごと王都の地下が物理的に消滅してしまうな! わははは!」


「笑い事じゃないわよ⁉ 早く光を止めて! 上の街が陥没しちゃうから!」


神々しい奇跡の余韻は、天井の岩盤が光で溶け始めたことによるアイラの全力のツッコミで、あっさりと台無しになった。


人間には影響はないが、他にはしっかり効果があるという謎仕様が時々ポンコツな事を起こす……それでもやはり、神話の存在の力は凄まじかった。


悪魔が全滅し、地獄へと繋がる道が完全に塞がれた後。祭壇に眠らされていた孤児たちは、リリアの白魔法によって、一人、また一人と目を覚ましていった。


「よかった……みんな、怪我はないみたいです!」


「流石はリリアだな。よし、これで全員無事に救出完了だ。屋敷へ帰還するぞ!」


レオンハルトの号令で、アイラたちは孤児たちを保護し、エマ・シュシュエル空間跳躍で公爵邸へと無事に帰還した。


アイラたちは、事後処理を終わらせた後、アルジェント公爵邸の執務室に集まっていた。


「さて、貸した武具は返却してもらうぞ」


使用人の姿をした天使が、手を差し出した。


セオドアが、名残惜しそうに天使の剣を返還する。


剣は光の粒子となって虚空に消えた。


アイラとリリアも古の杖を返そうとしたが、シュシュエルはフッと笑って首を横に振った。


「お前たち二人は、その杖を持っておくがいい。魔女の遺伝子が活性化したお前たちにとって、それはただの武器ではなく、己の魔力を制御するための手足と同じだ。……見事な戦いぶりだった。これは天界からの祝いだ」


「えっ、いいの⁉ ありがとう、シュシュエル!」


「ありがとうございます! 大切にします!」


この時、アイラとリリアは、杖を貰ったことの嬉しさに、魔女と言う言葉が抜け落ちてしまっていた。


アイラとリリアが喜んで杖を抱きしめていると、シュシュエルは今度はセオドアに向き直った。


「セオドアよ。本当なら人間の身で天使の剣を振るうと反動があるが、お前はよく耐えた。褒美として、人間でも負担なく扱えるこれを与えよう」


天使が虚空から取り出したのは、以前レオンハルトに渡したものとは意匠が違う、両刃の美しい魔法剣だった。


「お前の父親に渡したものと同じ、五千年前に悪魔と戦った人間の騎士が使っていた魔法剣だ。悪魔相手でも、何度か斬りつければ倒せる代物だ」


「おお……! ありがたくお受けする!」


セオドアが恭しく魔法剣を受け取る。


「もし今後、悪魔が関わる事件が起きたなら知らせてくれ。その前に悪魔との戦闘になったら、今授けた力で対応してくれ。そうして持ち堪えてくれれば、私が必ず駆けつける」


それは、エマ・シュシュエルからの、人間に対する共闘の約束だった。


レオンハルトは腕を組み、密かに心の中で決意していた。


(エマには、今後の事も考えて特別報酬を弾んでやらねばなるまい。……給金を三倍に引き上げてやろう)


氷の公爵と恐れられるレオンハルトだが、身内や使用人に対する情の深さは、やはり筋金入りだった。


「アイラ、リリア。お前たちのおかげで、また一つ公爵家の……いや、王都の危機が去ったな」


「うん。でも、結構疲れたかも。頭も魔力もたくさん使ったし」


「今日の夕食は、お腹いっぱいお肉を食べましょうね、お姉様!」


天界の武具と、強固な家族の絆、そして天使という非常識な味方を得たアイラたち。


公爵令嬢アイラとリリアの探偵バディとしての伝説は、こうしてまた一つ、華麗に、そして物理的に幕を下ろすのだった。


一方その頃、サイフリート王国、某所。数人の男女がテーブルを囲み酒を飲んでいた。


瞳の白目までが漆黒に染まっているという異常性を除けば、どこにでもある酒場の光景だった。


「どうやら、ヴァリエール王国で計画を進めていた同胞たちは地獄の門の計画に失敗したばかりか、自らも消滅してしまったらしい」


「クラエス王国の同胞も、計画に必要な駒が、いつの間にか姿を消したらしい。魔道具技師志望で、学園に潜り込ませる駒としてマークしていたそうだが、間抜けとしか言いようがないな」


「最近、天使たちの動きも活発だ。この計画が失敗したら、暫くは大人しくしてるつもりだ」


「ずいぶんと弱気じゃないか。どうかしたのか?」


「未確認だが、白と黒の魔法使い、つまり魔女の卵が誕生したらしい。下手に経験を積ませて新しい魔女が誕生するのは避けたい。天使に続き魔女まで出てくると動けなくなる」


「それは避けたいな。今回失敗した場合、各々休暇としておこう」


その言葉を最後に、数人の男女はグラスを空にして去っていった。


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― 新着の感想 ―
 王都って王族が住む国の中心を指す言葉で公爵だとしてもそんな王都内で大規模に私兵を動かすのは国軍が役に立たないと言っているか反乱を企てるようなものだけど、国軍を動かす権限を与えられている可能性があって…
姉さんじゃないのよ、姐さんなんだよ、もうマリーさんは! 人外魔境もものとせず、悪魔軍勢へのカチコミの一番手を務めようとするなんて、普通じゃない。 母性本能によるパシッブスキルで、絶対守るとなったら戦…
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