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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
回帰編

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神のうっかりと魔女の憂鬱

冷たい石畳の感触と、カビと泥が混じったような淀んだ空気が鼻を突き、アイラは薄暗い路地裏でゆっくりと身を起こした。


気が付けばそこは太陽の光が届かない場所であり、アイラは少し既視感を抱きながら状況を確認するために立ち上がった。


そこで、ある決定的な違和感に気が付いたのだ。


目線が異様に低く、腕や脚のラインが細すぎる上に、薄汚れた小さな手には他人の記憶がこびりついているかのような不快感がまとわりついていたのだ。


それは、現代日本からこの世界に初めて意識が芽生えたときと、全く同じような状況であった。


「……どういうことかしら、これ」


声に出して呟いてみるが、その声も随分と高く、幼い響きを持っている。


アイラはすぐさま自身の内側に意識を向け、真の魔女としての魔法が使えるかどうかを確認した。


幸いなことに魔力は健在であり、使い魔であるジュリアンとの契約の繋がりも、リリアの魔力もはっきりと感じ取ることができた。


さらに、エレオノーラやオルフィア、クロード、ノアといった大切な仲間たちとのパスも確かに通じている。


ただ、ジュリアンや仲間たちの気配は、なぜか現在自分たちがいる地上ではなく、遥か彼方の天国に居るかのように遠く感じられたのだ。


唯一、同じ地上に存在していると確信できるのは、妹であるリリアの気配だけであった。


一旦、同じ地上に居るリリアと合流しようとアイラが足を踏み出そうとした瞬間、後ろから冷ややかな声が聞こえてきた。


「報告にあった孤児というのは、あれか」


聞き覚えのある声だったが、それはアイラが知っている優しくて親バカなレオンハルトの声とは違い、心なしか冷たい印象を受ける声であった。


アイラが振り返ると、そこには銀糸の髪に氷のように冷たい青い瞳を持ったレオンハルトと、騎士が二人立っている。


アイラが真の魔女としての魔力眼でレオンハルトの魂を視てみると、彼女が知っている父親の波動とは違い、どこか弱々しい印象を受ける上に、黒魔法に覚醒したはずの強大な魔力はすっかり鳴りを潜めていた。


この目の前にいるレオンハルトは、アイラが知っている過保護な父親のレオンハルトではないらしいことが、その冷酷な視線からはっきりと見て取れた。


「煤と泥だらけでよく分からんな。だが、年齢と背格好は情報通りか。ええい、構わん。とりあえず連れて帰るぞ」


「連れて行け」


レオンハルトが顎をしゃくると、背後の騎士が無言でアイラの両脇を抱え上げた。


「えっ、ちょっと待って……!」


アイラが抵抗する間もなく、彼女は以前に経験したことのあるような理不尽な扱いを受けて、強制的に馬車へと押し込まれてしまった。


数十分後、馬車が到着したのは、アウストラル帝国との戦争で滅びたはずのヴァリエール王国の王都にある、アルジェント公爵邸であった。


見慣れた、しかしどこか懐かしい威容を誇るその屋敷を見上げながら、アイラは自分が過去に戻ったのだろうかという仮説を立て始めた。


屋敷の中へと引きずり込まれたアイラは、以前と同じように風呂でゴシゴシと洗われ、上等だがどこか冷たいドレスを着せられた後、大広間でレオンハルトたちと対面することになった。


しかし、レオンハルトもセオドアも、綺麗になったアイラの顔を見てエレオノーラの面影を見出しながらも、ただの便利な偽物として冷たくあしらい、彼女を早々に部屋へと追いやったのだ。


「……適当な部屋に置いておけ。いや、リリアの部屋へ連れていけ。我々はリリアの捜索に戻る」


冷徹な命令を下され、アイラは行方不明になっているはずのリリアの部屋へと押し込まれ、一人きりになった。


かつての理不尽な記憶がフラッシュバックしかけたが、アイラは小さく頭を振って思考を切り替えた。


大きく深呼吸をして心を落ち着かせ、フカフカのベッドに腰を下ろす。


ようやく落ち着いて行動できる状況になり、すぐにリリアと念話で連絡を取ろうと意識を集中させた。


『リリア、聞こえる?私よ、アイラよ』


『……お姉様!お姉様の声ですか!』


すぐにリリアからの焦ったような、しかし歓喜に満ちた念話が返ってきた。


『ええ、そうよ。リリアは今、どこにいるの?』


『私にもよく分からないんです。光の渦に巻き込まれた後、気が付いたら見知らぬ森の中の山小屋みたいなところにいて……』


『森の中ね。分かったわ、私のところへ転移してこられる?パスを繋いでおくから』


『はい、今すぐ行きます!』


アイラが魔力のパスを繋ぐと、部屋の空間がぐにゃりと歪み、目の前にリリアが転移してきた。


「お姉様!」


「リリア!」


抱きついてきたリリアの姿を見て、アイラは思わず目を丸くした。


目の前にいるリリアの姿は、大人の女性に成長した美しい魔女の姿ではなく、初めて会った頃の、九歳だっただろうか、その頃の可憐で小さな姿だったからだ。


「リリア、あなた体があの頃に戻っているわよ」


「えっ……本当です!視線が低いですし、お姉様も小さくなっています!」


リリアもアイラの姿を見て驚き、自分の小さな手を見つめてパチパチと瞬きを繰り返した。


「どうやら、私たち二人とも過去のこの時代に転移してしまったみたいね。……そういえば、屋敷全体に悪魔が張った認識阻害の結界も健在のようだし」


アイラが魔力で屋敷全体を覆う結界の存在を確認すると、リリアも真剣な顔で頷いた。


「やはり過去の世界なのでしょうか。でも、みんなとのパスは繋がっているのに、ジュリアン殿下やエドワード殿下たちは天国にいるように感じます」


「ええ、私もよ。もしかしたら、ここは私たちの知っている過去そのものではなくて、別の世界線のようなものなのかもしれないわね」


アイラとリリアが深刻な顔で現状を確認し合っていると、不意に部屋の扉がガチャリと開かれた。


「偽物のお嬢様、公爵閣下はリリアお嬢様の捜索に戻られましたわよ。……って、ええええええっ!?」


部屋に入ってきたのは、以前の世界でもアイラを虐めていた意地悪な使用人だった。


使用人は、部屋の中にアイラと瓜二つの少女――本物のリリアがいるのを見て、持っていたトレイを落として絶叫した。


「り、リ、リリアお嬢様!?行方不明になっていたリリアお嬢様が、なぜここに!?」


「あ、あの……」


リリアが困惑して声をかけようとしたが、使用人は悲鳴を上げながら廊下へと飛び出していった。


「た、大変です!リリアお嬢様が戻られました!誰か、誰か公爵閣下をお呼びして!」


廊下中に使用人の金切り声が響き渡り、屋敷の中は瞬く間にもの凄い騒ぎになってしまった。


「……あーあ。誘拐されたはずのリリアが突然部屋に戻ってきたんだから、そりゃあそうなるわよね」


アイラが額を押さえてため息をつくと、リリアも困ったように苦笑いをした。


「どうしましょう、お姉様。お父様やお兄様が飛んできちゃいます」


「仕方ないわ。一旦、この現状に流されつつ話を合わせて、落ち着いたらもう一度二人で今後のことを話し合うことにしましょう」


アイラはそう言って、これからドタバタと巻き起こるであろう騒動を予感しながら、妹と手を繋いで小さく頷き合うのだった。


「リリアぁぁぁっ!」


使用人の金切り声が響き渡ってから数分後、バンッと勢いよく扉が開かれ、レオンハルトとセオドアが血相を変えて飛び込んできた。


「お父様、お兄様!」


「おおお、リリア! 無事だったか、私の可愛い天使よぉぉっ!」


「愛しの妹よ! 怪我はないか、怖い思いはしなかったか!」


先ほどまでの氷のような冷酷さはどこへやら、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした親バカとシスコンの二人が、本物のリリアの姿を認めるなり、周囲の目も憚らずに彼女を力強く抱きしめた。


アイラは、その暑苦しいまでの愛情表現を部屋の隅から眺めながら、とりあえずリリアにはそのまま流れに身を任せてもらい、何事も無く時間が過ぎ去るのを待つことにした。


「……さて、本物のリリアが見つかったのであれば、この偽物はもう用済みだな」


ひとしきり感動の再会を終えたレオンハルトが、冷ややかな視線をアイラへと向けた。


「ああ。身代わりは不要だ、元のスラムへ帰してやれ」


セオドアもまた、虫けらでも見るような冷酷な目でアイラを一瞥した。


以前の歴史では、アイラが自らの能力でリリアの居場所を突き止めたという『功績』があったため公爵家の養女として迎え入れられたが、今回はリリアが自力で帰還してしまったため、アイラはただの不要な偽物でしかなかったのだ。


(あら、これは好都合かもしれないわね)


アイラは内心でニシシと笑い、このまま追い出されても良いかと考え始めた。


今のアイラの魔女としての最優先事項は、天国で待つジュリアンや仲間たち、そして天界にいるセレスやセナ、エマたちと会って、この不可解な現状を早く確認することだったからだ。


「分かりました、それじゃあ私はこれで……」


「ダメです、絶対に許しませんわ!」


アイラがあっさりと引き下がろうとしたその瞬間、リリアがレオンハルトの腕から抜け出し、猛烈な勢いでアイラの前に立ち塞がって両手を広げた。


「リリア? 何を言っているんだ、そいつはただの薄汚い孤児だぞ」


「お姉様をスラムに帰すくらいなら、私も一緒に出て行きます!」


「なっ……!?」


リリアの予想外すぎる激しい抵抗に、レオンハルトとセオドアは雷に打たれたように目を丸くして完全にフリーズした。


「ちょっとリリア、私は天界に行きたいからこれでいいのよ」


「ダメですお姉様、また私を一人にしてどっかに行こうとするなんて水臭いですわ!」


アイラが小声で説得を試みるも、エドワードと離れ離れになって少し情緒が不安定になっているリリアは、絶対にアイラを手放さないとばかりにギュッと彼女の腕に抱きついてしまった。


「り、リリアが偽物の孤児に誑かされている……! ええい、誰かその偽物を引き剥がせ!」


「妹に気安く触るな、この害虫め!」


混乱したレオンハルトとセオドアが、怒りに顔を歪めてアイラを力ずくで引き離そうと迫ってきた。


「あーもう、話が通じないから面倒くさいわね! 【沈黙の呪縛サイレント・ホールド】!」


アイラが苛立たしげに指先を弾くと、漆黒の魔力がロープのように伸びてレオンハルトとセオドアの体を縛り上げ、同時に彼らの口を強制的に塞いでしまった。


「むぐぅぅっ!?」


「んんんっ!」


ただの孤児が神話級の無詠唱魔法を放ったという事実に、二人は床に転がりながら目ん玉が飛び出そうなほど驚愕していた。


「ついでに、あの鬱陶しい結界もお掃除しておくわね」


アイラは黒魔法使いの杖を虚空から取り出すと、屋敷全体を覆っていた悪魔の認識阻害結界の核を正確に見抜き、あっさりと粉砕した。


パリンッ!!


屋敷中に、見えないガラスが砕け散るような甲高い音が鳴り響いた。


「……っ!」


結界が壊れた瞬間、レオンハルトとセオドアの脳内に、九年前にアイラが乳母によってスラムに捨てられたという、隠蔽されていた真実の記憶が激流のように蘇った。


二人は縛られたまま白目を剥いて痙攣し、あまりの事態の連続に完全にキャパシティを超えて混乱の極みに達していた。


「ふぁぁ……。相変わらず、お前たちの周りは騒がしいことこの上ないな」


不意に、部屋の空間がぐにゃりと歪み、見慣れたメイド服姿の女性が大きな欠伸をしながら姿を現した。


「エマ! それにシュシュエルね!」


その金色の瞳と背後に揺らめく白い羽の幻影を見て、アイラはパァッと顔を輝かせた。


「お姉様たち、お迎えに上がりましたわ!」


「むははは! 久しぶりの下界の空気じゃな!」


エマの背後からは、純白の法衣を纏ったセナと、相変わらず少女の姿をした教皇セレスが飛び出してきた。


「みんな、無事だったのね! それで、あの悪魔のメイドはどうしたの?」


「屋敷のメイドに取り憑いていた悪魔なら、私がすでに浄化して滅ぼしておいた。器だったメイドは、自分の部屋で寝かせてあるから問題ないぞ。ちなみに、エマは私が器として使っているから、そのメイド……身体はエマなのだが、魂は別物だ。エマが二人存在していることになるから、私は百年程は天界で大人しくしてるつもりだ」


シュシュエルが事も無げに答えると、床でロープ巻きになって転がっているレオンハルトとセオドアが、神話の存在である天使と教皇の降臨を目の当たりにして、いよいよ泡を吹いて気絶しかけていた。


「ねえシュシュエル、一体何がどうなって私たちが子供の姿で過去に戻っているのか、ちゃんと説明してちょうだい」


アイラが杖を収めて尋ねると、シュシュエルは呆れたように深く長いため息をついた。


「……馬鹿馬鹿しい話だが、天界で起きた『神のうっかり事件』について説明してやろう」


シュシュエルは腕を組み、信じられないような真実を淡々と語り始めた。


「天界に、本当に久しぶりに『神』が降臨されたのだ。だが、神は別の世界の管理と勘違いして、うっかりこの地上の時間を過去へと巻き戻してしまったらしい」


「……は? ちょっと待って、うっかりって何よ」


アイラが思わずツッコミを入れるが、シュシュエルは構わず話を続けた。


「アイラ、お前がスラムの路地裏で特異点として覚醒した瞬間に時間の逆行は止まった。普通なら神はそのまま時間を進めて修正するつもりだったらしいのだが、ここで計算外の事が起きたのだ」


シュシュエルがアイラとリリアを交互に指差した。


「お前たち二人が、新しく『魔女』として完全に覚醒していたことだ。強大すぎる魔女の魂を持つお前たちは、過去の同位体の身体に、大人の記憶と魔力を丸ごと上書きして定着してしまったのだよ」


「つまり、私たちが強すぎたせいで、過去に戻っても記憶が消えなかったってこと?」


「そういうことだ。アイラとリリアが魔女となってしまったため、このまま歴史の時間を進めても、お前たちの行動によってすでに別の世界線パラレルワールドとして分岐してしまい、同じ未来にはならないと判断されたのだ」


シュシュエルの言葉に、アイラとリリアは顔を見合わせて息を呑んだ。


あまりのスケールの大きな話に、リリアはへなへなとその場に座り込んでしまった。


「じゃあ、私たちが元いた元の世界はどうなっちゃったの?」


「今まであった地上の世界は一旦壊れてしまい、お前たちがいるこの新しい世界線に同期させることになった。……まだ生まれていない未来の魂たちは、全て天国に送られたようだ」


「それじゃあ、ジュリアン様やエドワード様、それにオルフィアやノアたちは……!」


リリアが悲痛な声を上げると、セナが優しく微笑んでその手を握った。


「安心してください、リリアお姉様。他の家族や仲間たちは、お姉様たち魔女の『使い魔』として強力な契約にあったため、魂が別物へと昇華されていましたの」


「だから、過去の同一の魂とは認識されず、全員が当時の記憶を持ったまま天国でお預かりということになっているそうじゃ!」


セレスが胸を張って補足すると、アイラは心の底から安堵の息を吐き出した。


「よかった……! みんな、ちゃんと天国で無事に待っていてくれているのね」


「ちなみに、ヴァリエとガーランドの二人は、魔女世界でエレノワールと一緒に居たから、時間の巻き戻しの影響は全く受けていないそうだぞ」


シュシュエルの報告を聞き、愛する息子たちの無事まで確認できたことで、二人の魔女はついに不安の全てを拭い去ることができた。


「そういうわけで、お前たちアイラとリリアは、この分岐した新しい世界線で、そのまま地上で二度目の人生を過ごすようにという天界からの通達だ」


「なるほどね。……で、その大迷惑なうっかりをやらかした神様は、私たちに何か言うことはないわけ?」


アイラがジト目を向けると、シュシュエルはひどく嫌そうな顔をして肩をすくめた。


「神は、『いや、なんかすまん』と軽く謝って、そのまま別の世界へと渡っていかれたよ」


「……二度と戻って来るなと言いたいわね」


アイラが本気で苛立ちを込めてツッコミを入れると、セレスやセナも苦笑いを漏らし、床の上のレオンハルトたちは神の話題に完全に理解を放棄して気絶していた。


「まあいいわ。愛するジュリアン様やみんなの無事が確認できたなら、天国との通信ラインを繋いで、また一から楽しい日常を作っていくだけよ」


アイラは、気絶しているお父様とお兄様を見下ろしてニシシと悪戯っぽく笑った。


「リリア、とりあえずこの親バカたちを起こして、私たちが本物の家族だってことをたっぷりと思い知らせてあげましょうか」


「はい、お姉様! 今度こそ、最初から誰も悲しまない、最高に幸せな家族にしてみせますわ!」


すべてを理解し、無敵の力と記憶を持った二人の魔女は、固く手を繋ぎ合った。


神のうっかりから始まった、ドタバタで騒がしく、そして最高に美味しい二度目の人生が、今、高らかに幕を開けたのである。


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― 新着の感想 ―
??? …二周目とな? …ええ…。 まぁ、長い時間経ったし、いろんなとこ行ったし、身内以外はどうでもいいみたいな心境になってたけど、それでも子孫達が作った国や、苦労して倒した帝国やら影の国家がまた復活…
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