光の渦と見知らぬ路地(次章予告)
魔女世界での盛大な宴が終わってから数日後、アイラたちは地上の生活を満喫するために神聖ルシエラ教国の聖都へと繰り出していた。
アウストラル帝国の脅威も去り、世界を揺るがす特効薬の散布も無事に終えた一行は、新たな日常を謳歌する準備を整えていたのである。
ただし、全員が地上に向かったわけではなかった。
アイラとジュリアンの息子であるヴァリエと、リリアとエドワードの息子であるガーランドの二人は、魔女世界に留まることを選択していた。
「母さん、父さん、俺たちはここで少し武者修行をしていくよ」
「ええ、地上にはいない強い魔物がたくさんいると聞きましたから、少し腕を磨いてみたいんです」
頼もしく成長した息子たちの言葉に、アイラとリリアは微笑んで頷いた。
「まあ、武者修行に憧れていたなんて初耳ですけれど、二人ならきっと大丈夫ですわね」
「ええ、怪我だけには気をつけてね、ヴァリエ、ガーランド」
彼らの世話は、偉大なる先祖であり魔女の師匠でもあるエレノワールが引き受けてくれることになっていた。
「任せておきなさい、可愛い孫みたいなものだし、魔女世界のことなら私がきっちり教えてあげるわ!」
エレノワールが自信満々に胸を張り、その隣ではミーアも名残惜しそうに手を振っている。
「アイラ様、リリア様、またいつでも遊びに来てくださいね!」
「ええ、ミーアも研究を頑張ってくださいね、また美味しいご飯を作りに来ますわ」
この場所でミーアとも別れることとなり、エレノワールたちに見送られながら、アイラたちは魔女世界を後にして地上へと転移したのである。
地上に降り立ったアイラたちの新たな拠点は、神聖ルシエラ教国の国有地にある壮麗な邸宅であった。
ここは表向きは教皇の別荘という位置付けであったが、実際には教皇の知己である冒険者たちのクランハウスとして貸し与えられているという建前になっていた。
「うむ! ここがお主たちの新しい城じゃ、存分に使うがよい!」
教皇セレスがドヤ顔で言い放ち、アイラたちはその立派な設備と広い厨房に大いに満足した。
彼らは地上の生活を楽しむための新しい身分として、冒険者ギルドに登録することにしたのである。
結成されたクランの名前は、祖国の名を冠した『ヴァリエール』であった。
メンバーはアイラとジュリアン、リリアとエドワードの四人に加え、天国から降りてきたレオンハルト、セオドア、エレオノーラのアルジェント家勢が参加している。
さらに、クロードとオルフィア、ノアといったかつての学園の仲間たちや、何故か正体不明の人型生物フエルまでが名を連ね、規格外の冒険者クランが誕生したのである。
「おおお! 愛娘たちと一緒に冒険ができる日が来るなど、お父様は感無量だ!」
「父上、涙を拭いてください、妹たちの足を引っ張るわけにはいきませんからね」
レオンハルトとセオドアが相変わらずの親バカとシスコンぶりを発揮し、エレオノーラがそれを呆れたような、けれど楽しそうな笑顔で見守っている。
「俺の剣で、どんな魔物も真っ二つにしてやるぜ!」
「ク、クロードさん、あまり無理はしないでくださいね……?」
「……僕の計算では、このメンバーで冒険に出れば、ギルドの依頼システムが三日で崩壊する確率が極めて高いですね」
クロードが豪快に笑い、オルフィアがオロオロと付き従い、ノアが早々に胃を押さえて例外処理の準備を始めるなど、クランハウスは毎日が賑やかなお祭り騒ぎであった。
かくして活動を開始したクラン『ヴァリエール』は、ノアの計算通り、瞬く間にギルドの常識を破壊していくことになる。
討伐困難とされたSランクの魔物の群れを、アイラとリリアがピクニック感覚で魔法の的にして消し飛ばした。
古代の遺跡に眠る凶悪な罠や呪いを、ジュリアンとエドワードが平然と無効化しながらお宝だけを根こそぎ回収した。
黒魔法剣を振るうレオンハルトとセオドア、そして筋肉と剣術で突き進むクロードのトリオは、どんな強固な魔物の巣窟も物理的に更地へと変えていった。
彼らが残した沢山の伝説は、吟遊詩人たちの間で瞬く間に広まり、クラン『ヴァリエール』の名は大陸中に轟くこととなったのである。
永遠の時を生きる彼らにとって、毎日は美味しいご飯と楽しい冒険に彩られた、夢のような時間であった。
それから数十年の時が、まるで一瞬の瞬きのように過ぎ去っていった。
ある日の午後、アイラたちがクランハウスのサロンで優雅なティータイムを楽しんでいた時のことである。
突如として、サロンの空間がぐにゃりと歪み、天界から緊急の通信がもたらされた。
『緊急事態です、天界で前代未聞の事件が起きました!』
切羽詰まった声がサロンに響き渡り、ティーカップを持っていたアイラは小首を傾げた。
「天界で事件ですって?」
ジュリアンも眉をひそめ、リリアとエドワードも顔を見合わせている。
しかし、彼らがその詳細を問い質そうとした次の瞬間、事態は急転直下を迎えた。
部屋の中心に、目が眩むほどの強烈な光の渦が突如として出現したのである。
「なっ、何だこの光は!?」
「お姉様、危ないです!」
凄まじい引力を持った光の渦は、抵抗する間もなくサロンにいたアイラたちを飲み込んでいった。
「アイラ!」
ジュリアンが手を伸ばしてアイラを庇おうとしたが、光の奔流は容赦なく彼らを引き離し、視界は真っ白な光に完全に染め上げられたのである。
――ピチャリ。
冷たい水滴が頬に落ちる感覚で、アイラはゆっくりと意識を取り戻した。
「……うう、一体何が起きましたの?」
重い瞼を開けて身を起こすと、そこは見慣れたクランハウスのふかふかな絨毯の上ではなかった。
石畳の冷たい感触と、カビと泥が混じったような淀んだ空気が鼻を突く。
アイラが辺りを見回すと、そこはどうやら太陽の光が届かない、薄暗く汚れた路地裏のようであった。
「ジュリアン? リリア?」
声をかけてみるが、愛しい夫も、可愛い妹の姿もどこにもない。
それどころか、いつも肌身離さず感じていた使い魔たちとの魔力的な繋がりすら、今は薄靄がかかったようにひどく遠く感じられた。
光の渦に巻き込まれた結果、どうやらアイラはたった一人で、見知らぬ場所に飛ばされてしまったらしい。
「ここは……神聖ルシエラ教国ではありませんわね」
周囲の建物の造りや、遠くから聞こえてくる人々の足音の響きから、アイラは冷静に現状を分析し始めた。
天界で起きたという事件の知らせと、この謎の光の渦による強制転移。
永遠の平穏を手に入れたはずの魔女の前に、再び予測不能なトラブルの幕が上がろうとしていたのである。




