天才魔導具技師の特効薬と風に乗る奇跡
方針が完全に固まった翌日、アイラとジュリアン、そしてリリアとエドワードの四人は、頼れる専属魔導具技師の助力を得るために魔女の世界へと転移していた。
彼らが向かったのは、偉大なる先祖であり魔女の師匠でもあるエレノワールの邸宅である。
アウストラル帝国の世界統一戦争後に天寿を全うしたミーアは、その高い能力をかわれて魔女世界のお姉様方に交代で魂のレンタルをされている。
現在このエレノワールにレンタルされているミーアは、エレノワールの邸宅に居候しながら、日々新たな魔導具の研究に没頭しているのだ。
「あら、アイラちゃんにリリアちゃん、それに使い魔の旦那様たちも揃ってどうしたの?」
見事な銀糸の髪を揺らしながら、エレノワールが楽しげな笑顔で四人を出迎えた。
「エレノワールお姉様、お久しぶりですわ。」
「実は、地上で少し厄介な問題が起きてしまいまして、ミーアの天才的な頭脳を借りに来ましたの。」
アイラが挨拶もそこそこに事情を説明すると、美味しいご飯の気配と面白い事件の匂いを嗅ぎ取ったエレノワールは、青玉の瞳をキラキラと輝かせた。
「まあ、それは面白そうね!」
「私もずっと魔女の世界にいて少し退屈していたところだし、一緒について行ってあげるわ!」
永遠の時を生きる魔女として達観しつつも、根はノリの良いエレノワールが同行してくれるとなれば、これほど心強いことはない。
一行は邸宅の奥にある工房へと足を踏み入れ、図面と得体の知れない部品の山に埋もれるようにして作業をしていた薄紅色の髪の女性に声をかけた。
「ミーア、相変わらず研究熱心ですわね。」
「あ、アイラ様! リリア様も!」
アイラの声に弾かれたように顔を上げたミーアは、尊敬する主たちの訪問にぱぁっと顔を輝かせた。
「今日はいかがなさいましたか?」
「ええ、実は地上でアウストラル帝国の負の遺産である『動く死体』が徘徊していまして、その探知と解析をお願いしたいのですわ。」
アイラはそう言うと、亜空間収納から教国の地下研究施設で回収してきた膨大な研究資料の束と、検証用の素体として捕獲しておいた十体のゾンビを取り出した。
強固な結界の檻に入れられたゾンビたちは、虚ろな目をしながらカタカタと不気味な音を立てている。
「このゾンビ特有の魔力波長を特定する魔導具を作っていただければ、リリアの探査魔法と組み合わせて世界中のゾンビを一網打尽にできる算段なのですけれど。」
アイラが今後の見敵必殺の方針を説明していると、渡された研究資料にざっと目を通していたミーアが、ふと不思議そうな顔をして顔を上げた。
「あの、アイラ様。」
「この資料を見る限り、わざわざ世界中を飛び回ってゾンビを探す必要は無さそうですよ?」
その思いがけない言葉に、アイラとリリアは目を丸くして顔を見合わせた。
「探す必要がないとは、どういうことですの?」
ミーアは資料の一ページを指差しながら、彼女特有の職人らしい真剣な眼差しで解説を始めた。
「この動く死体ですが、魔法的な呪いや死霊術ではなく、ごくごく小さい生物が死体の脳に寄生し、電気信号を操って強引に動かしているだけのようなんです。」
「つまり、その極小の生物だけを狙って駆除する薬を作って、風に乗せて大陸中に散布してしまえば、すべてのゾンビはただの動かない死体に戻るはずです。」
ミーアの口から飛び出したあまりにも鮮やかで根本的な解決策に、その場にいた全員が絶句した。
「な、なるほど……薬を散布するだけで全てが終わるのですね。」
ジュリアンが感嘆の息を漏らし、エレノワールも面白そうに手を叩いた。
「そういうことなら、大陸中に薬を散布するのは私とアイラちゃん、リリアちゃんの風魔法でどうにでもなるわね!」
膨大な労力をかけて世界中を巡る予定だった見敵必殺のルーチンワークが、ミーアの天才的な頭脳によって、まさかの即解決の兆しを見せたのである。
「さすがは私の見込んだ最高の魔導具技師ですわ!」
「ですがミーア、その極小の生物を駆除する薬を作るには、どのくらい時間がかかりそうですの?」
アイラが身を乗り出して尋ねると、ミーアは腕を組んで少しだけ眉をひそめた。
「そうですね……未知の生物に対する特効薬ですから、成分の抽出と調合、それに安全性の確認も含めて、最低でも三日は掛かってしまいます。」
申し訳なさそうに答えるミーアに対し、アイラたちは揃って素っ頓狂な声を上げた。
「たったの三日で済むんですの!?」
「世界を滅ぼすかもしれないウイルスの特効薬が三日で完成するなんて、君の頭脳は神の領域に達しているのではないかな?」
ジュリアンが呆れ半分、称賛半分の笑顔を向けると、ミーアは「そんな大げさな」と照れくさそうに笑った。
「私、魔女のお姉様方のご期待に応えられるように、この魔女世界で一生懸命働いてきましたから!」
かくして、世界を救うための特効薬開発は、ミーアの神がかった手腕に完全に委ねられることとなった。
その日からの三日間、ミーアは工房にこもりきりになり、寝食を忘れて夢中で研究に没頭した。
アイラたちは交代で工房を訪れ、徹夜で目を輝かせながら未知の調合に挑むミーアに、手作りの温かい夜食を差し入れて彼女を労った。
ジュリアンやリリアも素材の調達や結界の維持で全力のサポートを行い、仲間たちの固い絆が彼女の神業を裏から支えていたのである。
それからきっちり三日後のことである。
ギルドハウスのサロンで待機していたアイラたちの前に、ミーアが淡い緑色の液体が入ったガラス瓶を手に、自信に満ちた笑顔で現れた。
「アイラ様、完成しました!」
「本当に三日で作り上げてしまうなんて、ミーアは相変わらず規格外ですわね。」
早速、アイラが用意した強固な結界の中に、実験用に残しておいた二体のゾンビが放たれた。
ミーアが結界の小さな隙間から特効薬の入った瓶を開けると、揮発性の高い薬効成分が瞬く間に気体となって結界内に充満していく。
すると次の瞬間、それまで狂暴に暴れ回っていた二体のゾンビは、ふっと憑き物が落ちたようにピタリと動きを止め、操り糸を切られた人形のように崩れ落ちたのである。
ピクリとも動かなくなったただの肉塊を確認し、アイラたちは改めてミーアのずば抜けた能力を実感して息を呑んだ。
「完璧ですわ……これなら、私たちへの感染リスクもゼロで一網打尽にできますわね。」
「ええ、空気感染のように広がる特性を持たせたので、少しの量を風に乗せるだけで大陸中に効果が行き渡るはずです。」
ミーアの素晴らしい成果を前に、エレノワールが楽しげに杖を構えた。
「さあ、お薬の準備ができたなら、私たち魔女の出番ね!」
「アイラちゃん、リリアちゃん、思い切り派手に風を吹かせるわよ!」
「はいっ、エレノワール先生!」
「美味しいご飯の時間を守るため、一気にお掃除してしまいますわよ!」
三人の魔女たちは聖都ルシエラの上空へと舞い上がった。
彼女たちの杖から放たれた凄まじい魔力は、特効薬を乗せた淡く輝く『癒しの風』となり、大陸全土を優しく包み込むように吹き抜けていった。
淡く光り輝くその風は、森を抜け、山を越え、荒野を渡り、地上に潜伏していた全てのゾンビたちをただの死体へと還していったのである。
地上で震えながら隠れていた人々は、迫り来るゾンビが次々と倒れ伏していく光景を目の当たりにし、安堵と歓喜の声を上げて涙を流した。
こうして、人類滅亡の危機を孕んでいた最悪のイレギュラー事件は、天才魔導具技師の頭脳と魔女たちの圧倒的な魔法により、あっという間に完全解決を迎えることとなった。
大陸に再び平穏が戻り、ギルドハウスで祝勝のティータイムを楽しんでいた時のことである。
アイラは優雅に紅茶を飲みながら、ふとミーアの並外れた知識について疑問を口にした。
「それにしてもミーア、極小の生物……この世界で言うところのウイルスや微生物の発想があっただなんて、本当に感心しましたわ。」
前世の現代日本であれば常識であっても、このファンタジー世界においてその概念に辿り着くのは至難の業のはずである。
「貴族の嗜みとして生物学を学んだとは思いますが、もしかしてその発展形を魔女の世界で独自に研究していたのかしら?」
アイラが気になって尋ねてみると、ミーアは少し懐かしそうに目を細めて語り始めた。
「実は私、生前にとある貴族の方から依頼を受けて、生物学の発展のためにと『顕微鏡』という魔導具を作ったことがあるんです。」
「顕微鏡をですって?」
驚くアイラに対し、ミーアは恥ずかしそうに頬を掻きながら裏話を披露した。
「はい。」
「実は、私がデビュタント前に異例の若さで男爵位を叙爵された一番の理由は、その顕微鏡の開発功績だったらしいんです。」
その事実は当時、国家機密として厳重に扱われており、依頼をした一部の貴族と王族しか知らない極秘情報であったらしい。
「アウストラル帝国の世界統一戦争の時に、技術が奪われないように全て破棄してこちらに脱出したので、悪用はされていないと思っていたのですが。」
「どうやら、アウストラル帝国は独自にその概念に辿り着き、研究を発展させてこのゾンビを生み出していたみたいですね。」
ミーアの言葉に、アイラとジュリアンは深く納得して頷いた。
「なるほど、どんなに優れた技術や知識も、使う者の心次第で薬にも兵器にもなるということですわね。」
「ああ、だが今回は君のその知識が、世界を救う『薬』として最高の形で使われたのだから、誇っていいはずだよ。」
ジュリアンが優しく労うと、ミーアは安堵したように嬉しそうな笑顔を見せた。
こうして、世界の危機は去り、天使ラジエルとの約束通り、天国組のメンバーたちが永遠に地上で共に暮らす許可が正式に下りたのである。
また、この世界を救った多大なる功績を称えられ、ミーアは正式に魔女世界の魂として、エレノワール所属の使い魔として登録されることとなった。
この喜ばしい事実に、日頃から彼女の魂をレンタルして可愛がっていた魔女世界のお姉様方は大喜びであった。
すぐさま魔女世界を挙げての三日三晩にわたる盛大な宴が催され、まさかのお祭り騒ぎとなったのである。
この宴には、アイラたち家族と仲間たち、そしてセレスたちも特別に招待されていた。
彼女たちは、見たこともない色鮮やかな果実や、とろけるような肉料理など、初めて味わう魔女世界の料理の数々に深く感心しながら、「美味しい、美味しい」と何度も口にして、心ゆくまで食べたり飲んだりして楽しんだのだった。
大好きな家族や仲間たちと、美味しいご飯を囲む騒がしくも幸せな永遠の日常が、ついにアイラたちの手の中に収まったのだった。
満たされたその空間で、アイラはこれ以上ないほど穏やかで幸せそうな微笑みを浮かべていた。




