ファンタジー世界のホラーは手に負えない
ジャンパニア帝国の心臓部である皇都トーキに到着したアイラとジュリアンがまず向かったのは、事件の加害者たちが収監されている厳重な牢獄ではなく、皇都の目抜き通りにある一番有名な大衆食堂であった。
道中、二人が利用した乗合馬車の中で同乗した行商人から「皇都に行ったら絶対にあの食堂の看板メニューを食べなきゃ一生後悔するぞ」と、熱烈な推薦の言葉を耳にしていたからだ。
これから始まる気の滅入るような加害者への聞き取り調査の前に、まずは最高の昼食で英気を養おうと、アイラが目を輝かせて強く主張したのである。
「んんーっ! この特製のタレに漬け込まれた厚切り肉のロースト、噛むほどに肉汁が溢れてきて本当に最高ですわ!」
「ははっ、君の幸せそうな顔を見ているだけで、私も満ち足りた気分になるよ。さあ、遠慮せずに好きなだけ食べるといい。君の胃袋は私が一生面倒を見ると約束したからね」
絶品の肉料理に舌鼓を打ち、満面の笑みを浮かべるアイラに、向かいの席に座るジュリアンが呆れと深い愛情の入り混じった視線を向ける。
賑やかな店内の喧騒に紛れながら、二人は実に美味しい料理を堪能しつつ、今回の奇妙な連続殺人事件に関する今後の方針を話し合っていた。
「美味しいお肉を堪能したところで、お仕事のお時間ですね。皇都の牢獄で加害者たちから話を聞くのは当然として、その後の皇都内の調査は別々に行動した方が効率が良いかもしれませんわ」
「別行動かい? 私は一分一秒でも長く君のそばにいたいのだが」
「ええ。加害者だけでなく、被害者である謎の女性が今この皇都に潜伏している可能性もゼロではありませんし、美味しいご飯のためなら、私の観察眼も冴え渡るってもんですわ」
アイラはフォークを器用に操りながら、真剣な表情で言葉を続ける。
「私たちが別々に皇都を出歩けば、それだけターゲットと接触できる確率も上がるはずですわ」
「なるほど、それは一理あるが、君のような可憐な女性に一人で危険な真似をさせるわけにはいかないな。万が一君に傷でもついたら、私がこの皇都を灰にしてしまいそうだ」
「心配ご無用ですわ。何せ今回の事件で標的にされる可能性が高いのは、どう考えてもジュリアンの方なのですから」
アイラの指摘に、ジュリアンは目を丸くして首を傾げた。
これまでの報告書を総合すると、どうやら被害者の女性に接触され、結果的に彼女を殺害してしまう加害者には、ある一定の傾向が見られるのだという。
「加害者には男女の偏りはないとされていましたが、よくよく詳細なデータを見直してみると、特に見目麗しい男性が加害者として巻き込まれるケースが突出して多いのですわ」
「ふむ、つまり、この私があまりにも完璧な美青年であるがゆえに、ターゲットから目を付けられやすいということかな?」
「自分で言ってのけるその図太さは流石ですが、事実としてジュリアンは格好の囮になるはずですわ」
あっけらかんと笑うアイラに対し、ジュリアンは自信に満ちた優雅な笑みを浮かべて頷いた。
「いいだろう、君の策に乗ろうじゃないか。愛する君の頼みとあらば、喜んで的になろう」
「言質とりました! もしターゲットと接触した際には、決して単独で深追いはせず、すぐに念話で連絡を取り合って様子をうかがうようにしましょうね」
「承知したよ、愛しい私の主殿」
「それと、もう一つ重要な注意点がありますわ」
アイラは食後のデザートである山盛りのフルーツタルトを引き寄せながら、声を潜めて忠告する。
「今回の事件は、死体が消えたり、現場に不自然な三人分の足跡が残されていたりと、どう考えても普通の人間が相手ではありませんの」
「ああ、未確認生物か、あるいは何者かが生み出した化け物の類だろうな」
「ええ、ですからもし遭遇した際、相手がどう見ても人間ではない異形の姿に見えたとしても、周囲の一般人が普通の人間として接している場合は、私たちもそれに合わせて人間として相手をしてくださいね」
無用な混乱を避け、相手の目的や正体を探るための冷静な判断であった。
「なるほど、幻術や認識阻害の魔法がかかっている可能性があるから、力業で破るのではなく、まずは相手の土俵に乗って泳がせるということだね。さすがは私のアイラだ」
「美味しいご飯の時間を邪魔されるのはご免ですから、慎重に事を運びましょう」
「ああ、君の胃袋の平和を守るためなら、喜んで見目麗しい囮になろうじゃないか。全てが終わったら、またこの食堂で事件解決祝いと行こうじゃないか」
二人は方針がしっかりと決まったことに満足し、最後に残っていた紅茶を飲み干した。
「さあ、お腹もいっぱいになりましたし、そろそろお仕事の時間ですわね!」
「ああ、行こうか。君の行く場所が私の居場所だ。喜んで連れ立とう」
活気あふれる食堂を後にしたアイラとジュリアンは、いよいよ奇妙な事件の真相の糸口を掴むため、加害者たちが収監されている牢獄への面会へと向かうのだった。
皇都の牢獄でアイラとジュリアンが事情聴取を行った加害者は、総勢十二人にのぼった。
各所で捕縛された彼ら全員から三日間かけて話を聞き出した二人は、その異常な共通点に戦慄することになる。
彼らが見つけた手掛かりの三人という数字と合わせれば、被害者は少なくとも十五人以上存在している計算になるのだ。
もちろん被害者が量産型のホムンクルスのような存在であればもっと数は増えるだろうし、逆に死んでは生き返る特異な存在だとすれば最低三人程度で回している可能性もあった。
しかし、最もアイラたちの気を引いたのは、加害者たちが一様に口にした「被害者を殺した動機」であった。
「殺す、殺さなければならない、どうしても殺したい……そんな衝動が内側から湧き上がってきて、本能の赴くままに彼女を殺し、バラバラに分解してしまったんです」
十二人の加害者は皆、年齢も性別もバラバラであるにも関わらず、判で押したように同じ証言を繰り返した。
全員が必ず死体を分解しているという異常性に加え、殺害後は憑き物が落ちたように「なぜ自分はあんなにも彼女を殺したかったのか分からない」と涙ながらに語るのだ。
加害者たちの行動の推移を整理すると、謎の女性に会ってから一貫して「興味」が「執着」へと変わり、最終的に抑えきれない「殺害衝動」に至っていることがわかった。
「精神誘導系の魔法かとも思いましたが、彼らの魔力回路を調べても魔法をかけられた形跡は一切ありませんでしたわ」
宿屋の部屋で証言をまとめていたアイラが、眉をひそめて腕を組む。
「人間の理性の奥に隠された欲望や、残虐性を強制的に増幅させるような何かなのだろうか?」
「それならば特定の薬物でどうにでも操作できるでしょうけれど、彼らの体内からは薬物を使った形跡すら見つかっていません」
アイラとジュリアンは、未だ事件が発生していないこの皇都で網を張るか、それとも別の街へ移動して網を張るかを迷ったが、人口が多く潜伏しやすい皇都でそのまま網を張ることに決めた。
最初の打ち合わせ通り、二人は皇都内の調査において別行動を取ることになる。
そして別行動を開始してから二週間程経ったある日のこと、ついにジュリアンから念話が入った。
『アイラ、どうやら被害者と思われる例の人物から接触があったようだ。……彼女は非常に興味をそそる容姿と性格をしているよ。どうやら私も、彼女の術中にはまった可能性があるな』
普段は冷静沈着なジュリアンの声に、わずかに熱を帯びた執着のようなものが混じっているのを感じ取り、アイラは面白そうに目を細めた。
さらにそれから数日後のことである。
アイラが皇都の瀟洒なティーショップで優雅に一人でティータイムを楽しんでいると、一人の女性が突然、無遠慮に向かい側の席に座ってきたのだ。
「ジュリアン様には、私の方が相応しいわ。あなたは彼と別れてちょうだい」
女性の口から飛び出したその言葉に、アイラは紅茶のカップを持ったままピタリと動きを止めた。
これは、男性の加害者たちへの事情聴取で何度も耳にした展開であった。
ターゲットとなった男性に交際相手や妻が居た場合、謎の女性はその相手の前に現れ、別れるように直接話を振ってくるというのだ。
被害者と関わり始めた初期の頃に、加害者男性の元交際相手が体験したという不気味な状況と全く同じパターンである。
「三食おやつ付きで私を全力で甘やかしてくれる彼が、私を手放すとは思えませんけれど、どうぞお好きになさったら?」
アイラは適当に女性をあしらいながら、再びティータイムを再開しつつ深い思考の海へと沈んでいく。
念話越しの様子からして、どうやらジュリアンはすでに彼女に対して強い執着を抱き始めているらしかった。
しかし、彼が現在使用しているのは人形の体であり、試しに一度魂を外に出してみたところ、執着の念や影響は綺麗に消え去ったのだという。
つまり、この謎の現象は魂に直接的な効果を及ぼしているわけではない。
さらに言えば、人形は人間の脳細胞を使っているわけではないため、脳内物質の分泌に働きかけるような物理的な作用や薬物でもないということになる。
「純粋な魂の精神体には魔力は無く、肉体があって初めて魂から魔力が供給される……」
肉体に魂が接続した状態でしか影響を受けないというのであれば、答えは一つに絞られてくる。
魂の純粋な意識ではなく、肉体を通した意識、すなわち魔力体である「精神体」の方に何らかの干渉を行っているのだろう。
「ふふっ、一体どのような仕組みで精神体に影響を与えているのかしら」
未知の現象に対する魔女としての尽きせぬ探究心が、アイラの胸の奥でメラメラと燃え上がり始めていた。
愛する夫が抱く未知の殺害衝動という得がたいサンプルを間近で観察するため、アイラは躊躇いなく、彼に彼女を殺させてみることにしたのだった。
アイラに女性が接触してきてから三週間ほどが経ったある日のこと、ついにジュリアンが例の彼女を殺害したらしいという連絡が入った。
アイラはすぐさま空間魔法を展開し、皇都の路地裏にある人気のない廃屋へと直接転移した。
血の海と化した惨劇の空間でありながら、目撃者も証拠も一切残さずに処理するあたりは流石ジュリアンであった。
「ああ、アイラ。……私としたことが、結局は演じているうちに頭が真っ白になるほどの破壊衝動に駆られ、人形の身体でも疑似的な衝動を抑えきれずにやってしまったよ。君に醜いところを見せてしまったね」
「気に病むことはありませんわ。これもすべて実験の一環ですもの」
血だまりの中で佇むジュリアンを労いつつ、アイラは周囲に局所的な異次元空間を創り出し、バラバラにされた女性の状態を詳細に確かめ始めた。
驚くべきことに、肉体を構成している物質は人間と全く同じ組成であるにもかかわらず、ここまで細かくバラバラにされても魂の定着が異常なほどしっかりしているのだ。
「これは妙ですわね、普通ならとっくに魂が死神に連れて行かれているはずですのに」
アイラは不思議に思いながらも、検証のために女性のパーツをすべて自身の亜空間収納へと放り込み、周囲の夥しい殺人現場の血痕などを綺麗に消し去ってから宿屋へと戻っていった。
翌日、アイラはより詳しい解析を行うため、魔女の世界にある自身の邸宅へと赴き、亜空間収納から彼女のパーツを取り出そうとした。
しかし、ここでアイラは信じられない異変に気付くことになる。
亜空間に収納されているはずの肉体のパーツが完全に消え失せており、代わりにバラバラにされたパーツと同じ数だけ、無傷の女性がぞろぞろと出てきたのだ。
しかも彼女たちは全員がしっかりと生きており、自分たちが増殖したことに対して少しも驚くことなく、面倒くさそうに溜息をついていた。
「あーあ、また殺されちゃったわ。でも今回はずいぶんと趣味の悪い場所なのね」
「あら、あなたもそう思う? 別の私がどこで何をしているかは知らないけれど、相変わらず私たちは最高に美しいからまあいいわ」
「それにしても、あんた誰よ? 」
ぞろぞろと増えた自分同士で身だしなみを整えながら、彼女たちは臆することなくアイラに向かってずけずけと言い放った。
死んでも増えて生き返ることを完全に理解しているその態度は、あまりにもふてぶてしい。
「それはこちらの台詞ですわ。あなたたち、一体何者なのですか?」
アイラが呆れながら尋ねてみても、彼女自身も自分がどんな存在なのかは全く知らないらしい。
魔女や天使、悪魔といった超常の存在も知らないようだが、アイラの邸宅の魔法的な光景にも怯える様子は一切なく、ただただ傲慢な態度を崩さなかった。
いつから存在していたのか、すでに何人居るのかも分からないが、どうやら彼女は殺されてパーツになるたびにその分だけ増えていき、それぞれがまた別の人生を歩むという恐ろしい特性を持っているらしい。
「これは……厄介すぎる存在ですわね」
アイラは盛大にため息をついた。
関わった人間からすれば完全にホラーであり、無限に増殖する怪異のような存在だ。
魔法で塵も残さず消滅させてしまえばこれ以上増えないだろうが、今まで世界中に増え続けた分までわざわざ探し出して消滅させるのはあまりにも骨が折れる作業だろう。
一応は怪異であっても地上の生物であることには違いないため、アイラの中で「面倒だし見なかったことにしたい」という思いが急速に強まっていった。
「この依頼、美味しいご飯の邪魔になりますし、もう失敗ということでいいかしら……」
とにかく事の顛末を報告しようと決め、アイラは文句を言い続ける女性たちをまとめて冒険者ギルドの特別室へと直接転移させた。
突然部屋に現れた複数の同じ顔を持つふてぶてしい女性たちに、さすがのミラーアリスも目を丸くして驚いている。
「ちょっとアイラ、この騒がしい女たちは一体何なのよ?」
「今回の事件の被害者であり、死ぬたびに増殖して生き返るという非常に面倒くさい存在の皆様ですわ。美味しいご飯を食べる時間を奪われるのは不本意なので、丸投げしに来ました」
ミラーアリスの前でぞろぞろと増えた証人たちを見せつけ、アイラはこれまでの経緯を説明した。
特別室の中でも臆することなく自分たちの美しさを主張し合う女性たちを目の当たりにし、ミラーアリスも深くため息をつく。
「確かに、増殖する被害者なんて冒険者ギルドがまともに対応できる案件じゃないわね」
相談の結果、この手の事件は迷宮入りにして、地上の実在する都市伝説や怪談として放置しておこうという流れになった。
「ええ、こういう生物が居るからもう気にしないで処理して、という報告書を上げておきますわ」
根本的な解決には全くなっていないが、面倒極まりないのでこれ以上は放置するという方向で、ギルドもアイラたちも完全に手を引くことになったのだ。
邪魔になった女性たちをギルドが管理する危険な迷宮の下層へと転移で放り出し、一応は謎であった「被害者の正体と死体が消える原因」を究明することはできたため、冒険者としての依頼自体は無事に達成という扱いになった。
後日、その迷宮の最深部で『無限に増殖する美しい女のモンスター』が冒険者たちを震え上がらせることになるのだが、それはまた別の話である。
報告などのもろもろの面倒な事務処理が終わったその日の夜のこと。
アイラとジュリアンは皇都トーキの喧騒の中へと戻り、事件解決の祝杯と称して、昼間訪れたあの食堂の看板メニューをもう一度堪能しながら、最高級の美食と美酒に心ゆくまで酔いしれるのであった。
「これにてお仕事は終了、明日はあの店の別のメニューを制覇しましょうね!」
「ああ、君の胃袋が満たされるならどこへでも行こう。君の行く場所が私の居場所だ」




